第52話 思惑

ナプスブルク北東部、カーデン城。


 ナプスブルク軍、ダカン平原の会戦にてセラステレナ軍を破る。

 この報せを聞いて狼狽したのは、他ならぬナプスブルク国王、アルノー二世だった。


「どういうことだ。これではあの摂政を……ブラッフォードとかいう若造を増長させるだけの有様ではないか!」


 国王は報せをもたらした配下の前に手にした盃を叩きつけてそう激昂した。


 伝令の男はただただ恐れ平伏する。


「これでは”太陽の子”になんと申し開きすれば良いのだ」


「陛下……太陽の子といえど、信用ができるわけでは」


 そう言って国王をなだめたのは筆頭政務官のマルクスだった。


「だがこのままではあの元奴隷のやりたい放題ではないか」


「セラステレナに勝ち驕っているようにございます。陛下のご心中、お察しいたします」


「マルクス、なんとかならないのか」


「はぁ……」


「結局のところロッドミンスターの若造も、こちらの思い通りには動かなかった」


「グレーナーは陛下を裏切ったようですな」


「目をかけてやった恩を忘れおって。許しがたい反逆だ。父の代まではあった忠が家臣たちから失われていることは本当に嘆かわしい」


 マルクスは王の怒りに対し、ただ「ええ、ええ」と相づちを打ちながら冷や汗を垂らした。


「だがやはり許せぬのはあの男だ。余は決めたぞ、摂政を弾劾する」


「はぁ!? 弾劾というのは、その」


「奴から、ロイ・ロジャー・ブラッドフォードから執政権を取り戻す。契約は無効とする」


「そ、そのようなことができましょうか……」


「できるかどうかではなく、やるのだ。この国をあるべき姿に帰さなくてはならん」


 この意思の強さの幾分かだけでも少しの昔に内政へ向けていたのなら、あの奴隷に王権を買われることもなかったでしょう。

 マルクスはその言葉を飲み込んだ。



   ***


 アルノー二世の行動は、すぐにライルによって摂政ロイへもたらされた。


「国王陛下はナプスブルク国内の貴族、豪商を中心に反摂政運動への参加を水面下で呼びかけているようです」


「その反摂政運動とやらは何を目的としているんだ?」


「はい。閣下を国王の下へ連れ出し衆目の下で謝罪をさせ、専横の罪に罰を下します。その後国王の親政体制へとすることを目指しているようです」


「ずいぶんと嫌われたものだ」


「しかし閣下、確かに対国王への工作がおざなりになっていたことは否めません」


「まあな。戦のことで頭がいっぱいだったのは事実だ。大方保身に長けたマルクスあたりは完全に国王と繋がっていることだろう」


「いかがいたしますか」


 問いかけられたロイは顎に手をあてしばし考え、言った。


「……フィアットへ行く」


「フィアットへ? 先の戦いで大公を失いかなりの混乱状態にあるようですが」


「だからこそだ」


「お見舞いの言葉を投げかけに行くのではないのでしょう?」


 首を傾げるライルに対しロイは不敵に笑ってこう言った。


「もちろん。しかし彼らにとってこれは僥倖になるだろう」

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