第48話 処刑
夕焼けの中、投稿したセラステレナ人捕虜の列がロイの横を通り過ぎていく。
降伏しなかった者はすでに北に逃げ去っていた。
ロイは馬から降り、目の前に広がる光景を眺めた。
「カルティエ殿が率いていたアミアン人部隊は、ほぼ全滅でした」
ランゲがそう報告する。
そして見渡す限りが敵と味方の死体で埋め尽くされていた。
後方に退避させていたアミアンの民間人たちがやってきて、地面に横たわる死体の顔を覗き込んでいる。
そこに見知った顔を探すためだった。そしてところどころで悲鳴にも似た悲しみの声が上がっていた。
ロイはそれらを耳にしながら自分に言い聞かせた。
勝った。アビゲイルは救出し、戦にも勝った。これは敵を打ちのめして手に入れた結果なのだと。
「誰か、誰か父を見ませんでしたか」
そう言って一人の少年がロイの目の前を横切る。
彼は周囲にいる人々を見回しながらこう言った。
「父の名はフランク・ド・カルティエ。誰か、父を知りませんか」
──勝ったはずなのだ。
ロイは唇を強く噛み締めた。
「閣下、セラステレナ軍の主力は崩壊状態です。このまま兵を進めれば王都アミュール城も労せずに手に入りましょう」
背後に控えていたライルが静かにそうつぶやいた。ロイの心中を察しているのだろう。彼女なりにロイの不安を払拭しようしているようだった。
「ところで、捕らえたヨハン・クリフトアスについてですが、アミアン人らから処刑を望む声が強く上がっています……いかがいたしますか」
「……処刑は、しない」
「……今後この地を効果的に支配するためには彼らアミアン人から敬意を得る必要があります。よろしいのですか」
「……ああ、クリフトアスは砦の一部屋に閉じ込めておけ。見張りは要らない。今夜は我々も砦で過ごす」
「見張りを置かないのですか? それはなぜ……」
「彼は脚を射抜かれている。逃げるにも逃げられない。それに、考えがある」
「……承知いたしました」
それでもライルは怪訝そうであったが、主君からそれ以上言わせない何かを感じ取って引き下がった。
陽が落ちようとしている。
ロイにとっては、おぞましい出来事がこれから始まろうとしていた。
***
月明かりがベッドを照らす。
ヨハン・クリフトアスはベッドにその身を横たえ、暗い天井を見つめていた。
──負けた。これはもうだめだな。
クリフトアスは大きく息を吐いた。
アミアン人からの恨みは深い。きっと自分は処刑されるだろう。
「ああ、こんなことならば教師を続けていれば良かった。毎年入れ替わり立ち替わりの幼女たちに囲まれて楽しく仲良くハラスメント。どうして私はそれに満足しなかったのだろうな」
それがなぜ国の表舞台に立ったのか。権力を追い求めたのか。今となっては具体的な理由も思い出せない。
まあ、今さら後悔しても遅いし、それなりに美味しい思いもしてきたのだ。
納得できない人生だったというわけでもない。
だが納得できない出来事はあった。
あの少女……アビゲイル。あれはいったいなんの手品だったのか?
気づかないうちに薬でも飲まされていたか。いや──。あれはそういう類とはまた別の現象なのではないか。
そう、それは口にするのもはばかれるような……。
その時、部屋のドアがノックされた。
クリフトアスは思わず身体を起こそうとして呻いた。矢が刺さった右足がひどく傷んだのだ。
ドアはクリフトアスが返事をする前に、ゆっくりと開かれた。
そこに立っていたのはアビゲイルだった。
「お・ま・た・せ」
少女は黒く艷やかな生地でできたスカートをひらめかせて、口元に指をあてながらそう言った。
「ぐうっ……」
クリフトアスは恐怖で顔をひきつらせ、身をよじらせる。
しかしアビゲイルはそんなのお構いなしとばかりに近づくと、クリフトアスの上にゆっくりとまたがった。
「お前は……いったい何者なんだ。いや、”何”なのだ」
「私? さあ、何でしょう?」
クリフトアスは苦悶の声を上げながら思考した。
目の前で自分に娼婦のようにまたがる少女は、これまで見た彼女とどこか違う。
それは少女ではなく、まるで”少女を演じる必要がなくなった何か”が本性を表したかのような。
月明かりに照らされたその目は銀色の輝きを帯び、クリフトアスを見下ろす。
アビゲイルは腰をゆっくりと妖しくくねらせると、クリフトアスの胸に手をあてて、その鼓動を確かめるように撫でる。
クリフトアスの身体は硬直したように固まり、わずかに痙攣するのみ。目は恐怖で見開かれ、額を大粒の汗が伝う。
「お菓子はもう飽きた。だからずっと待っていたわ。あなたくらいの”上物”をいただける機会を」
アビゲイルはクリフトアスの身体を指でなぞりながら、うっとりとした顔を浮かべる。
「本当は他にもっと良さそうな子が何人かいたのだけど、今はまだ駄目ね。ロイに怒られちゃうし、それに楽しみは後に取っておかなきゃ」
「何を言って……」
「だけどもう我慢の限界なの。とりあえず、あなたで良しとするわ」
アビゲイルはにっこりと微笑むと、次の瞬間クリフトアスの口にキスをした。
やがてそれはキスと言うにはあまりに大胆、いや野卑とも言える動作になり、まるで貪り食うような接吻へと変貌する。
苦痛と恐怖を感じたクリフトアスが悲鳴を上げようとするが、うめき声にしかならない。
大の男がこの小さな少女に組み伏せられ、僅かな抵抗もできずにその口を奪われている光景は、誰かが見たら異常としかいえない光景だっただろう。
アビゲイルのキスはクリフトアスの口を通じて、全てを吸い出すかのような様相を見せた。怪物が獲物を貪るように。
クリフトアスがやがて白目を剥き、うめき声すらあげなくなったとき、ようやく彼女はその口を離した。
そしてアビゲイルは恍惚に顔を歪めて、両手を頬にあてながら、まるで喘ぎ声のような声を出して言った。
「……素敵。この子は昔、とても素直ないい子だった。誰にでも優しく、正直で、か弱い子。いじめられっ子だったのね。それを幼馴染の女の子に助けてもらった。そしてその子に強烈なリビドーを抱いた。でも残念、その子はなんと自分をいじめてた男の子を好きになっちゃったのね。そして決定的な瞬間を目撃してしまった。その時あなたは歪んだ。それからあなたは大人になってもその女の子の幻影を探し求めながら、ずたぼろになった自分の自尊心を治すべく、あの子のような少女を絶対的に支配し、敬意を得られる地位を求め続けたのね」
アビゲイルはクリフトアスを優しく見下ろしながら続けた。
「それはあの子をいじめっ子に奪われたことによる劣等感の裏返し。自分が強くなればあのときの辛さを忘れられると考えた。そのトラウマと、それからのし上がるために経験した地獄のような日々がこの濃厚なコクを生み出している。そして権力を得てからは気に入った少女を見つけては、目の前でその想い人を打ちのめして悦に入り、それから少女を貪ったのね。そして最後には決まって罪悪感と劣等感に悩まされる。自分なこんな悪者じゃなかったはずなんだって」
アビゲイルは「うーん」と唸ると目を輝かせた。
「その葛藤から生まれる苦味のスパイスが最高! それに壊れた自分を確認しては絶望し、いつまで経っても自分を愛せないその歪みから生まれた酸味が素晴らしい隠し味。やっぱり人間には苦労と苦痛が必要ね。そうでなければこんな味は出せないもの。誰かさんにはわからないだろうけれど」
そしてアビゲイルは気持ちよさそうに背中を伸ばすと、発音良く言った。
「デリシャス! 味は☆4ってとこかな! でもロリコンなので☆1です! おじさん、ごちそうさまでした」
クリフトアスは恐怖で顔を歪ませたまま、すでに絶命していた。
「さてと」
アビゲイルはベッドから軽やかに飛び降りると、腰に手をあてて上機嫌に頷いてみせる。
「これでまた少し大きくなれそう。ね? ロイ」
薄暗い部屋の中に、少女の不気味な笑みが浮かんだ。
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