第13話 セラステレナの軍勢

「戦か」


 旧アミアン領北西部の森林を抜けた先で、グレーナーが見たものは二つの軍勢が対峙している様子だった。


 一方の数は五百ほどだろうか。小集団にも関わらず掲げている旗は様々な種類が混ざっている。複数の豪族がそれぞれ兵を率いてできている集団だろう。とすると彼らは旧アミアン貴族かもしれない。


 であればそれに対峙している勢力はセラステレナ教国軍だろう。

 こちらはアミアン貴族軍の倍ほどはおり、軍旗や装備も統一されている。

 大方セラステレナの支配域から逃れてきたアミアン貴族を教国正規軍が捕捉したといったところか。


 グレーナーはその様子を見て考えた。

 見つかればどちらもこちら側を敵と見做すだろう。ここは兵を下げるか? 彼らが戦をしている間にアミアン貴族側の土地を略奪するという手はどうだ。


 悪く無い。だが……。


「グレボルト、あれに勝つことはできるか?」


「どっちにだ?」


「決まっている。セラステレナ教国軍だ」


「馬鹿言うな。こっちはあんたが連れてきた兵を入れても二百五十、向こうは千はいるぞ」


「アミアン貴族に加勢したとすればどうだ。千に対して七百五十。我々が側面から急襲するば望みはあるのではないか」


「……勝てたとして、それでも少なからずこちらに死人が出る。いったい何のメリットが? これまでの隠密もパーだ」


「戦うのに理由が必要なのか? 傭兵」


「命令ならやるがね。だが主人の無意味な気まぐれに振り回されるのは気分が良くねえな。そういう奴は”背中に矢を受けやすい”。何故だか知らんがな」


「理由ならある。おそらくそれが最も摂政を喜ばせることになるはずだ」


「その摂政が大そうお喜びになれば、俺たちには得があるのかねえ」


「報酬は約束の倍出す。この戦いに勝てれば、だ」


 グレボルトはそれを聞くと、ひゅうと口笛を吹いて言った。


「あんたのことが少し好きになって来たぜ。よっしゃお前ら戦だ、さっさと支度しやがれ」


 グレボルトは意気揚々と配下に指示を出しに森へ入って行った。


「よろしいのですか、あんな約束をしてしまって」


 傭兵たちが静かに森の中で準備を整える間に、グレーナーの従卒が小さく耳打ちした。


「構わん。おそらく摂政は理解して下さる。万が一の場合は私の首で負う」


 それにこれは好機なのだ。グレーナーは危険な賭けに挑むことを理解しつつもそう思った。


 書記官に終わるはずだった自分が勝ち取った好機。それをものにするためには、圧倒的な功績が必要だから。


 グレーナーと血鳥団は森に伏せ、戦の時合を見計った。



  ***


「アミアン貴族はこちらと一戦する気のようです」


「ほう、存外に士気があるということか」


 セラステレナ教国軍の将軍、パウロスは副官の報告にそう感想を呟いた。


「あるいは勝算があるのではないでしょうか」


「倍の兵力に対して勝算を抱く、か。私なら伏兵でも置くかな」


「伏兵を置くとすれば左側の森でしょうか。探らせますか?」


「小隊を送れ。念のためな」


「承知いたしました」


 副官は直ちに伝令を呼びつけると命令を発した。

 パウルスはその様子を一瞥してから、目の前で隊列を組む敵軍をよく眺めた。


「ああボロボロの鎧をまとって、飯もまともに食っていないだろうに。逃げられないと悟ったのか? それとも策があるのか、あるいは一騎当千の猛者がいるとでも?」


 アミアン貴族軍の将と思わしき人物が何やら叫ぶと、配下の兵たちが一斉に鬨の声を挙げて突撃を開始する。


 わずかな騎兵たちが先頭で、あとに追いすがるように歩兵たちが続く。次第に彼らが口にしている言葉がパウロスの耳にも届いてきた。


「万歳、万歳か。うむ、素晴らしき忠義の将兵たちよ。さて、彼らを国王の下へ送ってやろうではないか。全軍行くぞ」


 パウロスが号令をかけるとセラステレナ軍が前進を開始する。統率の取れた行進は高い練度を証明している。


 セラステレナの兵士は、厳しい戒律が定められている国教の教えに忠実に従うことを求められているその国民によって構成されている。


 彼の国民にとって国教とは起床時間や挨拶の作法などといった日常生活に関わることから、選択できる職業、収入の上限(超過分は所属する地域コミニュティに寄付しなければならない)、知識の上限(階級ごとに得て良い知識が定められている)など、実質的な法律としての機能の他に、個人的な行動、思想や選択についても各各階層ごとに定めがある。


 例えば社会的に上位に位置する相手が聖典の第何章何節を引用して「聖ジョアンが言ったように、私は聖典の名において聖ジョアンの下僕たるトマソンがかつてしたように、滅私の奉公として家の掃除を求める」と言えば、下位に属する者は「かつてジョアンの弟子であり、忠実なる下僕のトマソンがそれによって導きを得たように、私はあなたの家を塵ひとつ残すことなく掃き清めます」と答えなければならない。


 仮にそれが性的な奉仕であっても、軍事的献身であっても、上位の者からの”教え”であれば拒否することはできないし、それが屈辱的だと考える思考は認められない。


 従って全てのセラステレナ人にとって、多くの貢献と何らかの功績が認められることにより上位の階層へ登ること、すなわち出世はあらゆる基本的権利が段階的に向上する極めて重要なことであり、それがこの国の軍隊の異質さとなっている。


 二つの軍勢の兵たちが衝突し、戦声を挙げながら金属を激しく叩きつけ合う乱戦の様相を呈し始める。


 アミアン貴族たちの軍は、やはり疲弊していた。


 自国であるアミアン王国がセラステレナが仕掛けた併合策によって消滅し、国王が処刑されてからというもの、それに仕え支配層の一部だった貴族たちは一転して国中から追われる者となってしまった。それぞれが小規模な勢力をもって抵抗を示してはいたが各個に撃破されて行き、その多くは降伏することによってセラステレナの最下層民に落とされた。


 それでも一部の生き残りがこうして転戦に次ぐ転戦を重ねているが、所領を奪還することは叶わず数を減らしていく。


「進め、誇りあるアミアン騎士団の意地を見せよ」


 貴族軍の指揮官と思われる人物が叫び声をあげるが、連戦によって疲弊した貴族軍側は明らかに劣勢で、一人、また一人と討たれていった。

 

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