第14話 張り子の虎
セラステレナ軍の将校は配下の小隊に警戒しながら前進するよう改めて指示し、目の前に広がる森の入り口を見た。
すでに背後では戦が始まっている。その音を聞きながら、眼前に敵の伏兵が潜んでいないかどうか注意を向ける。
背後の戦の様子などどうでも良い。伏兵がいないのであればそれで良い。将校という地位にまでなった今、ある程度の自由は得られているのだ。大きな過失さえ犯さなければそれなりの暮らしはできる。精勤する素振りは忘れずにただ粛々と行えば良いのだ。
注意を怠るなよ。草木の動き一つ見逃すな。失態があれば将軍に報告するからな。
そう言おうとして口を開けた瞬間、草木の間から飛び出した何かに喉を刺し貫かれ、将校は絶命した。矢。配下の兵たちがそう認識した次の瞬間、
三十名程度の小隊が地に斃れるその瞬間には、伏せていたグレボルトの兵たちが森から駆け出してパウロス軍の側面を強襲すべく突進した。
「伏兵! 左方より敵の伏兵!」
森方面の異常に真っ先に気づいた兵士が叫ぶ。パウロスの副官が即座に予備隊に下知をして伏兵へ抑えを繰り出す。
「やはり伏兵か、小賢しい」
「将軍、予備隊で充分に対応可能な数です。しかし妙です。アミアン貴族の兵装とは明らかに異なります」
「するとフィアットか? 隊商が奴らの兵に襲われたと聞く」
「わかりません、いずれにせよ大した敵ではありません。我が精兵たちならば」
副官はそう言って繰り出した兵たちを見ると、彼らが敵と乱戦に入るや次々に打ち倒されていく姿が見えたため思わず顔面を凍りつかせた。軽装の敵兵は素早く相手の懐に潜り込むと一刀の下にセラステレナの兵たちを斬り伏せていった。
なんだ、この敵兵は。フィアットにこのような部隊がいるなど聞いたことがない。副官は頬をつたう冷や汗を拭うこともできないままそう思った。
「おい」
パウロスが不機嫌そうに副管に向かって言った。副官はその声で背を正し、「は!」と反射的に無意味な返事をした。
「副官、ここは任せた。私は本国へ帰還し、フィアットの暴挙を伝えなければならん」
「え、は?」
「卑しき身のマルコスが聖戦将オルベリークのためその生命を代償に聖人へとなったように、私は君へこの場の指揮と全責任を負うことを求める」
「は、はい、聖マルコスがその清らかな献身によって贖罪を果たしたように、謹んでその命を全ういたします……」
「うむ。ではよろしく。アデュー」
パウロスはそう言い残すと、「駆けよ! 聖馬アンドラモス!」と高らかに叫んでその場から消えた。
絶句する副官の目の前に、音もなく駆け込んできたグレボルトの不敵な笑みが現れた。
***
「大方片付いたか」
グレーナーは蜘蛛の子を散らすように逃げていくセラステレナ軍の兵士たちを見ながら言った。
「ああ、しかしこうも弱兵とは。昔はもうちっとマシだったはずなんだがな」
グレボルトは拍子抜けだというように頭をかきながらそう答えた。
「だがこうもうまくいくとは思わなかった……やるな」
「そりゃどうも。報酬二倍の約束、忘れないでくださいよ」
「わかっている。さて」
グレーナーは改めて、先程から自分たちに対して複雑な顔をしている者たちを見た。
「先程も申し上げたとおり、我らはナプスブルクより参りました。願わくは貴殿らの代表者の下へ案内いただきたい。あてのない逃避行だったのではないでしょう。目的地、すなわちアミアン貴族の方々が集まって暮らすその場所へご挨拶に行きたいのです」
グレーナーは目の前で態度を決めかねているアミアン貴族軍の指揮官であった男に対してそう言った。
「ナプスブルクが何故ここに……」
「我々はあなた方の味方であり、セラステレナに敵する者です」
グレーナーの細い目が、鋭く光を放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます