二章

第12話 血鳥団

 鮮やかと言わざるを得ない。

 ナプスブルク王国参謀のグレーナーは目の前で起きたわずか十数分の出来事に対して、そう評価した。


 旧アミアン領内に侵入して三日目。

 隊商の姿を認めると同行していた傭兵集団、血鳥団けっちょうだんの隊長グレボルト・カーマンは「あれが良い。金になるぞ」と言って三十人ばかりの兵を選び森の中に伏せた。


 そして隊商が目の前を通りかかると荷馬車の御者をクロスボウで射抜き、隊商を立ち往生させた。護衛の兵たちが矢が飛んできた方に注意を向けた隙に今度はその背後に伏せていた血鳥団歩兵が襲いかかった。


 隊商の護衛はわずかに抵抗を示せたものの、あっという間に制圧され辺りは血と死体が転がるだけになった。


 この間血鳥団の傭兵たちは一言も声を発していない。隊商の主である商人は呆然としている内に捕らえられて、今は空の荷馬車の中に放り込まれている。この傭兵団はランドルフの兵たちとはまた異質な練度を持っている。


「やっぱ宝石商だった。良かったな、グレーナーの旦那」


 グレボルトは手にした赤い宝石を見せつけて言った。


「何故宝石商だとわかった」


「護衛の質、それに人数だな。高価な物を運ぶ商人は、護衛の質にこだわる。まあ当然だよな。だが人数も闇雲には増やさないし貧乏な奴も隊に入れない。手癖の悪い奴が混じってると痛い目にあうから。だから身なりの良くて腕に自信がありそうな少数精鋭が護衛になる。そういうのは大体宝石かそれに近い物を運んでいるものさ」


 やはりこの男は有能だ。グレーナーはいつものように顔色を変えず、目をわずかに細めて思った。


 優男風で思慮深く見えるような男ではない。

 人を舐めた態度と軽薄な物言いも気に入らない。だが二百人程度の血鳥団を手足のように操るだけでなく、剣の腕も目を見張るものがある。戦でフィアットの将軍を討ち取ったというのもおそらく事実だろう。


 また配下の者たちも手練れが多い。

 言葉を交わすことなく統率の取れた襲撃をやり遂げたことからもそれが伺える。新興の傭兵団だというが、場数はかなりのものか。


「隊長、二人やられた。ボニーとマイルズだ」


 傭兵の一人がやって来てグレボルトにそう告げる。

 グレボルトはそれを聞くと再びグレーナーを見てにやりと笑いながら言った。


「ああいう奴らが相手だと完全に奇襲できても無傷とはいかない。旦那、報酬は弾んでくれるよな?」


「報酬はナプスブルクに帰還してからだ。得た品物はフィアットの市場で換金してから本国へ運ぶ。摂政がお望みなのはあくまで現金だからな」


「なるほど俺たちはフィアットの手勢、そう思わせたいのか」


「そううまくいかないだろうが、一時的な目眩し程度にはなる。ところで民間人に死者は出していないだろうな?」


「荷馬車の御者は兵隊じゃなかったかもな」


「ふざけるな、兵以外は殺してはならないと言ったはずだ。報酬を減らされたいのか?」


「ふざけてるのはあんただろう。剣で斬り合って矢を撃ち合う中で絶対安全な奴なんていやしないし、あえて殺さないために仲間をより危険にさらすなんざ馬鹿げてる」


「山賊と大して変わらん輩が良く言う」


「俺たちの多くは元貴族だ。土地や家を無くした奴らの寄り合い世帯。皆いつかは返り咲くのを夢見てる。それを賊だっていうなら、それに金を払うあんたと摂政って奴は賊以下のクソだ」


「調子に乗るなよ、逆らえばどうなるかわかっているんだろうな」


「やってみろよ、安い脅しには乗らないぜ」


 二人の間に険悪な沈黙が流れる。折れたのはグレーナーの方だった。


「まだまだ足りない。どこに行くのが良いか。お前たちはこの旧アミアン領に詳しいのだろう」


 それを聞いたグレボルトは不敵な笑いを浮かべて答えた。


「行くなら北西だな。セラステレナの統治から逃げたアミアン貴族らが固まってる地域だ。たっぷりと財があるだろうさ」


「お前たちと似たような境遇の者たちから奪うことに、ためらいはないのか?」


「ないね、俺たちの家族は俺たちだけだ。神も主君も友もいらない。赤の他人にかける情けなんざ、これっぽっちもない」


 腕は確か。だがどこまで信用できるか。制御できるのか。


 この傭兵団を摂政ロイに推薦したのは自分。万が一があればこの手で始末を付けなければならない。グレーナーは芽生えた危惧を心の中に押し留めた。


「……北西へ向かう。兵らは目立たぬよう分散させて後で集結させろ」


「かしこまりました、旦那様。さあ、稼がせてくれよ」

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