第8話 焼き討ち

 ノースウォール城から西の山沿いにある村に火を付けた。これで二つ目。


 ランドルフの配下たちはこの不名誉な命令にも忠実だった。

 数は少なくともランドルフが精魂込めて鍛え上げた精兵。

 家々を焼けるのは、彼らにとっては宿敵ともいえるロッドミンスターの民であるからというのもあるかもしれない。だが村人に手を出させるわけにはいかない。


「村人は捕らえて村の中央に集めよ。良いか、決して殺してはならぬ。抵抗されたとしても傷つけずに捕らえよ」


「胸糞悪い仕事だな、親父」


「ロドニー、私は確かに獣なのかも知れん。あの第二王子が言ったように。だとすれば人であるうちに討死しているべきだったかもしれぬ」


「珍しく弱気になってんのか? 歳を取るとそうなるもんかねえ」


 もう一人の従士であるマンヘイムが馬を駆け寄らせてきて報告する。


「将軍、御命令通り四名ほどは手を縛る縄を緩めておき逃し、マシューデル軍のいる方角に追い立てました。今回も兵たちの会話を通じて捕まった村人は拷問の上殺されると思い込ませています」」


「一つ前の村の様子はどうだ」


「最初に襲った村には敵の兵がやってきたようです。将の姿は見えずどの軍かまではわかっていません。数は二百程度で住民を解放し食糧を与えているようです。討てない数ではありませんが、予定通りでよろしいのですか?」


「二百ならばウドロフという将軍の兵だ。手薄な本隊が出せる数では無い。構わん、陽が沈むまでこのまま村々を回るぞ」


「はい、ところで将軍」


「なんだ」


「次からは逃す村人に、あなたの顔をよく見せてから逃したいと思うのですが。できれば脅すような言葉も含めて。ナプスブルクの白鬼だとわからせれば恐怖も増し、より効果的になるでしょう」


 ロドニーに加え、もう一人の息子同然であるマンヘイムにはこういったところがあるのが悩みどころだった。


 人の気持ちをわかった上で利用しようとしているのか、あるいはわからないから言ってしまうのかいまいち理解しかねる。婦人に対してもそういうところがあるため容姿は悪くないのに恋の話があがってこない。しばしばランドルフを困惑させる彼の特性だった。


「進発だ、急げ」



  ***


 一方、第一王子マシューデル軍先鋒、ウドロフ将軍の軍内。


「ウドロフ将軍、また村が襲われたようです。これで四件目です。逃げ延びた村人はやはり、あのナプスブルクの白鬼が現れたと口を揃えて言っています」


 ウドロフは野営地の陣幕の中で報告を聞き、怒りを滲ませた。


「ナプスブルクめ。ロッドミンスターの混乱に乗じて攻め寄せてくるとは。しかも村を焼くとは騎士道を知らぬ野蛮人どもめ。だが真に憎きはウルフレッドよ。宿敵と手を結び国と民を売り渡すなどと、恥はないのか」


卓上の戦地図を拳で叩きつけ、禿げ上がった頭に血管を浮かび上がらせてウドロフは吠えた。

村の惨状を報告した将校が声を荒げて将軍へ訴える。


「将軍、このような非道を私は許せません。ただちにナプスブルク軍を捕捉し、討たなければ」


「落ち着け、うかつに陣形を乱せばマシューデル様の本陣が危うくなるぞ。敵の本隊、ウルフレッド軍はまだ城に篭ったままか?」


「はい、斥候が見張っておりますが間違いなく城内に留まったままです」


「ナプスブルク軍の数はやはり数百のままか?」


「村人の証言からおそらく三百程度です。しかしこちらが兵を派遣すると到着した頃にはすでに次の村へ向かってしまった後です。村には水も食料も残されていないので、到着した兵たちは村人をそのままにするわけにもいかず、敵を追撃できずにいます。糧食を分け与えてしまっては本隊からあまり離すわけにもいかず……」


「そうやって撹乱するのが敵の狙いだ。だが殿下は、マシューデル様は絶対に民を守れと強くお望みだ。わざわざ親衛隊衛士に直筆の書状を携えさせてこちらまで駆けさせてきたほどだ」


「やはり大義のお方。我らは勝たねばなりませぬ」


 ウドロフは考えた。村々は襲撃され、家は焼かれ食料は奪われている。しかし村人が殺された姿を見た者はおらず、報告にもない。ならばここは村の救援をやめるべきか?


 すでに千人は村へ派遣してしまっている。

 このまま繰り返せばこちらが手薄になる。おそらくそれが敵の狙い。こちらの兵が減った隙にウルフレッドが城内から出撃し、自分を討つ腹なのだろう。


 村の救援をやめるべきかもしれない。だが……。


 だがもし敵が、ナプスブルク軍が村人を殺すよう方針を転換したらどうなる。

 こちらが兵を送らないと気付き、村人を虐殺しはじめるかもしれない。そうなればいよいよ我らはこれを無視するわけにはいかなくなる。


 なにより──なにより恐ろしいのはそれによってマシューデル殿下の怒りに触れることだ。

 あの温厚で器量のある王子の唯一の欠点は、激怒するか我を失った時、普段ならば想像もつかない凶行にでるという点。


 ウルフレッド第二王子を腹違いの弟でありながら本心から可愛がっていたあの人が、突然「ウルフレッドを捕らえ、ロッドミンスター城の神樹に吊るす」と言い出したその感情の変遷。


 その矛先が自分に向けられるのではないかということが、何よりも恐ろしかった。


 ウドロフは顔を上げ、将校に言った。


「兵を出す。七百だ。二百を村へ向かわせる。残りの五百は私が直接率い、次に襲われるだろう村へ先回りし、やってきたナプスブルクの白鬼を討つ」


「しかしそれではここには半数も残らないことになります」


「殿下の軍と合わせれば二千以上いる。ウルフレッドの軍とそれでも数は互角以上だ。先に派遣した兵たちを全て呼び戻せ。そうすれば三千強。ええい、メランは、海軍は何をしているのだ」


「将軍が直接向かわれるのですか、もしものことがあれば……」


「これ以上奴らの好きにさせるわけにはいかないのだ」


 こうしてウドロフは戦術上の判断を政治的な、自己の立場上の理由によって判断するという過ちを犯した。

 陽が暮れようとしている。



 五つ目の村を襲撃しようとしたとき、異変があった。


「敵は先回りしていたようです将軍。将旗が見えます。とするとあれはウドロフ将軍と思われます」


 傍らのマンヘイムがランドルフにそう言った。


「随分嫌な思いをしてきたが、ようやくか」


「俺も親父がどんどん心労で痩せ細っていくようで辛かったぜ」


 ロドニーがけらけらと笑い声を上げる。


「とはいえ敵は五百はいるでしょう。こちらは三百です」


「では避けるべきだろうか? マンヘイム」


「いいえ、色々たまっていますし、ここらですっきりしましょう」


「前進」


 ランドルフの静かな号令で配下の兵たちがゆっくり前に歩み出る。

 そして少しずつその速度を上げて、やがて襲歩となって眼前のウドロフ軍へ真一文字に殺到する。


「敵は騎兵を先頭に躊躇うことなくこちらに突っ込んできます!」


 ウドロフ軍の将校は、白髪の将軍を先頭にした一団が叫び声も上げずに向かってくる様子を見てそう叫んだ。


「さすがは白鬼といったところか、よく統制が取れている……! だが正面突破とは猪武者のやることだ。槍兵は前に出て騎馬を止めろ。弓兵は左右から立ち止まった敵を射抜け」


 ウドロフ軍の槍兵隊は前面に整列すると、よく訓練された動きで槍の穂先を突き出し、正面の騎馬隊へ向けて構えた。


 その様子を見たランドルフは手にした巨大な斧槍をゆっくりと掲げると、再び静かに言った。


「戦声」


 すると傍らのロドニー、マンヘイムが真っ先に雄叫びを上げた。それに続くように兵士たちも全身から怒号を発するかのような大音声をあげて、目の前の槍を構えた敵兵に叩きつけた。


 わずか三百人から発するものとは思えないその雄叫びは、まるで地響きでも起こしているかのようにウドロフ軍の兵たちに錯覚させた。


 恐怖によるほんの少しの隙に、ランドルフ軍が殺到した。


「破られます、押さえきれない!」


 将校が叫んだ直後、ウドロフの眼前に一騎の騎士が躍り出た。

 白い長髪を所々赤く返り血で染めた大男。その目はまるでこの世のものとは思えない眼光をたたえている。


「白……鬼……」


 ウドロフは剣を抜きそれを振り上げたが、振り下ろすことができなかった。

 白鬼が放った、まるで巨木を叩き割るかのような斧槍の一閃が、すでにウドロフの首を刎ねていた。


「ウドロフ将軍!」


 叫び声をあげた将校が、ランドルフに続いた騎兵たちの津波に飲み込まれる。

 後続の歩兵たちが動揺した両翼の弓兵たちに躍りかかると、この戦いは決した。


「追う必要はない」


 ランドルフは兵たちに命ずると日が落ちて星が見え始めた空を見上げた。


「敵がいることだけが今の私の救いか」


 敵を討ち果たして虚しさを覚える自分に言い聞かせるように、ランドルフは呟いた。

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