第7話 軍議
「しかしあのウルフレッドとかいう奴、王族にしては随分とぶっきらぼうだな、親父」
早朝。軍議のためノースウォール城内へ向かう途中、ランドルフの従士であり腹心の一人であるロドニーが言った。ランドルフを父親同然に慕うこの青年は、昨日の様子を見て率直な感想を述べたのだ。
「ロドニーが言うほど単純な男だとは思えませんでしたが、しかし歴戦の将軍を失ったのは痛手ですね」
同じく長年従士を務めるマンへイムが呟く。ロドニーはむっとした顔を作った。
どちらの言葉にもどこかに、この戦いはやはり随分と危ういのではないかという含みを感じる。無理からぬことだ、ランドルフはそう思った。
「ただ粗暴なだけの男ならば、ウルフレッド軍は緒戦の敗退で瓦解している。あれで人望のある男なのだろう」
ランドルフはウルフレッドに感じたことを二人に述べた。
特にウルフレッドに付き従う三人の将校。あれはただ命令によって従う者達の顔ではない。彼らにそうさせるだけの何かをウルフレッドは持っている。
しかし敵の少なくとも四千を前にこちらは二千強、それも一度敗北を経験している。
篭城をしないと言うのであれば奇襲でもかけるつもりか。だが平野の多いノースウォール近辺でどこに兵を伏せる気なのか。
ランドルフの胸中に不安が宿る。
いや、かつての自分であればそれでも勝利を疑わなかっただろう。勝利は己の手で勝ち取るものだから。
大兵に怯えているのか、老いた私は。そう思うとランドルフは不安に駆られた自分を静かに恥じた。
城主の間にたどり着くと、すでにウルフレッドと配下の三人の将校は卓上の地図を囲んでいた。
「これは、遅くなり申し訳ない」
ランドルフが頭を下げると、ウルフレッドを気にするなという風に右手を軽く振って見せた。
「さてこれで全員揃ったな」
ウルフレッドを改めて場を見回すと言った。
「敵は昨日の内に南のマーダリー城を出発してこちらに真っ直ぐ向かってきている。先鋒はウドロフ将軍率いる三千。向こうになびいた豪族が加わったな。さらに兄上はおよそ一千を率いてその後方にいる。メラン率いる海軍の姿は見えない。おそらくこちらも一千程度はいるだろう」
「ウドロフに三千を与えましたか」
将校のホランドがウルフレッドへ言った。
「兄上らしい配置だ。兄上は使えると見込んだ配下であれば、その力が最大になるようにする。たとえ本陣が手薄になろうとな」
「では陽動を行いウドロフを引きつける間に本陣を狙いますか?」
「お前好みの策だがエリクセン、まともにやってもそれは無理だ。ウドロフの軍を正面から抑えるには兵力がいる。そうやって小部隊で本陣を奇襲できたとして、兄上が直卒する一千が相手ではこちらは同数でも勝てるかどうか怪しい。というか罠だな、これは」
「ですな、メランの一千が大人しく見ているはずがありません」
「メランの海軍は前みたいに俺たちの横腹を突くか、あるいは俺たちが出撃した隙にこのノースウォールを陥す気だろう」
「ではやはり篭城を?」
「ケツの穴を相手に差し出して守り切れるならな」
「殿下も王族なればもう少し上品にならないものですか」
「人格は血筋では決まらないってのが俺の持論だエリクセン。そこでランドルフ殿、あんたとナプスブルク軍の出番だ」
「……我らに何をせよと?」
囮か、あるいは敵本陣に単独で突っ込めと命じるか。しかしウルフレッドの口から出た言葉はランドルフの予想を超えたものだった。
「村を襲い、焼いてくれ。近隣の村々全てだ。住民を殺す必要はない」
「馬鹿な、何のために」
「勝つためさ。ウドロフも兄上も正義感の強い男だ。幼い頃から騎士道や慈悲深き名君とはなんぞやという本ばっかり読んでたクソ真面目な連中だ。俺の領民とはいえ同じロッドミンスターの民が襲われていると知れば無視できずそこへ兵を向ける。隙が作れる」
「……それを私にお命じになるのか」
「ランドルフ、あんただからだ。ナプスブルクの白鬼とその配下が村々を襲うとなれば、ロッドミンスターの者なら頭に血が上る。誰であろうとな。そうしてあんたがウドロフか兄上を引きつける間に、残る一方を俺の全軍が叩く。メランが横槍を入れる時間は与えない」
「殿下は私に恥辱を得よと申されるのか」
「略奪は初めてじゃないだろう、あんたは先の戦の時にもやっている。先王に命じられたはずだ」
「……しかし」
白く皺にまみれた顔に青黒い怒りを浮かべるランドルフに対して、ウルフレッドは冷酷な目を向けて言った。
「いまさら高潔の士を気取るんじゃねえぞ。あんたは獣だ。俺たちはそれを知っている。老いてもそう変わるもんじゃない。俺だって獣だ。獣に付き従うこいつらもそうだ。だが獣だって黙って殺されるわけにはいかねえんだ」
ウルフレッドは怒りを吐き出しながら言った。
「勝たなければ俺たちに明日はない。俺に王位を狙う気なんてさらさらなかった。ただこの城で気心の知れた奴らと一緒に生きていければそれで良かったんだ。だが兄上は俺を疑った。いつの日からか俺のする行動全てが兄上にとって自分の命を狙うものにしか見えなくなったんだ」
「……」
「……死んでたまるか。俺は生き抜くためならなんだってやる。犬のようにへらへら笑いながら縊り殺されるなんて絶対に認めない」
哀れな男だ。ランドルフは怒りを覚えながら思った。
たとえ民の命を奪わなかったとしてもその住居を焼くことは殺すことにも等しい。
摂政ロイ・ロジャー・ブラッドフォードよ、生かすべきは第一王子マシューデルではなかったのか。それともあなたもこの男と同類なのか。
「恨むなら恨んでくれ老将軍。だが勝たねばあんたの命とあんたが守りたいものも失われる……そうだろ」
栄光あるナプスブルク。かつて私が命と魂を捧げたその国家は今もあるといえるのか。
ランドルフは虚脱にも近い感覚に襲われた。しかし、ロドニーやマンヘイムを始めとしたこの老いた自分を慕う者たちを路頭に迷わせるわけにはいかない。
「……承知いたした」
「戦だ。兄上を討つ」
ウルフレッドは目に炎をたたえ檄を飛ばすと、配下の者たちは一様に「おう」と応えた。
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