第6話 ノースウォール城
ランドルフは大蛇のうねりのような坂道を登り城門をくぐってノースウォール城、その城主の間に通された。傍らにはマンヘイムとロドニー、二人の副官が従者のように付き従う。
「よく来てくれた。俺がノースウォール城主ウルフレッド・ロッドミンスターだ」
「ランドルフ・フォン・ブルフミュラーでございます。殿下」
ロッドミンスター第二王子ウルフレッド。たくましい長身と筋骨を持った精悍なその姿を見てランドルフは少々意外に思った。同じ王族であってもナプスブルクの王族とは異なるタイプの人間であったからだ。こういう王族は先王を除きナプスブルクでは見たことがなかった。
「ランドルフ殿、あんたが”ナプスブルクの白鬼”か。死んだ父からよく聞いていたぞ。俺は幼かったが、先のナプスブルクとの戦いで大いに我らを苦しめたらしいな」
そう言ってウルフレッドは愉快そうに笑顔を見せた。
「昔の呼び名でございます、殿下。それに我が心血を注いでもこの堅城ノースウォールを落とすことは敵いませんでした」
「此度は味方だな。白鬼の力頼りにするぞ、ランドルフ将軍」
するとウルフレッドの傍らに侍る男達の中の一人が声を上げた。
「殿下、気を許してはなりませぬ。ナプスブルクめがこの国の混乱に乗じて我らを利用する腹に違いないのですぞ。まして新しく彼の国の摂政となった男の考えた事、得体が知れませぬ」
「わーかってるよ、エリクセン。年寄りの小言はやめてくれ。ああランドルフ殿、紹介しよう。この三人が今我軍の部隊を率いている主な者たちだ。戦場ではお前と連携することになる。覚えてやってくれ」
ランドルフに紹介された三人はいずれも将校だった。最も年長の男がエリクセン。小柄ながら鋭い眼光を持つホランド。そしてランドルフ以上の体格を持つ熊のような偉丈夫はジドゥーバルと言った。この二人の年齢はウルフレッドとそう変わらないだろう。
「ナプスブルクの白鬼がまだ生きてたのか、暇だったら稽古に付き合ってくれや」
「馬鹿を言って殿下に恥をかかすなジドゥーバル」
「いいじゃねえかホランド。こんな機会滅多にねえだろう?」
「やめろ二人とも」
また始まった、という表情でウルフレッドが二人を制止した。
将校とは本来小部隊の指揮官として将軍の配下にいる者である。ランドルフは疑問をウルフレッドへ投げかけた。
「ハーマン将軍はおられないのですか。ウルフレッド殿下の幼少の頃よりの臣と聞いております。将軍とはかつて戦場で矛を交えたことがあるのです」
「ハーマンは逝っちまったよ。この前の戦いでな」
「……知勇併せ持つ、良き将でありましたな」
「俺の責任だ。俺が兄上の、マシューデルの挑発に乗って頭に血が上っちまったから、あいつが犠牲になった」
場が静まり返る。三人の将校の表情を見ると、ハーマンは彼らにも慕われていた将軍だったようだ。
「なればこそ次は勝たねばなりますまい、ウルフレッド殿。この堅城と謳われたノースウォール城であれば寡兵であれども敵を退けられましょう」
「籠城はしない」
ウルフレッドはランドルフをまっすぐ見据えて答えた。
「なぜですかな? 南から攻められた場合、ナプスブルクの方角にあるミューゼ川は利用できずとも、この城は高い丘の上にあり城壁も堅固なものです」
ランドルフは以前この城を攻めた時に苦しめられた事を思い出しながら言った。雨のように降り注ぐ矢をくぐり抜け橋の落とされた川を渡り丘を登っても、そこには高い城壁がそびえ立つ。城壁からの投石や降り注ぐ熱した油に梯子をかける余裕など無ければ身を隠せる場所も無い。先の戦いで野戦では無敗を誇ったナプスブルク軍を成すすべもなく敗退させ、先王を失意に底に叩きのめしたのがこのノースウォール城だった。
あの戦で失った有能な者達は数えしれない。あの敗戦がきっかけでナプスブルクは凋落したといっていい。だがウルフレッドは残念ながら、と言わんばかりに首を振った。
「この城はな、文字通り”北の壁”なんだよ。あんたらナプスブルクの侵攻に備えて造られた城だ。だがそれでも万が一この城が陥された場合敵の難攻不落の要塞になるとまずい。だから南側の斜面の一部はなだらかにしてあるし、城壁も薄く北側よりも低い。奪還しやすいように造られているのさ。さらに兵を潜入させるための抜け道が城内にいくつもある。その坑道を全て埋め終わるまで兄上は待ってくれないだろうな」
「ならば再び野戦に挑み勝つと」
「どうかな、正直なところ自信がねえな」
「なんと……臣の前でそのような事を申されますか」
ランドルフはこの異国の、かつての敵国であった者達の心情を考え、その者達の主君に苦言を呈した。思わず言葉に出てしまったというのが正しい。だが当のウルフレッドは悪びれる様子もない。また配下の者たちが動揺する様子も見られない。
「事実だからな、隠しても仕方ないだろう。兄上は戦上手だ。学問や兵法だけじゃない、武芸でも俺が兄上に勝てたことは一度も無かった。それだけじゃない、配下にいるウドロフ将軍はロッドミンスターきっての猛将。さらには海軍を率いるメラン将軍まで向こうに味方している」
「こないだの戦いじゃ上陸してきたメランの軍に横っ腹を突かれたのが痛かったからな」
ジドゥーバルが苦々しげに言った。
「兄上の軍はそれらの将を含めその数四千。先の戦いの結果を見て向こうに付いた豪族もいるだろうから今はさらに多いだろう。対してこちらは重傷者を除いてせいぜい二千で一番戦慣れしていたハーマンはもういない。それにランドルフ殿、あんたが連れてきた三百。勝てると思うか?」
「戦は蓋を開けてみなければわからないものです。私もかつてはこの城を陥とす気でおりましたからな。大将が弱気では勝てるものも勝てますまい」
「そうかそりゃ良かった。援軍の将が弱気でないことがわかった」
このウルフレッドという男、私を試したか。劣勢の軍へ加勢に来た援軍の将に戦意が本当にあるのかどうかを。ランドルフはウルフレッドの予想外の言葉に顔にこそ出さなかったが意表を突かれた。
「報告します! マシューデル殿下の軍が動き出しました。まっすぐこの城へ向かって進んで来ています」
城主の間に伝令が駆け込み、叫ぶように言ったことでランドルフは我に返った。ウルフレッドが眼差しを鋭くして言う。
「……来たか。明日の早朝軍議を行う。ランドルフ殿も明日に備え今日は兵を休ませてくれ」
「敵が向かってきているのですぞ」
「わかってるさ。だが動くのまだだ。いいか、軍議は明日だ」
そう言うなりウルフレッドは背を向けると、奥の間に引っ込んでしまった。ランドルフが見回すと残された将校たちに動揺は見られない。おそらく自分がここにやって来る前に何らかの示し合わせがあったのだろう。
今はあのウルフレッドの考えに乗るしかあるまい。だが自分の兵達へいたずらに犠牲を強いる策だとしたならば、その時は……。
ふとランドルフの脳裏に摂政ロイの顔が浮かんだ。主君と呼ぶ気にならぬ男だが、戦わず兵を引けば罰は免れないだろう。だがそれでも手塩をかけて育て、今もなお自分を慕ってくれている兵達を思えば選ぶべき事を決まっている。
かつてのナプスブルクの栄光。それが物悲しくランドルフの胸に残り続けている。
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