episode2 : 体験入部

 4月2日、放課後。

「寧々、もう機嫌直しなよ〜」

「だってすっごい楽しみにしてたんだよ?

 私の王子様どこに行っちゃたの〜」

 寧々は放課後まで引きずっていた。滉先輩が

 交流会に来なかった事。


「別に部活体験に行けば会えるんじゃない?

 この学校のテニス部は男女隣のコートで練習

 してるみたいだしさ。」

「え、そうなの!?てか葵なんで知ってるの?」

「あ・・・ほら!部活動紹介の時言ってたでしょ」

「そうだっけ?」

 

 全くの嘘だ。滉先輩が話していたことをうっかり

 言ってしまった。

「そうそう!体験行くなら付き合うよ」

「ほんと!!それじゃ早速行こう」


 寧々は嬉しそうに教室を飛び出して行った。

「さて、私も早く行かないと。」

「一ノ瀬 葵さん」

 教室を出ようとした時だった。ふと声を掛け

 られる。声をかけてきたのは担任の神崎雅先生。


「先生。どうかしましたか。」

「そういえば一ノ瀬さんの親御さんは入学式

 見なかったなと思ってね。お忙しい方なの

 かい?」

 そう。母親は入学式自体には来ていた。しかし

 急に体の調子が悪くなったらしく教室には来な

 かった。確かに顔色が悪かったので、先に家に

 帰ってもらっていた。


「入学式には来ていたんですが、体調が悪かった

 みたいで、途中で帰ったんです。それがどうか

 しましたか?」

「いや、なんでもないんだ。一ノ瀬さんの親御

 さんだけ教室にお見えにならなかったから、

 どうしたのかなと思ってね。特に他意はない

 んだ。」


「そうですか。気にしてくださってありがとう

 ございます。それでは私はこれで失礼します。」

「ああ。気をつけて帰るんだよ。」

「はい。先生さよなら〜」

 手を振って先生に別れを告げ、急いで玄関に

 向かう。早く行かないと寧々に色々言われ

 そうだ。


 正面玄関で待っていた寧々は遅い〜と言いながら

 待っていてくれていた。それにごめんと答え、

 テニスコートに向かった。コートにはたくさんの

 体験入部者がいた。15人くらいだろうか。

 さすが強豪校。テニス専用の体育館が用意されて

 いる。北海道の4月はまだ雪が残っていて外では

 練習出来ないので、体育館で練習をしている。


 大所帯の中、1面のテニスコートで8人のメンバ

 ーがデモンストレーションをしている。おそらく

 レギュラーメンバーなのだろう。その中に滉先輩

 もいた。

「きゃ〜私の王子様〜!!かっこいい〜!!」

 寧々は早速先輩を見つけて興奮していた。


「君たちも体験希望かな?」

「はい。参加出来ますか?」

「全然、大丈夫だよ。お二人さんは初心者さん?」

「はい。全くの未経験です。」

「滉先輩に手取り足取り教えてもらいに来まし

 た。」

「手取り足取りって(笑)」

 見知らぬ先輩相手でもお構いなしに寧々は滉先

 輩を指名した。


「滉!こちらのお嬢さん達からご指名だ。」

 デモンストレーションを辞め、滉が近づいて

 くる。

「呼んだ?三嶋。」

「こちらのお嬢さん方にテニス教えてあげて。

 未経験者だって。」

「うん。わかった。」

 じゃ、よろしく〜と言いながら三嶋が去って

 いく。


「お久しぶりです///

 あ、あの、私の事、覚えてますか?」

 滉先輩に会う前と様子が違う寧々を見て、

 つい笑ってします。緊張しているのだ。

「もちろん覚えているよ。寧々さん。」

 余程嬉しかったのか、寧々の顔はポッと赤くなっ

 た。


「そちらの人は初めましてだね。僕は南雲 滉。

 よろしくね。」

 どうやら私達はこれが初めましてという設定ら

 しい。

「初めまして。一ノ瀬 葵と言います。

 よろしくお願いします。」


 それからラケットの握り方や打ち方など、

 一通り教えてもらってその日の体験入部は終了

 した。寧々は教えてもらっている間、終始緊張

 していた。緊張で動きがぎこちなく。いつもの

 寧々らしくない。その姿を見ているのは面白かっ

 た。人は好きになるとああなるんだと思いなが

 ら眺めていた。

 ___________________

 その日の夜。下宿の夕食時間。

「滉。今日は随分人気だったね。」

 紀ノ国がそう言いながら夕食を持って向かいの

 席に腰を下ろした。今日の夜ご飯はハンバーグ、

 ポテトサラダ、スープと言った下宿生に人気の

 メニューだ。


「別にそんな事ないよ。今日は偶然。」

「へえ〜、偶然ね〜」

 ニヤニヤしながら紀ノ国が問いかけてくる。

「なに、どうしたの?」

「今日体験にきたあの女の子。なんだっけ?

 きの...」

「木下寧々さん」

「ああそれ!木下さん。完全に滉の事意識して

 たね。可愛かったな〜」


「そうかな?特によくわからなかったけど。」

「出た出た。これだから嫌だよね。鈍感モテ

 野郎は。」

「今日は鈍感モテ野郎に全部持ってかれた感じ

 だよな〜」

 後ろから夕食を持って近づいてきたのは、一樹。

「滉ってさ。何気に隠れファンが多かったりする

 んだよな〜羨ましい!!!なんで滉なんだああ

 あああ!!」


「ちょっと一樹、うるさい。

 まあ、滉がモテそうなのはわかるっちゃわかる

 けどね。」

「ん??」

 紀ノ国を見つめながら、わからないと言わん

 ばかりに首を傾げて見せる。

「いや、そういうとこだぞ?」


「いいないいな。俺もモテたい。滉!!

 顔交換してくれ!」

「あんたは顔交換してもモテないわよ。中身の

 問題。」

「え、それ酷くね?」

「事実だから仕方ないじゃない。」

「おい、滉!そんな事ないよな?な?」

 

 無視して夕食を食べ進める。

 試しになんとも言えないというような目で

 一樹を見る。それを見た紀ノ国は腹を抱えて

 笑う。

「ひでぇよ。二人とも...」

 さすがに可哀想になったのでここら辺でやめる。

「冗談だよ。僕は一樹が友達で良かったと思って

 いるよ。一樹の良さは深く関わらないとわから

 ないだけだよ。」


「うう...お前ってやつは〜。良いこと言う

 じゃねぇかよ〜」

「簡単に言いくるめられていて面白。」

「へ?」

「紀ノ国、それは言っちゃダメだよ。

 あと少しで沈められたのに。」

「テメェ、こら滉!!からかいやがって〜」

 暫く談笑しながら夕食を食べ終え、それぞれ

 部屋に戻った。


 日付が変わり4月3日。夜中3時。またあの夢を

 見ていた。

 地下室の夢だ。最近見る頻度が増えた気がする。

 真っ暗な地下室。傷だらけの体。痣が妙に疼く。

「行かなくちゃ...の元に...行かなくちゃ...

 あぶな...」

 ふと目が覚める。

「なんだ今のは・・・」

 夢自体は同じだ。けれどいつもとは違う。

「どこかに行こうとしてる?誰のところに・・・」


 気づけばまた深い眠りについていた。



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君と僕の真実 高槻エト @xxtakatsukixx

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