第214話 そして強敵(とも)よ、静かに死ね
「ここは、どこだ?」
気がつけば、そこには闇しかなかった。足下には草も生えない荒れ果てた大地が広がるばかりで、数十メートル先は闇に埋もれて何があるのかわからない。グリュンヒルデの荒野を思い出したがそれとも違う気がした。魔法の源のひとつである精霊たちの存在を感じない。
あなたの望む世界へ、というアイーシャの言葉が脳裏に過っていた。
「ということは、ここは別世界ということか」
辺りを窺いながら歩いていると、何かが地面に転がっているのが目にとまった。巨大な芋虫のようで、ケーナ地方に生息する毒虫の一種かと身構えたが、目を凝らすと手足のようなものが伸びている。恐る恐る近づくと、やはり人のようだった。ようだと思ったのは、布袋のようなもので身体を覆い、頭部には顔の位置に面体とマスクが嵌め込まれて、鎧のようでもあり、小型化された
面体部分が埃だらけだったので持っていたハンカチで拭ってやると、中に人の顔がようやく見える。若い男だった。揺らしても反応がない。
その穴は銃弾によるものらしいと判断した時、突如、上空に重い轟音が唸り、闇の空を裂くように光が照らされた。
「サーチライト……あれは魔空艦?」
だが、船の形や数が違うとアルドは思った。魔空艦のサーチライトは三つ四つが精々だが、船底に穴が空けられたように無数のライトが地上を照らしていた。ライトは生き物のように動き、アルドを照らすと、突然砲声が鳴り響き、白い閃光が雨のように、アルドへと激しく降り注いできた。
「ぬう!」
アルドは魔法陣を張って閃光を凌ぎきったのだが布袋の男は流れた閃光弾をまともに浴びて消滅してしまっていた。問答無用の攻撃に閉口したが、これで目の前にいるのは、明確に“敵”だと認識できた。
「何だかわからないが、ムルドゥバの火力の比ではないな。どこの軍だ」
魔空艦らしきものに続き、次には闇の奥から異音が聞こえてきた。空気を切り裂くような唸りを上げて、闇の空を滑空する五機もの飛行物体が接近してきた。
「のろいぞ!」
アルドは空に飛翔すると、金属製の弾はアルドの動きにに合わせて追尾してくる。アルドは“
アルドが向かってくるのに対し、敵は灼熱の光弾を撃ち放ってきた。その一発一発の熱量が魔空艦の砲弾を凌駕している。驚き目で追っていると、地上から噴き上がる熱波を感知し身を捻ってかわした。
見下ろすと暗い地上には、紅い光が灯っている。目を凝らすと、人型らしき輪郭がうっすらと映る。光る部分は目のようだった。
「今度も“
百や二百といった数ではない。数千にも及ぶ鋼鉄の巨人の群れ。装甲など無く骨がむき出しで機械の人形のように思えた。ざっと見たところ操縦者らしき姿もない。どうやら自動で動いているらしかった。
圧倒的な力と技術。
しかし、アルドの中には未知の世界への恐怖も不安も存在していなかった。
「……素晴らしい」
光弾をかわしながらアルドは呟いた。身体の内側から溢れる高揚感で、顔には喜悦の笑みが浮かんでいる。
力の果てだと大袈裟に言っていたが、所詮は子どもだとアルドは腹の底から笑わずにはいられないでいた。垣間見ただけに過ぎないが、自分は今、技術の結晶、文明の
「面白い。私はこの終わる世界とやらを支配し、この世界の技術で再び還るぞ」
アルドの身体を闘気の炎が包み、火球と化して眼下の“
アルドは着地すると、生き残った“敵”を睥睨しながら哄笑した。
「素晴らしいが、それでも私一人の力には及ばないようだな」
上空から重い砲声が響き渡った。魔空艦らしき船から、ペンを想起させる尖頭状の物体が、尾から白い煙を引いて放たれるのを目にした。
その数は数百。
地上には数千に及ぶ機械の人形の群れ。
肉体が歓喜し、全身の血が沸騰しているようで、身体燃えるように熱い。アルドはこれまでにない興奮を味わっていた。
「良いだろう。私の力を見せてやる!」
足下に蛇紋様の魔法陣が浮かび上がり、自動に張られる結界が機械の人形たちの攻撃を防いでいた。だが、猛攻は止まず、“敵”は執拗に砲撃をし続けてくる。愚か者共よ、この世界の新たな主の力を思い知るが良い。
「見せてやるぞ、この
アルドの周りに十数もの鐘が出現し、荘厳な鐘の音が打ち鳴らされる。共鳴しあい、増幅されたエネルギーが更に強大なエネルギーを生みだし、怒濤の衝撃波を放つ。
衝撃波は岩盤を砕き、粉塵を巻き上げ、機械の人形や飛来する物体、上空の戦艦までも呑み込んでいった。咲いた爆華が瞬く間に消されるほどの衝撃波で、
油か何かに引火して、あちこちから炎があがり、アルドを不気味に照らしている。
「ははは!やはり私は素晴らしい!」
アルドは今の一撃で、自分の実力を改めて再確認していた。
ここには、リュウヤやルシフィといった化け物クラスもいない。我が絶対。我が頂点。邪魔者は誰もいない。文明の叡知を学び力を蓄え技術を更に進歩させれば、また奴らに復讐も出来る機会もあるはずだ。
「待っていろ。リュウヤ・ラング……!」
興奮しているせいか呼吸が荒く感じる。目眩を覚えはじめていた。戦いの連続で、さすがに身体が疲れを訴えているのかもしれない。引火した炎が激しさを増し、薬品や金属の燃える不快な臭いが立ち込めている。この場を離れようとした時だった。
急に膝の力が入らなくなり、その場に崩れ落ちた。
「なんだ……?」
喉の奥がゴロゴロと鳴り、込み上げたものを感じて軽い咳をした拍子に、信じられないほどの大量の血を吐きだされ、大地を濡らしていた。
どこか負傷したのか。
急いで治癒魔法を掛けたが、不快な気分は無くならず、次第に呼吸も困難になっていく。吐き出される血も止まらない。
「なにが……私の身体になにが起きている……!?」
アルドは身体を起こすことも出来なくなっていた。地面に這いつくばったまま、もがいてのたうち回るだけだった。何かの拍子に仰向けになれたのが、唯一の抵抗だったかもしれない。
開いた口は何かを訴えようとしたが、言葉にもならない。見開いた目で暗闇が広がる空に精一杯手を伸ばしていたが、やがて糸が切れたように力を失うと、アルドの手は乾いた音を立てて地面を叩いた。
何も反応しなくなったアルドの身体が暗闇の大地に残されていたが、やがて引火した炎が忍び寄り、アルドの身体を燃やしていった。
※ ※ ※
「くそ、間に合わなかったか」
炭と化したアルドだったものを前に、アルドが“布袋”と例えた姿の者が嘆息した。
“布袋”は小さなボンベをふたつ背負い、手には銃のような物を所持していた。マスクはボンベとチューブのようなもので繋がれている。
声とマスクから覗いて見える力強い瞳から、若い男のようだった。
ようやくアルドを焼いた炎を消せたのは、倒れたアルドが炎に包まれて約一時間後のことである。
戦闘の報せは入っていたものの、レベルSSSの警戒態勢が解けずに、救助班と救助に向かえなかったのだ。
間に合わなかった悔しさを滲ませながら、若い男がアルドの骸の前に佇んでいると後方から「隊長」と呼ぶ声がした。
振り返ると隊長と呼ばれた男と同様、“布袋”が三人ほど近づいてくる。
「他に人影は見当たりません。こいつだけです」
「そうか……。着ているのは軍服のようだが、どこの所属かわかるか?」
隊長に訊かれ、三人の“布袋”はわずかに残る軍服を調べていたが、力なく首を振った。
「ダメですね。見覚えありません。随分と時代掛かった感じから、本人の趣味じゃないですかね。昔を憧れる奴はたくさんいる」
「そうだな……」
失われた栄光の時代に憧れを抱き、映画や資料を漁って姿を真似る者が多い。
風紀を乱すと軍政府では問題視されていたが、閉塞した生き方を余儀なくされた人類にとって、わずかな潤いや息抜きとなる。上層部にも同じ趣味を持つ者はいて、取り締まりとまではならなかった。
この男も、古に憧れを抱く一人かもしれない。
隊長にもその気持ちはわかる。
遥か遠い先祖は、伝説の“サムライ”であり、サムライの時代が終わっても名高い剣術家であったという。
隊長も憧れを抱き、古い資料を引っ張り出して、一人、剣に励んでいる。
その成果が表れ、ひとりで三体もの“機械兵”をビームソードで倒した時は、未来への希望や、道が拓けた気がしたものだ。人間は過ちを繰り返す生き物だとしても、一方で過去を紡いで糧とし、未来への希望を見出しながら生きているのだろう。
「……しかし、こいつは何者だったんだ。一人であれだけの“機械兵”を全滅させるとは」
「もしかしたら、真田博士から何か兵器でも託された人かもしれませんね」
真田玄一郎かと隊長は渋い顔をした。
「確かに、あの変人なら、我々にも黙って勝手にやってそうだな」
冷笑癖で何を考えているかわからない男だったと、真田の不快なにやけ面を思い出している。
「しかし、あの変人のおかげで、我々が救われたのは確かだ」
人類は滅亡の危機にあった。
人工知能によってすべてが機械化された時代、テロリストによるハッキングでシステムが異常を起こして暴走し、機械たちは人間を襲い始めた。核や生物兵器などを次々に投入し、かつて百億を超えた人口も現在では、三百万までに減少していた。
残された人類は地下に暮らしレジスタンスを結成して、暴走した兵器たちを“機械兵”と呼んで、必死の抵抗を続けていた。
真田玄一郎博士は妻を戦争で亡くし、〝機械兵〟への復讐するためにレジスタンスに参加していたのだが、変人と呼ばれる男だけに性格が変わっていて、独り寂しいオンボロ小屋で開発研究しているのが常だった。
「魔法と科学の融合。魔法のような機械を発明をしたい」
とは、そんな彼が常々訴えてきたことではある。
子どもじみた発想で、耳にしたものは誰もが苦笑したものだが、実際に揶揄や批判する者はいなかった。魔法という表現が幻想的で、この絶望に満ちた世界では一種の魅力があったからだ。
その真田が“機械兵”に居場所を突き止められ、殺された時も異世界に転移したという噂がまことしやかに囁かれていた。真田の警護にあたり九死に一生を得た兵士の報告では、“機械兵”に襲われた真田が、突然光に包まれて消えたという。上層部は「機械兵のビーム弾」で片付けたが、常々、真田が魔法魔法と口にしていたことと重なり、奇妙な噂話として人々の間で語られるようになっていた。
「真田博士はともかく、この男、防護服を装備しないで戦うとは、無茶にもほどがある」
“布袋”の一人が、炭化したアルドを叱るように言った。
「“機械兵”は核やVXガス攻撃も躊躇しないのに。放射能や毒ガスまみれな地上で自殺行為だぞ」
「それだけ決死の覚悟だったのだろう。しかし、おかげで時間が稼げた」
レジスタンスも“機械兵”の動きを察知していて、気象兵器の発動も時間の問題だったのだ。ただ、勇敢な戦士に対して無駄とは、さすがに隊長も口にはできなかった。
やがて、ポツ、ポツと空から落ちてくるものがある。そのひとつが“布袋”のマスクに当たり、“布袋”は驚いてマスクに当たったものを拭った。
「空から水、ですか……?」
「お前も見るのも初めてか。俺も初めてだが“雨”という。自然がもたらしていた恵み、或いは罰となるもの。人類が“機械兵”に追いやられるまでは当たり前にあった自然現象だ」
隊長に促されるように、男たちは黙って空を見上げていた。残っていた火が消えただけでなく、わずかに起動していた“機械兵”たちも、“雨”を浴びて紅い光を失い沈黙する。
隊長は静かに横たわる“機械兵”を見据えながら、感心した様子で言った。
「真田博士の報告書通りだ。バイオナノマシンが“機械兵”のシステムを破壊している」
真田玄一郎が人工知能兵器を停止破壊、そして再生のために考案した気象兵器“レインメイカー”。
カリウムやリン等で構成されたバイオナノマシンを雨に含ませ、浸透した“機械兵”システムを無力化させる。“機械兵”に襲撃された真田がレジスタンスに託した兵器だった。
バイオナノマシンは“機械兵”を無力化させるだけではなく、地上を覆う空気、土壌や川や海を汚染した放射能や毒ガスを原子レベルにまで分解、無害化させる。そして一定の役割を終えれば自らを分解させて土へと還り、新たな自然の生命を宿すための養分となる。
「それだけ良いとこばかりだと、確かに魔法だな」
空から降りしきる雨を見上げながら、隊長は呟いた。
報告書の冒頭には、“神から啓示を受けたような発見があった”と、詩的な表現が綴られていたという。
「何にせよ、これで人類が救われた。真田博士と……」
隊長は目の前に倒れたままの、アルドの骸に視線を落とした。
「それに、この勇士も讃えないとな」
「そうですね。片山隊長」
敬礼と隊長が叫ぶと、他の“布袋”たちも規律正しく敬礼を行った。
空の闇が払われ、雲間から光が射し込んでくる。すべての浄化が終わった証の光だった。
復興には長い年月を要し、幾多の困難を伴うだろう。しかし、たしかな道がそこにある。
滅亡に瀕した人類の、これからの未来を祝福するような澄みきった青空が広がっていた。
ただ一人、アルドの
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