第201話 想いを紡ぐ

「悪魔どもめ、どこまでも私に逆らう」


 アデミーヴが塵となって消滅していく中、アルドは歯軋りしながらルシフィたちを睨みつけると、手をかざして、数字や円形グラフが表示された紫色に光る四角形の板状のものを浮かび上がらせた。トゥールハンマーの出力状況を表示したホログラム・モニターで、まだ出力は60パーセントといった程度である。先の二発と比べれば充分とは言えない威力だった。しかも充填機能もまだ回復しておらず、100パーセントとなるには時間が掛かり過ぎる。


「……一旦、退くか」


 プリエネルの損傷は相当なものだが、それでも数日でもあれば完全に修復される。

 ムルドゥバ軍も今はアルドに対し疑心暗鬼となり、偽物という情報も流れて混乱の極みにあるが、落ち着けば道標となるものを求める。やがて人はこの“マスター”にすがり、従い、心服するだろうとアルドは確信していた。

 エリンギアやレジスタンスとの関係も以前のようにはいかず、おそらくムルドゥバから離れる。魔王軍も厄介な連中が残っている以上、割拠といった有り様となると予想しつつも、アルドはかつて英雄と呼ばれ、今は“マスター”となった自分とプリエネルに絶対的な自信を持っていた。


 ――プリエネルは、まだこんなものではないはずだ。


 今回は何度か遅れをとったが、まだ使い慣れていないだけだとアルドは思っている。未知なる領域を拓き、さらに性能を向上させれば、リュウヤ・ラングやルシフィなど恐れるに足らない。今度こそムルドゥバ軍の人間の勝利で神の下で統治され、新たな時代の幕開けとなる、と。

 このグリュンヒルデを不毛な荒野とさせ、神の威厳を見せつけるという当初の目的は失ったものの、ここを逃れるためにもトゥールハンマーは必要となる。

 ここから逃れるためなら、今のエネルギー量でも充分なはずだとアルドは照準をリュウヤに合わせた。

 わずかに苦悶の表情を浮かべたからではない。多少の怪我で動きが鈍るリュウヤ・ラングではないくらいアルドも承知している。だが、セリナとアイーシャを守る身としては、最も狙い易い標的としてはリュウヤが最適だった。

 その射線上直近にはルシフィと反逆者テトラ・カイムがいる。逃げるにせよ、恥をかかせた連中をここで一掃できれば、今後の展開がかなり楽になるのは間違いない。


「……最後に勝てば良い」


 ニヤリとアルドが笑みを浮かべると、主の意思に呼応するかのように、プリエネルのコアに溜め込まれたエネルギーが急速に膨れ上がり、コアから激しい稲妻がほとばしった。


『あのでかい光のやつ、来ます……!』


 トゥールハンマーの激光を目にしたルシフィが、緊張した声をあげた。テトラたちはトゥールハンマーの光球を見据えながら、それぞれ退避に備えて身構えた。


「テトラ、ルシフィ!狙いは俺だ。早くここから離れろ!」

「でも、リュウヤ君はどうするのよ!」

「何とかなる」

「何とかって……」

「いいから行け!」


 鋭い怒声にテトラは思わず身をすくませていたが、リンドブルムが先に反応した。目だけで頷くと、ルシフィとともにリュウヤから離れていった。

 リュウヤはアルドがセリナとアイーシャを抱える自分を狙っているということは察していた。だが、アイーシャはもちろん、身重のセリナにもこれ以上の負担は掛けられなかった。

 鎧衣紡プロメティア・ヴァイスは過去、テスト生として幾多の戦士が複雑な操作と掛かる圧力に耐えきれず、脱落していった難物である。自分一人ならともかく、子どもと身重の妻がトゥールハンマーの衝撃に耐えられるか疑問だった。だとしたら、全魔力を使った鎧衣紡プロメティア・ヴァイスのバリアに懸けるしかない。アルドの狙いもそこにあるのだろう。

 だが、不思議と恐怖はない。


 ――シンジテ。


 リュウヤの耳に、子どもたちの声が微かに聞こえていたせいかもしれない。


「お父さん」


 アイーシャがリュウヤの胸元に下がる鎧衣紡プロメティア・ヴァイスのペンダントに手を当ててきた。


「みんながね、“お父さんと頑張れ”て。だから、わたしも頑張るね」

「そうか」

「あまり力出せないけど……」

「そんなことはない。ありがとな。助かるよ」


 アイーシャの表情には、さすがに子どもらしく明らかに不安と恐怖の色が浮かんでいたが、それでも必死に堪えようとするアイーシャの健気さが胸を締め付けてきた。

 リュウヤは髪がくしゃくしゃになるほど思いっきりアイーシャの頭を撫でて、その小さな身体を抱き締めた。


「みんなで一緒に帰ろう。早く母さんの手料理食べたいだろ」

「うん!」

「セリナももう少し辛抱してくれ」

「大丈夫です。この子もいますし。それに美味しい料理つくらないと」


 セリナは自分のお腹に手を当てながら、笑顔をみせた。いつもの笑顔の中にも、その瞳に強い意志と覚悟を感じた。


「わたしも一緒に言わせて下さい」


 セリナがペンダントとアイーシャの手に重ねてきた。リュウヤはアイーシャとセリナの顔を見渡し、同時にスッと息を吸った。


鎧衣プロメティア……」


 想いを紡げる。


ヴァイス!」


 リュウヤの背から、巨大な蝶の羽根が虚空へと広がった。

 ペンダントに魔力が集まり増幅していく様子は、プリエネルの照準を定めた拡大モニターから確認できた。声までは拾うことはできなかったが、何を話しているかは、アルドにもおおよその見当はついている。


「美しい家族愛だな。ヘドが出そうになる」


 家族。

 アルドにとって最も不要なものだった。

 生まれながらにして孤高の存在。

 生まれながらにして統治者。

 妻子がいた時期もあるが、有限の命である人としての義務を果たしただけで、戦死や病死の報せにもさしたる感慨も沸かなかった。“神(マスター)”となった今、人のしがらみにもしばられないで済む。プリエネルの結界(コア)内なら、“永遠”の強さと若さと安らぎが得られるのだ。


「その家族劇は、あの世でやりたまえ」


 ――もしも防いだとしても、貴様に待っているのは次なる戦いだ。


 アルドは照準をさらに絞り、トゥールハンマーの膨大な高エネルギーを解放しようとした時だった。アルドの耳にプリエネルに搭載された警告音が喚きだした。見ると右手から地面の硬い岩盤を割りながら、血だらけの白い竜が躍りかかってくる。


“リュウヤの家族劇に、気をとられ過ぎたな!”

「バハムート……!?何故だ」


 何故、直前までレーダーが反応しない。

 疑問が過った時、アルドのそばを金色の光が駆け抜けていった。

 人の形をした数個の光。プリエネルやアデミーヴを惑わした忌まわしい光たち。


「またしても、あの子どもが惑わしたか……!」


 アルドはプリエネルを急いで後退させたが、バハムートはプリエネルの頭をつかむと力任せに押し込んできた。

 バハムートがアデミーヴの結界を破る際に受けたダメージは大きく、治したばかりの傷も開いて全身血だらけになっていた。口を大きく開いたまま激しく喘いでいる。

 しかしそれでも、バハムートは喚きながらプリエネルへ数キロにわたって押し込んでいく。


“そんな身体で、私を倒すつもりか……!”

“ボロボロはお互い様だろうが!”


 吼えながら、バハムートはプリエネルを身体を大地に叩きつけた。頭部を岩ばかりの大地に押しつけ、そのまま岩山を砕きながらプリエネルを磨り潰すように山を駆け降りていく。プリエネルも推進力だけで押し返そうとするが、不意のバハムートの強大な力の前には対抗できず、なすすべもない。メキメキとプリエネルの頭部から不吉な音が鳴った。


 ――再生を、両腕を再生しなければ。


 トゥールハンマーのエネルギーが再生にまわってしまえば、それだけ威力も減少してしまうが、今はどうしようもない。アルドはプリエネルに急いで両腕を再生させると、山の麓を降りたところで腕をもぎ放し、漸くバハムートから逃れることができた。

 だが、機体を起こすと、バハムートの口から白い炎が漏れている。


「この距離でホーリーブレスを撃つつもりか……!?」


 距離にして数百メートルという超至近距離からの攻撃など、自身も衝撃の余波を受けて無傷では済まない。無謀とも言えるバハムートの攻撃にアルドは驚愕したが、すぐに気を取り直し凶悪な笑みを浮かべた。


“良いだろう。私としても、面倒な敵は少しでも減らしておきたいからな!”


 出力は40パーセント前半まで低下している。それでもアルドはホーリーブレスに優ると信じて疑わなかった。

 アルドの判断は過信に等しいものだったが、全身に傷を負ったバハムートの姿や、先ほどプリエネルを押さえつけていた力、エクスカリバーによって増幅された闘争本能が、アルドか過剰な自信を生み出していた。

 紅い球体はいよいよ光の強さを増し、煌々とバハムートを照らしていく。

 さんざん悩ましたあの奇妙な光も、この力を抑えられない。


『クリューネさん、その距離で無茶だ!』


 ルシフィが叫んだ。

 今のバハムートでは、至近距離まで近づかなければプリエネルを仕留められないというのもわかる。しかし、プリエネルから生じるエネルギーは、完全ではないとはいえ、満身創痍な上に正面からの至近距離でトゥールハンマーと激突するなど自殺行為というしかない。

 プリエネルの身体はしょせん機械だが、バハムートは温もりを持った生命の身体なのだ。

 ルシフィの叫びはバハムートにまで届いていたが、構わずバハムートは突進した。ここで逃せば、アルドは身を潜めてより強大な力をつけて現れる。カリスマ性のあるアルドだから支持する者も多い。そうなれば世界は一層混迷し、分裂し対立するのは疑いようもなく、いよいよ事態の収拾がつかなくなる。

 バハムートとしては、意地でも退くわけにはいかなかった。


“良いだろう、喰らえ!”


 アルドが哄笑した瞬間、カッと小さな音とともに、コアのそばで何かが当たった。右胸辺りに何かが突き立てられている。


 ――矢か?


 奥の荒野に人影が映る。

 膝をついて長弓を手にした銀髪の男。アルドの疑問に反応して、自動に浮かんだホログラム・モニターに拡大された男の姿を見て呻き声を漏らした。


「シシバルめ……、小賢しい真似を。こんなもので!」


 声を荒げた次には、シシバルが突き立てた矢から猛烈な爆発がプリエネルを襲った。機体が激しく揺れ、反転するほどの衝撃に、プリエネルはその視界からバハムートを見失っていた。


「今度はなんだ!」


 魔王軍の矢がそうであるように、魔力の籠められた矢は何倍にも威力が増して魔装兵ゴーレムの装甲すら砕く。だが、プリエネルの動きを止められるほど魔力を持つ人間は滅多にいるものではない。それに魔王軍の矢は自身で魔力を滞留させながら放つが、他人同士の場合はよほどタイミングが合わなければ効果も失ってしまう。

 再びホログラム・モニターが浮かび、エクスカリバーが感知した発生元の映像が表示される。銀髪に紅い目をした小柄な女が、手足を失って負傷した男を胸に抱きすくめたまま、プリエネルに向け右手をかざしていた。


 ――リリシア・カーランドか……!


 だが、アルドは思考を言葉にすることが出来なかった。雄叫びが鼓膜を揺るがし、振り向くと白い炎を口から漏らすバハムートがモニター一杯に迫っていた。


“さすがは最後の切り札だな!”

「あっ」


 無意識に声を発した時には、バハムートは洞穴のような大口を開け、白い輝きを放つ炎がアルドの網膜を焼いた。意識が飽和したまま、ホーリーブレスの激流がプリエネルの心臓部でもあるコアが押し流されていくのを、呆けたまま佇んでモニター眺めていた。至近距離で放たれた灼熱の熱波はプリエネルの機体を粉砕して消滅させていく。激流の中で、滞留していたトゥールハンマーのエネルギーは逆流現象を起こして暴発し、アルドがいるコアをも破壊していった。外に投げ出されたアルドに白い炎が包み込んでいく。

 真っ白な世界がアルドの視界に広がっていた。

 灼熱の熱波に流されているはずなのに、清浄で静寂に包まれ何と美しい世界だろう。

 嵐で海上は荒れ狂っていても、深海は森閑とした穏やかな世界だという。ホーリーブレスも同じなのだろうか。


 ――これは神の国か。


 恍惚にも似たえもいわれぬ快感がアルドを刺激した瞬間、白い灼熱の波がアルドの身体を襲い、唐突に目の前が真っ暗となっていた。アルドの意識は底知れぬ深い闇の底へ向かって沈んでいった。

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