第182話 戦いは続く
激震とともに空に広がる光球はグリュンヒルデの戦場からで確認でき、ムルドゥバ軍旗艦“ペルセウス”の乗組員たちは、艦橋に飛び込んでくる異様な光量を目にして言葉を失っていた。モニターに映るレーダーも異常な数値と反応を示し、情報が錯綜して通信係が対応に追われていた。
「あれがリュウヤ・ラングとゼノキアの力……」
「そうだ」
わかりきってはいたが、艦長の呟きに誰も答える者がいなかったので、アルドが短く答えた。
「しかし、ゼノキアはともかく、リュウヤ・ラングは人間の力として常軌を逸しています。いくら
「リュウヤ・ラングは“この世界は想いを力にできる”と言ったらしい」
「想いを力に……?」
多感な学生辺りが詩で語りそうな文言を、艦長は真顔で反芻していた。口にしたのがアルドでなかったら、艦長は失笑していただろう。
「リュウヤ・ラングの放つ力は、精神力ということですか?」
「基本的に、あのミスリルプレートから生じる力は魔力を増幅したもの。コントロールするのは精神の部分なのだが、リュウヤの言い方だとそれだけでもないようだ。私もよくわからんが」
と、アルドは正面を向いたまま言った。巨大な光球が完全に消滅すると、思い出したように戦闘が再開した。艦橋は喧騒に満ち、爆発の衝撃で船が激しく揺れたが艦長とアルドの会話を妨げるほどではない。
艦長が乗組員に指示を送るのを待って、アルドは口を開いた。
「ただ、彼は魔法が存在しない異世界の人間だ。この世界との違いを本能で感じられるのだろう。もちろん、幾ら違いを感じとることができても、彼のように具現化した膨大なエネルギーを、意のままに操ってしまうような精神力を持つ異世界人など、そうはいないだろうがな」
「……」
「そこはさすがに、“竜に喚ばれた男”というべきかな。我々の勝利は近い」
「リュウヤ・ラングは、魔王に勝てると?」
「艦長はテトラ隊長がゼノキアと刃を交えた時の話を聞いてないか。“リュウヤ・ラングは更にその先にいる”と」
「……」
「さ、君も艦長の業務に専念したまえ。まだ戦いは終わっていないのだ」
アルドが促すと、艦長は興奮を隠しきれないといった表情で、乗組員たちに檄を飛ばした。勝利は目前という言葉を聞いて、艦長の声はそれまでよりも張りがあり、明るさに満ちていた。
アルドはそんな艦橋の様子を眺めながら、艦長席からおもむろにハンドセットを手にとり、“5”と記されたボタンを押した。二回ほどのコール音の後、プツリと音が切れ無言が続いた。だが、人がいるのは、小さな呼吸音とわずかに物が擦れる音で伝わってくる。
「アデミーヴか」
“はい、マスター”
「ケイン君はちゃんと眠っているか」
“はい、そばの席でぐっすり”
「もうすぐ出撃だ。リュウヤとゼノキアの位置はわかるな」
“はい、マスター”
「戦いはリュウヤが勝つ。しかし、弱らせても殺させるなよ。ゼノキアは大事なパーツだからな」
“はい、マスター”
頼んだという言葉を残して電話が途切れた。
薄暗い部屋の中、アデミーヴと呼ばれた幼い少女が、不通音の流れるハンドセットをじっと眺めている。感情のない、冷たい瞳で。
やがて、アデミーヴはハンドセットを元の壁の位置に戻すと、ゆっくりと室内を見回した。
「……リュウヤ・ラング、感じる」
アデミーヴが止まった先には、一人の痩せた男が椅子にぐったりと座り込んでいた。白衣をまとい、うなだれたまま動かない男の表情は見えないが、左胸には紅い血が白衣に滲んで、大きな丸い染みをつくっていた。血は腕を伝って流れ落ち、床を濡らして小さな水溜まりをつくっていた。
かつてケイン・キューカと呼ばれていた男は、アデミーヴの手に掛かって第二通信室に置かれた悪趣味なオブジェと化していた。
アデミーヴの冷たい視線はケインの肉塊を通り過ぎ、無機質な鉄の壁を凝視していた。
もちろん、ただ壁を眺めているのではなく、その先に映るものに神経を集中させていた。
じっと、その時が来るの待って。
※ ※ ※
『どうだ、私の
ゼノキアは喘ぎながら、視界を覆う濃い噴煙を睨んでいた。
ゼノキアの最大攻撃魔法“聖歌福音鐘(ジングルベル)”を正面から喰らって、これまでに耐えられた者はいない。跡形もなく消し飛ぶか、奇跡的に生きていたとしても、ぼろ雑巾のように地に伏しているかだけだったのだから。
『どうだ、リュウヤ・ラング……。いかに厄介な蝶の羽根でも、この魔力に耐えることはできかっただろう……』
くっとゼノキアの口から声が洩れると、堰をきったように大声で笑い始めていた。疲れきっていたが、込み上げてくる感情をゼノキアは止められないでいる。
何十年かぶりに味わう、実に爽快で愉快な気分だった。
普段の傲岸不遜なゼノキアに戻り、腹の底から込み上げてくる喜悦の感情をそのまま吐き出し、哄笑を黒煙立ち込める空に響かせていた。
「やはり私は魔王ゼノキア。世界を統べる者。最強の存在。誰も敵わぬ!」
エネルギーをかなり消耗してしまったし、バハムートが残っているはずだが、リュウヤさえ片付ければ、あとは何とでもなる。
ゼノキアは最も近い戦闘区域を探ろうとした。先ほどから、幾つか近くで戦闘が行われていたのは気がついていたが、注意を向ける余裕などなかったのだ。
だが、神経を集中させた瞬間、直近で異様な力を感じた。リュウヤがいた位置からだ。
『なんだと……?』
慌てて目を向けると、黒煙の中に青白い電流がはしるのが見えた。信じがたい光景を目の当たりにして、ゼノキアは目を見開いて黒煙を凝視していた。
やがて煙が風に流されていき、その下から人の姿が浮かんできた。
片刃の剣を横にして両腕の付きだし、騎馬立ちの姿勢に構えるリュウヤ・ラングがそこにいた。
埃で顔は汚れていたが、目立った外傷もない。
「……どうだ、見たか。魔王様よ」
『バカな、嘘だろう。私の
ゼノキアは呆気にとられるあまり、間の抜けたような声が自分の耳に届いた。
あり得ない。
驚愕するゼノキアに、汗まみれのリュウヤはニッと口の端を歪めた。
「これが、想いの力てやつだよ」
『何が想いの力だ……!』
ゼノキアはギッと歯を鳴らし、右手にラグナロクを形成した。
馬鹿げている。
自分の渾身の最大魔法が、大昔には命を削る覚悟で使った魔法が、たったひとりの人間に通用しなかったというのか。
『私の世界制覇の志が、たかが、家族を守る意思に劣るだと言うのか!?』
「大事なのは何を想うかじゃない。その想いの強さだ。
『抜かせ!』
ゼノキアは吼えると、爆発したように闘気を燃え上がらせて、一気に猛進してきた。歯を剥いた口には泡を溜め、憎悪に満ちた表情は魔王という名にふさわしく思えた。
『行くぞ、リュウヤ・ラング!』
「来いよ、魔王ゼノキア!」
互いの咆哮が天を揺るがした。
ゼノキアの長身がさらに大きく、山が迫るような迫力をともなってリュウヤを覆ってきた。剣が上段から到達する直前、脇構えのリュウヤは一歩踏み込み、身体をわずかに斜めに傾けながら思いきりゼノキアの肩目掛けて“弥勒”を振るった。
擦れ違った瞬間、リュウヤは手には自身の刃から肉を裂いた感触が伝わってきた。
『ぐあ……!』
呻き声と重い音がし、振り向くとゼノキアが地面に突っ伏している姿があった。
激しく
リュウヤは額に手をやった。エリシュナの袖を使った汗止めが斬られてひらりと舞い落ちたが、それだけだった。
「魔王ゼノキア。これで終わらすぞ」
無傷のリュウヤは、ゼノキアを
リュウヤはゼノキアの傍らに立つと、大きく上段に構えた。
斬首を執行する役人のように。
「……ミルト村のみんなのために」
あとは刃を振り下ろすだけ。
その時だった。
リュウヤの傍で金色の光が発し、その中から小柄の人影が現れた。
銀色の鎧をまとった幼い少女。
未来のために守るべき、愛しい我が子。
「お前……、アイーシャなの……、か?」
自分の目を疑いながら、突然現れた幼き少女に戸惑いながら声を掛けると、少女は井戸の底にも似た感情のない瞳で、リュウヤをじっと見つめ返してきた。
「私のなまえは、アデミーヴ」
次の瞬間、リュウヤ・ラングは地面に叩きつけられ、視界は墨で塗られたように真っ暗になっていた。
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