第181話 リュウヤ・ラング対魔王ゼノキア、再び

 怒りという感情は、力を沸き立たせる要素のひとつではあるが、ほとんどの者は力を上手く操れず、力を増したと錯覚して身体は力んで強張ってしまい、結局は自らの力で自分の身を拘束するだけとなる。

 ゼノキアはその怒りという感情を上手くコントロールし、力に転用できる数少ない存在だと自覚していた。


 ――だが、ここにもいたのか。


 挑発に使った亡き友人テパの話に激昂げきこうするリュウヤの剣は、これまでよりも冴えを増し、ゼノキアを圧していた。

 繰り出す刃を凌ぎ、返す刃は身を凍らす鋭さがある。ゼノキアの剛剣をふわりと柔らかくいなし、速さを競っても蝶の羽根によって瞬時に追いついてくる。

 どれほど鍛えていたとしても、肉体は普通の人間。

 竜の力を失ったリュウヤ・ラングの体はガラス細工、せいぜい陶器といったところで、力でははるかにゼノキアが勝る。実感としてはリュウヤの力はテトラ・カイムよりも劣り、ゼノキアの一撃がまともに当たれば致命傷となるはずだが、リュウヤ・ラングはそれらを全て自身の技のみでカバーしていた。

 リュウヤは柳々りゅうりゅうと流れる風のようにゼノキアの剣をかわし、返す刃でゼノキアの肌をわずかにだが傷つけていく。

 ゼノキアの剣は一太刀もリュウヤの肉体に届いていなかった。

 絶妙な剣技に、ゼノキアは内心舌を巻き、力に変えるという自身の怒りはいつの間にか冷めてしまい、焦燥しょうそうの念がゼノキアを支配しようとしていた。


『おのれ!』


 力任せにラグナロクを振るったが、リュウヤは八双からやわらかく受け流して転身し、脇構えの変化から一気に踏み込んで袈裟斬りから刃を放った。

 防ぐだけしかできず、ゼノキアはラグナロクの刃を盾代わりにして辛くも弾くと、そのまま距離をとって、ようやく息をつくことができた。


「どうした。魔王様の力はそんなもんか。たかが人間の剣にさがるのか」

『……』

「人てもんを、見くびるなよ」


 ゼノキアは大きく呼吸をしながらリュウヤをじっと見つめていたが、肩に痛みを感じ、触ってみるとヌラリと指が濡れた。防いだと思ったが、防ぎきれなかったらしく、わずかだが血が指先についている。

 以前にも刃を交え、幾つか軽い傷を負っているが、その時は小細工を使うという印象しか持てなかった。だが、考えを改めなければならないとゼノキアは思った。


『……“リュウヤはあなたより強い”か』

「あ?」

『テトラが言っていた言葉だ。なるほど、今の剣技は凄まじい。テトラの言葉にも納得できる』

「……」

『これまで、貴様のような剣士と出会ったことはない。万夫不当とは貴様のようなやつにふさわしいのだろう。貴様を真似したがる連中の気持ちもわからんでもないな』


 今度はリュウヤが黙る番となった。

 ゼノキアの誉め言葉に、嬉しかったり誇らしいからと耳を傾けるために黙ったのではなかった。人間など虫けら以下とし、その存在を一顧だにしないゼノキアが誉め言葉を口にすることで、リュウヤはより警戒心を増していた。距離はあったが、足を踏み直しゼノキアの動きに備えた。


『認めよう。リュウヤ・ラング。貴様は本物だ。剣に関しては、たしかに私の先を行っているようだ』

「……」

『だが、戦いとは剣だけではない。私は全てを以て貴様に追いつき、そして越えてみせるぞ』


 自分に言い聞かせるように、静かに佇むゼノキアから不意に強烈な殺気が放たれ、リュウヤは総身が粟立つのを感じた。

 ゼノキアは手をリュウヤに向けた瞬間、ゼノキアの足下に魔法陣が生じた。手の内に魔力を溜め込んで一気に解き放ち、地が割れて、無数の巨大な火柱がリュウヤを呑み込もうと屹立した。

 魔族王家に伝わる超高位魔法“逸昇耐無(ウィザード)”という火炎系魔法を放出したが、リュウヤは光の羽を広げながら、次々にのびあがる火柱を巧みにすり抜けていく。

 魔法効果が消えたと思った刹那、ラグナロクを肩に担ぐような姿勢で、ゼノキアが眼前に迫っていた。


「ち……!」


 ゼノキアの速さが増したわけではない。

 リュウヤ・ラングを本物と認めることで、ゼノキアの意識が変化し、攻撃や動きに幅が増えていた。

 八双から振りかぶってきた刃をリュウヤは体をひねってかわしたのだが、続いて下段から斬りあげてくる。鋭い斬撃だった。しかし、そのときには、リュウヤはゼノキアの横を身を低くして駆け抜けてかわしていた。汗止めからこぼれるリュウヤの髪を、わずかにラグナロクの刃が薙いでいった。

 ゼノキアの視界には、細やかな光の粉が空中にきらきらと舞っていた。


『ちょこまかと動く!』


 ゼノキアは振り向き様、地面に大炎弾(ファルバス)を放つと、爆煙に紛れて後退しながら印を結んだ。ゼノキアの上空に無数の魔法陣が浮かび上がる。

 ゼノキアは手を振りかざすと、魔法陣から氷の塊が生じ、刃となって四方に散開した。


『……行け、“氷刃散華ドライフラワー!!”』


 解き放たれた無数の氷の刃は、咲いた花のように拡散して四方からリュウヤへと襲いかかる。リュウヤは鎧衣紡プロメティア・ヴァイスの羽根を輝かせて後退しながら、蕾が閉じるように氷刃の群がリュウヤへと集まったところで、一気に天翔竜雷アマカケルリュウノイカズチを放った。

 竜を模した巨大なエネルギー波が氷刃散華ドライいフラワーを呑み込み、一瞬で蒸発させてしまうと、そのまま、エネルギー波は地表を抉りながら、ゼノキアへとばく進していった。


「いっけえーーーー!!」

『うおおおおおお!!』


 天翔竜雷アマカケルリュウノイカズチがゼノキアに到達する直前、ラグナロクから放った闘気の一撃が天翔竜雷アマカケルリュウノイカズチに激突すると、猛烈な爆発を起こして生じた光球は、天までも照らした。


「くっ……」

『ぬうう……!』


 凄まじい衝撃波を近距離から浴び、リュウヤとゼノキアは身動きができず、それぞれバリアを張って、土砂と灰が吹き荒れる黒煙の嵐を耐えるしかなかった。


『ずありゃあああーー!』


 ゼノキアがラグナロクを跳ね上げると、二つの激突したエネルギー波は一直線に空へと昇っていった。

 青白い強烈な光が空に消え、代わりに穏やかな日射しに照らされる二人は、汗みどろになって対峙していた。


『リュウヤ・ラング……!』


 ゼノキアは歯を食いしばって、顔の汗をぬぐいながら目の前に映る強敵を睨み据えた。


「見事だ。魔王ゼノキア」

『それは、こっちの台詞だ』


 汗まみれになりながら、二人は笑みをこぼした。どちらも何故笑ったのか、自分でもわからないでいる。ただ、沸き起こる高揚感に笑みを浮かずにいられないでいた。


『リュウヤ・ラング。私の全てを受ける覚悟はあるか』

「あ?わざわざ受けるかよ、そんなもん」

『せっかくだ。そう言わず、受けてみろ。世界を統べる者の意思と力。貴様には到底持てないものだ』

「そんなものは、俺にはいらねえよ」


 リュウヤは吐き捨てるように言った。


「……いいか、ゼノキア。うちのアイーシャは、もうすぐお姉ちゃんになる」

『なに?』


 何故、アイーシャの名前を唐突に持ち出したのか。予想もしない言葉に面食らって、ゼノキアはリュウヤが何を言ったのか、はじめは理解できないでいた。


「弟ができたんだ。はやく、この戦いを終わらせて、家族や仲間と笑って暮らすんだ。セリナのあったかい手料理も食べたい。テメエの思い描く世界とか時代とか、本物がどうだとか、クソみたいなもんにこれ以上付き合っていられるか」

『それで私に勝つつもりか』

「勝つさ。この世界は……、想いを力に変てくれる」

『何が想いだ。くだらんことを。失望したぞ、リュウヤ・ラング!』


 ゼノキアは指先を素早く動かし、呪文の印を結ぶと高らかに声を張り上げた。


『“我らを祝福する鐘よ”!』


 声とともに、ゼノキアからすさまじい魔力が膨れ上がっていく。ゼノキアの周囲に無数の鐘が現れ、大音響を鳴らしながら更に魔力は増大していった。


“響け、響け。天を鳴らせ

 地よ、鐘の音に鳴動せよ

 海よ、鐘の音に粉砕せよ

 森よ、鐘の音にその葉を枯らせ

 鐘の音は我らが勝利を告げる証

 すべてにすべての者に鐘の音を届けよ”


 ゼノキアから発する魔力は大気を大地を揺るがし、詠唱だけで全てを焼き尽くす勢いがある。リュウヤは大地に踏みしめる足に力をこめ、ひたりと両目をゼノキアを見据えていた。


『受けてみろ。私の最大魔法……』

「来やがれ、耐えてやるさ!」


 リュウヤは腰を落として騎馬立ちの状態となり、刀身を横にした両手を前につきだした。リュウヤの意志に呼応するように、鎧衣紡プロメティア・ヴァイスのプレートから放たれる稲光が弥勒の刃に反射されると、光はますます強靭な輝きを増し始めていった。


「頼むぞ、鎧衣紡プロメティア・ヴァイス!」

『喰らえ、聖歌福音鐘ジングルベル―――!!!』


 ゼノキアの咆哮した瞬間、膨大な光と高熱の衝撃波がリュウヤへと襲い掛かった。

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