第177話 私が私であるために

 兵士の死体をかき集めてつくられた死の巨人“デッドマン”が五体も出現し、魔空艦“マルス”魔装兵ゴーレムが漸く三体目を始末したと思ったのも束の間、突然の激震がマルスを襲い、レーダー係が悲鳴にも似た声をあげた。

 

『左舷後方から急接の反応有り。数はひとつ!かなり強大です!』

『このクソ忙しい時に。……おい、そこから確認できるか!』


 シシバルはハンドセットを手にし、上部の見張り台に繋げると“奴です!”と張り上げる声がシシバルの耳に響いた。


“銀色のドレスに白い翼……、奴です。クソッタレのミスリードです!”

『やはり奴か』


 デッドマン五体も一挙につくりあげられるのは、魔王ゼノキアを除いて魔王軍屈指の魔力を持つと言われるミスリードしかいない。副将時代の頃から魔力は折り紙つきだったが、気味の悪いドレス姿になってから、更に強大さが増している。


「私が行く」


 静かな声に振り向くと、リリシアが立っていた。


「あの素早さだと、魔装兵ゴーレムや魔空艦の砲撃では手に余る。近接して戦うのが一番」

『しかし、アズライルまで近いぞ。両親の仇なんだろ』

「……それは兄さんと、シシバルに任せる。あなたにも、アズライルは因縁の相手なはず」


 一瞬強い視線が交錯した後、シシバルはリリシアから視線を外すと、灼熱の光弾が飛び交う窓の外を見つめたまま『頼む』と小さな声で言った。やがて、遠くなっていく足音を耳にし、それが砲声や激震に紛れて聞こえなくなってしまうと艦長の傍に寄った。

 少し前にレーダー係だった女性兵士で、停戦直前の戦闘時に務めた艦長代理が評価され、そのままマルスの艦長になっていた。


『リリシアが言った通りだ。ミスリードが船から離れた後、本艦はアズライルに向かう。それまで、外の魔装兵(ゴーレム)にリリシアを援護するよう伝えろ』


 艦長はうなずいて立ち上がると、『各乗組員に伝達します』と凜とした声を張って各乗組員に指示を送った。


『艦長が板についてきたな』


 シートにちょこんと腰掛けた艦長に声を掛けると、テヘへと艦長ははにかんで頬を掻いた。

 正式に艦長を任せてからまだ間がないことや、指示や判断は的確な割にぎこちなさが残っている。そんなどことない頼りなさが他の乗組員に庇護めいた感情を芽生えさせるのか、自分が艦長していた時よりも乗組員は積極的に動いて活気があるとシシバルは感じていた。


 ――これも一種の才能かな。


 現艦長は元々、エリンギアではシシバルの友人の屋敷で奉公していたのだが、戦災で路頭に迷っていたのをシシバルが人手不足だからと半ば強引に引っ張りこんだ。

 当時、レーダー係だから状況も把握しやすいだろうと咄嗟の思いつきで代役に選んだのだが、人材はどこにいるかわからんもんだいう人の世の奇妙さに感心し、引き当てた自分の運の良さを実感していた。

 彼女は幸運の象徴だろう。


『……頼むぞ、幸運の女神』

『え、何ですか?』


 艦長が聞き返そうとすると、再びマルスを襲った激震が、艦長とシシバルのやりとりを封じた。衝撃は船を大きく揺るがし、『きゃあ!』という悲鳴とともに艦長は席からはね飛ばされた。しかし、床に衝突する寸前、シシバルが滑り込む格好で艦長を受けとめていた。


『あ、ありがとうございます』

『今ので怪我は無しか。やはり、俺は運が良い』

『え?』


 きょとんとする艦長を立たせると、シシバルは悲鳴や怒号が飛び交い、混乱の極みにある艦橋に大声を張り上げた。


『落ち着け、お前ら!』


 その声はいつもの威圧感のある怒声ではなく、どこか明るく陽気なところがあって、その変化に驚いて全乗組員の視線がシシバルに集まっていた。


『お前ら忘れているぞ。俺たちには幸運の女神がついている!そうでなければ、今ので撃墜されていた。船には大した被害はないはずだ!そうだろう!?』


 シシバルの問いに、通信係が各部所に被害状況を確認させると、エネルギー波が表面を擦過させただけで、奇跡的にも被害はほとんどない。


『幸運の女神は、大したもんだな』


 艦長の肩に手を置きながら、シシバルは微笑を浮かべていた。普段見せない指揮官の笑顔につられ、艦橋の乗組員には落ち着きを取り戻していた。


『シシバル長官、随分と余裕がありますね』

『この船にはもう一人、勝利の女神もいるからな』

『……?』


 怪訝な顔をする艦長を余所に、シシバルは艦橋の天井を見上げた。実際には天井を見ているのではなく、船の上にいるはずの女神。今の攻撃も、その女神が凌いでくれたのだろう。


『……頼むぞ、リリシア』


  ※  ※  ※


『ええい、まったくもう!また防がれたあ!』


 ミスリードはムキーと拳を振り回して悔しさを露にしたが、頭の中では、このままの間合いを維持しようと平静な声が響いていた。

 一撃目は距離が離れすぎていたが、二撃目三撃目は確実に当てられたはずだからだ。それを突然現れた魔法陣がミスリードの攻撃を弾き返した。


『あの“神盾ガウォール”、ホント厄介よね』


 ミスリードは、魔空艦の上で身構える小柄な女に苦笑いしていた。神盾ガウォール自体はそう珍しい魔法ではないが、強大で変幻自在に操れる者はそうそういるわけではない。


『あの可愛らしい子、確かリリシアとかいったかしら』


 ミスリードから見ても、なかなかの魔法の使い手だと思う。情報によれば何の職も任されておらず、一介のレジスタンス兵と聞いているが、魔王軍にいればもっと重宝されただろう。


『ま、どちらにしても人間じゃ無理だけどね!』


 ミスリードは言うなり、雷槍ザンライドを放った。稲妻を生じる閃光がリリシアに向かって突進する。しかし、閃光がリリシアに直撃する寸前、リリシアの掲げた両手から生じる巨大な魔法陣が雷槍ザンライドを一瞬で四散させた。

 リリシアは平然とした顔をしているが、ミスリードも攻撃が当たるとは思っていない。ミスリードにしてみれば挑発の意味が込められていた。


『大した力だけど、所詮は守るだけ。受けているばかりなんて、いつまで持つかしらね』


 死の巨人デッドマンはまだ二体も残っている。たとえ駆逐されても、この戦場なら材料には困らない。魔空艇に載る魔装兵ゴーレムの動きは鈍く、空も翔べないリリシアは、近づかなければどうということはない。


『空を飛ぶことできないなら、あなたの拳も届くわけないし。ま、長丁場になるほど、私に有利よね』


 いずれにせよ勝利間違いなしと、内側から溢れる愉快な感情が抑えられず、おほほほほと高笑いするミスリードの前に、突然影が射した。


『……ほ?』

「ごちゃごちゃうるさい」


 いつからそこにいたのか、ミスリードにはまったくわからなかった。


 ――紅い瞳?


 影から覗く紅い光を目にしたミスリードの脳裏に、ふと疑念が過った瞬間、轟と唸りをあげる音とともに、とてつもない重圧がミスリードにのしかかってきた。身を縮こまらせたのが効を奏したのか、直撃は免れたもものあまりの圧力にミスリードは身体を押し流され、風に舞う木の葉のように、天地をぐるぐると回転させながら地上に落下していった。


『くのっ!!』


 ミスリードは身体を駒のように勢い回転せて、落下の速度ゆるめさせると、戦火で荒れ果てた大地に軽やかに着地してみせた。


『い、今のは……』

「残念。仕留め損なった」


 上空から聞こえる声に、ミスリードははっと顔をあげた。大陽の光にまぎれて姿ははっきりと見えないが、体格はリリシア・カーランドのものだ。だが、リリシアは人間。

 跳躍したらどうにかなる距離ではない。

 リリシアには空を飛ぶ力はないはずだった。それとも飛行の魔法や道具でも使ったのだろうか。

 ミスリードがリリシアの影を注視していると、ゆっくりと降下してくる姿にミスリードは愕然とした。

 リリシアの黒い髪は銀色に変色し、瞳もルビーのようにキラキラとした紅い光を帯びている。加えて白い翼に銀色のドレス。

 リリシアの姿は自分のそれとまったく同じだったからだ。


『ちょ、ちょっとちょっとちょっと!私がいくら綺麗だからって、ファッションまで真似しなくたっていいでしょ!』

「真似しているというなら、それはあなた」

『なんですって?』

「“ミラ”はまだいる?魔法生物“ミラ”あなたもその力で今の姿になったはず」

『……ミラ?もう魔力切れで動かないわ。気に入ってるからぬいぐるみは腰につけてあるけど』

「そう……」


 自分のお尻を見せつけるようにして、ミスリードは腰に備え付けたうさぎのぬいぐるみをリリシアに見せた。

 あれだけおしゃべりだったぬいぐるみは沈黙し、ミスリードの言う通り魔力も感じない。

 リリシアは悲しそうに目を伏せ、小さくため息をついた。


「ミラなら、“元”の身体に、きちんと戻せる方法を知っているかもと思ったけれど」

『元の?きちんと?』

「私はリュウヤ様とクリューネと旅した時から、ある違和感があった」


 鍛えるごとに急激に成長していく力や魔力。

 身体能力はリュウヤを凌ぎ、リュウヤとクリューネは天性の才能が開花だと誉めてくれたが、これは違うとリリシアはどこか心の隅で感じていた。

 力の正体に確信したのは、エリシュナの率いる部隊とアメリカの砂漠で戦った時である。

 

「アイーシャが私を元に戻してくれたけれど、それは変身を解いたようなもの。ミラが私にしたことは、ただ心と身体を乗っ取るだけじゃなかった。魔族のあなたにはただのパワーアップにしか感じなかったようだけど」

『ま、まさか、あなた……』

「強大な力を得るために、ミラにされたこと。それは“魔族の肉体”につくり変えられたこと」


 今は亡きサナダ・ゲンイチロウが魔法生物ミラに行わせたことは、遺伝子レベルから配合を組み換え、人工的に魔族の肉体をつくりだすことだった。

 その目的は最早不明だが、実験材料として自分に試したことは間違いないとリリシアは思っている。

 人間でいられる状態は、時を経るごとに短くなっている。

 自分の心までが変わっていくわけではないが、取り巻く環境はそうはならないだろう。

 身体の変化に誰にも言えなかった。

 リュウヤにも兄のジルにも。

 打ち明けられたのはシシバルだけだった。シシバルなら、自分の立場を理解してくれるだろうと思ったからだった。


「私は、もう人でも、魔族でもない。どちらからもあぶれた“エリギュナン”」

『……』

「だけど、私は生きる。私の未来のために」


 突然、カッと激しい光がリリシアの身体から発せられ、その白い炎がリリシアの身体を包み込む白い翼が輝きを増した。


「そのために、あなたを倒す」

『……いいわねえ、面白い。リリシアちゃん、面白いわよ』


 しばらく睨みあった後、ミスリードは嘲笑するように口の端を歪めた。

 刹那、ぼっとリリシアと同じ炎が、ミスリードの全身に燃え盛った。生じた強烈な衝撃波が大地を抉り、石や土が砕け散った。


『“変わり者”同士、全力でやれそうね!』

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