第174話 3度目のリュウヤ・ラング対エリシュナ
構えを下段に変化させながら、リュウヤは
――やはり、おそろしく強いな。
激闘と砲火による
小柄な身体から発せられる
リュウヤが移動しながら慎重に様子を窺っていると、汗がリュウヤの目を滲ませて慌てて拭った。瞬間、エリシュナは不意に腰が沈め、あっという間にリュウヤの間合いに入ってキーロックを振り下ろしてきた。
上段から落ちてきたキーロックをリュウヤは寸前でかわしたが、繰り出される連撃にリュウヤは一方的に押された。左斜め上からの攻撃の時にようやく隙を見つけ、身体を入れ換えると同時に薙ぐように斬り返したが、エリシュナは刃をくぐり抜けてかわした。
エリシュナはかわした勢いを使って、振り向き様にキーロックを真横に振るってきた。しかし、それよりも早く、リュウヤの横蹴りで動きを止めると、続けた後ろ蹴りがエリシュナの腹部を抉り、エリシュナの身体はくの字に折れた。
『ぐっ……!』
息が詰まって、エリシュナは苦悶に顔を歪める。腹をおさえながら退くエリシュナに、リュウヤが鎧衣紡(プロメティア・ヴァイス)を加速させて一気距離を縮めようとしたが、流れ矢がリュウヤの前を過り、わずかに足が止まった。
エリシュナはその隙を見逃さない。飛び上がって突進すると体当たりをしてきた。
弾丸のような勢いと、あまりに単純な攻撃に虚をつかれたリュウヤは胸ぐらをつかまれると、歯をむき出ししたエリシュナの顔面が視界を塞いできた。そして次の瞬間にはゴツッという鈍い音とともにリュウヤの視界が真っ暗になると、闇の中で火花が散り、額から頭が痺れるほどの衝撃がリュウヤの中を駆け抜けていった。
――……頭突きかよ。
痛みで右目が開けられないものの、うっすら開いた左目でエリシュナがさらに頭突きを仕掛けてくるのが見えた。
しかし、今度はリュウヤにも用意がある。リュウヤはエリシュナの腕を掴むと奥襟をつかんで、素早く足を踏み変えた。
『なにっ……!?』
リュウヤは地面に向かい、エリシュナを首投げで叩きつけるように投げ落とした。
エリシュナの身体が離れた刹那、リュウヤは弥勒を振りかぶり、
「いっけえええ―――っ!!」
莫大なエネルギーの奔流が咆哮する竜となって、エリシュナを呑み込もうと襲いかかってくる。
『舐めるなあ!!』
エリシュナが吼えた。
エリシュナも落下しながら、
激突したエネルギーの衝撃で、弾かれたのは二人の身体だけでなく、大地や近くの山々を抉って森を吹き飛ばしていく。交戦中の魔王軍もムルドゥバ軍も、衝撃波からの回避行動をとるために戦いどころではなくなっていた。
互いの砲火が止み、遠巻きに二人を見守るような形になっている。
「イチチ……、何て石頭だ」
目をしばたたかせながらリュウヤは残る左目でエリシュナを追うと、エリシュナは焼け焦げた大地にうずくまり、腹部をおさえながら胃の腑のものを吐き出している。やはりカウンターの後ろ蹴りはある程度の効果があったらしい。
エリシュナはまだ動けないでいた。
リュウヤは好機と捉え、エリシュナに向かって
『エリシュナ様を守れ!かかれ、かかれ!!』
主の危機を察した“深淵の森”のひとりが叫ぶと、兵士たちは我に返り、まずは近くにいた二十もの騎兵が次々にリュウヤへと斬りかかっていった。
「邪魔だ!」
リュウヤは吼えるとともに先手の一人の首を斬り飛ばした時には、既に七色に光る残滓を後に消えていた。他の者がリュウヤを追うと、振り向いた瞬間にきらきらと閃光が空を奔った。瞬く間に三人が斬られ、肉塊と化した男たちは地上へと落下していった。
リュウヤの勢いは止まらず、刃を振るうごとに悲鳴と絶叫が飛び、鮮血が霧となって空を染めた。
『怯むな!エリシュナ様に近づけさせるな!』
野獣のような猛剣を前にしても、“深淵の森”の戦士たちである。矢を放ち、槍を繰り出し行く手を阻もうと立ち向かうが、ことごとく斬り伏せられていく。
血と汗にまみれたリュウヤは悪鬼のようで、背後から斬りかかってくる相手を眼光で射すくめると、相手は金縛りにあったように身体が動かなくなった。
『ひっ……』
リュウヤはその瞬間を狙って刃を容赦なく叩きこむと、相手は
それを見た敵が急に退き、怯んだのかと思う間もなく、膨大な熱量がリュウヤの肌をチリチリと刺激した。振り向くと、十数もの兵が掲げる手に、強い魔力が集められ光の塊が生じている。
撃てと隊長らしき者が号令をかけると、一斉に蓄積された魔法が放たれ、荒れ狂う雷撃の波となってリュウヤへと襲いかかった。かわしきれないと判断したリュウヤは身を翻し、衝撃に備える姿勢をとった。
「頼むぞ、
叫ぶリュウヤの意思に反応して、ミスリルプレート群がリュウヤを囲むと、エネルギーの磁場に引かれて蝶の羽根がリュウヤの身体を包んだ。それは蝶が羽根をすぼめた姿にも似ていた。
無数の雷がリュウヤを呑み込む寸前、鎧衣紡(プロメティア・ヴァイス)が形成する羽根に激突したのだが、鎧衣紡(プロメティア・ヴァイス)のバリアは微塵も揺るがず、白く立ち込める煙だけを残して雷撃は拡散していった。
『なに……!』
息を呑む隊長の前に、煙の中から白刃がのびあがり、反応する間も与えられず刃は隊長の喉元を貫いていた。
※ ※ ※
「……凄まじいな。リュウヤ・ラングは」
ムルドゥバ軍の魔空艦の艦橋から、アルドはリュウヤ奮迅ぶりを感心した様子で眺めていた。剣士としての血がたぎるのか、エクスカリバーを握る手にも力が籠る。もっとも、アルドは杖代わりに使っているのだが。
注視し続けているのはアルドだけではなく、艦橋にいる乗組員全員だった。中にはリュウヤの化け物じみた剣技や迫力に、恐怖の色を浮かべている者もいる。
「我々も援護しましょう」
我に返った操舵手が呆然とする艦長に言うと、艦長も見物している場合でないと気を取り直した。
アルドが乗る魔空艦“ペルセウス”は、分断された二隻の側にいた。リュウヤに攻撃が集まっている状況からまだ気がつかれてはいないが、アルドがここにいると知れば一気に攻撃してくるに違いない。
「よし、各隊に……」
「待ちたまえ」
艦長の指示を、傍らに立つアルドの低い声が遮った。
「まだ待機だ。少しばかり、彼の働きを見守ろうじゃないか」
「は?いや、ですが……」
「私に意見かね?」
「いえ……」
細めた目から送られる視線に気圧され、艦長がたじろいでいると、アルドは顔を正面に戻してゆっくりと口を開いた。
「物事には“機”というものがある。せっかくリュウヤ・ラングが敵を引きつけているのだ。急いではその効果も薄れる」
諭すように語るアルドに首を傾げるものもいたがほんの一部だけ、それも違和感をおぼえた程度だけで、ほとんどはさすが将軍は冷静だと感心し、リュウヤの動きをチェックしながら自分たちの作業に戻っていった。
アルドは喧騒に包まれるを艦橋を無言のまま見渡していたが、やがて艦長席に備えてあるハンドセットを手にとった。
「ちょっとこれを使いたいのが、第二通信室のところへはどう繋げたらいい」
「それでしたら、右耳部分にある5番のボタンを押してください」
「なるほど、ありがとう」
アルドは礼を言って、ヘッドセットの右側を確認して、1から9まで数字が並ぶボタンから5と記されたボタンを押した。
第二通信室は、艦橋からの通信が不可能となった場合に使われる部屋で、それ以外は不在なはずである。
それを知る艦長から不審な目を向けられたが、気にせず応答を待った。やがてプツッという音とともに“はい、ケインです”という男の声が耳鳴りするほど勢いよく聞こえてきて、アルドは思わず舌打ちをした。声が漏れるというより、ガラスを引っ掻いたような不快さに閉口して、うるさいと誰もいないなら叱り飛ばしたい気分だった。
「私だ。“彼女”はそこにいるかね」
“ええ、ご命令通り、連れてきております”
「今のリュウヤ・ラングの動き。彼女にしっかり把握させておけよ」
“もちろんです。こんな素晴らしいデータは他にありませんから。なんせ……”
興奮気味のケイン・キューカの言葉が言い終わらぬうちに、アルドはハンドセットを艦長席に戻した。まだ耳の奥がキインと細く鳴っている。不快感をあらわにしながらアルドは耳の穴をほじっていた。
「ありがとう。済まないね」
「ああ、いえ……」
船を指揮管理する権限は、艦長にある。
アルドの不審な行動に訝しげな視線を向ける艦長だったが、アルドは口をへの字に曲げて肩をすくめてみせると、艦長は気をいなされたようになってしまい、苦笑いして返すことしかできなかった。
アルドは何事もなかったように、エクスカリバーを杖に佇立した姿勢に戻っている。小事に拘っている場合ではないと艦長は思い直し、ちょうど通信係から飛び込んできた報告に指示を送った。
渦巻く喧騒の中、アルドは静かにリュウヤの戦いを眺めている。
もうすぐだとアルドは思った。
もうすぐ、求めていた力を手に入れる時が迫っている。魔族にも竜族にも脅えず、全てを圧し統べる力が。新世界。未知の世界。それを自分が成し遂げる。そのためには幾つかの障害を排除しなければならない。
彼女――アデミーヴ――は、その障害を排除するための重要な存在だ。
「……もちろん、リュウヤ・ラングも障害となる一人だが」
だが、今は使えるうちに使っておこう。
アルドがもらした呟きは、艦橋の喧騒にかき消されて誰も耳にとめる者はいなかった。
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