第82話 リュウヤ・ラング対“魔法少女”リリシア・カーランド
リリシアを救いたいという焦りと迷いの気持ちにとらわれて、リュウヤの心は浮き足立っていた。
傷つけたくないばかりに自分から攻撃を仕掛けることも出来ずに受け身となり、リリシアの“
「リリシア、やめろ!」
凌ぎながらリュウヤは叫ぶが、リリシアは鉄仮面のように冷たい無表情のまま、嵐のような猛攻を仕掛けてくる。
リリシアの
アズライルの剛腕よりも危険だと、リュウヤの本能が告げていた。
――取り抑えられるか。
だが、リュウヤはそれをすぐに打ち消した。
隙はある。
小柄な身体から発する圧力は対峙する者の身をすくませ、雷撃のように俊敏な動きを見せるリリシアではあったが、髪の毛ほどの間隙がリュウヤの目にははっきりと映っている。だが、その隙は尋常な方法で突けるものではなかった。
――その隙を突くには、リリシアを斬る覚悟でやるしかない。
どうすべきかは明確にわかっていたが、斬るまでの覚悟がリュウヤにはない。ではどうするという迷いが、リュウヤの判断を鈍らせ、一層受け身にまわらせている。
「リュウヤめ、反撃せんか……!」
幾らリリシアのパワーが増したとはいえ、ここまで防戦一方になるとは思えない。
リュウヤが反撃をしない理由は明白だったが、受けて逃げているだけのリュウヤの戦い方に、クリューネはそう叫ばずにはいられなかった。
「ええい、じれったいの……!」
クリューネはリュウヤを援護しようと、雷鞭(ザンボルガ)の印を結んだ。
「クリューネ姫。君はそこで、黙って見ていればいいのに」
真横からサナダの声と重い気配が迫るのを感じ、見ると冷笑を浮かべたサナダが、手を後ろに組んだまま蹴りを放ってきた。
軽く何気ない動作だったが、その蹴りは凄まじい鋭さを秘めていた。
「ふぎゃ!」とクリューネは喉が潰れたよう悲鳴をあげ、勢いにおされたまま、クリューネは後方にとびのいた。
サナダの蹴りは腕でブロックしたものの、鉄の棒のように硬くて重く、衝撃が頭の芯まで響いてくるようだった。
「くっ……」
クリューネは呪文を唱えようとするが、その度にサナダが連撃を仕掛けてくる。
「クリューネ姫。君の竜言語魔法は厄介だからね。その隙は与えないよ」
「邪魔を!」
クリューネはやむを得ず拳を打って返すと、後ろ手にしたままのサナダは、するりと上体を反らしてかわした。
「最近、運動不足なんだがでね。以前はジムに通ってキックエクササイズで汗を流したものだが、リュウヤ君たちでは怪我をしてしまうだろう。まあ、武術のたしなみの無い、クリューネ君程度ならちょうどいいだろうね」
「何をわけわからんことを言うか!」
クリューネはサナダがかわした隙を狙って呪文を放とうとしたが、印を結んだ時を狙って、サナダの蹴りがクリューネの呪文を阻む。
――遊ばれている。
クリューネにはそんな感覚があったが、だからといってどうすることもできないでいる。貧相に見えるサナダの攻撃には強大な力を秘められており、しかもまだ本気ではない。
手は後ろにしたままだったし、リリシアとリュウヤの戦闘を横目でみながらクリューネと戦っている。
舐めきった戦いぶりに、クリューネも血が頭にのぼって拳をふるったが、そのサナダの姿が目の前から突如消えた。
「リュウヤ君の戦いは、もっと間近で見たいね」
背後からの声に反応する間もなく、クリューネは背中から強烈な蹴りを受けて、その衝撃で聖霊の神殿方向へと蹴り飛ばされた。
「サッカーなら、ゴールといったところか」
サナダは倒れ伏すクリューネの頭を踏みつけて、後ろを振り返った。そこには、目を見開き、顔を歪めて震えているナギが立っている。
「ナギさんだっけ?君はそうやって、傍観しているだけかね?」
「……!」
「やはり、大神官といっても、危急の際には何にも役に立たない無用の長物だな」
自分が痛切に感じていただけに、サナダの嘲りにも返す言葉がなかった。無力感や悔しさ情けなさにうちひしがれて、拳を握りしめ歯噛みしかできない。
そんなナギに、サナダはニヤリと笑ってみせると、力を誇示するようにガッツポーズをつくってみせた。
「クリューネ!」
リュウヤは倒れたクリューネを見ると、血相を変えてサナダの下へ駆けたが、リリシアが光の翼を推進させて追い抜き、リュウヤの前に立ちふさがった。
「どけ!」
リュウヤは叫ぶなり、剣を振るっていた。
頭が熱くなり、相手がリリシアだと一瞬忘れていたからだが、上段から振るったルナシウスの刃が袈裟斬りにリリシアを切り裂こうとした時、リリシアであることを思いだし、剣が到達する直前で止まった。
しかし、その代わりにリュウヤの身体は、リリシアの拳で聖霊の神殿の外壁をぶち破り、敷地内まで飛ばされていた。
傍に人の気配がする。
見ると、ひとりの若い女と子どもたちが、壁を破って現れたリュウヤを息を呑んで見下ろしていた。
「……だ、大丈夫ですか?」
剣士様大丈夫、と心配そうに覗き込んでくる小さな女の子と、その子を連れた若い女――アイーシャとセリナに心配するなと頷きながら、リュウヤは瓦礫からもうもうと立ち込める、濃い煙を見据えたまま立ち上がった。
「それよりも、ここは危険だ。早く逃げろ」
「でも、さっき白い竜が……」
セリナはうろたえた様子で、崩れた壁とリュウヤを見比べていた。
室内からでもファフニールやヒュドラが倒されたのが見えたはずで、戦闘が終わったと思い部屋から出てきたのだろう。
「新手が現れた。早く部屋に戻っていろ」
「その前に、怪我した手を……」
左手の甲から血を流しているのを見て、セリナが駆け寄ろうとすると、正面を見据えたままリュウヤが手で制した。
「そのままさがっていろ。セリナ」
「は、はい!」
セリナはアイーシャを抱き上げ、ゆっくりと後退りしながらどこかで聞いた台詞だとセリナは思った。
でも、どこで。
アイーシャは“剣士様”と言ったが、私は初めて会うはずなのに。
「“リュウヤ”……さん?」
“剣士様”が姿を現した時、ナギが“剣士様”をそう呼んだのを思いだし、自然と口に出ていた。
セリナの中で、閃光に似たものが奔った。
森。深い森が周りに広がっていた。
近くに綺麗な小川が流れて、川の底には小魚いや砂利まではっきりと見えた。
ここではない、とセリナは思った。
聖霊の神殿には、あんな鬱蒼とした木々も迫るような山々も、キラキラと澄んだ川も無い。
一緒に誰かが歩いていた。
そして、怖い思いをして、確かその時に……。
「早く逃げろ!セリナ」
リュウヤの怒声にセリナが我に反ると、煙の中から「セリナ」と女の声がした。呼ばれた気がして煙を見つめていると、煙を割って翼を羽ばたかせたリリシアが飛び出してきた。そして、それはリュウヤではなく、セリナに向かっていた。
セリナには奔る紅い閃光しかわからず、立ち竦んでいる。
不意を突かれたリュウヤの動作が遅れた。
「ごめん、リリシア!」
リュウヤは印を結んで、リリシアの側面に
正面に迫る巨大な火球を、リュウヤは避けもせずに突進していた。
「久し振りの……!」
リュウヤは八双に構えると、踏み込んで上段から剣を振りおろした。ルナシウスの刃が火球に吸い込まれ、
「うっそ……魔法を斬った……?」
魔法を剣で斬ったリュウヤに、子どもたちは愕然としながらその中の誰かが呟いた。セリナはその声の主はグランだろうと思った。
一方で、セリナは子どもたちとは別の理由で、リュウヤに驚愕していた。
「あれは、イバラの魔法陣」
あの時に見た魔法陣と同じ紋様。
私を助けてくれた魔法陣。
その後、たくさんの人とお祝いをして。
月がとても綺麗な夜だった。あの人はお酒に酔って、部屋のベッドで横になっていて。
とても恥ずかしそうに私を見てて。
そして、そして……。
「……リュウヤさん」
無意識についた一言が、セリナの奥底に潜んでいた記憶を、激しい勢いとなって逆流させた。
結ばれた夜。
そして誓いあった夜。
村に受け入られようと堪え忍んだ男の日々。
そんな男を慰め、励ました日々。
やがて男は村に受け入られ、語り合う友人もでき、新しい命を宿した幸せな日々。
そして、突然全てが奪われ、眼前に迫る恐怖のなか、突然光に包まれ、暗闇のなかでさ迷った先に、聖霊の神殿へとたどり着いた日。
失われていた過去の記憶の奔流は、涙となってセリナの目に溢れ出ていた。
「リュウヤさん、リュウヤさん、リュウヤさん………」
「セリナ?」
震えるセリナの異常さにリュウヤが目を向けると、セリナは顔をくしゃくしゃにしながら、口もとだけは笑おうと必死に動かしていた。
「やっと、やっと会えた」
「セリナ、まさか記憶を?」
「カタヤマ・リュウヤ。変わった名前ですよね」
「……」
リュウヤは、息を呑んでセリナを見つめていた。
身体の中が燃えるように熱い。
会うべき人にようやく会えたのに、胸が締めつけられ、言葉に詰まって何もでてこない。
「セリナ……」
愛する人の名を呼んだのは、リュウヤとは別の声だった。リュウヤが声がした方向へと振り向くと、リリシアが無表情のまま佇立している。
「セリナ、セリナ、セリナセリナセリナセリナ」
リリシアの声が、壊れたCDのように「セリナ」という言葉を繰り返すと、大気と大地が震え、リリシアをまとう銀色の衣服と、肩のぬいぐるみが輝きを放ち始める。
聖霊の神殿の外では、震動を感じたサナダが、目を細めてリリシアの気配に視線を向けていた。
「いよいよ、面白くなってきたかな」
リリシアの小さな身体から、先程よりも強大なパワーが溢れている。パワーだけなら、自分と同等かそれ以上だとリュウヤは直感していた。
そのままリュウヤ慎重にリリシアの動きを注視していると、リリシアの頬にキラリと何かが光り、伝って落ちるのが見えた。
「涙……?」
だが、その正体を確かめる間もなく、無表情のリリシアから呪詛のように呻く声が、リュウヤの思考を遮断させた。
「セリナ・ラング、お前なんていなければ」
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