第66話 魔王軍の新たなる神、機神(オーディン)

<……そういうわけで、トレノの海辺近くの料亭『ピッピ屋』さんは、テラスから眺める景色も素晴らしく、とってもサイコーな気分でした。

 そこで出されたホタテグラタンが抜群で、味は濃厚で食べ応え充分でしたし、熟成されたワインも豊潤な味わいで大満足!

 店主のパパラさんは『葡萄たちの寝息を聞くのが大切なんだよね』なんて、照れながら教えてくれたのですが、寝息だなんて可愛らしい表現ですよね。

 クリューネさんはそんな素敵なワインを、がぶがぶ飲んで大酔っ払いしちゃって……。ちゃんとしたお姫様なのにはしたないし、お店の方々に失礼です。

 そんな彼女を見ていて、僕はもう、プンプン!でしたよ>


 そこまで読むと、タギル宰相はため息をついて手紙から顔をあげ、目をほぐし始めた。手紙の内容ははもう少し続くのだが、丸文字やワインや料理のイラストに加え、どうでもいい情報の羅列に目眩めまいがして、一旦読むのを中断した。


『これは、本当にルシフィ王子の送ってきた報告書なのか』

『本人以外、このような独特の丸文字を書く人は、そうおりませんよ。宰相もご存じのはず』

 

 ルシフィの手紙をタギルに持参してきたヤムナークは、苦笑いしながら肩をすくめた。

 タギルの隣にいたネプラス将軍がタギルから手紙に目を通し始めたが、みるみる表情をしかめていく。

 眉間に深いシワが刻まれていく。

 タギルが何か言おうと口を開いた時、空気を切り裂くような甲高い騒音と、二つの巨大な影が三人を覆って通り過ぎ、周囲の兵士からはどよめきが起きて、上空を見上げている。


 傍の野営用に使われる柱にくくりつけただけの、急拵えのスピーカーから、高いわりに粘着質な声が漏れてくる。


“みなさま、改めてご紹介させていただきます。青い機体がファフニール。赤い機体がヒュドラと申します。共にバハムートに対抗するために建造された、戦闘特化型の魔空艦“機神オーディン”でございます”

 スピーカーに繋げられたコードの元をたどると、眼鏡に白衣の中年男が、上空に旋回する新型魔空艦“ファフニール”と“ヒュドラ”を追いながら、マイク片手に得々と説明している。 ファフニールとヒュドラは、並ぶように飛翔していたかと、急に方向を変えて、はるか上空へと飛んでいった。


『サナダめ、やかましい奴だ。いつも話の邪魔をする。なにが“機神オーディン”だ。バカバカしい』


 タギルは忌々しげに舌打ちをして、鋭い一瞥をサナダに向けた。

 タギルやネプラス、ヤムナークらが今いる場所は、王都ゼノキア郊外の練兵場の荒れ地で、タギルらの他にも魔王軍の主要幹部や兵士が集められている。

 今朝方、ルシフィより手紙を受け取ったヤムナークは、タギル宰相の執務室に向かったのだが、ネプラス将軍他、幹部らと練兵場に向かったと知らせを聞き、タギルの下へ報告に訪れていた。


『……全文は読んでないが、とにかくトレノ近郊にいて、クリューネ姫と接触したのはわかった。ルシフィ様の勘は大したものだが、さっさと捕まえれば良いのに』

『文末に“もう少しお話が聞きたいと思います”とありますから、探りを入れているのではないかと』

『しかし、ヤムナークよ。お前はルシフィ様に、報告書の書き方くらい教えとらんのか』


 手紙を読み終えたネプラスが、手紙をタギルに返すと、苦々しげにヤムナークを睨みつけた。


『まあ、あの性格の方ですから。それに、ゼノキアまでの数十万キロ。鳥たちが力尽きて、手紙を紛失した場合を考えてのことでしょう。他人が読んでも、他愛もない手紙としか思わないでしょう』

『それも一理あるだろうが、報告は簡潔明瞭は心掛けるべきだ。二流作家のエッセイでも読んでいる気分でかなわん』

『ごもっともです、ネプラス様。そのことも私からルシフィ様に、そのように伝えておきましょう』

 

 ヤムナークは懐からメモ帳を取りだし、何やら走り書きをすると、そのページを千切った。そして、長さ十数センチほどの小さな筒に他の紙切れと一緒に丸めて納めてから、後ろに振り向いた。

 そこには、十数羽ほどの雁の群れが待機していた。

 鳥たちはヤムナークたちが会話している間も、微動だにせず、静かにヤムナークに目を注いでいる。

 ヤムナークは群れのリーダーらしき鳥の前に膝をつき、頭を下げた。


『ヤムナークも酔狂だな。鳥などに頭を下げるとは』

『宰相、お言葉を返しますが、ルシフィ様の優しさは鳥や動物にも伝わり、彼らと仲良くできる方です。彼らはルシフィ様の友として、遠くここまで手紙を運んでくれました。これは、ルシフィ様の友に対するせめてもの礼です』


 その鳥たちは、ルシフィに使いを頼まれたトレノ近郊にいた渡り鳥で、トレノからゼノキアまでの数万キロを遠路はるばる飛来して、ヤムナークに手紙を届けにきていた。


『頼むぞ』


 ヤムナークが手紙をリーダーの首に筒の紐を引っ掛けると、鳥たちは一斉に鳴き始め、翼を広げて飛び立ち、Vの字を編隊を組んで東へ東へと遠ざかっていった。


 ――あの先に、ルシフィ様がいらっしゃるのか。


 ヤムナークは鳥たちが遠ざかる姿を、感無量といった気持ちで見送っていた。

 簡潔明瞭であるべき、というはタギルたちの言い分はもっともだと思っていたから、彼らに合わせて反論こそしなかったものの、ヤムナークが手紙を読んだとき、お元気そうだと心からほっとしたものだった。

 もっとも、手紙が書かれたのはルシフィが温泉に入る前に書かれたもので、入浴後での落ち込んだテンションでは、手紙の内容も相当違っていたはずだが、そこまではヤムナークにもわからないことだった。

 そんな感傷に浸っていたヤムナークを、新たに発生したどよめきが遮断した。

 ヤムナークが声に反応して振り返ると、はるか上空まで飛翔したファフニールとヒュドラが、姿を変えて地上に降りてくるところだった。

 前頭の艦橋部が中央に折り畳まれ、船体から手足や竜を連想させる頭部が生えて、人型の姿を形成していた。


『魔装兵……、とは少し違うか』

『少しじゃないな。あっちと違って佇まいが凛々しいじゃないか』


 幹部の間から、そんな声が漏れた。

 魔装兵ゴーレムのように、背を丸めたゴリラのようなずんぐりとした身体つきと異なり、騎士のようにスマートな姿で佇立している。

 地上に向かい合って降り立つと、突如、互いに殺到し機械の手足を使って攻撃を仕掛けていく。

 突然始まった戦闘に、兵士や幹部も一時は騒然としたが、やがてそれが一定の動きをし、魔王軍の格闘術で使われる演武だと気づくと、固唾を呑んで見守るようになっていた。

 動きはなめらかで、機械でつくられた身体とは思えなかった。人がそのまま巨大化したように思えた。

 改良された傀儡くぐつ魔法か、とネプラスは眺めていた。

 サナダの声がスピーカーから響く。


“この新型魔空艦は、それぞれ一人の操縦士によって動かされています。なお、これは魔法によって、人間が巨大化されたものではありません”


『傀儡の魔法じゃないのか』


 ネプラスの呟いた声は意外に大きく、サナダにまで届いた様子で、声に反応して笑みを大きくした。


“傀儡の魔法は死者にしか使えませんし、ムルドゥバでの戦闘が示すように、動きは単調で鈍重すぎます。しかし、これは備え付けられたある装置の力を通し、機械と操縦士を繋がらせ、操縦士一人の思念で、思うがままに操れるのです”

『……』

“私はこの装置を、脳波制御装置ブレイン・コントロールシステムと呼んでいます”

『ブレ……?意味がわかるか、宰相』


 聞き慣れない用語にネプラスはタギルに目を向けるも、タギルも無言で首を捻るだけだった。

 やがて演武が終わり、機体の中央部が開いて中から、それぞれ現れた二人の操縦士の姿に、兵士の間から驚きと歓声が沸き起こった。

 対照的に、ネプラスは呻くようにして操縦士を睨んでいる。


『あいつら、魔王様から直々の極秘任務と言って、このところ姿を見せないでいたが、……このことか』


 ファフニールとヒュドラの操縦席から現れたのは、軍団長を務めるイズルードとタナトスだった。

 兵士たちの歓声に応えるようにして、満面の笑みを浮かべて手を振っている。


 ――私に報告しないとは。


 ネプラス同様、何も知らされないでいたタギルは不快げに押し黙っていた。

 全ての政務や情報を扱う自分の知らないところで、勝手に物事が推し進められている。

 それも、魔王ゼノキア主導の下で。

 新型魔空艦建造から続き、内心、焦りや警戒も生じていた。

 そんなタギルの目に、タナトスが操縦席から、おもむろにマイクを取り出す姿が映った。


“見たか諸君、これが新たな力である。人間どもは魔装兵ゴーレムを手に入れた時、魔物と闘えると歓喜に奮えたそうだ。我々も近いのかもしれない。なぜなら、神竜バハムートと渡り合える、或いは越える力を持ったからだ”

『……』

“諸君。我々の歓喜は、人間のそれとは問題にならんほどだ。我々は神に等しい力を得たのだ。レジスタンスと竜の残党どもによって分が悪い時期もあったが、それも過去となった”


 タナトスはそこで口をつぐんで、居並ぶ兵士たちを見渡した。見詰める視線がタナトス一身に集められているのを確認すると、頷いて言葉を続けた。


“これよりは魔族栄光の始まりである。そこで、私、タナトス第二軍団長からも提案したいことがある。この二つの新型魔空艦は、時代と強さの象徴であると考える”

『……』

“以前にサナダから伝えられたであろうが、単に魔空艦ではなく、魔装兵のようなチンケなものでもない。機械の武神。やはり機神オーディンという名が相応しい。私からもこの呼び名を支持したい。良いな、サナダよ?”


 サナダが笑みを湛えたまま恭しく頷くと、興奮を抑えきれないでいるタナトスが、マイクに向かって『機神オーディン、万歳!』と叫んだ。


『万歳!』とイズルードが続き、その熱は兵士や幹部に波及して、ルシフィが出発した時とは比べ物にならないくらいの、異様な熱狂が彼らを包んでいた。


『……その機械の武神を操る、自分達は何のつもりなんだ』


 懸念と不快さを露にしながら、ネプラスが吐き捨てるように言った。

 イズルードやタナトスの目には、明らかに驕りといった光が浮かんでいる。魔王様としては、反抗的だった両者に力を与えて、忠誠を誓わせるつもりだったのだろうが、逆効果だったのではないか。

 ヤムナークはそんなネプラスやタギルを横目にしていたが、、その奥では他の幹部、特に何の恩恵も受けていないシシバル第五軍団長やルオーノ第六軍団長は、白けた顔で機神を眺めている。 

 何も知らされていなかったタギルやネプラスに、機神を手に入れたイズルードやタナトス。

 そして他の軍団長らの嫉妬。

 それぞれの間に、わだかまりがあるのはヤムナークも以前から知っているが、それが今回はっきりと現れた形となったように感じていた。


 ――これは今後、良くない状況になるかもしれない。


 ヤムナークが鳥に託した手紙には、近況をまとめた報告と、さきほどネプラスから出された要望程度しか記載していない。

 最終的な判断はルシフィに任せるとしても、ヤムナークは自分の意見を添えて、新たな使いをトレノに向けた方が良いかもしれないと、不気味に睥睨へいげいするように佇む、二体の機神オーディンを見上げながら思った。

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