第一章 ミルトの日々
第4話 セリナという娘
暗闇に広がってくる淡い光と鳥たちの鳴き声に誘われて、竜也が目を開けると木製の天井が視界に映っていた。
「……どこだ、ここ?」
竜也は自分がベッドの上にいることに気がついて起きようとした。
だが、鉛のように重い疲労感が再び竜也をベッドに引き戻す。見た目は質素だがベッドの柔らかさが心地よかった。
寝そべった姿勢のまま周りを見渡すと、板張りの部屋でウナギの寝床のように狭かった。ベッドの脇に小さな収納棚がひとつだけ。クリーム色の壁に服をかけるものとおぼしきフックが三つ並んでいた。棚の上に水で満たされた金だらいがおいてある。頭上のガラス窓と向き合うように、出入口の戸があった。
窓の外から青い空と綿をちぎったような小さな雲が、ちらちらと浮かんでいるのが見える。
質素な部屋の造りから、病室の連想させたが、ヴァルタスから与えられた知識を探り、どこかの簡易宿屋だろうと竜也は推測した。
どうやってここまで来たのか、竜也はまるでわからないでいた。うっすらと覚えているのは、果てしない荒野の風景と、真っ正面から向かってくる嵐のように強い風だけだ。
「夢じゃないのか……」
見知らぬ天井を見上げたまま、竜也は呟いた。言葉にしてみると、ひとりぼっちの現実が孤独感を生み、胸が詰まりそうになる。
家族は、道場のみんなは、小野田たちは今どうしているのだろうか。
考えても仕方ないが、どうしても考えてしまう。
熱いものが込み上げて来たとき、誰かが部屋に近づいてくる気配がして、竜也は慌ててわずかに溢れた涙をぬぐった。
「あ、起きられたんですね」
部屋に入ってきたのは、お下げに髪を結った若い女だった。少女と表現してもいいかもしれない。目覚めていたとは思わなかったらしく竜也と目が合うと、驚きとはにかみ混じりに笑ってみせた。歳は俺と同い年くらいだろうと竜也は思った。
「良かった。三日も眠ったままだったから、心配してたんですよ?」
「三日も?」
「ええ。村の外れに小さな川があるんですけど、そこで倒れていたのを見つけて、私、びっくりしちゃって。衣服もボロボロでしたし」
「そうか、君が助けてくれたのか」
「助けたなんて、そんな。運んでくれたのは、お父さんや村のみんなで……」
少女ははずかしそうに慌てて手を振った。素直な娘なんだと、竜也はすでに好意を抱いていた。ゆっくりと上体を起こして見渡す仕草をした。
「ところで、ここはどこなのかな」
「ミルト。ミルトという村です。で、ここは旅人さんが寝泊まりする宿。お父さんとお母さんが経営しているんです。オンボロ宿ですけど、出す料理の味には定評があるんですよ」
――ミルトて、たしか……。
竜也の脳裏に、世界地図が浮かび上がる。
召喚された場所から西に約五百キロ先にある小さな村。人口は数百人程度。春は穏やかだが冬は厳しく、その寒暖の差と魔王軍や竜族の勢力から離れた位置にあるため、他の地域に比べれば、比較的穏やかに暮らしているとヴァルタスの知識が語っていた。
よほど村に特徴が無いのか、ヴァルタスにしてみれば下等なはずの人間には興味ないのか、それ以上の情報は特に無い。
「私の名前はセリナと言います。セリナ・ラング。あなたのお名前は?」
「片山竜也だ」
「カタヤマリュウヤ?変わった名前ですね。リュウヤて呼んでいいですか?」
「いいよ。もちろん」
「リュウヤさんは、なんであんなところで倒れていたんですか?」
「俺が聞きたいね。オークの大群に襲われて逃げてきたんだよ。逃げる際にラゴミソの実を使ったんだが、煙を吸い込んだらしい。気をつけていたんだけど」
ラゴミソの実とは南半球に生える果物の一種で、燃やして発生した煙に幻覚作用がある。
再びヴァルタスの知識から引っ張り出して、咄嗟に思い浮かんだ嘘だが、それで誤魔化せるはずだ。麻薬としても使う者がいるらしいが、この世界の人間にとって緊急避難用として重宝されていたから、持っていても珍しいものでもない。
セリナはその説明で納得したらしく、大変でしたねと同情するような顔をした。
「お一人で旅してたのですか?」
「産まれた時から故郷は無くてね。仲間がいたんだが襲われて、その時バラバラに……」
こんな嘘がよく言えたものだ。自分でも苦しい嘘だと思い、ばれたくなくてセリナから顔を背けた。それがセリナには話したくない過去だと映ったらしい。ごめんなさいとセリナは後悔した様子で頭を下げた。
いや、いいんだと竜也は言ったが、我ながら薄ら寒い台詞に聞こえ、嘘をついた後ろめたさから苦々しい気分が胸中に広がった。
そんな竜也を
「なに?」
「後で、リュウヤさんのこと、もっとお話し聞かせてもらっていいですか?」
「まあ、俺なんかの話でよければ」
「……嬉しいです!」
そう言って竜也に向けたセリナの笑顔はやけに眩しく、小動物が跳ねるようにしてセリナは軽い足取りで部屋を後にしていった。トトトンと階段を駆け降りる音を聞きながら、竜也は扉をぼんやりと眺めていた。
――可愛い子だったな。
マジ、タイプ。
セリナが去った後も、しばらくの間、竜也は少女のことばかり考えていた。身体が熱く、胸の鼓動がやけに速く感じていた。何度深呼吸をしても高鳴る
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