第3話 竜に託された男

「あれ、何だよ……?」

『キメラやオークと言えばいいか。それならお前も知っているだろう?魔王軍ではないが、私たちの匂いにつられてやってきた、いわゆるハイエナのようなものだ』


 キメラ?オーク?


 竜也が呆然と見上げる中、飛翔する獣たちは上空を渦巻き状に旋回し、竜也とヴァルタスの下へと舞い降りてくる。そして竜也たちを数十もの化け物たちが取り囲んだ。ヴァルタスがキメラと呼んだ飛獣に、人型の化け物がまたがっている。


「……たしかにオークにキメラか」


 飛獣ひじゅうはライオンに似た頭に何か見たことがある尻尾だったし、二足歩行の獣たちは、みな狂った豚のように醜く、歪んだ容貌にたるのような体をして、たしかに漫画などで目にしたオークを思い出させる。 

 手にしている武器はこん棒であったり錆びた剣とばらばらで、身にまとっている鎧も申し訳程度の胸当てを着けているのがチラホラいるくらいで、鎧と呼べるような代物ではない。

 まだ相当な距離はあるがあるというのに、胃の腑からものが込み上げてくるようなすえた悪臭を放ち、知性の欠片かけらも感じさせない豚の化物は、オークと呼ぶに相応しいと思えた。


「ドラゴン、ドラゴン、イタ!ニンゲン、ニンゲン!」

「エサ、エサ!クウ、クウ!」


 耳障りな喚声を上げると、一匹のオークが竜也に襲いかかってきた。錆びた剣を勢いよく上段に振りかざしていた。

 だが、竜也は逃げない。

 反射的に反対に間合いを詰めていた。既に相手の柄に自分の手を絡めている。

 オークの体は二倍近くもあってかなりのパワーも感じたが、動きは緩慢かんまんで隙だらけ。パワーだけだと竜也は思った。

 竜也はオークの手から剣をもぎ取ると、そのままオークの脳天を叩き割った。

 錆びていても威力は充分で、オークは頭から緑色の液体を吹き出し、ドウともんどりうって倒れた。

 竜也の動きに、ホウとヴァルタスは目を細めた。


『さすがは私と共鳴した者だな。たかが人間のくせに見も知らぬ世界で、しかも初めての戦闘でオークを一撃で倒すとは』


 ヴァルタスが呟く間に竜也は四匹目のオークを倒している。

 竜也に恐怖がないわけではない。

 その反対で、異形の生物を前にして心の中は恐怖の色に染まっている。しかし、竜也の本能は恐怖に対して身体を強張らせて動けなくなるのではなく、その相手に歯向かっていくことを選んでいた。


 ――だが、いつまでも持つまい。


 竜也から尋常ではない天賦の才を感じるが、所詮は人間。そして一人きり。限界がある。

 ヴァルタスが睨んだ通り、竜也は次第に劣勢となってきた。始めは思わぬ抵抗に混乱をみせたオークたちだったが、遠巻きにして石つぶてで応戦すると動きも止まり、その合間に次々と攻撃してくるオークの前に後手に回るようになってきた。やがて、疲労困憊ひろうこんぱいとなっていた竜也は、剣を持ち上げるのもやっととなってきている。


『カタヤマリュウヤよ。私を呼べ』

「何言ってんだよ。なんとかやってんだろ。ぼさっとしてないで、お前も手伝えよ!」

『私には、お前に語りかける力しか残っておらん。よって、お前を助けることなどできん。だが、私を呼べばお前を助けることができる。このままでは死ぬぞ。お前も私も』

「何言って……」


 意味がわからずヴァルタスを向いた瞬間だった。鋭く冷たい衝撃が竜也の腹部を貫いた。


「……」


 見ると、オークの幅広な片刃刀が竜也の腹を貫いていた。刀の周りから赤い染みが広がる。急に息ができなくなり、むせると口元から血が流れ落ちた。


「ガハッ……!」


 全身の力を失い、竜也は膝から崩れ落ちた。獲物が力を無くしたのを見て、オークたちはこれまでの恨みを晴らそうと下卑た笑みを漏らしながら接近してくる。


 死ぬ。俺は死ぬのか?


『リュウヤ、私を呼べ』


 死ぬ。いやだ。


『リュウヤ!』


 いやだ。死にたくない。

 死に対するが竜也に最期の力を振り絞らせた。


「……ヴァルタス!!」


 叫んだ瞬間、竜也の周りを紅蓮の炎が包み込んだ。竜也も炎の化身となり、髪までも紅に染まった。膨大な熱量が沸き起こり、竜也を囲む一切のものを燃やし尽くしていく。

 竜也を刺したオークも炎に焼失し、それを見た他のオークたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。


『……リュウヤ。これでお前は“竜人”として生まれ変わる。私の知識と力、お前に託そう』


 ヴァルタスはその言葉を最後に、光の粒子となって静かに消えていった。


「ウ、ウオオオオ……!」


 竜也は自身の内側から溢れる力を制御できないでいた。先ほどまでの疲労や恐怖、苦しみは消えていた。腹を貫いた刃も消滅し、傷もすでになくなっている。


「……ウアアアア!!」


 竜也の咆哮とともに、溜め込まれたエネルギーが竜也の身体から解き放たれ、強烈な熱波が大地を呑み込んでいく。逃げ惑うオークも、関係の無い木々や草花、そこに住む動物たちも瞬時に焼きつくしていった。 全てが終わり、もうもうと噴煙と砂塵が漂う大地は、超高熱のエネルギー波によって炭化し、黒ずんだ荒野となっていた。

 半球状に抉れた大地の中心に半裸状態の竜也がうずくまっている。

 意識が混濁こんだくし、頭の中が空っぽのような感覚がある。自分の身に何が起きたのかわからないでいた。


 ――生きている。


 混濁した意識の中で、それだけは何とか把握はあくできた。しばらくしてから思いきって立ち上がってみたものの、覚束おぼつかない足取りで夢遊病者のようにフラフラと頼りない。

 大地の地熱の影響によって、吹き荒れた強い風が弱った竜也の身体に襲いかかる。

 大地が、自然が、この世界に災いをもたらそうする者を察し、排除しようと言わんばかりに、容赦がなかった。

 しかし、竜也はそんな嵐に逆らって一歩一歩、前に足を進めた。


 ――西へ。


 自分のものではない、かつてヴァルタスと呼ばれたドラゴンの声が、竜也を前に歩かせていた。

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