第2話 紅竜のヴァルタス

初めて目にする伝説上の生き物に、竜也は声がでなかった。それどころか圧倒的なまでの威圧感に押し潰されそうになっている。


『恐れるな。異世界の者カタヤマ・リュウヤよ』

「なぜ、俺の名前を知っている?」


 私はお前の心に語りかけている、とドラゴンは言った。


『だから、お前の心もある程度読める。意識がしっかりしている限り、私の意思は言葉となってお前に伝えることができる』


 そういえばドラゴンは喘鳴ぜんめいのような重苦しいうなり声をあげているだけで、伝わってくる明瞭な言葉と口元が合っていない。


『私の名はヴァルタス。竜の国で将を務める者。お前をこの世界に呼んだのは私だ』

「竜の国?俺をこの世界に呼んだって、何で。何、なんなんだ?」

『リュウヤ。今、この世界には竜の国と魔王の国との間で戦争が起きている』


 竜魔大戦と言うのだとヴァルタスは竜也の心の中へと語りかけてきた。魔王との数百年にも及ぶ長い戦争は、歳月を経るごとに政治的なものから民族的紛争へと色合いが変わり、互いの殲滅をかけた総力戦となっていた。


『その戦争も、先のグリュンヒルデの戦いで竜の国が破れ、国は滅びようとしている。多くの竜が死んだ』


 グリュンヒルデの戦い以後、竜の国都アギーレが魔王軍によって占領されると、民族狩りが始まり、王家の竜だけでなく国民にあたるその他の竜までも次々に虐殺されているという。


『竜族は滅びる。たとえ生き残りがいたとしても、かつての力は取り戻せないだろう。“竜の国筆頭将軍”と称された私も、闘い敗れこの様だ。間もなく死ぬ。魔王には相当の手傷を負わしてやったが、このままでは死ねん。私のその想いがお前の意思と共鳴し、リュウヤをここに召喚させた』

「……俺に何をしろと」

『復讐だ』


 ヴァルタスは唸り声を上げた。紅い瞳には憎悪の光が帯びる。怨恨(えんこん)、憤懣(ふんまん)、悲痛。人とは異なるつくりではあっても、ヴァルタスの表情には怒りに満ちているのを竜也は認めた。


『王家だけでなく、国民まで殺された。私も妻や子、友人も殺されている。娘のアイーシャは、まだ赤ん坊でしかなかったのに……。王家の姫を護るよう王から託されたが、先の戦闘で離れ離れになってしまい今はどうなっているか……』

「……」

『お前に託したいことは二つ。一つは行方不明となったクリューネという姫を探し出すこと。そしてもうひとつ』


 ギラリと紅い瞳に宿る暗い光が強さを増した。

 相当な深手を負いながらも、はっきりとした意識をしめせるのは怒りのエネルギーによるものなのだろう。


『魔王ゼノキアとその一味を、お前に殺してもらいたい』

「無理……、無理だよ。普通の人間が魔王だとかに勝てるわけねえだろ!今のアンタにだって殺されそうなくらいなのに」

『そうだろうな。普通の人間ならな。だが、リュウヤは私と共鳴できた人間だ。幾ら強い意思があろうと、ただの人間ではこの世界に喚ばれない』

「第一、おたくらの争いに、俺を巻き込まないでくれよ。俺はわけわからん世界にいたくねえよ」

『お前はもう元の世界には戻れん。この世界に召喚されたのだからな。だとしたら闘うしかない』

「……」

『この世界でも人間はいる。だが、家畜みたいなものだ。奴らにも知恵はあるから、奴らなりに武器を工夫して色々と抵抗しているようだがな。まあ、いずれにしろ、魔王軍もお前を見つければ喜んで喰らうぞ』

「おたくらは、竜はどうなんだよ」

『我々にとって、人間はあくまで愛玩するものでしかなかった。お前らの世界でも似たような存在はいるだろう?そこからこの世界での人間がどういうものか、想像してみろ』


 竜也の脳裏には猫や犬、馬といった動物が浮かんだ。食用として家畜として、あるいは狩りの対象として、魔王らや竜に怯えながら暮らす人間たちの姿が脳裏に過る。この世界での人間がどんなものかある程度想像がついた。


 ここで生きていくには闘っていくしかなかそうだと竜也は諦めに似た感情を抱くまで、さほど時間はかからなかった。


「わかったよ。でも、俺は人間だ。どうやって魔王を倒したらいいんだ?」

『それはな……』


 言い掛けて、ヴァルタスは急に口をつぐみ、真っ暗な空を睨み上げた。


『やつらめ、私の血の臭いを追ってきたか』


 ヴァルタスに倣って竜也も空を見上げると夜空の中に黒点のようにものが浮かんでいた。しかしそれは十にも二十にも数を増し、染みのように広がりをみせていく。

 やがてそれは、翼を持つ獣としてはっきりとした輪郭(りんかく)を持つようになり、その獣の上にはそれぞれ、人型の何かが乗っていた。

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