第六十七話 届く凶報
天文十九年(1550年)4月
突如現れ、次々と城を落としてまわり高島郡を恐怖のどん底に叩き落としまくった暴虐な軍勢が実は幕府軍でしたーと、周囲に知られ始めたのだろう、本陣とした田中館に近隣から禁制を求める者や礼の物を持って参る者などが集まってきていた。
そういう面倒くさい来客対応は親父の
ついでに田中城攻めの準備も
「義藤さま、近隣の者らが
【鮒寿司は琵琶湖の名物で、独特の臭いがして苦手な人も多いが私は好きだったりする】
「んー、食べりゅ……」
寝起きで寝ぼけている義藤さまは、なかなかエロくて可愛い。
「とりあえずコチラに着替えてください」
残念ながら巫女服でも体操服でもスク水でもない。いたって普通の
「うん、匂いは独特だが、鮒寿司とは美味いものじゃな。ん? 藤孝は食べないのか?」
「はあ、なぜか謎の筋肉集団とダンジリ祭りを一日中やるハメになるという悪夢を見まして食欲がないのです。それとなぜか口の中が切れておりまして痛くて食べられそうにありませぬ」
「そ、そうか、体調には気をつけることだな……そ、それより本日は田中城攻めであったか? 手配に抜かりはないか?」
義藤さまの口調は何かを誤魔化しているような感じであったが、多分気のせいだろう。
「
「大和殿はどれほどで着陣できそうであるか?」
「すでに
「そうかまだ時はあるようだな……なあ藤孝、そなたを疑うわけではないのだが……わしには彼らが、
あまりにあっけなく敗れる高島七頭に義藤さまが疑問を持ってしまったようだ。
「義藤さまの申すとおり、もしかしたら幕府に敵対する意思はなかったやもしれませぬ。ですが……高島七頭は幕府の外様衆です。幕府は彼らに勝軍山城に参集するよう使者も出しておりました。だが彼らは参集には応じようとはしなかった……幕府の命に従わぬ外様衆などは無用の長物でありましょう」
高島七頭は半ば従属下にあった
「だからと言って、話も聞かずに攻め滅ぼすというのは……その、少し乱暴であったのではないか?」
問答無用で攻めたから簡単に滅ぼせたのだが、乱暴であったと言われれば乱暴であったと思う。
「攻め滅ぼした高島七頭の所領は
奉公衆は将軍の直臣であり直接の軍事力なのだ。ここを強化しなければ幕府に未来はないのだ。
「従わない外様衆よりも従ってくれている奉公衆を大事に考えよと……そう申すのか」
「それに高島七頭にも生き残る術はあるのです。進軍してくる我ら幕府軍に身ひとつで投降し、敵対する意思のなきことを示せば、攻め滅ぼすことはさすがに無理があるのです。攻められたからといって無駄な抵抗を行い、座して滅んだ無能な連中など生きていても幕府の役には立ちますまい」
「だが、それではその……大義がないではないか」
「大義のある戦をするには大義のある戦ができるだけの強さが必要でしょう。力なき者には大義の戦をする資格などないのです。それに大義のある戦などはほとんどありませぬ。大義はなくとも大義名分がたてばそれでよいのです」
室町幕府が大義のある戦をしたなんてことは、とんと聞いたことがない。はっきりいえばクソみたいな幕府だしな。自分が今、大義のないクソみたいな戦を起こしている自覚はあるが、公方様ではなく俺が汚名を受けるのであればなんら問題はないのだ。
「戦を始めるに大義など不要だし、証拠も必要がないと申すのか」
「大義名分は将軍による征伐で必要十分です。それに確たる証拠は今はありませんが、どうせこれから出てきますので御安心下さい」
「証拠がこれから出てくる? いったいそれは……」
そこにタイミングよく
「
「公方様にではなく私に?」
「はい」
「話の途中ではありましたが義藤さま、中座をお許しください」
「ああ……いってくるがよい」
◆
「御指名ありがとうございまっす。フジタカでっす。フゥッ!」
場を和ませようとホストのコントネタで登場してみたが、完全にスベったようだ。とりあえずやり直そう。
「幕府
「平井河内守
「はぁ……指南ですか。それにしても、黒うどんやもみじ饅頭を私が考案したことをよく御存知でしたな。とりあえずもみじ饅頭に新作の笹団子も用意がありますれば食してくだされ」
柳沢元政に頼んでもみじ饅頭と笹団子を出してもらい、せっかくなので茶席の用意もする。
「突然お伺いした某にこのような歓待を頂きまして感謝いたします。さすがのお手前であり、この笹団子も実に美味しゅうございますなぁ。せっかくの機会を得ましたのでお聞きしたかったことがあるのですがよろしいですかな?」
「私で答えられることならば」
「お聞きしたかったのは他でもない。黒うどん……実はアレはソバを使っておいでではありませんか?」
「ほう、それも御存知とは、孫三郎殿はなかなか侮れない方のようで」
「いえいえ匂いです。あの香りはソバではないかと思った次第でありまして、兵部大輔様に一度直接お聞きしたかったのであります」
まあ黒うどんが蕎麦だというのはいずれバレるとは思っていたが、高島七頭の嫡男にバレるとは思ってはいなかったな。
平井家の嫡男といったが永田や山崎が滅ぼされ、この田中館も幕府軍に接収されている状況において、のほほんと蕎麦談義をしてお茶菓子食いに来たわけではあるまい。いい加減本題に入るとするか。
「匂いに敏感な孫三郎殿であらば、この情勢下においてわざわざ蕎麦談義だけをしに参ったわけではありますまい。そろそろ本題をお聞かせ願いたい。平井家はいかがいたすおつもりでありますのか? わざわざこの場に参ったということは敵対する意思はないものと思われますが」
「我が平井家がどうするか……でありますか? はっきり申せば分かりません。公方様の真意も分からず。父上などはこの事態にどう対処してよいのか分からず右往左往しております。永田、山崎の両家が潰えたにもかかわらずです……で、あれば、どうすれば良いのかを、その答を知っておられる方にお聞きするのが一番早いと思った次第」
「私が答を知っていると?」
「はい。平井家が生き残れる道が有るのか無いのか。公方様の側近として名高い兵部大輔様に聞くのが一番早道と思いまして父の反対を押し切って某がこうして伺った次第であります」
「孫三郎殿はなかなか豪胆な御方のようだ」
「いえいえ、某などは茶や菓子が好きなだけで、父上からはもっと一家の長らしくしっかりせよと怒られてばかりであります。最悪、我が平井家が取り潰しを免れない場合には、兵部大輔様の臣下に取り立てて頂こうかと。兵部様の下で菓子作りや黒うどん作りを教えていただくのも悪くはないかと思っておりまする。はははは……」
これは若いのになかなかの人物が高島七頭にも居たものだ。高島七頭などは朽木家のほかは所詮歴史から消えた存在なのでろくな人材などは居ないと思っていたが……居るところには居るようだ。
【平井秀名は1529生まれの数えで22歳になる】
「こたびの将軍親征は公方様が認めた京極家の家督である
「我が平井家は京極高延に与した事実などはないのですが……それは申しても詮無きことでありましょうな」
「それを申されると平井家には生き残る道はない
「我ら高島七頭は幕府に外様衆として忠勤して参りました。公方様に反する意思などはなく、こたびの公方様の御親征は何かの間違いではなかろうかと、父の河内守などは申しておりますが……」
「ほう、平井頼氏殿は我ら幕府軍が、公方様が、まさか間違っていると申しているのですかな?」
「いえいえ、滅相もありませぬ。間違えているは父の方でありましょうし、そのような事は申していなかった
「孫三郎殿にはそろそろ平井家が生き残れる道が見つかったようでありますかな……」
平井孫三郎秀名は黙してしまったが、どうやら頭をフル回転しているようであった。そしてどうやら道に迷うことはなかったようである。
「……であれば、我が平井家は京極高延からの誘いに乗るをよしとせず。公方様に仕える外様衆としての本分に立ち返り、公方様とともに京極高延に立ち向かいまする。というのがよろしいですかな?」
「もう一声でありましょう……我ら幕府軍は京極高延に
「なるほど、なるほど……では我が平井家としては、田中殿や越中殿(高島)らと共に京極高延に与するよう誘われましたが、それをよしとせず。公方様に対して他の高島七頭が京極と結んでいることを通報し、もって公方様に対する忠誠の証しとする……ということが最善の道でありますかな?」
「それを公方様や居並ぶ諸将の前で
「平井家は公方様の忠臣として生き残り、私は兵部大輔様に茶の湯や菓子作りを学ぶことができると……いやいや前途が明るくなったようであります」
「平井秀名殿は話の分かる御仁のようで助かります。では、田中や高島越中が京極高延に与したことを公方様の御前で証言頂ける……ということでよろしいですかな?」
「はっ、それはもう証言でもなんでも仰せのままに」
「では、孫三郎殿には公方様に謁見していただきます。平井家の後見はこの兵部大輔にお任せあれ」
「ははっ、ありがたき幸せぇぇ」
こうして公方様に謁見した平井秀名は許しを得て、
しかも京極高延からの書状を
平井秀名殿とは本当に有意義な「世間話」が出来たものだ。茶の湯や料理にも興味を持っており、視野もなかなか広い面白き人物であった。高島郡の事情にも通じるであろうし、今後とも是非オトモダチとして仲良くしたいものだ。
どうせ高島七頭のうちの一つは残すつもりであった。京極高延と密通していたと証言させるためであるがね。
平井秀名のおかげで割合簡単に高島七頭が裏切ったという「証拠」が手に入った。あとは無用の長物となった残りの高島七頭を口封じに叩くだけであるな――
◆
「
(高島七頭はもともと結束なんてしてませんでしたが)
幕府に敵対する賊軍と見なされてしまったのか、
2,000程度は率いると見積もっていたのだが、1,000余りの兵で田中城(上の城)に籠もっている。
後続部隊と平井家の手勢が合流した幕府軍は5,000弱の兵力となっており、1,000ちょっとの田中城では脅威にならない。
田中城に近く攻めやすい平城の
田中城に押さえの兵を置き、その田中城から南に6町(約650m)の距離しか離れていない高島七頭の
横山伊予守は平城の横山城を捨てて逃亡し、横山城からさらに南に12町(1.2km)にある山城の
「田中も横山も山城に籠もったようであるが、どちらを攻めるのじゃ?」
「横山伊予守が籠もる
「楽な方ばかり選んで良いものなのか?」
「戦って倒したからといって経験値が手に入ってレベルが上がるわけではありませぬ。兵の損失を考えれば攻めやすきを攻めるべきでしょう」
「あいかわらずお主の言うことは意味が分からぬが、
「御安心下さい。こんなこともあろうかと城攻めの新兵器を持参しております」
「新兵器とな?」
「はい。これを城に投げ込みまする――」
戦国時代において使われた武器で敵に最も損害を与えた武器は実は「弓」である。ついで「鉄砲」が2番目とされ、3番目が「槍」になり、4番目は「石」だという。ただ石を投げるだけの攻撃が刀よりも損害を与えているのだ。
恐らく戦国時代で一番有名なのは、甲斐武田家の
投石攻撃は立派に通用する攻撃手段なわけなので、むろん我が郎党たちにも投石はしっかりと訓練させてきた。
体重移動や身体の開きによる回転運動、それに腕のしなりと、正しい握りとスナップによる球への回転の付与――現代の野球理論に基づくピッチングフォームを取り入れた非常に科学的な投石訓練を実施しているのだ。
禁断のツボにハリ治療を施すなどの厳しい訓練を乗り越え、我が郎党の中でも抜群の遠投能力を持つことになった者を5人選抜して連れて来た。
しかもコイツらに今回投げさせるのはただの石ではない。新兵器として開発した
焙烙火矢は
用意した焙烙火矢に火を付け、5人が得意の鉄砲肩でスローイングする。焙烙火矢はまさにレーザービームの如く飛んで行った。
ドカーン!×5
敵城に放り込まれた焙烙火矢が爆発する。音と飛び散る破片により敵兵が混乱した。
「突撃じゃあ!」
その好機に
城の大手門があっけなく破壊され味方の兵がなだれ込んでいく。敵はそれを迎え撃とうとするが、さらに2投目の焙烙火矢が投げ込まれ、混乱の渦中で敵兵は討ち取られていった。
どうやら勝負は決したようだな。
「申し上げます! 敵城主の横山伊予守久徳ら横山一族は自害して果てたとのことであります」
使い番として働いている
「元政、
「ははっ」
「すまぬ、藤孝……わしが言わねばならぬことであったのに」
「いえ、公方様は初陣にございます。始めから全て上手く為そうとは考えなくてよろしいかと。そのための我ら家臣でございますれば」
「ん、そうだな。頼みにしておる」
「さあ、次は田中城攻めにございます。田中城はさすがに堅城でございますれば、じっくりと攻めましょうか」
◆
高島七頭のうち、永田家、山崎家、横山家はすでに滅び去った。平井は幕府軍に合流しており、残るは高島家と田中家、そして朽木家になる。この三家が家格や実力からして高島七頭のベスト3になる。
そのうちの朽木家に関しては前当主の
すでに幕府軍の包囲下にある田中城の田中頼長を下せば、残るは西佐々木の嫡流として高島郡で最強であろう高島家のみになる。
むろん高島郡には高島七頭以外の勢力も居る。高島郡の北方に勢力を持ち、浅井家の一門でもある
だがとりあえずは田中城の攻略だ。横山城を本陣にしてすでに田中城の包囲は完成している。だが1,000人が籠もる山城を攻めるのはさすがに損害が怖い。城攻めが続き兵も消耗しており、焙烙火矢といった新兵器もあることだから、ここは数日掛けて前に使った音攻めをしようと思う。
「の、のう藤孝。その……わしも先ほどの焙烙火矢を投げさせてはくれまいか?」
音攻めにて田中城を攻めることを軍議で決したあと、義藤さまが目をキラキラさせながらお茶目なことを言い出した。
「は? 義藤さまがですか? いけません! そんな危ないことはさせられません」
「1度だけじゃ、1度だけでいいのじゃ。わしもあのボカーンというのをやってみたいのじゃ」――おのれは子供かよ。(数えで15歳です)
「遊びじゃありませんのでダメです!」
「頼む藤孝、何でも言うこと聞くからお願いじゃ」
ん? 何でも? 何でも言うことを聞くと言ったのか?
それはアレか? もしかしたら体操服を着てくれと言っても怒らないということか?
いや、しかし。焙烙火矢はなかなか危険な代物だ。こんなものを義藤さまが扱って怪我でもしたら、それに間違って被害が出ないとも限らない……被害とブルマか、どちらを取るかなんて……そんなものは考えるまでもないだろう。
「い、1回だけですよ?」――こうして俺はブルマのために悪魔に魂を売った。
敵の城に投げ入れるとかするのは危ないので、訓練という名目で敵兵が居ない後方の安全な場所の何もない場所に向けて投げてもらうことにした。
「それ、いっくぞー!」――すごく楽しそうで微笑ましい。
ポーイ
だが、義藤さまの滅茶苦茶なトルネード投法から放たれた焙烙火矢はあらぬ方向へ飛んでいった。
しまった、投げ方を教える口実で手取り足取りいろいろお触りしながら教えれば良かったと思ったりしたがあとの祭りである。
ドッカーン!
「ぎゃあ! なんじゃあ」
「うわぁ、
「誰だー、こんな所に焙烙火矢を投げこんだ馬鹿者はー!」
間違いなく「ノーコン将軍」の称号を得るであろう義藤さまの大暴投により、幕府軍の後方は被害甚大の大惨事で阿鼻叫喚となった。許せ、ブルマのためには必要な犠牲であったのだ。
「大変だぁぁぁ! 兵部大輔様の
ん? 俺の
「ちょっおまっ――その中には体操服が入っているんじゃあぁぁぁ! ブルマ姿でにゃんにゃんがぁぁぁ!」
泣き叫びながら衣装櫃の消火活動を行うのだが残念ながら体操着は燃え尽きてしまったとさ……犠牲にしたつもりが犠牲になったのはブルマの方であった……こうしてエロい惨事は未然に防がれたのである。
――このように幕府軍は
「佐々木出羽殿(朽木)と佐々木越中殿(高島)が
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