第六十三話 ちょっと越後へ行ってくる
天文十九年(1550年)2月-3月
2月に入って九州より悲報が飛んで来た。
いわゆる「
「二階崩れの変」が起こった原因は、大友義鑑が嫡子の
まあ、ともかく九州の大大名であり室町幕府と親密な関係を続けてくれている、貴重な幕府のズッ友である大友家の家督が大友五郎義鎮(のちの
「
晩年の
「新たに家督となった
「具体的には何をすればよいのだ」
「
「そんなところであろうな」
お手紙作戦は金が掛からない良い作戦だからな。足利義昭じゃないが乱発気味でもかまわんのではないだろうか。
史実より大友家と仲良くしたら、
【注:立花道雪は
◇
◇
◇
しばらくして大友家の訃報に続き、越後からも訃報が届くのである。
「義藤さま、御報告したき議がございます」
「越後よりの使者と会っていたそうだな。その件か?」
「はい。越後から使者である
「たしか越後守護上杉家は後継者が居ないとか言っておったな」
「
【ヘタすれば伊達実元の子の
「越後守護職が不在となっては困るであろう、いかがいたせばよいのじゃ?」
「越後守護代長尾家の家督を継いだばかりではありますが、
「長尾景虎と申したか? 何やらそなたはその者を買っているようじゃが、どのような
「長尾景虎は
(実際は長尾景虎の治世も叛乱おきまくりの越後国内ですけどね)
「う、うん……何だか良くわからぬが、とにかく凄い御仁のようじゃな」
しまった。余りに上杉謙信が好きすぎて興奮の余り熱弁を振るってしまった。義藤さまがドン引きしておる。
「ゴホン。失礼しました。それでお願いがあるのですが?」
「ん、なんじゃ? ひ、ひざまくらは今はダメじゃぞ……」
「膝枕は非常に魅力的ではあるのですが、膝枕ではありませぬ。しばし義藤さまの側を離れることになり心苦しきことではあるのですが、私を越後守護代長尾家に使いとしてお送りいただきたいのです」
「そなた自らが行かねばならぬのか?」
「はい。長尾景虎という御仁を義藤さまの力とするためであります。大御所が病に倒れている時に申し訳ないのではありますが」
「……試みに聞くが、その長尾景虎という者とお主がこれまで高く評価して来た
「優劣を語るには難しくありますが、その御三方と戦場で相対した場合に最も恐ろしく感じるのは……長尾景虎にございます」
「お主ほどの豪の者が恐れる男か……」
俺は豪の者ではないのだが……というかその三人が相手では俺ごときでは誰にも勝てないと思うぞ。
「許可はいただけましょうか?」
「分かった。好きにするがよい」
「なるべく早く戻ります」
「べ、べつにそなたが居なくても幕府は安泰じゃ。どこへなりとも行くがよいのじゃ」
「お土産を買ってきますのでお許しください」
◆
冬の日本海は荒れまくるので地獄である。真冬に
江戸時代の
直江津は
直江津は越後の国府のあった
越後守護代長尾家は
春日山城での長尾家との会見であるのだが、早く着きすぎてしまい当主の長尾景虎が不在であったため2日ほど待たされてしまうことになった。
「ブリにサザエにイカにエビ、どれも新鮮で良いものですな」
「すまんが光秀、
「はい、喜んで!」
コレ幸いとばかりに越後府中や直江津に繰り出して、越後の美味い魚介類を買い込んで宿舎となった府内の守護館で宴会になだれ込んだ。
今回の越後下向に連れて来たのは
今頃は
率いて来た郎党は少ないが、代わりに
そんな連中との大宴会だ。ちなみに宴会のスポンサーは彼ら商人なのでタダメシ万歳である。
そして翌日は饅頭屋宗二と越後土産の作成(偽造)である。作っているのは
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「笹団子」
笹団子はうるち米を製粉した
新潟県のソウルフードであり、その発祥は戦国時代といわれ、上杉謙信が考案した兵糧食であったとか、
土産物としては非常に美味いものなので、新潟に訪れた際には是非食して貰いたい一品である。
――謎の作家細川幽童著「そうだ美味いものを食べよう!」より
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この時代に笹団子があったのかは正直微妙だが、甘い
メープルシロップで作った甘い笹団子は偽造であるが義藤さまへの越後土産であり、越後守護代である長尾景虎への切り札とするものなのだ。
◆
できたばかりの笹団子を味見しながら上杉家の守護屋敷の庭を眺めていたら、明智光秀が来客を告げて来た。
この守護館は上杉謙信の後継者争いである御館の乱の舞台になった
「本庄新左衛門尉殿と直江与右兵衛尉殿がお見えであります」
本庄新左衛門尉は
(以下、直江景綱で通します)
1544年、兄の
長尾景虎の初陣としてはこんな話が一般的であろう。栃尾城に攻め寄せた敵は三条長尾家の長尾平六とされることもある。
だが三条長尾家の長尾平六
本庄実乃はこの当時の栃尾城代であり長尾景虎をその初期から支えていたものと思われる。
直江景綱はこの直江家を乗っ取った
本庄実乃も直江景綱も長尾景虎による長尾家の家督継承の推進派というよりは担ぎ上げた立場であろう。長尾景虎の初期における側近で有力な奉行衆であったはずだ。春日山の重臣の登場は長尾景虎の意思で事前交渉に来たと考えてよいだろう。
「来たか、丁重にお通しせよ」
長尾景虎が不在で会談が二日遅れるなどということは、まあウソっぱちだな。我らを守護館で待たせている間に事前交渉に来るだろうとは予想していた。
挨拶もそこそこに、本庄実乃が本題を切り出してくる。
「明日には
どうやら越後まで来たことを警戒されてしまったようである。
「これまで長尾家の申次でありました大館殿は多数の申次を抱えておりますゆえ、大館殿が申次のままでは長尾家との交渉が疎かになる恐れもあり、こたび公方様直々の御下命にて私が越後に参る機会に申次を変更することになりました」
「申次の交代は我が長尾家とさらに昵懇となるためでありますと?」
「むろんです。公方様は上杉家に代わり越後国主となる守護代の長尾家とこれまでよりも良き関係を築きたいとお考えであります。先々代の守護代である
ちなみに長尾為景という男は越後守護代でありながら、越後守護の
長尾為景は多額の献金を行って幕府に上杉定実を越後守護に、越後守護代に自身を正式に補任させ、幕府による将軍足利義晴の
また朝廷からも内乱平定の
豊後の大友家とともに長尾家も幕府の権威をうまく利用しており、幕府を支える有力な地方権力でもあった。
「大館殿や大御所様も同じ意向でありますのや?」
「こたびの越後下向は公方様の意思であります。先日より大御所様は
「大御所が病ですと?」
「残念ながら」
「うーん……」――本庄実乃はうなり声をあげて考えこんでしまった。
大御所が病に倒れたことを明かすことで、幕府の主導権はすでに大御所から公方様に代わったことを宣言するようなものだ。公方様の腹心たるそれがしの下向は軽くないぞとのアピールも忘れない。
「大御所様の病は秘事ではありませなんだか?」
「むろん公にしてよいものではありませぬ。この場のみのことと
「そ、それはむろんのことであります……」
◆
黙り込んでしまった本庄実乃に代わり、直江景綱が別の話題を振ってくる。
「
「三条西家は滞りがちである長尾家からの青苧公事の徴収について私を通じて幕府に委託されました。青苧の件につきましても私は公方様より一任されております。
三条西家との個人的なつながりもアピールしてみる。
「これはこれは……兵部殿は我が長尾家をいかようにでもできるようでありますなぁ」
「公方様より長尾家の差配は全て任せるとの言を頂戴しておりますれば……」
「三条西家はいかほど納めて欲しいとお考えでありましょうや?」
「御心配なく。三条西家には既に今年の青苧公事分は納める手筈になってございます。来年からの分はこれからゆるりと交渉いたしましょう」
「は? すでに納めているとは一体どのようなことで……」
二人は意味が分からないといった感じで顔を合わせている。
「こたびの幕府への貢納で長尾家も懐が厳しいかと存じましたので、今年の青苧公事につきましては私の一存で肩代わりさせて頂きました」
長尾家は国主待遇を得るために幕府へ
「しかし、そうとうな額であると存じますが、そのようなことが可能なのでありますのか?」
「ああ御心配なく。それぐらいの額は軽くこの越後で儲けようと考えておりますので」
「は? 我が越後で儲けるとはいったい……」
「この越後で新たな商いを考えておりまして、実はそのための相談に参ったのが越後下向の本題であるのです」
「は、はあ商いでありますか……」
「青苧の流通に関しては三条西家との交渉も含めて大いに協力いたしますれば、長尾家におかれましても私の商いに是非協力していただきたいのです」
頑張って営業スマイルで笑いかけたのだが、直江殿には分けのわからないことを言い出す変なヤツと思われてしまったのか、引きつった顔をされてしまった。
俺の営業スマイルって胡散臭いのかしら?
「それは幕府のご意向というわけでありますかな? 協力しないとどうなりますのでしょうか?」
「ああ御心配なく、商いは幕府とは関係ありません。長尾家から依頼のありました
「は、はぁ……」
「あとはそうですね。これも長尾為景殿の前例がありますので、幕府への
「そ、それはありがたく……」
「御心配なく、私への謝礼は一銭もいただきません。長尾家が満足されたらそれが何よりの報酬でございます。私は長尾家の味方です。一緒に幸せになりましょう」
おかしいなぁ……一生懸命仲良くしようとあの手この手でアピールをしているのに、本庄実乃も直江景綱もまるで物の怪でも見るような目で俺を見つめてくるではないか。
俺はただ仲良くしたいだけなのだがなぁ……
――ジャララン!
そこになにやら大きな音が鳴り響いた。
そして
「
「お、御実城様……」
「そなたらには荷が重い相手のようだな。この者とは
琵琶を持ち法衣でコスプレしているが、どうやら長尾景虎みずからのお出ましのようである――
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