第六十話 よろしい、ならば合戦だ
天文十八年(1549年)10月
三階楼いわゆる天守閣が完成して義藤さまが移った。最上階は展望台になっており西の洛中が一望できるようになっている。2階は義藤さまの私室になっており書院造の落ち着いた雰囲気の和室だ。1階は執務室や護衛の奉公衆の詰め所などがある。
「見よ当方は赤く萌えておりますぅ」(意訳です)
「ワレこそは東西南北中央不敗の征夷大将軍よ!」(意訳です)
この天守閣の完成祝いに連歌ファイトとかわけの分からないことをやって
中二病の二人はウザいのでほっとくが、幕府はただ遊んでいただけではなく
三好長慶は
だが、江口の戦いでボッコボコに負けたばかりであるので
【この時期の動きとしては「
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「
この時代の一級史料である「厳助往年記」は
醍醐寺は京都の
ただ戦国時代の醍醐寺は応仁の乱などで荒廃しており結構ボロボロだったらしい。
戦国時代の醍醐寺門跡は
この時代の醍醐寺座主は
三宝院義堯は
九条家の人間ではあるが足利義晴と行動を共にしていたため、三宝院義堯が三好長慶と幕府との交渉窓口としては適任であったのであろう。
1549年の10月に行われた三宝院義堯と三好長慶は大山崎で会談したのだが、その会談内容までは分からない。だがその翌月には足利義晴は銀閣寺の裏山に
ちなみに醍醐寺は「古都京都の文化財」として世界遺産にも登録されており、国宝も多数あるので、是非行ってみようと言いたいのだが、京都中心部からは遠いので中々行きづらいのである。
――謎の作者細川幽童著「どうでも良い戦国の知識」より
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三好長慶は摂津の
四国においても晴元派の国人を
正直いって全く勝ち目がないのだが、幕府のほとんどは三好家と和睦する意思がなくて困っている。むろん細川晴元もなー。
大御所の
そういえば細川晴元が持ち込んだのであろうか、いつの間にか近江の国友村でも鉄砲の生産が開始したらしい。鉄砲をすでに実戦に投入している我らにその運用方法を聞いて来たので、明智光秀を講師役に貸してあげたりしている。
国友村での鉄砲生産はまだ始まったばかりのようだが、生産が軌道に乗った際にはこちらにも鉄砲を廻してもらいたいと思う。
なぜか生き残ってしまった
うん……ダレも和睦する気がねえ……まいったなコレは。
三好長慶の和睦を仲介している三宝院義堯も困ってしまっている。誰も和睦をマジで交渉する気がないのだから……
俺も三好家との交渉で現状の打開をとか評定の場で口走ろうものなら、また近衛家との仲が破綻するので言えやしないしな。
だが三好家の交渉役の一人にはなることができた。窓口の三宝院義堯とともに
垪和道祐は細川晴元の側近であり京兆家で奉行を務めるが、京兆家の代表ということになる。大館晴光は大御所の代理で俺は公方様の代理ということになるわけだな。
【
◆
三好長慶との会談は大山崎の
つい先日まで幕府軍が駐屯していた所ではあるのだが、すでに大山崎の町は三好家によって制圧されてしまっている。制圧といっても平和的に治めているようであり、統治に関しても三好長慶にぬかりはないようである。(隙がねえ……)
三好家側の代表と型どおりの挨拶を済ませ、幕府からの治安維持の命令などを伝え、三好家から幕府への献上物の目録などが読み上げられる。まあ、ほとんど意味はないのだが形式は大事らしい。
「皆様、我が主がお茶を献じたいと申しておりますれば別室にて御一服などいかがでありましょう」
「いただきましょう」
三好方の接待の申し出に大館晴光が応じる。ここからが交渉の本番であろう。交渉できればだがなぁ……
「皆様は幕府の代表でありますれば、我が三好家としては是非ともオモテナシをしたくあります」
三好家側の交渉担当である
これはアレだな。
「ほな皆様、こちらへどうぞ」
そこに別の男が現れ我らを別室へ案内してくれるのだが、なにか非常に馴れ馴れしいおっさんである。
「あんさんは
「そこもととはどこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
「これは失礼おば、ワテは
「それは失礼しました細川兵部大輔です」
というかおのれが
「兵部さん、ところで今日はアレはお持ちでおますか?」
「アレ?」
「前の交渉の時にお持ちくだされたお
「ああ、もみじ饅頭ですね。むろん土産としてお持ちしております。外に控えている家臣から受け取ってくだされ」
「ありがたいありがたい。お茶の席にお出ししてもよろしいですかい? 恥ずかしながらアレを越える茶菓子を当方では用意できませなんだ」
「ええ、是非とも。三好家の皆様にも喜んで貰えたようで嬉しい限りです」
「ホナ、ちょっと受け取って参りますれば、皆様はこちらにてお待ちくだっしゃれ」
なんだか松永久秀の勢いに圧倒されてしまった。大館晴光殿も驚いている様子だ。まあ松永久秀には歓迎されているようなので、敵意むき出しの三好長逸よりかはいくらか話になりそうかなぁ……
◆
(松永久秀は交渉役というよりは接待役で同席しているようだが)
「兵部殿、江口での戦い以来であるな。息災のようで嬉しくある」
「筑前(三好長慶)殿に戦場にてお目こぼしいただきましたゆえ、命が助かりこの場へ参上することができました」
「お目こぼしなどはしておらんがな。あの陣地に攻め懸ければ手痛い反撃を受けることは必定であった。損害を被りたくなかったので兵を引いたまでのこと。
「はぁ、兵部殿には富田で大変苦労させられましたわ」
額がピクピクいっているし、三好長逸はめっちゃ俺を睨んでいる。恨まれている相手に接待役をされても困るのですが……チェンジをお願いしたいものだ。
茶席へ場を移して改めて挨拶を交わし、和睦についての本交渉に入る。戦の当事者である
三好方は
「よろしい、ならば合戦だ。六郎様(細川晴元)には、改めて我が三好家の武威をお示ししよう」
遅々として進まない交渉に業を煮やした三好長慶が、交渉役の三好長逸を遮り、垪和道祐殿に対して力強く宣戦布告をしてしまう。
「しばらく、しばらく!」
穏健派の
「一服して、少し落ち着きましょうぞ」
仲介役の
当事者の垪和道祐も二の句を継げないでいる。戦って勝てないことは細川晴元方としては承知の上であろうことだからな。
当初からあまり意味のある交渉とは思っていなかったが、せっかく大山崎まで来たのだから何もしないで帰る手はないだろう。妥協点などは無いとは思うのだが、とりあえず口を挟んでみるか――
「あえて戦うことで力をお示しになりまするか?」――挨拶してからはほぼ無言でいたがここで三好長慶に話しかける。
「武家とは武威を示すものであろう。
突然口を挟んだ俺に驚いた様子もなく、三好長慶は俺との談義を楽しもうというのだろうか話に乗ってくれた。
「ある意味ではそうでありましょう。ですが
「我が三好家を
「筑前殿、一つお聞きしたいのですが、こたびの挙兵の目的は
まどろっこしいのでズバリ聞いてみる。
「池田家への
「君側の奸である三好宗三殿を除くことが目的であり
「六郎様には困ったものだ。我らは三好宗家としての
気持ちは分からないでもない。三好長慶としては細川晴元が庶流にすぎない三好宗三に肩入れすることは、三好一門の結束を揺るがす行為であり三好宗家の立場としては受け入れがたいことなのだ。
だが細川晴元は実はそれほど理不尽なことをやっているわけではない。この時代はめちゃくちゃそういうことをしまくっている時代だからだ。
室町幕府の歴代の公方や
有力となった家に幕府が介入して家督争いを起こし、その力を弱めようとすることは、困ったことにこの時代では実によくある話なのだ。
……うん室町幕府ってクソじゃね? 統治するはずのトップがそこら中に火種を撒きまくっているのだ。そりゃあ日本全国いたるところでヒャッハーな事態になるわな。
こんな幕府を再興していいのかよ、と思わなくもないが、公方様の忠実なる側近で幕府の重臣たる者が思ってよいことではないので忘れよう。
「では
「我らは京兆家をまとめようとしているだけのこと。六郎様には隠居した上で家督を嫡子の
「それは主家への明確な
三好宗三を討つという名分を掲げてはいるが、細川晴元への謀反なのは自明の理なわけで今さらではあるが。
「大御所はどのようにお考えでありますかな?」――沈黙に耐えかねたのであろう三好長逸が大館晴光に問いかける。
「大御所様は右京大夫殿(細川晴元)を京兆家の家督とお認めであります。三好筑前殿には京兆家の被官としての務めを果たすようにとの御意向であり、いたずらに世上を騒がすことは控えるがよろしかろう」――大舘殿が大御所の意向を伝える。
「我らは幕府に対して、公方様、大御所様に対して、弓を引こうとは考えておりませぬ。できれば中立のお立場をお願いしたくありますが……」
三好長逸が幕府に中立の立場を求めるがちょっと無理な話だ。現時点で幕府最大の後ろ楯である六角定頼が京兆家当主の
それに……三好家のものは理解していないようだが、あんたらはこれまでに大御所の邪魔をし過ぎているのだよ。
「はっきり言えば三好家とは大御所の治世をことごとく乱し、幕府に弓引く賊であります」
「兵部大輔! わ、我ら三好家を幕府に弓引く賊軍と申したかぁ!」
「いかにもそう申しましたが――」
ちょいと挑発が過ぎたかな、めっちゃくちゃ三好長逸がキレてしまった。
大館晴光殿も「またですか」という目を俺に向けてくる。すまないとは思うが挑発でもなんでもできることはやって少しでも三好長慶の本音を引き出したいのだ。
◆
「控えよ弓介(三好長逸)。兵部大輔殿、我ら三好家は幕府や大御所に対して含むところはあらず。ましてや弓引く所業などは為した覚えがないのだが、そのように申される理由は説明してくれるのであろうな?」
三好長慶も少し怒ったのか睨んで来る。無礼な物言いなのは認めるが、三好家が今までやってきたことからすれば賊軍といわれてもしょうがないのだがねぇ。
「筑前殿の父である
将軍、足利義晴――管領、細川高国の体制をブチ壊したのは、高国の自滅もあるが、丹波の
「それは主君である六郎様(細川晴元)のために戦ったことでありますれば」――
「それでは
【三好元長は堺幕府維持派であったと考えられている】
「だが我が曽祖父も祖父も大御所の父たる
【三好長慶の曾祖父の
「さらに言えば筑前殿御自身のこれまでの為されようも大御所へ弓引く行為であったとは思いませぬかな?」
「私は大御所へ弓引くことなどは考えたこともないが?」
「筑前殿にその意思がなくとも、問題は大御所の受け取りようです。筑前殿は10年前にも河内十七箇所の代官職をお求めになり、細川晴元殿と対立なされた。大御所が六角定頼殿を通じて筑前殿と晴元殿の和睦を斡旋しましたがそれに応じることもなく、洛中の治安が悪化して公方様(足利義藤)が避難することにもなり申した。これは大御所の面目を潰す行為でありましょう。そして3年前の北白川城の包囲です。細川晴元殿に対して挙兵し北白川城に籠もった大御所に対して、筑前殿は晴元殿の命で北白川城を包囲し、その後に
少し喋り過ぎたのでお茶を飲む。三好長慶は反論せずに俺の次の言葉を待っているようだ。
【
「大御所としては、なぜ今なのだと思いましょう。大御所が細川晴元殿に対して兵を挙げた時には協力せず、なぜ今になって細川氏綱を担いで細川晴元を攻めるのだと……あの時に大御所にお味方していれば、三好家は幕府の功臣の地位を得られたはずだったのです」
結果論だけどな。だが大御所がはらわたの煮えくり返る思いであろうことは理解できると思うのだが。
「大御所に弓引く賊と申されても仕方がなきことであるか……」
「今までの行いではそうもなりましょう。ですが今後の行いにより三好家は幕府に対し大御所や公方様に対して、その意向に沿う行いをすることにより、その立場を変えることも可能であります」
「我が三好家と幕府とは今後協調することも可能であると兵部大輔殿は考えているのかね?」
「難しくはあります。幕府を長きに渡り支えてきた六角家の意向もありますれば。またほかにも事を難しくしていることもございます」
「難しくしていることとは一体何であろうか?」
「……三好家と足利将軍家との間には、日の本の国に古より根をはる藤のツタが絡まっておいでなのです」
「藤のツタとは何のことで……」――三好長逸は分からなかったようだ。
「我が三好家が幕府に認めてもらうにはその二つが問題であるのだな」
三好長慶には藤のツタの意味がお分かりのご様子。
「いえ、実はもう一つあります」
「まだあると申すのか?」
「残念ながら」
「それは?」
「
「
【堺公方、足利義維のこと。義維から義冬に改名している。この時代では阿波守護の
「私としては一番の問題と考えております。筑前殿が京兆家の家督に介入した今となっては看過できぬことでありましょう」
三好長慶は細川氏綱を担いで細川晴元に対して謀反を起こしたのだ。さらに足利義冬を担いで足利義藤に対抗しないとはいいきれない。
「将軍家の家督にまで口を出す気などは毛頭ないのであるがな」
「筑前殿にその意思がなくとも、それが可能であると考えられるだけでダメなのであります。それに先ほど申し上げましたが三好元長殿の前例がありますれば」
「ふぅ……さすがは兵部殿だな。合点がいく話を多くいただき感謝するほかないな。三つの問題であるか――だが今すぐに解決できる問題ではないようだ……」
「いずれはそれらを解決し、共に公方様に対して仕える日々の来ることを願うばかりであります」
「私もいずれはその日の来ることを願うものだがな。だが今は幕府や大御所様に対しては中立をお願いすることしかできぬか……」
「少しばかり事を大きくし過ぎましたな」
「そうだな――今となっては振り上げた刀の落しどころに困っておる」
「細川氏綱殿を担いだことは失敗であったと思われますが」
「するしかなかったのだよ。我が三好家を支持してくれる国人らの意向もある。皆コロコロ変わる主家や幕府の意向に振り回され続けてウンザリもしているのだ。そろそろ京兆家には変わってもらわねば困る」
「力をもって為さねばならないこともあると?」
「武家の一所懸命は変わらぬことであるがな。我が三好家こそが新しき世を願うものの力となることを天下に示さねばならぬのだ」
「――
「ほう、天下布武とな。天下に武を
十分に分かっているけどね。この時代の畿内において三好家に対抗できる勢力などは最早存在しない。
「正統性も大義名分もない三好家に天下布武が可能とお思いですか?」
「力こそ全ての時代となれば可能であろう。この三好長慶のほかにそれを為すことができるものは
たいした自信家だな。
「良く分かりませぬが、筑前殿におかれましては幕府と和睦する御意思がおありということでよろしいですのかな?」
「
「兵部殿、筑前殿は何を申しておるのだ?」
三好長慶は三好家を支持する畿内の国人層を取りまとめて、実力でもって天下たる畿内を制し、幕府に対して京兆家に代わる存在として己を認めさせようと言っているのだ。だがこの時代にそんなことを理解できるものなどはおるまいな。転生したことで歴史を知る俺と実際にそれをやろうとしている三好長慶以外には……
「三好筑前殿はその手で畿内を、天下を平定すると申しております。細川晴元様ではなく、自らにこそ幕府を推戴する力があることをお示しになるようで……」
「なんと不遜なことを」――
「兵部殿には我が三好家に天下布武が為せると思われるか?」
「時期尚早とだけ申し上げましょう」
織田信長ですら足利義昭を担いで大義名分を必要としたのだ。信長よりも20年も早く大義名分もない三好家に天下布武など為しようがあるまい、と思いたいのだが、史実の三好長慶はほぼ成し遂げているんだよなぁ困ったことに。
「兵部大輔殿には機会があれば改めて
「お手柔らかに願いますよ」
「ふっ。手加減して勝てるほど兵部殿は甘くないと思うが」
「過大評価も良いところです。私に三好家と張り合うだけの力などはありませぬ――ただお忘れなく。我々は手を組むことも可能であるのです」
戦闘力3万を超える三好家に、戦闘力1000未満の俺が張り合うとか無茶過ぎるわ。
「覚えておこう」
相変わらず三好長慶を煽っただけのような気がするが、伝えるべきことは伝えた。三好家と公方様がともに在ることは可能なのだ。今はそれだけ伝えられればよい。
和睦が破談となり三宝院義堯殿が頭を抱えている。最初から和睦などは無理なのだ。三好長慶と畠山尾州家との同盟の条件であるのだろうが、三好長慶が細川氏綱を担いでしまっては細川晴元との和睦などは無理筋だ。
史実でもそうであるのだが、細川晴元が屈服し諦めるまでは戦うほかはあるまい。垪和道祐殿には可哀想な話だがな。
三好長慶が上洛し本格的に
史実では三好長慶に蹴散らされ
日本各地において守護は没落し、中央たる畿内ですら三好長慶が行った将軍や管領を推戴しない政権の出現により、幕府役職や家格に拠らない下克上の世が急加速する――それは歴史の必然であったのだろう。
下克上の世を為そうとする三好長慶に対して、俺は公方様のために下克上を防ごうとする立場なわけだ。ようするに抵抗勢力というわけだが、まあちっぽけな勢力だが抗えるだけ抗ってみよう。
だが、三好長慶に勝てる絵図が描けなくて困ってもいる。どこかに三好家を打ち破れる豪の者は居ないものであろうか――
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