第二十二話 山城金融道
天文十六年(1547年)4月-6月
山城国 瓜生山 北白川城
「すまぬな与一郎殿。貴殿とはもう少し楽しき談義を続けたかったのだが、主命とあらば致しかたあるまい。いずれ非礼を詫びる機会を設けるゆえ、またの再会を楽しみにしている」
「はっ。私がいうのもおかしな事ではありますが御武運をお祈りいたします。これはつまらない物ではありますが、陣中のお
もみじ饅頭と吉田の神酒を三好長慶にお土産として渡す。三好家にも広まれば、売上げ倍増だからな先行投資である。
「これはかたじけない。この礼はいずれまた。さらばである」
三好長慶の引き揚げは素早かった。
大御所様と公方様への礼の物を我々に託し、また非礼を詫びると即座に軍をまとめ洛中より撤退した。
その撤退振りは見事なものであり、北白川城から追撃をかける
そもそも追撃をかける兵力もなければ、撤退交渉の途中でもあるため、追撃など不可能であるのだが。
翌日、三好軍の撤退を受けて北白川城の本丸では、また軍議が開かれた。
「三好の田舎ものめ、我々に怖気づいて逃げよったわ」
「主君の晴元に似て、逃げ足だけは見事なものよ」
「我らの勝利に祝杯をあげようぞ」
相変わらず、酔っ払いが
大御所としては洛中の軍事的空白のうちに六角定頼を引き入れたいとの思いのようであるが、六角からの色より返事はいまだないようである。
三好長慶の撤退後、北白川城は平穏であった。
細川氏綱と細川晴元は摂津や河内、丹波方面で戦っており、どちらの勢力も洛中に進出できずにいる。
氏綱方の細川国慶も京の北西、
だが、洛中が平穏であればアレだ。商売の時間じゃあ! ということで、
俺は篭城していて、店に居ることや手伝いはなかなか難しいのだが、特に何もやらなくても銭が増えていくのである。
そう既に俺には何もしなくても自動的に儲かっていく仕組みがある程度できあがっているのだ。
不労所得っておいしいよね。
俺のほっといても増えていく銭は土倉業を営む角倉吉田家に管理はお任せしている。
そして貯まっていく銭を使ってやることといえば、サラ金である(お金を貸す方です)。
篭城のおかげで、俺の周りには顧客があふれているのだ。(ア○ムしてますか?)
篭城で不要な戦費がかかる者。
昨年末の
自領と連絡が取れずに
既存の借金で土倉の利息がきつくて首が回らない者。
奉公衆でも金に困るものはたくさんいる。(銭の匂いがしよるで!)
だが余り派手に動いてはいけない。
あくまで影のように忍び寄りささやくのである。
「借金にお困りでしたら、良心的な土倉を紹介しますよ」と。
名義は角倉家の名で活動する。俺の金ではあるのだが、形式的には土倉の角倉が貸すという形の手口だ。
俺は悪魔(あくま)で口を利いてあげるだけの『善意』の第三者なのだから。
別にしゃぶり尽くすつもりではない。
普通に返せる見込みのある者には少しお安い金利で恩を売り継続的な顧客にする。
将来的に返済に困るであろう奉公衆のお客様には少し損をしてでもお貸しする。
返済に困った時には、いろいろとお願いをするわけだ。
あくまでお願いだ。
暴力的な取立てなどは考えてもいない。
奉公衆は幕府の頼もしいお味方であるのだからな。
『オトモダチ』になってもらって、いずれ俺に便宜をはかってくれるようになればよいのだ。
割の良い
利益度外視でお貸ししよう。
返済に困ったら申次の役儀を格安で買い取らせて頂くのだ。
篭城中ではほかの土倉は手が出しにくい。
まさに俺の独壇場である。
角倉に銭の管理手数料や名義貸し代を支払ってもおいしい、とてもおいしい状況である。
皆様も良心的な顔で親切心を
利益や打算なしに手助けする者など、馬鹿か家族ぐらいか、下手したらそんなものは居ないのである。
そう、俺は銭の力でこの世界を、『室町幕府』を支配してやるのだ。
見ているがいい、俺がこの新世界の神になるのだ!
「カーッカッカッカッカ……」
「……台所でおかしな笑い声をあげながら、何を作っているのだろ?」
「おお、心の友よ。すまん、ただの悪魔超人
「お、蒲焼重かそれは義藤さまも喜ぶだろ。だが、さっきの変な笑いはよした方がよいだろ。ほら、そこの
「すまん、気をつけるわ。さて出来上がったから、我が主の元へ急ぐか。腹ペコでお待ちのはずだ」
「おう、急いで運ぶだろ――」
◆
敵対勢力が洛中にいないものだから、俺は義藤さまに許可を貰って、城を抜け出すことも多かった。
吉田神社に戻ったりしては、蕎麦屋で新しい季節の食材を使った天ぷらを考案したり、新鮮な食材を店からくすねて城内に運びこんだりしている。
そして新二郎と二人で消毒活動に精を出すのである。
篭城中にやることがなくて酒盛りばかりをやっている連中などには
しかし大御所にまで五苓散を求められたのには少し困った。
六角定頼が思ったほど頼りにならなくて
もちろん大御所からは金は取りません、無償で提供しております。
5月に入ってからは城のまわりで米田求政殿とヨモギやドクダミに
どれも優秀な生薬であるからだ。
生薬の採取中にタケノコも見つけたので掘って持っていくことにした。
なにやらキノコもいっぱい見つけたのだが、残念ながらキノコの知識は持ち合わせていない。
どれが毒キノコなのか分からないのであきらめた。
新鮮なタケノコの天ぷらは美味しいから義藤さまも喜んでくれるだろう。
「藤孝ずるい」
「そうだずるいだろ」
……一生懸命タケノコの天ぷらを作ってお出ししたのに文句を言われた。
そう
さすがにこの状況で義藤さまが城から抜け出すわけにはいかないのだが、俺ばっかり自由にやっているように思われ不満を言われたのだ。
「ずるいと言われましても。さすがにどうしようもありませんが」
「ずるいといったらずるいのじゃあ!」駄々っ子かよ。
「タケノコの天ぷらはお気に召しませんでしたか?」
「いや、あれは美味かったぞ。また頼む」
「美味しかったならそんなに文句を言わないでくださいよ。これでも義藤さまが篭城中にまずい飯ばかりにならないように苦労しているのですから……」
「うむ。
「それなら、さっさと細川晴元と
「馬鹿者! お家に帰りたいから篭城やめる〜。などと言えるか!」
「言えばいいのに……。どうせ無駄な篭城だしぃ」
「あのなあ、ここでの冗談なら良いが、ほかでそんなこと言ったら、お主の首が胴から離れるぞ」
「ここ以外で言うわけがありません」
「で、やはり勝ち目はないのか?」
「難しいと思われます。この状況で六角軍が大御所に援軍を出さないということは、六角定頼はこの大御所の挙兵には賛同しかねるということです。六角軍なしでは、細川氏綱を支援しようにも何もできません」
政治向きの話になったので、新二郎が静かに部屋を出る。
横目で確認するが、今日はお菓子がないので可哀想だが手ぶらで出て行った。
「何もできないのか?」
「この城には3千程の者が
「我が力はたった3千であると……」
とかいって見たいけどな。
大坂の陣ですら30万もいかないから日本では無理な話である。
「はい。
(室町幕府の全力ぅ全力ぅ! がたったの3千。現実です……これが現実)
「だが、まだ六角が兵を出さぬと決まったわけでもあるまい。それに武田家(若狭)や朝倉家などにも大御所は支援を求めているだろう」
「もう挙兵から1ヶ月以上経っております。援軍を送るにしても
「いや、何も聞いてはいない」
「やはりこの戦には勝ち目はありませぬ。まあ、私もあわよくば三好長慶と
「わしは征夷大将軍じゃ、武家の棟梁じゃ。それが何もできないというのか……。わしは弱い将軍なのだろうか?」
「歴史上強かった将軍など、実はほとんど居ないのです」
「ほとんど居ない?
「たしかに源頼朝は強い将軍にはなりました。ですがはじめは在地の武士団に
「何をしていたのじゃ?」
「北関東の同じ源氏である
「だが、頼朝公は義経公を差し向け平家を追討しているではないか」
「少し違います。頼朝公にとっての
「頼朝公の敵は同じ源氏であったと?」
「はい。頼朝公は確かに源氏の
「我らが足利はどうだったのじゃ?」
「足利
「いや、構わぬが……足利にとっても源氏は敵になるのか?」
「今ある守護大名の源氏などは全て足利将軍家に臣下の礼を取った家にございます。敵ではありません。足利将軍家にとっての敵とは……」
「我が敵とは?」
「足利氏です」
「……は? 足利の敵が足利?」
「はい。古くは足利
「敵は我が叔父だけだと」
「はい。足利義維殿を担ぎ上げる者こそが今の義藤さまの真の敵になりえましょう。あるいは、義維殿のお子などを
「かの堺公方とその一族を担ぐ者とは?」
「今は
「父上もこのことはご理解しているのか?」
「真の敵が誰かは理解しているとは思います。ですが大御所さまは今、細川右京兆家の専制体制の打破を夢見ておりますので……」
「大御所の思いをそなたは夢と申すのか?」
「細川右京兆家が倒れようが、他のものが将軍家を神輿に担ぐだけにございます」
「そなたは
「室町幕府などというものは、そもそもが
「――ッ。藤孝……もうよい」
「は?」
「今のお主の顔は余り見とうない。下がるがよい」
「ご、ご無礼いたしました、さ、下がらせていただきます――」
◆
――ガーン、ちょうショックー。
顔も見たくないまで言われてもーた……落ち込みながら部屋を出て、外で突っ立っている新二郎に聞いてみる。
「なあ、心の友よ。俺の顔って酷いかね?」
「ん? 気にするなだろ。俺の顔に比べれば誰だって酷いものだろ」
「うん、お前に聞いた俺がバカだった……」
「何かあったのか?」珍しく新二郎がマジメな顔をして聞いてきた。
「いや、今のお主の顔は余りみたくないと義藤さまに言われてな」
「うん。それこそ気にするなだろ。我らが主は『今のお主の顔』といったのだろ? お主が顔でも洗ってくれば済むことだろ」
「あ……」
「もっともぉ、お主の醜いアホな顔が洗ったぐらいでよくなるとは思わないだろー。もう少し俺のように美男子に生まれてくれば良かっただろー」
「ありがとよ、心の友よ」ドガッ!
親友の尻に蹴りを入れて、水場へと向かった。
どうにも最近悪いことばかり考えているので、新世界の王のような顔つきでもしていたのだろうか、または三好長慶にでもあてられたかな。
征夷大将軍というものの歴史は数人の例外を除けば神輿であったに過ぎないのだ。
室町幕府が滅んだ原因は、どこぞの馬鹿が無駄に頑張り過ぎて神輿であることを忘れたのがいけないのだ。
大人しく織田信長に担がれていればよかったのだ。
それであれば織田信長も足利将軍家を無下にはしなかったであろうし、実際に無下にはしていないのだ。
あーいかん。またこんなことを考えていると顔が怖くなるな。
さっさと顔でも洗って来よう……
俺は水場で顔を洗ってついでに台所へ向かった。
我が主のために新作のおやつをつくる為である。
新作のおやつでも持っていかないと義藤さまに顔を合わせ
今回作ったのはビスケットである。
小麦粉にオニグルミを砕いたものを入れ、メープルシロップを混ぜて焼いただけの非常にシンプルなものだ。
どちらかというとアンザックビスケットみたいな感じかな。
ココナッツ代わりのくるみの食感とシロップの甘さで、お菓子感覚ですが、一応保存食として考えていたものだ。
これは2、3週間は持つと思われる。
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アンザックビスケット(ANZACクッキー)
ANZACとはオーストラリア(A)とニュージーランド(NZ)の連合軍(AC)の略で、英連邦の一員として第一次世界大戦で戦った両国の志願兵による軍隊である。
アンザックビスケットは腐りやすい材料が入っていないため遠い戦地で戦うアンザック兵達に故郷に残る人々が送ることができた保存食なのである。
オーストラリアやニュージーランドではどこでも買える普通のおやつで、本来はオート麦、小麦、ココナッツ、砂糖、バター、ゴールデンシロップなどから作られる。
南半球の両国に行くことでもあれば、是非その味を楽しみながら第一世界大戦などにも思いをはせて頂きたい。
謎の作家細川幽童著「そうだ美味いものを食べよう!」より
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「うん。くるみの食感が心地よいし、甘くて美味しいのだー♪」
とりあえず、我が主の機嫌も直ったので一安心である。
これからは怖い顔にならないように気をつけねばならぬな。
人間やはり
「藤孝。先ほどはすまなかった」
「い、いえ、私のほうこそ無神経にズケズケと申し訳ありませんでした」
「藤孝、わしはどうせ
「義藤さまはそのー。残念ながら担ぎがいがある
「――新二郎あるかっ!」
「はっ、新二郎ここに」
ん? ん?
「
あれ? もしかしてジョークになってません?
「はっ! ガッテン
「ま、まて新二郎! ほんとに刀を抜くなぁあ!」
「問答無用だろ! そこになおれこの
「さっきのは
「新二郎!
「おう!
「おい待て、日頃の恨みってなんじゃそりゃー」
「お前ばっか若様と仲良くしてるんじゃねーだろー」
「お前だって仲いいじゃねーかー」
「新二郎! その
「冗談ではない! 俺は逃げるぞ。アラホラッサッサー」
……結局のところ城内はしばらく平穏であったのである。
――事態が一変するのは7月のことであった。
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