第四話 清原家と吉田家
天文十五年(1546年)9月
山城国 吉田神社
どうもこんにちは『細川
どうやら俺は『細川藤孝』に生まれ変わったらしい。
そう、俺は俺である『細川藤孝』を知っている。
『細川
俺が知っている『細川藤孝』という人物は……
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・剣術は剣聖といわれた「
・弓術も
・
・水泳、相撲にも通じ、怪力ともいわれる
・和歌、
・
・茶道は千利休の師でわび茶の元祖といわれる
・のちの天下人、徳川家康に
・三好
・能学(猿楽)にも優れ、能の発展に貢献し、
・漢学、和学、書道家として優れ、残した書物も数知れない。
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幾多の
さらには処世術にも
文武両道どころか幾多の芸に秀で、そのすべてが超一流と
――それが『細川藤孝』だ。
まあ無難に『細川藤孝』を演じてさえすれば、クマモーンな熊本52万石のお殿様(正確には孫が)で勝ち組は間違いなしだと思うのだが。
このデンジャラス&エキサイティングな戦国乱世で勝ち組内定って奇跡じゃね? 超ラッキー! と、楽しみながらウキウキ戦国ライフを満喫すれば良いんじゃね?
そう、俺の戦国ライフにおける成功は約束されていたはずだ。
なんといっても俺はあの『細川藤孝』なんだからな。
それなのに俺はどうしてこんなところで汗だくになってこんなことをしているのだ? ――どうしてこうなった!?
「おい! 与一郎。まだかー!」
俺の従兄弟で神社の宮司で公家の吉田兼見が殺気だった声で俺を呼ぶ。
店内は人で
「注文入りましたー」
綺麗な巫女のおねえさんも接客で忙しくしている。
そんな中で俺は大釜の前で
そして茹で上がったそれを手早く盛り付けて叫ぶのだ。
「黒うどん一丁あがりー!」
そう。俺はこの戦国時代の真っ只中でなぜか。
なぜだどうしてこうなった? そう、それは、最初はただ俺が
◆
ときの室町殿である足利義晴に、元服して足利義藤(義輝)に仕えろといわれた俺は、ぼろ屋の三淵邸から引越しをした。
母上の縁で近くの吉田神社に居候することになったのだ。
俺の母上は清原
清原家は朝廷に代々家業の
清原宣賢爺ちゃんは神道・国文・漢詩・儒学に優れ、博識多学で、
現代では国学者・儒学者で歴史上屈指の
残念ながら今は
この時代は京が荒れているため
清原宣賢は吉田神社で代々宮司をしている吉田家から清原家へ養子に出た人だ。
吉田家は宣賢の実家であり、現在の吉田家の当主である吉田
細川藤孝にとって吉田神社の吉田家は叔父さんの家にあたるわけだ。
吉田兼右も
吉田家はただの神主ではなく、この家も朝廷に神道で代々仕える公家である。
清原宣賢の実父である吉田
史実では江戸時代あたりでかなりブイブイいわせて神道界を牛耳ることになる。
細川藤孝は子供の頃に清原宣賢に養育され、清原家や吉田家と交流することで一流文化人に成りえたのである。
今の『俺』がこの時代で人並み以上の学識を持っているのも子供のころに宣賢爺ちゃんに鍛えられたからであろう。
◆
元服式は吉田神社にて執り行われた。
藤孝の元服はこの年の11月といわれているので史実より少し早い。
元服により俺は
史実でも多いに関わる沼田家との縁を強くしたかったためだ。
また記憶がないお詫びもかねている。
兼光殿は喜んで引き受けてくれた。
兄上の元服式も一緒に行ったのだが、俺のついでみたいになってしまい申し訳なかった。
だが兄上は全然気にしてないようだった。
やっぱりこの人は人が良過ぎると思う。
絶対
清原家の皆も洛中の屋敷から吉田家へ避難してきており、元服式後の宴会は親戚一同が会するものとなった。
俺は記憶を失っており、親戚の誰一人として覚えていなかったのだが、必死に覚えた。
集まっていた面々は、とりあえずその時覚えただけでこんな人たちである。
義父 細川晴広(淡路守護細川家当主、幕府
実父
実母 宣賢の娘(三淵晴員の後妻、細川藤孝を生む)
実兄 三淵
叔父 清原
従兄弟 清原
叔父 吉田
従兄弟 吉田
叔父 清原
叔父 南豊軒周清(宣賢の四男で相国寺の坊さん)
叔父
烏帽子親 沼田兼光(
ほかにも家臣・
覚え切れません。
親戚一同の名前と顔を覚えるので精一杯です。
その親戚一同に記憶がないことを心配されたり馬鹿にされたりしながらも、楽しく平和な宴会であった。
◆
翌朝またもや兄上にたたき起こされて剣術の稽古をする。
兄上は生真面目な人である。
朝飯は相変わらず……マズい、マズすぎる。
吉田家に移ってもソバやら雑穀の粥であった。
正直もう耐えられない。
だから自分で蕎麦を作った。
正直この時代にはろくな食い物が無い。
平成の世で
ステーキ食いたい。
寿司食いたい。
ラーメン食べたーい。
……まあ無理な話である。
この戦国時代でも「うどん」と「そうめん」はあったが「蕎麦」はなかった。
俺はうどん派ではなく「蕎麦」派なんだ。
だから蕎麦を作った。
すでに
戦国時代には我々が食べている
蕎麦切りという蕎麦を麺状にして食べる習慣は江戸時代の中頃からだ。
戦国時代のソバは雑穀の扱いで粥にして食べるか、団子状の「蕎麦がき」で食していた。
何度か食わされたが「ソバ」は「蕎麦」で食べないと食えたものではない。
麺つゆに使う「
醤油はまだ「たまり醤油」に近いがすでに出回っている。
味醂は中国からの輸入で甘い味の酒として出回っていた。
鰹節の
蕎麦打ちも現代のプロ級とはいかないがなんとか納得いく出来には仕上がった。
正直自分が食べたいがために作った蕎麦であったが、昼飯で吉田家や清原家におすそ分けで振舞ったらことのほか好評であった。
叔父の吉田兼右が「うまいでおじゃるー」とズルズル食ってるし。
従兄弟の吉田兼見と南豊軒叔父はなにか涙を流しながら食べていた。
めちゃくちゃ喜ばれたので調子に乗って晩飯も頑張ってみた。
昼は冷たい盛り蕎麦だったので、晩飯は熱い蕎麦にしよう。
熱いそばに必要なものは、やはり天ぷらではないか?
天ぷら蕎麦――戦国の世で食するにはかなり贅沢な一品だ。
小麦は普通に手に入った。
問題は卵だが……戦国時代ではまだ仏教の影響で肉食などが
そのため卵は難しいと思ったのだが、割と普通に手に入った。
卵は薬用としても流通しており、それに実は隠れて肉や卵を食べている人も多いのだそうな。
油は
この時代はもちろん食用ではなく
吉田神社は神社だけあって備蓄が結構あったが贅沢には使えない。
あとは天ぷらタネだが、「美味い物が食えるなら手伝う」といって、吉田兼見や南豊軒叔父が手伝ってくれた。
吉田家の領地である吉田村に買出しに行き、長いもとれんこんをすりつぶして、春菊と大根の葉で掻き揚げを作った。
出汁は昆布から取った。
神社はとても料理に便利だった。
縁起物なので昆布の備蓄もあるのだ。
昨日作っためんつゆに昆布の出汁を入れて。
……はい、『天ぷら蕎麦』の完成デス。
材料集めに時間もかかったのでもう晩飯の時間だ。
義父や兄上も慈照寺から帰って来た。
さて飯にしよう。
食事を交えながら親族で互いの情報を交換して、昨日の宴会ほどではないがにぎやかな食事となった。
テレビやインターネットなどがないこの時代では、こういった親族ネットワークは情報取得のためには必須である。
◆
晩飯のあと従兄弟の吉田兼見からマジメな顔で相談された。
この時代にあっては珍しい俺の料理に目を付け、商売を持ちかけてきたのだ。
「なあ与一郎。この天ぷら蕎麦はとても美味かった。これで商売でもしないか? 吉田社の門前で売りたいから是非協力させてくれ」
吉田兼見は一級史料「
兼見は吉田兼右の嫡男で、兼右は三淵晴員に嫁ぎ細川藤孝を生んだ智慶院の弟であるので、藤孝と兼見は従兄弟になる。
年齢は兼見が一つ下だ。
「わが吉田神社にも何か名物が欲しいんだ」
洛北の今宮神社では門前(鳥居前)で「一和」という店が「あぶり餅」を売って名物となっている。
兼見としては吉田神社にも名物をつくり参拝者を増やしたいのだろう。
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一和(
1,000年以上続く日本最古の飲食店であるといわれる。
京都の今宮神社の旧参道で、今もあぶり餅を売る。
京都へ行ったら是非食べてみよう。
謎の作家細川幽童著「そうだ京都へ行こう!」より
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夜もふけ、吉田家の屋敷の一室で一つの灯明の明かりだけを光源に薄暗い中、若い男が二人で真剣に向き合って話し合っている。
「兼見くん条件がある」藤孝がゆっくりと告げる。
「なんだ何でも言ってくれ」兼見は真剣だ。
「まずは料理の材料や調理法はできるだけ
「そうだな。せっかく商売するんだ、真似されては困る。分かった信頼できる者にしか手伝わせない」
「うん、では次だが、これは最も大事なことだ」
「可能な限り善処する。何でも言ってくれ」
「とても大事なことなんだ。それは売り子を必ず
「……ん?
「そうだ!
「お、おう。売り子は巫女にすれば良いのだな」兼見は少し混乱した。
「これはとても大事なことなんだ。ここは吉田神社だな」
「ああそうだ。平安京を守護する、創建六百年の歴史と伝統の吉田神社だ」
「神社には巫女さんがいるな」
「ああ、うちでも
「これから食事処をやるが、お客の大半は男ではないか?」
「まあそうだな。男の客の方が多いだろう」
「お客様の心を掴むためには努力を惜しんではならない! 君が客だとして若い
「それはまあ女子だろうな」兼見もまだ若い男の子である。否定はしない。
「そうだ。俺がつくる料理はまだ誰も作っていない珍しい料理だ」
そりゃそうだ
パクってるだけだが。
「それだ与一郎がつくる料理は見たことがない。それにとても美味い。だから店をやれば売れると思ったのだ」
「出す料理にはむろん自信がある。だがそれに
「さーびす精神?」兼見はさらに混乱した。
「お客様は神様だ!」ドーン!!
と、どこかの笑っている
兼見くんはパニックになり、藤孝に何故か洗脳された。
「さーびす精神とやらは良く分からないが、お客様に神のように奉仕するための巫女なんだな。わかったよ与一郎。料理だけでなく奉仕の心が大事なんだな。ちょっと親父と相談してくる」
――こうして翌日、吉田神社の門前に
蕎麦と天ぷらを売り、巫女さんが接客を行う、時代を
結論から言おう。
……売れた、マジで売れた。
君はコスプレ喫茶に行ったことがあるか? あれは男なら一度は行ってみたいと思うだろう? あれの巫女さんバージョンだ。
しかも本物の巫女さんだ。
衣装だけの偽ものじゃない、ほんまものの巫女さんが出迎えてくれて優しく奉仕(給仕です)してくれるお店なのだ。
そして出すのは天ぷら蕎麦だ。
飽食の時代である平成でも売れる一級品の食べ物である。
これが臭い飯のあふれる戦国の世で売れないわけがないだろう?
戦国時代だろうがなんだろうが、美味いものと若い女の子がいれば売れるのは当然だ。
兼見くんなんか、商売の神様だと俺を尊敬しまくりよ。
――朝廷に仕える本物中の本物の神職が、一般人の俺を神様だと祭り上げて良いのかは知らん。
巫女さんはあれだ。
俺がただ一緒に働きたいだけだが何か文句あるか? 神社に強力なコネがあるのだから、リアルコスプレをやるのは当然だ! 男の夢だ!!
というわけで、冒頭の忙しさに戻るわけだが、開店3日目にして話題沸騰、超満員の長蛇の列である。
余りに忙しくて目が回る。
俺は麺をゆでながら思わず叫んでしまった。
「俺は……蕎麦が食いたかっただけなんだー!!」
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