鯨は龍にはなれない
帝国空軍所属の飛行船「鯨」は、輸送任務のため、ベルモント空域に差し掛かった。ここには、とっくに絶滅した龍の亡霊が出るという噂があった。
空域の中間地点で、船が突然大きく揺れた。
横からの突風。洗濯機のようになる船内だが、船長は冷静だった。
「機関停止! 静かに!」
静まり返った船内には、風と雷に加えて、パイプオルガンのような音が聞こえた。
その音は、途方もないほど広い空に虚しく響いて、雲の波間に吸い込まれていった。
音に首を傾げる船員に、船長は言った。
「亡霊じゃない、本物の龍の声だよ」
「えっ、とっくに狩り尽くされたと聞きましたが」
「あれが最後の1匹なんだろう。いるはずのない仲間を探して、ああやって行きかかる船に声をかけているんだ」
「それは、虚しいですね」
「ああ。しかし応えてはやれない。鯨は、龍にはなれないからな」
遠くには、群青色の空に溶けていく龍の姿があった。
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