第6話

 早朝。大衆浴場が開くなりアマテラスをそこに放り込み、僕は酒場でささっと朝食を済ませてアマテラスを待った。

 しばらくするとアマテラスが酒場に駆け込んできて僕の元に帰ってきた。


「ったく………散々な目にあったわ。次は神に牙を向いたことを思い知らせてやるっ!」


 アマテラスはそう言いながらトカゲの竜田揚げにぶすりとフォークを突き刺した。このトカゲも結構美味しいのでここの人気メニューだ。

 少し心配した僕が馬鹿らしくなるほどアマテラスはすっかり元の調子に戻っていて、もりもりと竜田揚げを頬張っていた。


「まあ、クエストは達成だからとりあえずしばらくはゾンビクエストはなさそうなんだけどね。」

「ぐぬぬ………それなら掘り返して討伐してやるっ……。」


 なんたる執念。怨霊さながらである。


 僕は朝食にがっつくアマテラスを横目に、自分のバングルへと目をやった。

 なんだかんだでゾンビを切りまくってレベルが4になっていて経験値も今3000程溜まっていた。

 数えてなかったけどそうとう切ったんだな。おかげで報酬もそこそこの額を貰えた。


 手にした経験値で割り振れる新しいスキルはまだ基礎的なものばかりだ。どれも必要そうだが剣術にいたってはアップグレードが出来るらしいからそれでもいいかもしれない。


「そういやお主。レベルは上がったのか?」

「まあ、なんだかんだで………4になったよ。」

「ほう、我をおとりにしてちゃっかりと成長しおって。」

「あれは油断していたアマテラスが悪い。」


 そもそも近寄らなければあの液体を頭から被ることなどなかったのに。

 僕はそう思いながらお茶を飲んだ。

 僕の考えてることがわかったのかアマテラスはバツが悪そうに目を逸らしてしまった。やはり思う節はあるようである。


「と、ともかく………次のクエストを探すとするか。とっととお主が魔王を倒せるだけの力をつけねばならん。」

「僕の心配より自分の心配して欲しいね。ゾンビにもみくちゃにされた駄女神様。」

「な、なんだと!?」


 アマテラスは机をバンッと叩き、立ち上がった。ちっちゃい手で叩きた割に大きな音が出た。


「この前といい!このアマテラスオオミカミを駄女神呼ばわりするとは!今回ばかり、は……な…………。」


 辺りの客の視線が一斉に集まっていたのに気づいたようだ。朝だが朝食ラッシュらしくそこそこの人数がいた。

 アマテラスはしばし停止した後、顔を赤くしてそろそろと席に戻り何事かもなかったかのようにパンを手に取った。


「と、とにかくまた駄女神なとと我のことを呼ぶようならただじゃおかないからな………覚悟せいっ!」


 アマテラスはパンをちぎって口の中に放り込んだ。


 朝食を終えて、僕達はまた新しいクエストを受けようとしてギルド内にあるコルクボードを眺めていた。

 ここには今あるクエストの内容をざっくりと現した紙が貼り付けられてある。


「うーむ…………なかなか冒険者らしいクエストが見つからぬの………。」


 アマテラスが眉間にシワを寄せて唸った。

 たしかに今あるクエストのほとんどが土木工事の手伝いや、商店街での売り子などであった。お金は稼げるけど経験値はほぼなさそうだ。


「ないことは無いけど………いきなり上級者クエストは無謀すぎるし、それにこれ人数条件あるじゃん。」


 僕は一枚の紙を指さした。


『上級者向け! 洞窟のモンスター殲滅 推定レベル20以上 人数3人から』


 その他には報酬や、地図が書かれていた。レベルも相当あるクエストだし何より人数の条件を満たしていない。

 冒険者らしいクエストは今のところこれくらいしか無かった。


 アマテラスはそれをじぃーっと見ていた。そして、何かを思いついたように声をあげた。


「そうじゃ!まず仲間を探すのはどうだ?それなら受けれるクエストの幅も広がるはずだ!」

「仲間を増やす?」

「そうだ。我らのパーティーに入ってくれそうなやつを探すのだ。さすがに女神の我がいるとしてもこのメンバーで魔王に挑むのは心もとないだろ?」


 ちゃっかりと自分が女神だということを主張するアマテラス。昨日の惨事を思い出すとすんなりと女神だとは信じられないがここは黙っておいた。

 たしかに、仲間が欲しいというのは事実でもある。アマテラスが今後使い物になるかどうかも怪しいし、僕だけで魔王を倒すなんて無理だろう。


「そうだなぁ………。僕だけじゃ万が一に対応できないこともあるだろうし、それもありかもね。」


 僕がうんうんと頷くと、アマテラスはならば決まりだと、カップに入っていたスープを飲み干した。


 僕達は食事を終えて、さっそくカウンターで紙とペンを貰ってポスターの制作に取りかかった。

 ギルド内の済のテーブルに並んで座り、白い紙に何を書くか話し合った。


「募集する役職はどうする?何かいいのとかある?」

「そんなの上級職に決まってるだろ。アークヴィザードやソードマスターなんかのな。」

「はいはい…………けど、そんな上級職募集して人来るの?僕は最弱職なわけだし。」

「心配するな。我はビジョップだぞ?プリーストの上級職だ!それにこの役職はなり手がいなくて貴重なのだ。我はどんなギルドに行っても引っ張りだこなんだぞ?そんなビジョップがいるのに食いつかないやつがいるわけないだろ!」


 熱弁するアマテラスを脇において、僕はカリカリと要件を書き込んで行った。

 だいたい書き込まなければいけないものを書き込んで、紙をカウンターに持って行って印鑑を押してもらえば完成。お手製のギルドメンバー募集のポスターだ。


「とりあえずこれでいいんだよね?貼る場所は………ここかな。」


 僕はクエスト募集のコルクボードの横にある別のコルクボードにそれを貼り付けた。他にも同じようにメンバーを募集しているギルドのポスターが貼ってあった。


「ふーん………なんか募集してるの盗賊が多いね。」

「盗賊は洞窟内の罠解除やマッピング、潜伏なんかの実用的なスキルを得意とするからな。どんなクエストにおいても活躍できるのだ。」


 他にも剣士や弓使い、変わったところでは踊り子なんかを。それぞれのギルドが募集しているメンバーがよくわかった。

 それでも上級職に限定しているのは見つからなかった。


「やっぱさぁ、これだけあっても上級職限定全然ないじゃん。本当に大丈夫なの?誰も来なかったら下げるしかないけど。」

「しかし、魔王を倒すとなるとな………。なかなか生半可な奴らでは相手にならんだろ。そう考えるとなんとも言えぬというか……。」


 僕の場合、ビジョップであるアマテラスのことをさほど頼りにしているわけでもない。昨日あれだけゾンビにもみくちゃにされていたやつが言えることなのだろうか。


「まあ、今日はとりあえず様子見でいいんじゃない?」


 とりあえず、ポスターも貼り終えたところだし受けられるクエストもなさそうなので今日はゆっくりとできそうだ。


 そう思って席に戻ろうとした時にとある声が聞こえてきた。


「あ!!やっと見つけた!!」


 明るげでハキハキとした声だった。

 僕はその声がした方を振り向くと、ギルドの入口に誰かが立っていた。


 銀色に輝くさらりとした髪に、深いサファイヤのような青色の瞳を持った少女だ。服装はどこか制服のようなものを着ている。


「もー、本当に探したんだからね!私を置いていくなんて!」

「………え?」


 少女はぷんぷんと頬を膨らませ、僕をゆびさしていた。

 この子は僕のことを探していたのか?


「ん?知り合いか?」

「い、いや違う………こんな子知らないんだけど………人違いでは? 」

「いーや!人違いではないよ!ユカ!」


 少女は知らないはずの僕の名前を言い、僕達の方によたよたと歩いてきた。


「お、おいユカ!こやつなにかおかしいぞ……」


 アマテラスが慌てたふうに僕に声をかけた。

 たしかに僕も同じことを考えていた。何となく歩き方がおかしいのだ。軸がぶれていてスピードもかなり遅い。

 その理由は直ぐに分かった。




 …………彼女の右足が本来の向きとは反対の方向に曲がっている。


 人間としてありえない方向にだ。




「………え?えええええ!?あ、足どうしたんですかそれ!?お、折れてません!?」

「え?あ!足!?そ、そうなの!これはどうしようもなくて……」


 少女は足に手を持っていきぽんぽんと触れた。

 正直折れてるの次元ではないような気もするような、なかなかグロテスクではあるが、少女は痛がる様子もなく歩きづらそうなことを除けば普通だった。


「な、なんだとこやつ!?……もしやアンデットか!?」

「え?違う違う!そんなんじゃないよ!右足はひん曲がってるけど………あ!ちょっと!やめて!叩かないで!」

「このっ!このっ!さっさと離れろアンデットが!穢らわしい!」


 アマテラスがぽかぽかと攻撃するも、少女には全く効いてないようであった。


「ちょっと何?この子?私はただユカを探してただけなのに……。」

「えーと……どちら様で?あなたに見覚えは全くないんですけど……。」

「こら!ユカ!そんなやつと話すでない!」


 アマテラスは何とか少女を僕から引き剥がそうとするが少女はうんともすんとも動かない。

 というか、この子僕よりも背が高い。175cmはありそうだ。


「ええい!こうなったら………我が従属よ!この者を浄化せい!」


 アマテラスがそう叫ぶと、アマテラスの周りに小さなオレンジ色の光の粒が現れた。それは一直線に少女に向かって飛んでいき、光の玉となって弾けた。


「え!?何、ちょっと………。きゃああっ!!」


 光の粒は次々に少女を取り囲み、辺りを眩いオレンジ色の目が焼けそうになるほどの光が溢れた。

 しばらく輝き続けた後、すうっと光は消えていった。


「う、うーん………なにこれ、すっごい眩しい……。」

「な、なんだ………と……?」


 アマテラスは目の前の光景に言葉を失ったようだった。少女は何事もなかったかのように地面にぺたんと座り目をしぱしぱさせていた。

 よっぽど眩しかったのだろう。僕も光の残像が未だに目に残っている。


「こ、こやつ我の浄化魔法が効かぬだと……!?いったいどういう……。」


 アマテラスがわなわなとしながらつぶやくと少女が答えた。


「だーかーらー!!私アンデットとかじゃないんだって!!浄化魔法はアンデットとかにしか効かないでしょ!?」

「え?だったら君は何……?」


 僕は少女の隣に駆け寄って手を差し出した、少女は僕の手を掴んで立ち上がった。やはり足がひん曲がっているので動きにくそうだった。


「ねぇ、ユカ。本当に覚えてない?私たちずっと一緒だったでしょ?」

「一緒って………どのくらい?」

「そうねぇ……だいたい4、5年くらいかな?あなたが中学生になった時から……。」


 そのくらい前から?それならこの世界に来る前ということになるが………。

 だめだ、全く身に覚えがない。


「もーびっくりしちゃったよ。起きたらお花畑だし、どこだかわかんないし、足は曲がっちゃってるしさぁ………オマケにユカに置いてかれちゃったし。」


 少女はしょぼんと悲しそうだった。

 それよりも僕は少女が言ったあることがひっかかった。


「お花畑?」

「そうそう。この街の外れのお花畑。」


 花畑………たしかそこで僕も目を覚ました。それでアマテラスと出会って、魔王倒すことになって荷物を持ってこの街に来た………。自転車は前輪が曲がって使い物にならないから置いてき……………………。


 ……………………………………ん?


 頭の中でとあるピースが光った。しかし……。


「…………え、ええ?」

「あ、もしかして思い出した?」


 僕が混乱したような声をあげると、少女は僕の顔を見て期待を込めたように見つめてくる。

 たしかにこれがいま一番可能性のあるこの少女の正体なのだが、果たしてこんなことは有り得るのだろうか。


 いや、魔法があるくらいの世界なら……有り得るかもしれない。


「も、もしかして……。」


 僕は驚きに震える声でこう叫んだ。


「……僕の自転車……!?」

「正解!!」




 ……………この世界の神様、僕の自転車が女の子になって帰ってきました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生してないのに異世界生活始まりました O3 @shinnkirou36

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ