第5話
「うぇっ…………あぐっ…………。」
その場にうずくまって嗚咽を漏らしてアマテラスが泣いている。
その姿は全身泥まみれて茶色くなっているのが遠巻きでもわかり、おまけになにやらよくわからない液体にもまみれている。
臭いも強烈で鼻がねじ曲がりそうである。何かが、腐ったような感じの臭いで酷い。
僕はホースを手に持ち、蛇口を捻った。
ホースから水が飛び出し、アマテラスに勢いよくバシャバシャとかかる。
普通なら誰もが怒りそうな扱いであるが、今の彼女にはそんな余裕なんぞないのだろう。
ただされるがままにされて、泣いている。
「ユカぁ………ひぐっ、………臭いよぅ…………う、うわぁああああああああああん!!!」
「うるさい!!今何時だと思ってんだ!!せめて静かに泣け!!」
空は黒く塗りつぶされて星たちがキラキラとひしめき合っている。
僕はバシャバシャとアマテラスに水をかけながら泣き叫ぶアマテラスに一喝入れる。
「ひぐっ…………えっ、ぐ…………ううっ……。」
叫ぶのは止まったが、未だに水の音に混じって泣き声が聞こえてくる。
本当は大衆浴場、いわゆる温泉で汚れを落とした方がアマテラスも、僕の気持ち的にもいいのだがこんな時間ではさすがに閉まってしまっていた。
なにせ、今は深夜で零時をとっくに越しているのだから。
僕も疲れているし、起こしてしまったギルドスタッフにも申し訳ないので、早めに汚れを落としたいのだが汚れは頑固で匂いもまだ漂ってくる。
アマテラスの今朝の威勢はどこに行ったのかと、僕は小さくため息をついた。
僕はここまでの経緯を思い出し始めた………。
***
朝。僕は正体不明の圧迫感で目を覚ました。
「おい、起きたか。ユカ。」
僕が目を開けたことにより、謎の圧迫感がわかった。金縛りではなかった。
僕が寝ているその上にアマテラスが跨っていたのだ。
「………って、おい!!お、お前どこにいるんだっ!!!!」
眠気は吹っ飛び、アマテラスを振り落としそうな勢いで僕は飛び起きた。
「わああっ!!おい!お主もうちょっと優しく起きることは出来ないのかっ!おかげでベットから落ちそうになったぞ!!」
「な、なんでそもそも僕の上にいるんだよ!!」
はー、はーと息を吸って僕は胸に手を当てた。未だに心臓がバクバクと脈打っていた。
家族でもない異性が自分の上に跨っているのを見て冷静でいられる人間はいないだろう。
「よし、ユカ。今日は何の日か分かるか。」
アマテラスがベットから降りて僕に問いかける。
「え?今日?………えーと、ゲームの発売日?たぶんこの世界じゃ買えないけど。」
「何を抜かしたこと言っておる!!さすがにこの世界にゲームなんぞないことくらいわかっとるわ!!たしかに向こうではズイッチの『 アニマルの森 集え陸の孤島』の発売日だったがな!」
育成系ゲーム『アニマルの森』シリーズはゲームに疎かった僕でもわかるほどの有名ゲームだ。向こうではその新作の発売日なのか。そういや前々から待望の新作で姉が騒いでいた記憶がある。
この女神本当にジャンル問わず色んなゲームしてたんだなと僕は思った。
アマテラスは僕の目の前にあるものを投げ捨てた。カシャンと金属音をたててそれがベットの上に置かれる。
それは昨日僕が鍛冶屋で買ったショートソードであった。
「これでも思い出さんか?」
「あ、クエストを受ける日ね………。」
僕はショートソードを手に取った。鍛冶屋には槍や弓など色々あったが、僕は1番使いやすいということでこれを選んだ。
しかもこれには初心者パックの特典として初級剣術のスキル付きである。それを習得したので僕はもうスキルの範囲内であることならあらかたできてしまうらしい。
最初は若干半信半疑だか実際に的を切ってみたら本当に上手く切れた。こういったところがちょっとゲームじみている。
「朝食を取ったらすぐに行くぞ。もうクエストの内容は決めてきた。」
アマテラスはそう言うと僕の前に紙を1枚突きつけてきた。
「なになに?えーと………墓場のゾンビの討伐?」
アマテラスがこっくりと頷いた。
「そう。近くの墓場でゾンビが大量に発生したらしいので討伐要請を出したそうだ。討伐日は一匹1500セルだ。」
セルはこの世界のお金の単位だ。1セルほぼ1円換算できるらしいのでおおよそ1匹につき1500円ということか。
ちょっと安いな。
「ゾンビってもっと夜みたいなイメージあるけど。朝っぱらから狩りに行っているの?」
「一般的なゲームのゾンビはおおかたくらい所のイメージだがな。この世界では日中問わず発生するらしいし、強い個体でもせいぜいレベル5くらいでしかないから初心者向けのモンスターらしいぞ。」
世界が変わるとこういったことも変わったりもするのか。まあ、僕が生きていた世界ではそもそもゾンビは現実には存在してなかったんだけど。
ゾンビと聞いて思い出すのは、姉と一緒にやってた怪しい研究によって生み出されてしまったゾンビをひたすら撃ち抜く年齢規制のかかるスプラッタ系のホラーゲームである。
姉は相当ゲームが好きだったので僕はたまに相手をさせられていた。
隣でゾンビくらいでギャーギャー騒ぐしアイテムを横取りしてくるので僕は正直あまり乗らなかった。しかも肝心なところで死なれて何度か詰んだこともある。
なのでゾンビにあまりいい思い出はない。
「我は先に行っておるからな。着替えたらとっととこい!今日のメニューはカエルのスープとバターロールだったぞ。」
アマテラスはそう言うと部屋を出ていった。
ドアが閉まる音が部屋に響いて消えていった。
***
僕達はそうそうに朝食を済ませ、装備を整えて宿を出た。
受付の人によれば依頼のきた墓地はそこまで遠くはなく、歩いて15分程で到着した。
既に墓地の入口からなにやらうめき声が聞こえる。
「うわー、ゾンビ特有のうめき声だ……。しかもなんかちょっと臭うな。」
「そりゃそうだろうな。なにせ死体に魔力が宿ってゾンビになるんだからな。死臭だ。」
僕達は早速墓地に踏み入った。至る所でなにやら人影がふらふらと動き回っている。
もう少し近くで見ると、たしかにそれは人ではあるのだが肌が緑や紫に変色していて肉が腐っているのがわかった。
「あれがゾンビが………。」
ゾンビは皆墓の周りをよろよろと歩き回っていて、たまに墓石にぶつかったりしている。
「目は見えてないの?」
「うむ。個体によるが視力はほぼないらしいな。だいたい臭いか音で感知している。」
そうしているとゾンビのうちの1匹がこっちの近くに歩いてきた。しかし、僕達を認識したわけではなく、よたよたと通過していく。
「範囲も結構狭いからな。どうだ、試しに切ってみろ。」
「え?いきなり……?」
「気づいてないから今がチャンスだろ。」
僕はアマテラスに促されると、ゾンビに背後からそろそろと近づいていった。
かなり近づいてきているのにゾンビはふらふらと歩いていく。本当に気づかれていない。
僕は真新しいショートソードを鞘から抜くと、ゾンビに向かって切りつけた。
ゾンビは二つにさっくりと切れて特に意味もない、苦しげさもない鳴き声をあげて崩れ、そのままゾンビは動かなくなった。
切った感触は肉っぽいというか土塊のようだった。本当にそのくらいさっくりだ。
死亡確認に剣でつついてみると、ボロりと体が崩れ塊だった何かになった。
「こ、これでいいのか………?」
「む。背後から奇襲とは情けない………。」
アマテラスが呆れたように腕を組んで立っていた。
「し、知るか!とにかく今はレベルとか上げないといけないんだからさ!!」
現にバングルを見てみると経験値が200程手に入っていた。次のレベルまではあと800らしい。
最初から上級職のアマテラスはともかく、僕は普通でしかも最弱職なんだぞ。ちくしょう。
「別に正面からも行けるだろ。」
アマテラスはゾンビに向かってのこのこと近寄っていった。ゾンビはアマテラスのすぐ側の何も無い空間に向かって手を伸ばしている。
アマテラスの役職を考えると、ビジョップがこんなにモンスターに近づいていいものなのか。基本後方支援系だと思うんですけど。
僕はアマテラスに注意するように声をかけた。
「おい。いくらなんでもあんまりちかよらないほうがいいんじゃない?」
「大丈夫だ。ほれ、こんなに近づいても何もしてこな…………。」
すると、ゾンビの口からなにやら緑色の液体が吹き出した。
アマテラスはゾンビよりも遥かに背が低いのでその液体を頭から被ることとなった。
アマテラスが謎の液体まみれになり叫んだ。
「ぎゃあああっ!!!な、なんだこれは!?………臭っ!!」
「うっわ!ひっどい臭い!!」
ここからも臭いが伝わってきた。真夏の炎天下に放置してしまった肉と卵の臭いをより強力にしたような臭いだ。
僕は思わず鼻をつまんだ。
「ちょっ!!こっち来ないで!!」
「こ、こら!!逃げるな!!」
「逃げないから安心しろ!!その場に止まれ!!」
僕は凄まじい臭いを放つ女神から少し離れた。液体を被ってもアマテラスは臭うこと以外はピンピンしている。
「なにその液体?毒とか?」
「…………いや?特に毒っぽいものではなさそうだ。ダメージ、も………な、い…………。」
アマテラスの言葉を遮るように辺りに呻き声が響き渡る。
今まで僕達に目もくれてなかったゾンビが一斉に歩み寄ってきていたのだ。
僕は慌ててショートソードを構え直したが…………ゾンビは僕をそれて、アマテラスの方へと向かっていく。
数は1匹、2匹と次々に増えていきアマテラスを取り囲み始めた。
「な、なんだ!?なんで我のとこだけ!?ぎゃっ!!!…………ちょっ……………多い、多い!!」
アマテラスはゾンビから逃げるように走り出したが、次から次へとゾンビがアマテラス目掛けて行進していく。
「こ、このっ!!」
アマテラスが近寄ってきたゾンビに向かって拳を放った。
どうやら、モンスターにはそれぞれ特性みたいなのが存在しているらしい。
ゾンビの場合だど打撃攻撃のダメージ軽減のかわりに、刃物での斬撃などのダメージが倍になるというもののようだ。
というわけでゾンビは倒れるどころか微動だにしなかった。ぽこんと可愛らしい音まで聞こえてきた。
その殴られた(とは言い難い)ゾンビの口からお返しと言わんばかりに緑色の液体が発射された。
「ぎゃあああっ!!また液体出てきたっ!!!」
絵面は完全に女神がゾンビの大群を引き連れて墓場を走り回っているということになった。
神聖さの欠けらもない、見ていられないような光景だ。
一方、ゾンビは僕には全く目もくれずただアマテラスの方へと次から次へと向かっていく。
さっき地中から出てきてほやほやのやつも這いずっていった。
僕はしばし、その光景を見ていて閃いた。
「…………あー。………もしかして、今のアマテラスがめっちゃ臭うから、それに反応してゾンビが集まってきてるのか?」
僕は納得したように手をぱちんと叩いた。
「そ、そんな分析はいいから助けぎゃああああああああああああああ!!!!誰かぁああああああああ!!!!」
蠢くゾンビたちの中からアマテラスの叫び声が響いた。完全にゾンビ達に埋もれてしまっているので姿は見えないが大体の状況はわかる。
さすがにこれを放置するほど僕は鬼ではない。
「待ってろ!けど多分そこから引きずり出すのは意味ないからゾンビ全員刻むまで耐えろ!!」
「無理無理無理無理ぃいいいい!!!うわぁあああああああああああああああん!!!!」
僕はショートソードを片手に、アマテラスを囮として利用し日が暮れるまでゾンビを切り刻んでいったのだった…………。
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