第2話
「中半優香。我と一緒に魔王を倒せ。」
目の前の女神、アマテラスオオミカミにそう言われた。
「いやです。」
僕は即答だった。
その答えと共にアマテラスの表情がぽかんとしたものとなる。
そして、次に飛んできたのはアマテラスの怒号に近い叫び声である。
「は、はぁああああああ?!お、お主、帰りたくないのか!?帰れなくていいのか!?!」
「それ以上に………魔王を倒す!?何それ?ほんとうに異世界転生のラノベじゃないですか!!嫌ですよそんなの!!」
そう、僕が最も恐れていた条件が目の前に突き出されたのだ。
魔王を倒すなんて成績、運動神経に置いてすべて中の中であり、取り柄は女子ウケのいい可愛い見た目だけ。正直これはあまり個人的に好きではない。
そんな僕が魔王を倒せるか?
いや、無理だ。
「というか、あなた神様なんでしょ!何とかできないんですか!!」
「それが無理なんだからお主にこの条件を提示してるのだろうがっ!!!我も帰れないんだからな!!!」
アマテラスは僕につかみかかってがくがくと僕を揺らした。
自分も帰れない?それはどういうことなのだろうか。
僕がアマテラスに尋ねると、アマテラスは事の経緯を説明し出す。つかみかかったままで。
「我は神々の国で自分の管轄の世界を見ていた。そのうちの一つが日本というわけだ。我はそこで毎日絵馬に書かれた願い事をちまちま叶える、ズイッチの新作ゲームを漁る、ソシャゲのレートを上げる、モンスターを狩りに行く、ボケモンを捕まえて育成すとかくらいしていたわけだ。」
最初の絵馬のお願いを叶えるまでは理解出来る。
しかし、そのあとはどうだ。
やけにラノベとか現代じみたこと知っていると思ったらこういうことか。太陽神ではなくて、これはゲームの神様と言うべきではないか。
というか、天界にもズイッチやスマホがあるのに驚きだ。
アマテラスはさらに続けた。いい加減離して欲しいのですが。
「その日もいつものように我はスマホをいじってゲームをしていた。ボケモンゴーとかいう新作ゲームが出てな。スマホの位置情報を使ってゲームとマップをリンクさせてボケモンを捕まえていくゲームだ。これがなかなか楽しいもんなんだ。」
ボケモンは僕も昔一度やっていたことがあるし、ボケモンゴーはよくニュースのエンタメで取り上げられているのでよく知っている。
社会現象になっているのはわかるが神様もするほどか。それなら人気になるのも納得いく。
「我はそこでちょこちょこと歩き回って、ボケモンを捕まえていたわけだ。ちょうど伝説のボケモンがこの辺りに出るという噂を聞いてな、歩き回っておったのだ。そ、それで…………」
アマテラスの口が止まった。何事かと僕がアマテラスの方に視線を向けると彼女はぷるぷると震えて耳を真っ赤にしていた。
「…………つまり、ゲームに夢中で前方不注意でその世界から落ちてしまった結果ここに落ちてきた……と。」
僕がぼそっと言うと、アマテラスの頭から湯気が吹き出した。今から肉を焼くためにあっためて置いた鉄板さながらである。
僕はそれを鼻で笑った。
「わ、笑うでない!!!このっ、このっ!」
「あっ!!ちょっと!痛い、痛い!!!暴力反対っ!!!」
アマテラスは顔を真っ赤にしてポカポカと僕のことを叩き始めた。彼女の目は涙目である。
なんとか僕は小さい拳をぶんぶんさせるアマテラスを引き剥がした。まるでちいさな子どもさながらでどこにも神様の威厳がない。
「けど、それって帰られないもんなんですか?僕はともかく、神様の特権とかでちゃちゃっと解決しないんですか?」
アマテラスはそれを聞かれると、ギクリと体を震わせた。
僕はそれを見逃さなかった。
「た、確かに……。天界とこっちの世界は一方通行なんだがな……神々がちょっとした用事で降りたりなんかした時は帰りに向こうから迎えが来るようになっておる……。」
「へぇ………。神様でも迎えがいるのか。じゃああんたはそれで帰れるわけじゃないですか。別に魔王を倒さなくても……。」
僕が言うと、アマテラスはふるふると震えて小さくなっていった。ただでさえ小さいのにさらに小さくなるとは。
最終的にはノミ以下のサイズになってしまうのではないか?
「も、もちろん弟を通してすぐこの世界を管轄している神に連絡を入れてもらったわ!!……し、しかし………ちょっと事情があってだな……。」
アマテラスはごにょごにょと口を濁した。
僕が苛立ったように睨みつけると、アマテラスが軽くはねた。
「お、お主可愛い顔しとる割には怒ると怖いんだな…………」
「あっそう。僕の顔は母さんよりだけど父さんは警官でめちゃくちゃ強面だからかな?ヤクザより怖い顔してる」
僕がどうでもいい情報を開示すると、アマテラスもその事情というものを喋りだした。
「じ、実はこれは今回が初めてじゃないのだ…………不注意による落下………。」
「はぁ………何回目くらいですか?」
アマテラスは俯いた。そして、その細い指を二本立てて僕の前に出した。
二回目ということか。
「………………にじゅう、さん……………」
にじゅうさん………? …………23………….。
………………………。
2のだいたい11倍ではないか。
「………………は?」
思わず、それしか言えなくなった。
しばらくしてから、ようやく僕の頭が追いついてきた。
「なんでそんなに落ちるんですか!?前方不注意しすぎでしょ!!………もしかしてそれ全部ボケモンゴー……」
「うわぁああああああああああああああっ!!!なんでお前はそんなに察しがいいのだぁあっ!!!!やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
絶叫しながらアマテラスは花畑の上に蹲った。僕の予想は彼女のハートを見事打ち砕いたようだった。
良い子のみんな。歩きスマホするとこの神様と同じことになるから決して真似しないように。
僕は蹲ったアマテラスを眺めるようにその場にしゃがんだ。ナマコを観察するような気分である。
そしてアマテラスはわんわんと泣き喚き、この後死んだ魚のような目をしながらこう語ったのだった。
「迎えを出すにはいちいち申請がいる。その申請を受けるのは上位の神々で、オリンポス神話で言うならゼウス並のだな。で、もちろんこの世界の神は申請しに行ったのだが……………「さすがにもう堪忍しきれん。反省のため自力で帰ってくるよう」………と」
「つまり、ツケが溜まりすぎたと……。」
アマテラスは亡霊のような顔で頷いた。
あの神々しさはどこいった。女神がこんな顔していていいのか。女神というより死神だぞこれ。
「で、途方にくれていたらここの管轄の神がある提案を申し出てくれたのだ。」
アマテラスは僕に死神呼ばわりされているのにも気づかずその顔のままで続けた。
「人は皆死んだらな、一応何回か転生するのだ。転生先は自分で選べるのだが………この世界で生きてきたものは魔王が恐ろしくて皆離れていってしまうらしい。このままではこの世界に赤子が生まれなくなってしまう。だから天界に戻してあげるかわりに魔王を倒してくれと……。」
なるほど、そういうわけか。アマテラスにとってはかなりいい話である。
「けど………僕にはなんのメリットもないんですが……。」
「あー、それはもう弟を通して話をつけてある。お主も一緒に魔王を倒したならば元の世界に戻してやるそうだ。もちろん赤ん坊ではないぞ?そのお前がパラレルホールに落ちた時間にだ。」
僕も魔王を倒さなければあちらに帰れないわけか……。
「な?悪い話ではないだろ?魔王なんぞ女神の力でなんとでもしてやるわ!どうだ?これでも嫌か?」
アマテラスは僕の手を掴んでじいっと顔を覗き込んでくる。
その目があまりにも哀れな子犬さながらだったので僕の良心がちくりと傷んだ。
しかたない。もうどうにでもなれ。
「…………わかりましたよ。魔王を倒せばいいんでしょ。」
「本当か!!?よし、それならば早速街に行くぞ!!」
アマテラスは顔をぱあっと光らせて花びらをまいあげて立ち上がった。笑顔はほんとうにキラキラしている。さすが太陽神。
「展開が早いなぁ………」
「ふふん。弟が探してきてくれたのよ。我らはどこにいても繋がっておるから、いざとなれば頼れるわ」
アマテラスがえっへんと、腰に手を当てる。
「それで、街行って何するんですか?」
「は?酒場に行くに決まっておるだろ。RPGではそこで職業やクエストを探すことが出来る。こんなの基本だぞ?」
「僕、RPGしたことないんですが。」
アマテラスが一瞬驚いたような顔をした。僕は気にしない。ゲームはパズル系の方が好きなのだ。
僕は散らばった荷物を片付けて立ち上がった。自転車は悪いがここでお別れだ。前輪が大きく歪んでいて乗れそうにもない。
「さあ、中半優香!!我と一緒に旅立とうではないか!!」
アマテラスは僕の前に手を差し出した。僕は渋々それを受け取った。
魔王を倒すということは本意ではないが、しかたない。もうやれるだけやってやる。どうなってもしらないからな。
僕が手を受け取るのをみて、満足したアマテラスは僕の手を引っ張りそのまま花畑を駆けて行った。
二人が駆けた後には花びらが散っていた。
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