転生してないのに異世界生活始まりました
O3
第1話
ただどこまでもつづく青空に、白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいた。
その空の中で、煌々と光を放つ太陽が優しく当たりを照らし温めている。今日は外にでてその辺りのベンチに腰掛けてゆっくりするのにはもってこいの日だろう。
と、先程目を開けたばかりの僕は空を見ていた。見ていたと言うよりは、目を開けたら真っ先に空が飛び込んできたと言うべきか?
甘い匂いが鼻をくすぐる。しかし、不快な思いはしない。
優しく包み込んでくれるような、柔らかい、しかししっかりとした香りだ。
どうやら僕は一面の花を囲んで寝っ転がっているらしい。そうでなきゃ、目を開けた瞬間空なんて入ってこない。
視線の脇に、微かに見たことの無い色とりどりの花びらがちらついていた。
「おい、起きたか。
突然、聞いただけでは性別を間違えられそうな自分の名前を呼ばれて僕は体を起こした。その時、何枚かの花びらが僕の体から舞い落ちる。
僕はそのくりっとしていて大きい、童顔とよく言われる所以の目をさらに見開いた。
目の前に、女神がいる。
いや、ほんとうにまだ女神がどうかという確証はない。僕の直感だ。
けど、彼女のテレビで踊っているようなアイドルとはまた別の。
いや、それ以上の美貌と日本特有の衣装である和服をいろいろ上手くアレンジした錦に輝く神々しい着物を身にまとっていた。
彼女は、不思議な輝きを持った目をぱちぱちとして仁王立ちでこちらを見ている。
歳はどうなのだろう。どこか幼くも見えるが雰囲気は完全に大人、あるいはそれ以上のものだった。全く掴めない。
僕はしばらくの間、突然の出来事に何も言えなかった。
そして、ここはどこなのか。なぜ、僕はこんな花畑の中で眠っていたのか…………。
僕は顎に手を当てながら、ゆっくりと記憶を辿っていった。
たしか、学校が終わり今日は友人からの誘いも断って自転車に跨り家に帰ろうとしていたはずである。学校は山を切り崩した高台にあるので、もちろん坂道がある。しかもかなり急な。
その坂道をいつもと同じように、同級生たちが爆速で降りていく中、几帳面な僕はは特にスピードも出さずにブレーキをかけながらゆるゆると降りていった。
その途中で猫とちいさな女の子が飛び出してきたのだったっけ。あまりにもの突然の出来事だったので、咄嗟にブレーキをかけたが…………。
思い出せるのはそこまでだった。
「おーい、我の話を聞いてるのか。名前が紛らわしい小僧」
女神(仮)の声がして、僕は回想から弾き飛ばされた。
なんだ、名前が紛らわしい小僧って。
ボクは顔を顰めた。女神(仮)は相変わらずの仁王立ち。僕は立ち上がって、パンパンと花弁を払う。立ち上がってみるてわかったが、ここはそうとう広い花畑らしい。どこまでも綺麗な花が咲き誇っていた。
楽園、という言葉がぴったり…………そこまで考えて、僕はあることに気づく。
しかし、それを考え始める前に女神(仮)が話し始めてしまった。
「よし、中半優香。それがお主の名前で間違いないな?我はアマテラスオオミカミ。お主が暮らしておった日本の主神である。」
目の前の美少女がそう堂々と言い放った。
「アマテラス…………って、あの太陽神の?」
僕がそう言うと、女神はそうだと頷いた。
日本の主神で太陽の女神。それが天照大神。
いやはや、女神(仮)がほんとうに女神様だったとは……。
「で、そんな女神様が僕に何の用ですか……。」
「いや?特に用などはない。………強いていえば、お主が目の前に現れたのだ。」
アマテラスと名乗った女神は金色の髪を揺らして答えた。身長は男子のくせに未だ162cmしかない僕よりもさらに低かった。150cmあるかないかくらいか?
確かに美しいが目の前の女神に見とれている暇など僕にはなかった。
その時僕の頭にはこんなことが渦巻いていたのだった。
「…………もしかして……ここって……天国ですか……。」
そう、人がこの世の生を終えた時にたどり着くと言われている場所。それが天国。
僕が真っ先に思いついたこの場所のイメージ。
のどかな場所。一面の美しい花畑。美しい女神。これが揃っていながら、ここは天国ではないかと疑わないやつはいるのだろうか。
いつもスマホで見ていた小説サイトに蔓延っているチートものの異世界転生譚。それの冒頭はだいたいそっくりそのまま目の前で起きていることと当てはまる。
そして、それを意味するのは主人公の死。主人公はここで神々にぶっ飛んだチート的な能力を与えられるのが常である。そして、魔王を倒せとか言われるのだろうか。
正直ごめんである。
死んだなら死んだでこのまま安らかに眠らせて欲しい。それが僕の素直な感想。
アマテラスは僕の問に、にっこりと微笑んだ。
ああ、神々しい。どうか転生チートだけはやめてください。転生するよりこのまま成仏で向こうでぼのぼのやっていければいいです。
「いや、お主は死んではいない。」
……………………。
……………………。
……………………。
「は、はい………?」
考えていたのと全く正反対の言葉が飛び出して、こちらも口から腑抜けた声が飛び出した。
「し、死んでないんですか?僕…………え、じゃあなんで………」
「何をたじろいとる。良かっただろ、生きてるのだから。何?もしかして、最近はやりの異世界転生もののラノベ的な展開を期待したか?」
神様なのに最近の文化に詳しいな。残念ながらその展開はごめんだとさっき思ったところだ。
僕が好きなのはゴテゴテのハードボイルドの路地裏で極道が血みどろの争いを繰り広げる任侠ものである。供給が少ないから探すのに苦労するが。
「まあ、まずはお前さんがここに来た経緯でも教えてやろうか。お主はいつものように自転車に乗って帰宅していた時。目の前に猫と女の子がとびだしてきたのだ。それは覚えておるか?」
アマテラスに尋ねられるまま、僕はとりあえず頷いた。
確かにそこまでは覚えていると。アマテラスに伝えると彼女は話を続けた。
「まあ、スピードをさほど出してなかったのもあったのだろうよ。お主の自転車は女の子と猫の手前でぴたりと止まった。お互いに怪我ないし、なんともない。………これで済めば良かったのだがかぁ……」
アマテラスはやれやれと、肩をすくめた。
「しかし、猫ときたら…………たいそう驚いたようで、半ば半狂乱でお主に向かって飛びついた。」
………ああ、だから頬が痛いのか。おそらくここに飛びつかれた時にできた猫の引っかき傷があるのだろう。
しかし、なぜ目の前にアマテラスオオミカミといった日本を代表するような女神と対峙することになったのだろうか。そこが未だに見えてこない。
僕がなぜかと首を傾げていると、アマテラスが説明を続け始めた。
「そして、猫に飛びつかれたお前は驚いてバランスを崩す。そしたらこれまた…………そこにポイ捨てされていたバナナの皮を踏んでお主はガードレールを乗り越えて下に落下した。」
…………………。
ちょっとまて。
明らかに、おかしいものが混じっている。僕でも瞬時にわかった。
「ちょっと、嘘まじってません!?なんで道にバナナの皮なんて落ちてるんですか!?それで滑ってガードレール乗り越えて下に落ちるなんて話絶対盛ってるだろ!」
なぜ、道にバナナの皮がポイ捨てされているのだ。今2000年代初頭だぞ。
しかも僕はそれで滑った?馬鹿か?古典落語的すぎる。マリ●カートの妨害アイテムじゃないんだぞ。
「我は盛ってなどおらぬわ!逆にこんなわけのわからん話を、どう盛れというのだ!これを話された瞬間こんなことがあるのかと一回思考が止まったわ!!」
「じゃあ、話したそいつが話盛ったんだ!!」
「我の弟を疑う気か!!このたわけっ!」
しばらく、僕らは互いにギャーギャー言いあっていたがアマテラスが制した。ここで争っていても拉致があかないというのだろう。
ぜーはーぜーは言いながらようやく冷静さを取り戻した僕も、それに同感して黙って話を聞くことにした。
「ごほんっ………話を続けるぞ……。なにはともあれ、お前はガードレールを乗り越えて、下に落ちた。お主は死期を悟って気絶。しかしお前は死んではない。実はそこに不法投棄されていたマットレスがあったらしくてな、それがクッションになったらしい。ほんとうに運がいいな。」
感心したようにアマテラスはうんうんと頷く。とうの本人である僕は、ただぽかんとしていた。
いや、運良すぎだろ自分。あの坂道は確かに山を削ってつくってあるが、めちゃくちゃ草木が生い茂った山というわけではないのに不法投棄とは。
とんだ輩がまだいるものだ。はたまたこれで命拾いしたことを喜ぶべきなのかはわからない。
だが、アマテラスの話しはまだ終わらない。それにここにいる理由も残ったままだ。
「しかしのぅ、これも運がいいと言うべきか……。」
アマテラスがボソリと呟き、こんなことを口にした。
「お主。パラレルワールドというのはわかるか。」
「パラレル、ワールド…………平行世界ってことですか。」
アマテラスは頷いた。
「そう、世界というものは一つだけではない。同時進行で何千、何万、何億ものの世界が存在している。我々はそれを分割して一人ずつ何個かを管理しておるのだ。で、その世界は互いに干渉することは無い………普通ならば……。」
一呼吸置いて、アマテラスの瞳がこちらを見据えた。
「しかしな、ふとしたタイミングでたまーに、世界同士が繋がってしまうことがある。我らはパラレルホールと呼んでおる。で、その穴に落ちてしまうと………まあ、その繋がった世界に行くわけだ。」
アマテラスはお主のように、と細く白い指で僕を指さした。
僕は腕を組んで唸った。
「つまり、僕は運良くマットレスの上に落ちたけど………ついでに、そのパラレルホールにまで落ちてしまった……ということ?」
「む。賢いな。まさにその通りだ。その証拠にお前さんの自転車と荷物も一緒に来ておる。」
後ろを向くと、確かにそこに僕の自転車と荷物が散乱していた。こんなもので花を押し潰しているのが申し訳ない。
カバンが開いているのでアマテラスはあそこの中の物から名前を知ったのだろう。教科書が散乱している。
つまり、ここはほんとうに異世界。
僕は死んだわけではないが、こうして異世界に迷い込んでしまったというわけか。なんと運がいいのか。
「じゃあ、そのパラレルホールに入れば……また戻れるってこと?」
「まあ、そうだがパラレルホールってのはな、どこにできるのか正直わからん。しかもすぐに消えてしまう。それでこれがどこに繋がっているかも………まあ、繋がり先はしらべることはできるがな。」
「………つまり、しばらく帰れないと……。」
アマテラスはけろっとした顔で、そうだと言う。
が、こっちにとっては大問題である。
帰れない?まじかよ。こんないよくわからない世界にほっぽり出されて僕はどうすればいいんだ。
僕はがっくりと膝をつき、俯いた。目の前には可愛らしい花々がひらひらとお喋りをしている。
「ただし!!」
アマテラスが、指を一本ピンとたててこちらに突き出した。
「弟に聞いたがな、どうやら確実にお前の世界に帰れる方法がここにはあるらしいのよ。」
僕はその言葉に顔を上げた。
「……本当ですか……?」
「ああ、ほんとだとも。これは確かだぞっ。盛ってなんかないからな。」
目の前の女神は頼もしいほどの神々しい笑顔をつくっている。
そして、アマテラスはその笑顔のままこんなことを僕に向かっていいはなったのだった。
「中半優香。我と一緒に魔王を倒せ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます