47 最悪から最悪へ

 一瞬の静寂と共に皆の視線はホログラムからレイラへと集まる。

 レイラは戸惑いの表情を浮かべていた。小声で「ちがっ」と呟き後退る。


「レイラを護れ‼︎‼︎」


 秋月は一早くそう叫んだ。

 秋月の叫び声に勇者のクラスメイトたちは驚愕の表情を秋月に向ける。

 先程までなら彼らの注目に萎縮していた秋月だが、今はそれどころではない焦燥感に襲われていた。

 隠れていたアレックスたちが秋月の叫び声を聞いて一斉に走り出す。

 目的はレイラ・神無月。


 クラスメイトのツーブロックの男子生徒がニヤリと笑ったのが見えた。彼は手を掲げる。

 秋月は嫌な予感がして彼の視線の先に目を向ける。

 秋月とレイラの上空に剣が無数に並んでいた。

 

 一斉に剣が落下してくる。秋月の瞳に無数の剣先が映る。

 死を感じた直後、秋月は最後の抵抗とばかりにレイラに覆いかぶさる。


 刹那、落下してきた剣が粉砕する。イアンが魔法を放って破壊したようだ。


「え? え? どゆこと?」

「えっとレイラって娘が邪神だから倒さないといけないって事?」

「いや、邪神ってったって、普通に人間だし」

「敦士の奴、マジで攻撃してんじゃん」

「あれ……当たってたら八代死んでたよね?」


 突然の状況の変化にクラスメイトは戸惑った様子だった。

 いきなり攻撃を仕掛けた男子生徒に皆が引いた顔をしていた。


 青髪の男のホログラムが呆然とするクラスメイトに杖を向ける。

 刹那、杖の先が光り出した。

 その光を見たクラスメイトたちの目が虚ろになる。動揺して立ち尽くしていた彼らは口を閉ざし、一斉にこちらを顔を向けた。

 虚ろな瞳は完全に意識を飛ばしているように見える。


 一人の男子生徒が走り出す。そして、飛び上がり、振りかぶる。何も無かった両手に唐突に巨大なハンマーが現れて秋月の頭目掛けて振り下ろされていた。

 しかし、それは秋月に届かず剣によって弾かれる。アレックスが秋月とレイラの前で庇うように剣を構えていた。

 アレックスに続き、弟子たちが秋月たちを庇うように前に出てくる。


「先生、彼らは洗脳魔法に掛かっています」


 茶の長髪をなびかせ白のマントをはためかせながら、シルヴィアは虚ろな瞳を浮かべているクラスメイトを見ながら告げた。


「洗脳?」


 ホログラムの男が杖を彼らに向けて光を発した後、おかしくなった事を考えればまさしく洗脳された事に納得出来る。


「けれど、普通魔力を持った人間が洗脳魔法にここまでかかる事はありえない。虫すら自在に操る事すら難しいのに、人間をあそこまで操るなんて」


 シルヴィアは洗脳されている勇者たちを見て怪訝そうな顔をしていた。

 だが、秋月はその理由がわかった。

 魔法を使える事と魔力を持っている事は同一ではない。

 秋月は異世界転生、憑依だったから最初から魔力を持っていたが、異世界人、つまり秋月の世界の人間にとっては違う。

 魔力そのものを持っているはずがない。

 勇者は万能でチートである。あらゆる魔法の耐性を持っているし、あらゆる状態異常耐性を持っている。故に彼らは最強で最恐なのだ。

 ネット小説において彼らがチートを手に入れるのは勇者の儀式を終えてからだ。その前までは所詮ただの異世界人でチートも魔力も持たないただの子供でしかない。

 だから、その瞬間ならば洗脳は可能である。


「逃げるぞ」

「ち、違う。私は、邪神なんかじゃ」


 秋月はレイラを連れて逃げようと彼女を引っ張るが、彼女は動揺しているのか秋月の声が届いていない。

 瞳が揺れて目の焦点が合っていなかった。

 それでも無理矢理引っ張って走り出そうとすると、目の前に女子生徒がいた。その隣には手を構えた男子生徒。

 瞬間移動的な力を使ったのだろう。

 両生徒の瞳は虚ろで洗脳されているのは明らかだ。

 男子生徒の構えた手から迸る紫電。警鐘が脳内に鳴り響く。

 

 閃光は天に向かって立ち昇る。

 男子生徒の手はカイトの蹴りによって天に向けられていた。

 更にカイトは腹部に蹴りを入れて吹き飛ばす。

 男子生徒は呻き声を上げて地面を転がっていく。女子生徒は瞬間移動し、転がった男子生徒の元へ。彼を触り、瞬間移動して消える。


 ドンッと音と共に巨大な土ゴーレムが現れる。五メートルくらいの高さがある。

 秋月は彼らの方を思わず見る。

 クラスメイトたちの前に発光と共に甲冑騎士が現れる。更に白い翼が生えていた。

 ワニに似た凶悪そうなモンスターも唐突に現れる。

 召喚能力だろうか。どちらにしろチートである事は間違いない。


 上空には無数の剣が浮いていた。数は先程よりも多くなっている。ツーブロックの男子生徒はニヤニヤと笑っていた。

 他にも機械兵士に搭乗している女子生徒や周囲に岩や石を浮かせている男子生徒、結界を張っている女子生徒などが居た。


 秋月はその光景を見て、思わず乾いた笑いが出てくる。

 これが何の努力もせずに手に入る異世界のチートか。

 原作やアニメの通り出たら目な能力だ。

 圧倒的主人公補正。

 異世界人の魔法なんて相手にならない能力だ。

 邪神教が、黒幕のエドワードが尻尾を巻いて逃げる化物たち。

 中級魔法もロクに使えないアーロンが噛ませになるわけだ。


 女子生徒が地面に手につけた。その瞬間、地面から巨大な木の根っ子が湧き出てきて秋月たちの方へ来る。

 巨大な根の先が秋月たちを貫こうとした時だった。


 だが、なめるなよ。こいつらの泥臭い現代のチート(成長マインドセット)を。


 根っ子は燃え上がる。

 周囲は炎と熱気に包まれた。だが、秋月や弟子たちには一切火の手は当たらず避けている。


 赤髪の少女──サラ・カナスタシアは炎の中心に立っている。まるで生き物のように炎は彼女の周囲を舞っていた。

 サラが右手に持っていた杖を振った瞬間、爆炎が巨大な根っ子を焼き尽くす。一瞬にして灰とし化した。


 舌打ちしたツーブロックの男子生徒は上空にある無数の剣をこちらへ投げ飛ばす。


「仙天流奥義──鎌鼬(かまいたち)」


 緑の閃光が上空へと一線。刹那の静寂と共に衝撃波が起き、上空にあった全ての剣は破壊された。


 深緑の短髪に鍛え抜かれた体の青年──アレックスは緑に輝く刃をゆっくりと鞘に収める。


 巨大土ゴーレムが一歩を踏み出す。地震が起きたかと錯覚する揺れを感じる。

 ワニに似た凶悪なモンスターが咆哮を上げる。思わず身が竦んでしまう凶悪な咆哮。


 秋月は思わず後退ってしまう。こんな奴に勝てるのかと思った時だった。


 背後から強烈な魔力を感じた。

 振り返ると、茶髪の青年が杖を構えていた。彼を中心に風が舞っている。


「テンペスト・ライン」


 杖先から放出された圧縮した風魔法が巨大ゴーレムに向かっていく。

 ゴーレムの胸元に直撃した刹那、暴風雨が起き、ゴーレムは木っ端微塵に崩れる。

 貫いた風魔法はそのままワニに似た凶悪なモンスターの元へ向かっていく。

 そして、ワニに直撃した瞬間、またも暴風雨が起き、ワニは血肉片を散らした。

 ゴーレムとワニだった破片は四角の電子ホログラムとなって消滅した。


 秋月は自身の背後で危険な魔法を放ったイアンは思わず見て冷汗を掻く。


 その隙を見て、白い翼の生えた甲冑騎士が高速で突撃してきた。

 しかし、刹那、黒い刃が甲冑騎士の首元を貫く。甲冑騎士の首元の鎧の隙間から鮮血が吹き出る。翼を生やした甲冑騎士は地面に倒れると四角の電子ホログラムを散らしながら消えていく。


 紺色の髪のカイトが右手を突き出していた。その右手からは黒い剣が伸びている。

 本物の剣ではなく、魔法の剣のようで、対象を処理した後、鞭のように歪曲を描きながら縮んでいき消失した。


 あのチートの勇者たち相手に弟子たちは圧倒していた。

 秋月はその状況に思わず引きつった笑みが溢れる。

 まさかここまでの力量を手に入れていたとは思いもしなかった。


 とにかく、今は好機だ。

 レイラを連れて逃げるチャンスだ。彼女の方に視線を向けるが、レイラは今だに動揺しているのか自分の世界に入り込んでおり、周りの状況に意識を向けていない。


 秋月は彼女を手を握って走り出す。心ここにあらずではあるが、それでも、手を引けばついてくるのでこのまま逃げれば問題ない。

 レイラの心のケアは後にすればいい。六神がレイラを邪神と認定した以上、これ以上、この国にはいられない。

 レイラの国、ヤマト大国に行くか、それとも、別の国に逃亡するか。

 どちらにしろ、今はこの状況から脱しなければどうしようもない。


 秋月が駆ける先には後方支援の弟子たちがいるのが見えた。

 秋月はそこへ向かって走る。


 その時だった。


 空間が切り開かれる。

 秋月の右隣、レイラの隣に突如空間の切れ目が出現した。


 その切れ目から女が居た。

 舌をだらりと垂らし、目を大きく見開いた女だ。その目はクマがある。

 青紫色のツインテールにドクロのヘアゴムやアクセサリーを身につけている。

 また白衣を纏い、片手に注射器を持っており、それをレイラの首筋に突き立てていた。


 いきなりの事に秋月は唖然としていた。こいつを知っている。

 第二部の敵にして最悪の敵。マッドサイエンティストと呼ばれるそいつが何故ここに。


 秋月はそいつを突き放そうとして、一歩遅かった。

 そいつは注射器の中身をレイラに注入する。

 レイラは首筋から入り込む異物に愕然としていた。そして、地面に座り込む。

 彼女はレイラから注射器を離して、切り開かれた空間へ引っ込む。


 秋月は悪足掻きとして初級風魔法を放つ。その魔法は彼女に当たる事はない。ただなにかの紐を切った。

 それは地面へと落ちる。

 そして、秋月はそれを認識して、何故マッドサイエンティストが現れたのか理解した。

 彼女の落とし物はおかめのお面であった。


 レイラは虚ろな瞳をしており、ゆっくりと立ち上がる。

 目を見開くと、赤い瞳から一気に黒色の痣が顔を侵食し始める。前までは片側だけだったのが、今は顔をすべて侵食し、身体まで侵食し始める。


 ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。


 咄嗟に秋月はレイラに手を伸ばすが、邪気のような黒いオーラによって吹き飛ばされる。


 レイラの背中から黒い影が出てきた。まるで蛹の羽化のように。

 それは黒い女神だった。容貌は美しいが、同時に禍々しさ兼ね備えている。

 背中から上空へと上がっていき、その巨大さを顕にした。

 十メートル程の高さまで上昇し、こちらを見下ろす。


 邪神──愛の女神、ヨランダが降臨した。

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