45 勇者登場
気がついた時には天から無数の剣が降ってきていた。
秋月は突然の出来事に呆然と立ち尽くすしかなかった。
狐のお面を被った黒ローブは秋月とは違い、咄嗟に剣を防ごうと自身の剣で打ち払うが、無数の剣の雨を全て打ち払う事など出来るはずもなく、肩や足に剣が擦り鮮血が舞っていた。
秋月は呆然と立ち尽くしていたが、無数の剣が秋月に傷を付ける事はなく、秋月の周りすれすれの所に無数の剣が地面に刺さっている。
どうやら剣を降らせた相手はこちら傷付けるつもりはなかったのか、秋月が動けず立ち尽くしていた方が無傷で済み、剣を打ち払おうと動いた狐のお面の男は傷を負っていた。
鼓動が早くなり、背中に冷たい嫌な汗を掻いている。自身の周りの地面に刺さった無数の剣は秋月の身動きを封じていた。
肩や足を負傷した狐のお面を被った黒ローブの男もその場で跪いている。
背後から気配を感じ、こうして秋月と狐のお面の男に攻撃を仕掛けてきたのは後ろに居る事をわかる。
戦闘に参加していない黒ローブの数人が秋月たちの背後に視線を向けていた。
一人の黒ローブの男が秋月たちを無視して背後の方へ走っていく。しかし、直後、その黒ローブの男は吹き飛ばされ、地面を転がり、木にぶつかった。
チッと舌打ちする狐のお面。血に染まった黒ローブを片手で抑えながら呟く。
「忌々しい勇者め」
秋月はゾクリと悪寒し鳥肌が立つのが分かった。
冷や汗がこめかみを伝って顎に伝って地面に落ちていく。
「レイラって娘はどこにいるんだ?」
背後から聞き覚えのある声に体が硬直した。
振り返らずとも、複数の足音から少し離れた背後に集団がいることがわかる。
サラと相対していたおかめのお面の女が秋月の背後の存在に気づき、風魔法を放つ。複数の風の刃が秋月の背後に飛んでいく。
「あぶっ、マジこっち殺す気じゃん。やばっ」
またも聞き覚えのある女の声。
動揺で秋月の視線が右往左往しているのがわかる。
秋月は振り返ることが出来ない。
イアンとドミニク・ゴールトンも交戦を一時停止して秋月の背後の集団の方を見ていた。
イアンは秋月の方を見て指示を仰いでいる。秋月は隙を見て撤退しろとジェスチャーを出す。秋月の意図が伝わったのかイアンは頷いていた。
「あの倒れているのがレイラって娘じゃない?」
かつて聴き慣れた声。幼馴染みの声だった。
頭が真っ白になるという感覚を味わう。血の気が引いて、気分が悪くなっていく。
やはりというか、秋月の予想は間違っていなかった事を思い知らされる。
あいつの声を聞き間違えるはずがない。
おかめのお面の女は更に追撃を放とうとした時、黒い鎖が地面から突き出すように出てきて、おかめの女を狙って蛇のようにうねり上げる。
そして、魔法を放とうとした差し伸ばした右手に鎖は絡みつく。動揺したおかめのお面の女は咄嗟に払ったが効果はなく、鎖は彼女を全身に巻きついていった。
血に染まったローブを掴んでいた狐のお面も唐突に地面から這い出てきた黒色の鎖によって拘束される。
幸い、秋月には鎖の魔の手は迫っていない。
しかし、その黒い鎖には見覚えがあった。最初に記憶が蘇ったあの時に秋月を縛っていた鎖だ。
「勇者と水の守護者か。六神の操り人形がどうやって嗅ぎつけたのか」
ドミニク・ゴールトンが秋月の背後に向かって、見下すようにそう告げた。
「あ、それ、あたしー。GPS的な? 能力があるんだよねー」
空気を読まずにそう能天気な声で言ったのはクラスでも上位カーストに居る女子生徒だった。
「勇者の特権能力か。忌々しい」
ドミニクは苦々しくそう呟く。勇者の特権能力は所謂チート能力の事だろう。
「ドミニク・ゴールトン。お前の正体は既に明らかになっている。直ぐに投稿すればこちらも手荒な真似はしない」
聞き覚えのない声が聞こえる。きっと水の模様が入った仮面を被った男であると秋月は推測する。
しかし、勇者たちの存在を察知してすぐにフードを被ったドミニクだったが、正体を知られてしまっている。
女子生徒の言葉が真実であるならGPSのようなチート能力でドミニクの正体を見破っているのだろう。
秋月は冷や汗を掻く。という事は自分がアーロンである事は既にバレているという可能性は高い。まさか、最悪、アーロンが秋月である事すらわかってしまうのか。
ドミニク・ゴールトンは舌打ちをすると、仮面の男に向かって魔法を放つ。複数の土の矢が勇者と仮面の男を狙い飛んでいく。
しかし、「無駄だって」という男子生徒の声が聞こえた。
きっとドミニクの放った土の矢の魔法は打ち消されたのだろう。
ドミニクは再度舌打ちして「これだから規格外の異界人は」そう忌々しそうに呟いていた。
状況は最悪だ。秋月はお面たちと交戦していた弟子たちに目を向ける。イアンは秋月の指示を受けて、隙を見てこの場から撤退していた。
サラもイアンの指示を受けてか、森の茂みにうまく紛れている。
アレックスは天狗のお面の男と決着がついたのか、天狗のお面の男は地面に倒れていた。持っていた剣はアレックスが弾き飛ばしたのか、離れた場所に転がっていた。
カイトは姿を消していた。勇者の登場と共にイアンたち同様に姿を隠したのだろう。ひょっとこのお面の男は姿を消したカイトではなく、既に勇者たちに注意を向けている。
黒い鎖がドミニクを拘束しようと襲い掛かる。刹那、青い閃光がその鎖を弾いた。
ひょっとこのお面の男がドミニクを庇うように前に立ちはだかり、剣を構えていた。
しかし、黒の鎖は容赦無く、四方八方から伸びていて、ひょっとこのお面の男を拘束しようとしてくる。
青いオーラの纏った剣先で何度も弾くが、キリがなく襲い掛かる黒い鎖にひょっとこのお面の男は疲弊していく。そして、物量に押し潰される形で黒の鎖は足に、手に、剣に、腹部に、顔に巻きつき、ひょっとこのお面の男の奮闘虚しく拘束されてしまった。
秋月はその状況を見て唖然とする。これが勇者のチート能力。
カイトはアレックスとイアンと同じく戦闘能力に特化した弟子の一人だ。そんな彼と良い勝負をしていたひょっとこのお面の男をこんなあっさり無力化した事に秋月は信じられなかった。
ドミニクはその様子を見て、諦めたように杖を下ろす。憎しみにを込めるように勇者たちを睨んでいた。
抵抗する気はないが、それでも、苛立ちは隠せないといった様子だった。
黒い鎖は戦闘を放棄したドミニクに容赦無く巻きつき、拘束する。
ドミニクたちが拘束され、抵抗を見せない事で集団の足音が背後から近づいてくるのが聞こえてくる。
秋月はこの状況でどうするべきか思考が追いつかない。
このままでは硬直するような秋月にも彼らは気づくだろう。いや、既に気付いているがあえて無視している可能性もある。だとしても、ドミニクたちに排除した後、必ず立ち尽くす秋月に注目が集まるだろう。
必死に状況の整理と今後どう行動するべきか思考を巡らせている時だった。
唐突に上空から人が降ってきた。
ドミニク・ゴールトンの目の前で着地したそいつは紺のローブを纏った背の高い男だった。
そして、他の黒ローブ同様にお面を被っている。そのお面は先日目撃した般若のお面だった。
般若のお面の男は右手を肩から斜めに手刀を振るうと、黄金の閃光が走り、ドミニクの黒い鎖へと飛んでいく。そして、黒い鎖は砕け散った。
刹那、勇者たちの同様の声が響く。
黄金の閃光はドミニクの拘束を解くとそのままひょっとこのお面を拘束していた黒い鎖へ向かっていく。まるで意志があるかのようにひょっとこのお面を拘束していた複数の鎖を引き裂いていく。
パンッという金属音が響いて黒の鎖は砕け散っていく。ひょっとこのお面を解放すると、次におかめのお面と狐のお面を拘束していた鎖を狙って飛んでいく。
おかめのお面と狐のお面の拘束していた鎖を弾け飛ばし、二人を解放すると役目を終えたと言わんばかりに黄金の閃光は消滅した。
「はっ? 嘘でしょ?」
「何者、あいつ?」
信じられない物を見たと動揺が広がっていく勇者たち。
邪神教を一瞬にして制圧していった黒い鎖をこんなにもあっさり無力化する存在に秋月も困惑する。
背の高い般若のお面を被った男は指を鳴らす。
その刹那、視界が歪み出す。立ち眩みがしたが、すぐに体調が戻った。
視界が明澄になった時には黒ローブの一団は姿を消していた。
ドミニクも背の高い般若のお面の男もどこにも居なかった。
「エドワード・ラングフォード」
一人の女子が呟くのが聞こえた。
秋月は思わず目を見開く。振り返る事はしないが、耳を勇者たちの方へと傾ける。
何故、いきなりエドワードの名前が出てくるのか。
「え? エドワードって黒幕じゃなかったっけ?」
「うん、そうだよ。エドワードは黒幕」
他の女子の疑問の声に男子が答えた。
「さっきの般若のお面を被った男がエドワード」
ぞくりと悪寒がした。やはりエドワードは邪神教と関係していたのか。
レイラが誘拐された時も般若のお面の男は居た。つまり、レイラを誘拐する事に加担した後、何食わぬ顔でオズワルドと一緒に現場に来たフリをしていたわけだ。
「嘘っ、じゃあ、黒幕がさっきまで居たって事?」
「マジかよ。だから、涼の鎖が弾かれたのか」
「涼の鎖が効かないところなんて初めて見たもんね。黒幕だったから効かなかったって事か」
「いや、つっても、まだレベル1だから」
勇者たちの中にはアニミズムの事を知っている者がいるからか、黒幕がエドワード・ラングフォードである事を知っていた。
「つか、そこに居る奴誰? 邪神教の仲間じゃなかったの?」
秋月は硬直する。背筋が冷たくなり、頭が真っ白になっていく。
呼吸が苦しくなる。
背中に視線が集まっているのがわかった。
「あいつ、誰だ?」
小声とも普通の声と言える音量。その声を聞いて全身に鳥肌が立った。
秋月がもっとも恐れた男がもっとも恐れた言葉を言ったからだ。
やばい。ここから逃げないとやばい。
そう思いながらも身体は硬直したまま動いてはくれない。
全身から冷や汗が溢れ出ているのがわかる。
脳が冷たい何かに浸されたかのような感覚に襲われ、一切の思考が浮かばない。
両手が勝手に震えており、過呼吸の一歩手前のような息苦しさが続く。
目が泳いで、木々と弟子たちが様子を見ているのが見える。
助けて欲しいというジェスチャーすら出せず、ただただ足は地面に根を張ったように動かない。
そんな秋月の心境など知りもせず背後の奴らは会話を続ける。
「アーロン・ラングフォード」
そして、無関心な様子で女子生徒は告げた。
「うん、間違いないね。あたしの能力でも確認できたし」
「アーロン? じゃあ、あいつが今回の敵?」
「うん、最初の敵で間違いない」
最悪な状況だ。アーロン・ラングフォードだとバレた上に敵扱い。
背後で何か話しているが小声でこちらには聞こえない。
「おいっ、こっち向けよ!」
秋月の心臓の鼓動が早くなる。今の男子の声も知っている。身体が恐怖を覚えている。
聞きたくもない声だ。カタカタと音がすると思ったら歯が震えていた。
「なんだよ、あいつ」
秋月が無視して振り向かずにいると、苛立った声が聞こえた。吐き気がする。このまま走って逃げ出したい。
動け。今この瞬間しかチャンスはない。
そう思って無理矢理足に力を入れようとした時だった。
最悪の言葉が飛んでくる。
「……八代?」
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