43 旧教会での争奪戦 前編

 秋月は弟子たちを連れて旧教会へと向かう。

 旧教会は長い年月が経ったような古びて半壊した建物だった。

 屋根は既に無く、石造りの壁はほとんど崩れている。

 中は朽ちかけた木造の長椅子がずらりと並んでおり、壇の後ろのステンドガラスだけは奇跡的に割れずに残っていた。


 そんな旧教会で黒いローブを纏った集団がたむろしていた。

 長椅子の一つに黒髪で桃色の着物をきた少女が横になっているのが見える。レイラだ。どうやら眠らされているようだ。

 レイラのすぐ側におかめのお面を被った黒ローブ女が立っていた。


 黒ローブの集団の中でもっとも目立つのは緑と白髪の混じったオールバックをした男。この騒動の元凶とも言えるドミニク・ゴールトンがそこに居た。

 ドミニクは部下であろう黒ローブたちに指示を出している。部下たちは巨大な魔法陣を地面に刻んでいた。


 魔法陣は刻まれていく度に淡い光へと変化していく。刻まれた魔法陣が完成した場合、後から消す事は難しい。

 魔法陣完成を邪魔さえすれば良いのだが、最悪な事に既に魔法陣は終盤にかかっている。今更、邪魔をしたところで遅いだろう。


 魔法陣の完成を邪魔するのが難しい以上、元々行う予定だった作戦を決行するしかないだろう。そもそも魔法陣の完成阻止は不可能であると諦めて、作戦を立てていたのだ。


 前衛を務めるアレックスとイアンはドミニクや黒ローブたちを抑えるのが役目だ。

 そして、炎の魔法を得意とするサラは中衛でアレックスとイアンのフォロー。

 回復魔法を使えるシルヴィアとソニアは後衛で待機。負傷者が出た際に活躍してもらう。

 撤退時の経路確保を戦闘能力が乏しいサイモンや他の子供達だ。

 もっとも重要な役割を務める防御に特化したジュリアと先行しレイラの安全確保にカイトが務める。

 そして、レイラを救出する役目を務めるのが秋月だ。


 正直、レイラの救出に能力の劣る秋月が務めるのに秋月は反対だったが、流れ的に秋月となってしまった。

 カバーにサラとカイトが入るとの事だが、正直、戦闘能力がアレックスとイアン並みのカイトが務めるべきと今でも思っている。

 それを必死に作戦時伝えたが、それでも救出の役目は秋月だと頑なに決定された。


 アレックスとイアンが茂みに隠れつつもいつでも突入できるように構える。

 サラと秋月も二人をフォローできるように心の準備をしておく。


 丁度、魔法陣が完成したようだ。

 秋月は息を呑む。つまり、レイラを邪神化出来る用意が出来たという事だ。

 心臓が口から飛び出そうな程の鼓動を感じつつも、じっと彼らの様子を伺う。


 彼らに隙が出来るのを、じっと待った。

 永遠と思えるような、刹那とも思えるような、矛盾を孕んだ時間が過ぎる中、ついにその瞬間は訪れた。


 魔法陣が完成した事で、おかめのお面の女がドミニクに話しかけられ、レイラから少し距離ができた瞬間だった。


 木の影から黒のつなぎを着た少年が飛び出てきた。紺色の髪を靡かせながら、お面の女の首目掛けて黒の短刀を振り抜く。


 少年の放った静かな一刀は女の首肉を引き裂く。

 おかめのお面の女の首から鮮血が吹き出る。地面に血の飛沫を撒きながらも、彼女は止血しようと左手で傷口を抑えた。

 致命傷を免れたのか、生まれたての小鹿のような足取りで少年から距離を取って、地面に滑るように座り込むと、止血するように抑えていた左手が淡い光を放ち、傷が修復されていく。


 少年――カイトはそんな隙を見逃す事はなく更に短刀で斬りつけようとするが、足を植物の蔓が巻きついている事に気づく。

 黒ローブの誰かが足止めする為に魔法を放ったのだろう。

 カイトはすぐに植物を切り裂くと、レイラの方に下がる。そして、レイラの服に石を放る。石はレイラの腹部の上に乗っかった。


 秋月はそれを見て安堵の息を吐く。

 カイトは役目を果たした。レイラの安全は今の所は確保出来た。


「六神教ですか?」

「いや、違うな。あの時邪魔してきた奴らだ。ラングフォード……ヤマトか。どちらにしろ、邪魔する者は排除するしかない」


 ドミニクと黒ローブのそんな会話が聞こえた。


「ヨランダ様を確保しろ」


 そうドミニクが命令した。

 刹那、もう一人の黒ローブの男が飛ぶ勢いでレイラの方へ迫ってくる。

 黒ローブのフードが風で外れ、天狗のお面が顕になった。

 天狗のお面の男はレイラを確保しようと駆ける。


 カイトはそれに対応しようとしたが、ドミニクが放った石の弾丸が自身に襲いかかってきており、それを短刀で弾く。

 天狗のお面の男がレイラに触れようとした時だった。男はいきなり弾かれ後ろに後転した。

 黒ローブたちは何が起きたのか理解できてないという顔だ。


 秋月は後ろを振り返り、紫髪の少女がこちらに手をかざしているの見えた。

 黄金に輝く彼女の手。


 ジュリアは転生者である。そして、異世界からの来訪者には何故かわからないが特殊能力、つまりチート能力を一つ手に入れる事ができる。それは彼女も例外ではなく持っていた。

 そして、彼女のチート能力はバリアである。ただ秋月もそうであるように、転移者とは違い、転生者である秋月たちのチート能力はかなり制限されている。秋月のチート能力は未来や過去の記憶を手に入れる能力であるが、任意で能力を使う事は出来ない。

 そして、彼女も彼女の印をつけた場所にしかバリアを展開出来ず、更に言うならばバリアは一ヶ所しか展開出来ない。展開できる時間も彼女の体力や精神力に依存する。更に印の効果も数分程度。時間が過ぎればただの模様になる。

 カイトはジュリアが印を刻んだ石をレイラの元に置く。それが役目だった。


「魔法……以外の力……まさか、勇者!」


 黒ローブの一人が驚愕の表情を浮かべながら、バリアを張ったであろうジュリアの方を凝視する。


「いや、違うな。勇者の力に似ているが、勇者の力には程遠い紛い物の力だ。恐るるに及ばない。稀にこの世界にそういった勇者の力と似た能力を持って生まれてくる者がいるが、到底に勇者に及ばない性能で制限もある。対処可能なレベルだ」


 ドミニクは見下したような目でジュリアを見つめる。

 秋月は冷や汗を掻く。そこまでバレているのか。当然といえば当然か。アニミズムの主人公である勇者以外に異世界転移者である初代勇者や先代勇者なんてものが普通に登場しているのだ。

 秋月やジュリアのように転生者がいる以上、秋月たちが転生してくる前に秋月たちと同じような転生者が居てもおかしくない。

 そんな勇者と似た能力を持つ者を知らないわけがない。


 ドミニクは祭りの際見せた岩石の槍を作り出すとカイト目掛けて突っ込む。しかし、その岩石の槍は吹き飛ばされ消滅する。

 茶髪に灰色の瞳がドミニクを射抜く。

 杖を突き出しているのはイアンだった。風魔法で消滅させたのだ。


 ドミニクは舌打ちしてイアンと魔法の攻防へと移行する。

 風と土の魔法が何度もぶつかり合う。


 天狗のお面を被った黒ローブの男は立ち上がると腰から抜刀し、赤いオーラを刃に纏わせるとレイラ目掛けて一刀する。

 しかし、その刃はまるで鋼鉄があるかのようにレイラに到達する前に弾かれる。まるで見えない壁でもあるかのように。


 舌打ちする天狗の男に背後から奇襲を仕掛ける者がいた。

 深緑の逆立った短髪の青年ーーアレックスだった。

 しかし、それを察知して天狗のお面の男は紙一重でアレックスの一刀を避ける。

 アレックスは緑のオーラを纏わせた剣の柄を握り締め、剣先を男に向けた。天狗の男もアレックスに対峙する。


 カイトはレイラを抱き抱えようとしたが、カイトの背後から刃が襲いかかる。

 それに気付いたカイトはすぐに刃を受け止めて、刃を逸らして回避する。

 ひょっとこのお面を被った男がカイトに向かって攻撃を仕掛けたようだ。ひょっとこの持つ剣は青のオーラを纏っている。

 カイトも短剣を片手に、もう片手にも短剣を腰から引き抜き、ひょっとこのお面の男と戦闘態勢へと移行した。


 その隙を狙っておかめのお面を被った女がレイラの元へ走る。秋月はそれを阻止する為に風魔法を放つ。

 しかし、咄嗟に放った初級の風魔法はおかめの女にあっさりと魔法で打ち消されてしまう。

 秋月は自身の不甲斐ない魔法に舌打ちしながらレイラの元へ駆け出す。


 しかし、おかめの女の方がレイラの元に辿り着くのが早い。


 秋月は間に合わないと焦りながらも必死にレイラの元へ全力で向かった。

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