41 本当の理由
中学の頃、調子に乗っていじめられ、高校に入っても孤立。
クラスメイトにいじめられているのでその視線にびびっているだけなのだ。嘲笑を恐れているのだ。
人類に失望したとかもっともらしい言い訳しながら本当はクラスメイトにびびっていただけだ。
死ぬ事も恐ろしかったが、本当は、一番に怖かったのはクラスメイトの再会だった。
クラスメイトを思い出すと手が震える。嘲る視線が身体を硬直させる。ひそひそとこちらを馬鹿にする話が怖くてしかたない。
クラスカースト上位の嘲笑混じり罵倒が頭を真っ白にさせる。
そんな情けない理由でびびっている自分が情けなくてしかたない。
涙が溢れてくる。
メイドは何故必死になっているのか聞いていたが、本当はクラスメイトと鉢合わせしないように必死だっただけだ。
逃亡計画も念入りなのも彼らがこちらへ来たら逃げる気でいたからだ。
そんな情けない理由だったのだ。その程度の人間に過ぎないのだ。
そんな理由でレイラや弟子たちを見捨てるつもりだったのだ。
ずっと怖かった。弟子たちの尊敬の眼差しが。レイラの親愛の微笑みが。秋月の化けの皮がはがれ失望し、クラスメイトと同じような嘲笑へ変わるのではないかと。
本当の自分が駄目で屑で情けない奴だと自覚していたから、秋月は必死だった。
アーロンを馬鹿にしていたが、秋月が使用人たちと和解できなかったのは別に同じ展開をなぞろうとしたわけではない。
ただびびっていただけなのだ。クラスメイトと同じような侮蔑の視線に。嘲笑に。
涙が膝にぼたぼたと落ちる。
ずっと気づいていた。気づかないわけがない。
秋月はあの記憶を思い出した時からずっと死ぬ事よりもクラスメイトの存在が頭から離れなかったのだから。
知らないふりをして、死ぬのを避ける為に行動するのだと言い聞かせて、だが、心の底では彼らといかに鉢合わせしないかを考えていた。
ずっとずっと逃げていただけなのだ。現実の世界から、そして、この世界に来ても、ずっとずっと怯えて逃げていたのだ。
歯を食いしばり、唇が震える。
人の視線が怖くて、人の嘲笑が怖くて、人の関わりが怖くて、ただ怖くて怖くて仕方なかったのだ。傷つきたくなくて、必死に足掻いて逃げようとしていただけだ。
足元がおぼつかないような不安がずっと秋月を襲っていた。
胸を締め付けるような恐怖がいつも秋月を襲っていた。
どうしていつも自分はこうなんだろうかと自分が嫌いで嫌いで仕方がない。無責任でびびりでその癖独りよがりな願望を抱いている。
何も行動しない、何も受け入れようとしない、それなのに、不平不満は一丁前。
尊大な自尊心を必死に守る為に行動しているだけに過ぎない。
そんな自尊心すらボロボロでハリボテの価値すら無くなっているのに。
恐ろしかった。あの子達の何の苦もなく成長していく姿が。秋月に成しえなかった成長マインドを植え付けそれがあたかも存在するかのように成長していく彼らが。
彼らを見ているのが辛くなっていた。目を背けたくなった。すっぱいぶどうの如く、求めても決して得られないのだからと捨てたものをあたかもあるかのように振る舞う彼らにイラついた。
そして、そんな彼らに嫉妬を抱いている自分に情けなくて、そして、そんな彼らからの期待の視線が辛かった。何故なら本当の秋月を知れば失望するとわかっていたからだ。
わかっているからこそ秋月はずっと心の中で壁を作っていたのだ。傷つかない為に、彼らと距離を置く事を決めていた。
だからこそ、逃亡計画なんて考えていたのだ。すべては仕方なかったのだという自分の行動を肯定する為に。
きっと気づいている子もいるだろう。秋月の距離感を。秋月に不信感を抱いている子もいるはずだ。
それでいいと思っていた。彼らにどう思われようと、見なければ聞かなければ想像しなければ、更に言えばこちらから先に切り捨てれば傷つく事はない。
ずっとやってきた事だ。相手に向き合わず、自分の勝手な解釈によって、先に相手を切り捨てて逃げれば傷つくことはない。
ずっとやってきたことだ。相手の好意を受け取らなければ、こちらから跳ね除ければ、本当の自分を拒絶された事にならない。
ずっとやってきたことだ。すべてを何もかも誰かや何かの所為にして、自分の能力、自分の環境の所為にして行動しない言い訳を探すことは。
ずっとやってきたことだ。恐怖と億劫さと戦うことを避けてきたことは。
ずっとやってきたことだ。変わることから逃げてきたことは。
ずっとやってきたことだ。ずっと、ずっとやってきたことだ。
嗚咽が漏れる。
自分が悪いことなんて知っている。
そんな事、とっくの昔からわかっている。
だから、変わりたいんじゃないか。変わりたいから足掻いてきたんだ。
でも、変われない。全然変われない。
変わろうと思って行動しようと思っても、その先が続かない。
一歩踏み出そうとしても恐怖で足がすくむ。
自尊心を守ろうと脳が拒絶する。
何かを始めようとしても、億劫さに負ける。楽な方へと流れる。
こんなことをして何の意味がある? 何の価値がある? そう虚無感に苛まれ、何もしない自分がいる。
変わらない。変えられない。
ずっとこうだ。これまでも、そして、これからも。ずっとずっと。
肩に手をかけられる感覚があった。振り返ると父親が立って秋月の肩に手をかけていた。
父親の後ろには様々な人が立っていた。
秋月は惚ける。
そして、父親達は消える。そこにあるのは本棚だけだった。
今のはなんだったのか。
父親がここにいるはずがなく、一瞬で消えた事から幻覚か。それとも、秋月の望んだ妄想か。
秋月は俯く。
そうだ。秋月一人で困難に立ち向かうなんて無理に決まっていた。秋月という人間はどれだけ駄目な人間かなんて秋月自身が良く知っている。秋月の意思の力なんてゴミみたいなものだ。そんな秋月が自らの力だけで立ち向かおうなんておこがましいにも程があったのだ。
たった一人の人間の力なんてたかが知れている。秋月のいる現代のテクノロジーだって一人の人間によって作られているわけではない。火を起こしたホモサピエンスから始まり数億人の人類の功績の上に成り立っているに過ぎない。
秋月では到底乗り越えることのできない困難だ。それを認めよう。
ならば、一人で立ち向かう必要なんてない。
「最悪な状況を受け入れる」
クラスメイトと再会することを秋月は受け入れる。そして、クラスメイトに嘲笑されることを受け入れる。
弟子達に失望されることを受け入れる。
レイラに失望される事を受け入れる。
死ぬ事を受け入れる。
「小さなステップに置き換える」
まず、立ち上がる。ただそれだけを行おう。
それが難しいならば足に力を入れるだけでいい。
それが出来たら腰を浮かそう。
足の裏に力を入れる。
「言い訳を考える前に行動する。5、4、3、2、1、go」
5、4、3、2、1、go。足に力を入れる。
5、4、3、2、1、腰を浮かす。
5、4、3、2、1、立ち上がる。
秋月は一歩一歩を目標に歩く。
そして、扉の前に来る。秋月は息を吐き切って、ノブを回した。
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