38 一つの決断
周囲を捜索したが、結局、奴らの姿は見当たらなかった。
アレックスも最初の黒ローブと戦闘していた所、霧が立ち込め姿を見失ったらしい。唐突に存在が消えたとの事。
アレックスやイアンがこんな簡単に見失うという事はあの霧に何かトリックがあるのかもしれない。
どちらにしろ、状況は最悪だ。
レイラを連れ去られてしまった。秋月にとってもっとも最悪のシナリオだ。
完全に追い詰められている。
もし、ドミニク・ゴールトンによってレイラが邪神化された場合、アーロンは、秋月は物語通りに死ぬ。
死という恐怖が近づいている事に全身に鳥肌が立ち、冷や汗が出て、動機が激しくなるのがわかった。
レイラを護衛していたボディーガードも秋月がレイラを連れ去った後、その後を追ったようだが、路地に入ってすぐに黒ローブたちに阻まれ、戦闘になった結果、重症を負っていた。
シルヴィアの応急処置によって死は免れたが、病院に運ばれた。
秋月は放心したように路地前に立ち尽くす。
目の前で弟子たちが何かを言い合っているが秋月の耳には入ってこない。
レイラを連れ去られた事にかなり落ち込んでいるようだ。
落ち込むくらいならちゃんと護衛しろよ。何の為にお前らに頼んだと思ってんだよ、と悪態をつきたい気持ちだったが、目の前で醜い言い争いをしているので何も言う気にはならなかった。
メイドのミランダが「アーロン様!」と秋月を抱きしめてくる。
腕の細かい切り傷が痛み呻く。シルヴィアから回復魔法を受けたが、頭の大傷と重症のボディーガードたちに魔力を注いでいたので魔力が枯渇しており、止血程度の治療しか受けていない。
ミランダはすぐに謝ってくる。そして、身体の心配をしてくる。
秋月は適当に「大丈夫だ」と答えた。
正直、全く今の状況に意識が向けられない。動揺で思考がまとまらず、ただ事後処理を眺めるしか出来ずにいる。
衛兵が弟子たちに事情を聞いているようだ。アレックスが主に対応しており、元近衛騎士団長の弟子であることが効いているのか、衛兵たちもアレックスたちを疑わず事情聴衆をしていた。
しばらくしてオズワルドとエドワード、ウォーレンがやってきた。
ウォーレンは秋月の肩を掴み、どういう状況かを必死に聞いてくる。
かなりの勢いで揺さぶられるので腕に激痛が走り顔を歪めるが、それにウォーレンは気づいた様子は無かった。
「落ち着いてくださいっ、アーロン様は怪我をしているんです」
揺さぶられるままになっていると、ミランダがそれを制した。
秋月の破れた袖から血が滲んでいるのを見て、漸くウォーレンは興奮が収まったのか、顔を地面に逸らしながら「すまない」と呟いた。
ミランダは秋月の顔を様子見て、秋月が虚な瞳で虚空を眺めているのを確認して事情を話し始めた。
レイラのボディーガードである二人が重症で病院に運ばれているで、戦闘行為があった事はオズワルドもウォーレンも理解していた。
「邪神教っ……」
絶望した顔でウォーレンはメイドの言葉を繰り返していた。
ウォーレンは「なんで……もうレイラは違うはずなのに……もう終わったはずなのに」とブツブツと呟いていた。
ウォーレンからしたら漸く清算した出来事を掘り返された感覚なのだろう。
ウォーレンとまともに話は出来ないと悟ったミランダはオズワルドに事情の続きを話していた。今後どうするかの話し合いもしているようだ。
エドワードはその場で二人の会話を聞いていたが、秋月の視線に気づくと顔を背け、その場から去り何処かへ消えていった。
話が終わり、秋月はホテルへ戻った。
翌日、早朝、帰宅する事になった。
そして、いつの間にか馬車の中で揺られていた。
馬車の窓からは荒れた草原が見える。時間の感覚が狂っているのか、一瞬にして馬車で帝都から離れているように感じた。
思考がぐちゃぐちゃになった所為か、思考を放棄した結果、逆に今は頭はすっきりしている。
メイドのミランダが先程からずっとこちらを見ている。
その視線は秋月が何を考えているのかと見透かそうとしているように感じる。単に心配しての視線の可能性もあるが、秋月は無視した。
草木の匂いが鼻腔を擽り、心地よさすら感じ始める。
馬車の扉の僅かな隙間から頬を撫でる風が気持ちいい。
晴れた空に雲が流れているのが見えた。普段は意識なんてしない青空と雲は美しく風情すら感じる。
先程の絶望感や焦燥感、不安などが嘘のように消えて、もやついた心は晴れ渡っていた。
もやついてぐちゃぐちゃになっていた思考は汚れた紙を破り捨てて新しいまっさらな紙に変えたかのようにクリアになっている。
クリアになった頭で秋月は一つの決断をした。
この場から逃走するという決断を。
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