37 強襲

 黒ローブは手を胸元で掌を上に向ける。

 その掌から炎が顕現した。


 秋月はそれを見て危機感に襲われ、レイラを連れて逃げようとした。

 しかし、体が反転する前に黒ローブは炎を投げた。

 その炎はまるで矢のように秋月とレイラに迫りくる。

 秋月は右手に風魔法を顕現させようとするが、焦りからか、うまくいかない。


 迫りくる炎の矢は秋月の胸元に迫った刹那、緑の閃光が迸る。

 炎の矢は秋月に届く前に霧散した。


「師匠、大丈夫ですか?」


 深緑の逆立った短髪、子供の頃よりも筋肉質な体、灰色のマントに上半身には黒の鎖帷子を着ている。

 右手には長剣が握られており、刃は緑の光を纏っていた。


 弟子たちの中でまとめ役のリーダーをしていたアレックスが立っていた。


「ああ、大丈夫だ」


 鼓動が早くなるのを感じ、冷や汗を流しつつも秋月はアレックスの登場に安堵しつつ答えた。


 黒ローブが舌打ちするのが聞こえる。秋月を始末出来たと思っていたのだろう。

 黒ローブは腰から剣を引き抜いた。魔道士かと思っていたが、剣も扱えるようだ。


 黒ローブは炎の矢を複数顕現させるとアレックスに向かって放つ。そして、同時に走り出す。


「仙天流、蓮華散開」


 無数の緑の閃光が迸り、炎矢は一瞬にして霧散させられる。


 そして、黒ローブの刃がアレックスに迫る。

 激しい金属音と火花が散り、鍔迫り合いになった。

 黒ローブはアレックスの剣を払い除けると、上段から斬りつけようとする。

 アレックスの緑の閃光がそれを受け止めた。


「チッ」


 黒ローブは舌打ちすると、アレックスと一旦距離を置く。

 剣を横に構えると刀身に赤いオーラを纏わせる。


「鬼人流、乱舞」


 黒ローブはそう呟くと、物凄い速さでアレックスの元まで飛び込むと無数の剣撃を繰り出す。

 アレックスはそれに対応するように剣撃を受け止める。

 赤と緑の閃光が激しく打ち合う。


 アレックスは受けるだけではなく、隙を狙ってカウンターを繰り出す。

 相手もそれを察して連撃をやめて、後ろにステップして距離を取った。


 その隙を狙ってアレックスは秋月に対して逃げるように指示を出した。


 秋月は真剣なアレックスの顔を見て頷く。そして、レイラの手を掴むと、大通りに出るべく路地を走る。


 しかし、逃げ道は既に塞がれていた。

 緑と白の髪をオールバックにした男。ローブを纏ったドミニク・ゴールトンが不敵な笑みを浮かべて立ち塞がっていた。


 秋月は舌打ちする。

 嫌な予感は当たっていた。自身の勘の良さに苛立つ。

 アレックスはあの黒ローブに係りっきりだ。

 アレックスといい勝負をしている時点であの黒ローブも手練れであるのは確かだ。

 引き返した所でアレックスの負担が増えるだけだ。


 つまり、こいつ、ドミニク・ゴールトンを秋月がどうにかするしかない。

 ドミニクがどれだけの実力を持っているのかはわからない。

 だが、秋月よりかは確実に格上の魔法の使い手であるのは確かであろう。

 秋月は風中級魔法が使えると言っても一つだけだ。更に言えば中級魔法の中でも最弱かつ知名度も高く対策されやすい魔法である。


 だが、このままではレイラを奪われる。それだけは阻止しなければならない。


 レイラの困惑の混じった強張った顔を見て、秋月は強く思う。


 実力差は圧倒的だ。


「ウィンドカッター」


 秋月はありったけの魔力を込めて中級魔法を放つ。

 秋月の掌から風の刃が生成され、ドミニク・ゴールトンに向かって放たれる。


 ドミニク・ゴールトンは腰から杖を取り出し、その杖の先を地面に突いた。

 刹那、地面が盛り上がり土の壁を生成する。

 秋月の放った風の刃はその壁に当たり、何事もなく消滅した。

 そして、土壁は崩れ、元の地面に戻る。


「クソッ」


 自身の全力をこんなあっさりと防御されるとは思いもしなかった。

 秋月は次の魔法を繰り出そうとした時だった。


 目の前にドミニクが居た。


 ドミニクは片手で秋月の顔面を掴む。指がミシミシとこめかみに食い込み、激痛が走る。秋月は思わず呻き声を上げるが、ドミニクはそれを緩める事はない。


 レイラがそんな状況で恐怖と困惑で後退った。それを逃走しようとしていると思ったのかドミニクは秋月を顔面を掴みながら強烈な力で投げ飛ばす。


 投げ飛ばされた秋月は自身が空中で一回転しているのを感じながら、背中に激痛が走る。

 波板が貼られた家に衝突したのか、波板が割れた破片が秋月の周りに散らばっていた。若干の砂埃が舞っている。


 頭から生暖かい液体が流れているのがわかり、触って目視しそれが自身の血液であるとわかった。腕などにも切り傷が出来ており、ほんの少し動かしただけでも刺すような痛みが走る。

 立ち上がろうにも壁にぶつけたであろう背中に激痛が襲い、すぐに立てそうになかった。


 レイラはドミニクの部下である黒ローブの女に捕らえられていた。レイラは必死に逃れようとしているが何か魔法でも使っているのかレイラは女に拘束されたままだ。


 ドミニクは宝石がついた方の杖を秋月に向けると、魔法を構築し始める。

 地面からまるで砂や石が舞い上がり、まるで磁石と金属が引き合うかのようにドミニクの杖先で砂と石が集結していく。

 そして、それは鋭い槍の先端の形を取ると、秋月に向かって襲いかかった。


「アーロン様!」


 レイラの悲痛な声が響く。

 しかし、秋月は動く事は出来なかった。魔法を使おうにも先程の魔法で魔力が殆ど無い状態だ。


 死を覚悟した時だった。


 土の槍は突風によって掻き消えた。

 ドミニクは苦虫を噛むような顔をしている。レイラは驚いた表情を浮かべていた。


 秋月の目の前に茶髪の少年がに立っていた。

 灰色の瞳は魔道士ドミニクを鋭く射抜く。濃い緑のローブをはためかせて、腰から杖を取り出す。

 そして、その杖をドミニクに向かって構えた。


「イアン」


 秋月はその少年の名前を呼ぶと、少年はこちらを顔だけ向けて微笑む。

 そして、彼の周りから風が巻き起こり、砂埃が舞うと、弾かれたようにイアンはドミニクの方へ飛んで突っ込む。

 

「ウィンドストームピアス」


 突き出した杖から風の巨大な槍が形成され、ドミニクに一直線に突っ込む。

 ドミニクは両手で杖を持ち、地面に突き刺すと、先程以上の土壁を創造する。


 巨大な風の槍と巨大な土壁が激突し、互いの力が拮抗しているのか鍔迫り合いのような攻防が続く。


 秋月は荒い呼吸をしながら自身の頭から血が流れていくのに自らの命の危険を感じつつ、意識が朦朧とし始めているので動く事も出来ず、その場で彼らの闘いを観戦していると、赤髪の少女と茶髪の少女がこちらに駆け寄ってきた。

 赤髪をセミロングにしている彼女はサラ・カナスタシア。

 おさげを三つ編みにした彼女はサラと仲良しのシルヴィア・バックスであった。


「先生っ、大丈夫?」

「頭の出血が酷い。サラどいて」


 正直大丈夫ではないが、頷いておく。

 シルヴィアは秋月に寄り添っていたサラを退けるとすぐに回復魔法を秋月に向かってかけてくれる。淡い光が秋月の頭に当たり、微かな暖かさを感じ、痛みが少しづつだが引いていく。

 もう助かったと安堵していると黒髪の少女と紫髪の少女が駆け寄ってくるのが見えた。


「この馬鹿。なにやってんの」


 紫髪の少女──ジュリアのイライラしたような声が聞こえる。


「……殺す」


 サラは立ち上がると、右手の掌から炎を迸る。

 サラは鷹のような目でドミニクを睨み、魔法を行使した。

 爆炎がイアンと戦闘していたドミニクに襲いかかる。

 だが、炎は黒ローブの女の水魔法の壁によって阻止された。


 追い討ちのかけるように秋月たちの後方から黒い矢がドミニクに襲いかかる。

 ドミニクはイアンの攻撃を防ぐのに手一杯なのかその矢に気付いていながら防御出来ずにいた。黒ローブの女もサラの攻撃を防いだばかりですぐに反応出来ておらず、無防備なドミニクに向かって黒い矢が飛ぶ。


 誰かはわからないが、弟子の誰かが後方から攻撃をしたようだ。


 黒い矢がドミニクの首へ射抜こうとした刹那、


 屋根から落下して紺のローブを着た男が剣で黒い矢を弾いた。

 紺のローブを纏った男はお面を被っており、そのお面は日本では見慣れた般若のお面だった。


 後方から何度も黒い矢が飛んでくるが、般若のお面の男はそれを剣で易々と弾いていく。

 そして、徐々に周囲が霧に包まれていく。まるで彼らが身を隠すかのように霧がどんどん濃くなり最終的に姿が一切見えなくなった。


 イアンが風魔法で霧を吹き飛ばしたが、そこには誰一人として姿は無かった。

 ドミニクも般若のお面の男も、黒ローブの女も、そして、捕われたレイラの姿も無くなっていた。

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