36 勇者召喚パレード


 ホテルにレイラが居るのか少し気になり、レイラの元へ向かう。

 ミランダがウザいくらいのニヤニヤと笑みを浮かべていたが無視しておく。


 レイラはホテルの庭園に居た。部屋に居ない時は焦ったが、庭園で姿を発見した時はほっとした。

 花を眺めるレイラを見て相変わらず花が好きなんだなと若干の呆れと微笑ましさを覚える。


 ホテルの庭園はラングフォード家のようなたくさんの種類の花や木は無いが、それでも、見栄えは良い庭園であった。


 レイラの周りを守るようにボディーガードの二人が立っている。庭園に真っ黒なスーツは合わないと思いつつも、彼らがきちんと警護している事に秋月は安堵する。


 花を愛でているレイラは絵になる。ここで邪魔するのもなんだと思い、引き返そうとした時、

 何か勘付いたようにレイラがこちらに顔を向ける。そして、秋月の存在に気づいた。


 レイラは手を振ってくるので、秋月は若干の気まずさと気恥ずかしさを感じつつ、顔を少し逸らしながら手を挙げて応える。

 このまま無視するわけにもいかず、結局、レイラの元へ向かう事にした。



 時刻は夕刻前、城前の演説台の上にて六神教の権力者らしき中年の男が勇者召喚の成功を発表した。

 城下町に大歓声が響いた。

 秋月も人が多すぎて演説台にまで辿り着く事は出来なかったものの、大歓声で勇者召喚の成功を確信した。


 それを合図にパレードが開始される。


 レイラは昨日と同じ桃色の着物を着ており、秋月がプレゼントしたかんざしを髪に挿していた。

 秋月も昨日と同じスーツを着て、髪はミランダに任せている。

 メイドのミランダはメイド服に拘りでも持っているのか問いたくなるくらい変わらずメイド服である。

 護衛のロニー、ポーラも引き続き黒スーツを着ていた。


 今回のパレードは昨日より人が少なくなるだろうとミランダが言っていたが、実感では多いように感じる。

 勇者召喚より聖女目当ての方が多いので聖女が見られる昨日の方が多いという予測だが、今日の方が絶対多い気がする。


「勇者召喚が成功したみたいですね」


 人混みに嫌気がしてしかめっ面を浮かべているとレイラがそう話しかけてきた。

 先程の歓声からして成功したのは間違い無いだろう。

 成功したという発表がパレード開始の合図なのだから。

 しかし、こんな始め方だと、もし、失敗していたら目も当てられない状況になっていたのではないかと安易なパレードの始め方に呆れる。


「そうみたいだな」

「勇者様ですか。どんな方なのでしょうね。パレードで姿を拝見したいものですけど」

「どんな奴らかは知らないが、パレードでは出て来ないのではないか」

「そうなのでしょうか。もしそうなら残念ですね。一目見たかったのですが」

「まぁ、そうだな」

「アーロン様はあまり興味無さそうですね」


 秋月の適当な返答にレイラは少し意外そうな顔をしていた。

 実際、召喚されるのは確証は無いものの秋月のクラスメイトであろうと予測出来る。

 だから、どんな奴かと言えばどこにでもいる異世界の高校生、としか言いようがない。

 クラスメイトに会いたいわけでもないし、会うメリットより、アーロンである限りデメリットの方が大きい。

 秋月にとって勇者たちに関心はない。どちらかというと聖女の方が圧倒的に興味があるし、利用価値がある。


 だからこそ、レイラの返答に適当になってしまったが、秋月は普通の貴族の感性でいえば勇者に関心を持つのは当たり前だというのを思い出す。

 だからといって、今更、関心あるフリをするもの面倒臭いので、秋月は話の腰を折らない程度に話をすることに決めた。


「興味がないわけではないが、関わることなんてないだろうしな」

「そうですね。お父様やオズワルド様やエドワード様なら話は別ですが、私たちのような一般人には勇者様と関わることなんてないでしょうね」


 一般人という言い方にレイラは違うだろうと内心秋月は思ったが言わないでおく。

 秋月としては勇者の話を打ち切りたかったが、レイラのなんとも言えない苦笑を見て、秋月は気まずさを覚える。


「まぁ、勇者たちは俺たちと同じ歳らしいな」

「えっ? そうなのですか? 初耳です」

「……兄上の話だとそうらしい」


 秋月はレイラの驚きの表情と同時に話を横で聞いていたであろうミランダの驚きの表情を見て不味ったなと思い、そう誤魔化した。

 勇者がクラスメイトだと秋月は決めつけているが、実際はクラスメイトであるかは分からない。秋月の勝手な憶測に過ぎない。


「……」

「……」


 メイドは怪訝そうな顔で秋月は見つめていたが、秋月は無視した。ミランダはずっと秋月の側に居たのでエドワードと接触などしていない秋月がどうやってエドワードからそんな話を聞いたのか疑問に思っているのだろう。


「私たちと同じ歳……初代勇者様もそれくらい歳にこちらに来たと言われていますね」

「ふーん、そうなのか」

「はい、後は先代の勇者様たちでしょうか。私たちが九歳の頃、七年前に召喚されていますね」

「先代……」


 秋月は先代勇者というのに引っかかりを覚えた。

 まさか勇者がそんな数年前に召喚されているとは思いもしなかった。


 同時に先程のアーロンの記憶に強烈に残っているイメージが浮かんでくる。

 瓦礫の上に立つ黄金の光を放つ少年少女たち。服装は秋月たちの世界の学生服を着ていた。


 ふと、視線を横に向けると、そこには顔を強張らせているミランダの姿があった。どうしたのかと見ていると、ミランダはこちらに気づき顔を逸らした。

 怪訝に思いつつも、レイラの話に耳を傾ける。


「先代の勇者様たちは帝都で召喚されたのですが、現在はルーリル共和国に移住しているようですね」

「へー、そうなのか」


 秋月はこの世界の歴史をそれなりに勉強したつもりだが、先代勇者の記述は無かった。偶々、秋月が勉強した歴史書に書かれていなかったのか。

 それとも、最近の出来事だからまだ記載されていなかったのか。

 どちらにしろ、勇者にはそこまで興味は無いので詳しく調べる気はない。


 漸く勇者の話に区切りが付き、屋台廻りを始める。

 レイラは昨日に引き続き、パレードを楽しんでいるように見えた。

 そんな楽しそうなレイラを見る限りではアーロンの記憶のようにドミニク・ゴールトンと接触している様子はない。


 普通の少女のようにパレードを楽しんでいる姿はあの記憶からは想像出来ない。

 着物が血塗られて黒い爛れた痣が半身を侵食して虚な表情で闇に佇むレイラと現在の彼女の姿が一瞬重なる。


「どうかしました?」


 秋月の視線に気づいたのかレイラは少し怪訝そうに尋ねる。


「……いや、なんでもない」


 秋月はそう返した。

 何が原因で彼女が今のような健全な姿を取り戻したのか分からないが、それでもあの記憶のレイラのように絶望しきった彼女よりかは遥かにマシだろう。


 だからこそ、邪神教の司教であるドミニク・ゴールトンに会わせるわけにはいかない。

 秋月は改めて気を引き締める。



 サイモンにレイラの護衛を弟子たちに伝えて欲しいとお願いした甲斐あって、弟子たちが秋月たちの周辺にパレードの客に混じっていた。

 何度か弟子たちとすれ違った時はなんとも言えない気持ちになる。

 レイラは気付いていないようだが、下手すればバレていたかもしれない。


 弟子たち全てがレイラや秋月の護衛をしているわけではない。

 黒幕エドワードにも監視の目を向ける必要があるので、配分は弟子たちに任せているが、エドワードにも何人か付いている。

 エドワードはほとんど城の中だろうから、監視は難しいだろうが。



 油断があったのかもしれない。

 秋月はずっとレイラに気を張っていたので、人混みの多い場所でメイドのミランダと逸れた。

 レイラの護衛はしっかり秋月たちに付いていたというのに、あのメイドはどこかへ逸れてしまった。


 急に人が増えて、何人かが秋月たちの間を強引に通った後だった。

 人の波に飲まれてメイドは姿を消した。

 このままではレイラとも逸れる可能性があると思い、レイラと護衛二人に人混みから逃れる事をジェスチャーで伝えると三人は頷いてくれた。


 人混みから逃れようとした時だった。

 緑と白が混じった髪をオールバックにした男ーードミニク・ゴールトンが数メートル先に立っていた。

 そして、こちらを食い入るように見つめていた。


 鳥肌が立った。脳内に危険だと警鐘が鳴り響く。


 秋月はレイラの腕を掴んだ。そして、強引に方向を変えて人混みを掻き分けて奴から逃れる。

 人混みを抜けて、路地の方へ向かった。

 レイラの困惑の声が聞こえたが一切無視する。とにかくドミニクから遠ざからなければならない。

 前回は正道の鎖越しに数十メートル先だったが、先程は目と鼻の先だった。

 こちらが気付いて方向転換したから良かったが、あのまま行けばどうなっていたかわからない。


 秋月自身、動揺しているのが分かっていた。

 レイラの護衛がこちらに追いついているかすらわかっていない。

 弟子たちも秋月たちの側にいるかどうかすらもわからない。


「アーロン様?」


 レイラの心配そうな声で呼びかけてくる。

 秋月の唐突な強引な行動にレイラは驚き、そして、不安に思っているのだろう。

 背後には気配は無い。ドミニクが追っている様子はない。


 秋月はそこで一度立ち止まる。

 そこは路地裏だった。ただでさえ土地勘の無い帝都で狭い裏路地で秋月とレイラは二人で佇んでいた。 


 一体何をやっているのだろうか。レイラの護衛まで振り切って、こんな所まで来て。

 いくらドミニク・ゴールトンとはいえ、あんなパレード最中に変な気を起こすわけがない。人目があるのに、そんな大胆な事するはずがない。

 ただでさえ勇者召喚のパレード故に多くの警備が配置されているというのに、こんな中騒ぎを起こすのは愚の骨頂だ。


 秋月は深い息を吐いて、自身の滑稽さを嗤う。


「すまない。レイラ、戻ろう」


 そうレイラに声をかける。レイラは秋月の弛緩した表情を見て、安堵したように微笑み頷いた。そして、秋月が顔を路地先の方へ向けた時だった。


 そこには黒のローブを纏い、フードで顔を隠した人物が立っていた。


 秋月は悪寒がした。そのローブに見覚えがある。

 アーロンの過去の記憶にそいつらは出てきたのだ。


 アーロンが殺人を犯したその処理をしていた邪神教の信者の着ていたローブにそっくりだった。

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