35 助祭サイモン

 秋月は荒い息を吐き出しながら、自身の動悸を感じた。

 大量に雪崩れ込んできた記憶に頭を抑えつつ、アーロンという人物の自身の間違った認識に気がついた。


「アーロン様?」


 メイドが心配そうに声をかけてくる。

 いきなり体調を崩して蹲ったアーロンに対してメイドは駆け寄ってきた。


「大丈夫だ」


 落ち着きを取り戻した秋月はそう言って秋月の身体を支えようとするミランダを制する。


 最初、ラングフォード家の屋敷へ入った時と同じ記憶が雪崩れ込んできた。あの時は何故こんな現象が起きたのか理解出来なかったが、今回はなんとなく理解出来た。


 勇者という存在。彼らは記憶の中では黄金のオーラを纏っていた。そして、秋月がこの現象が起きる時、一瞬周りが黄金に輝くのがわかる。

 同時にパレードの前にも窓に映った自身の瞳は黄金に輝いていた。

 そこから推測するにこの力は転移者に与えられるスキルにあたるものなのではないかと思った。


 勇者だけに与えられると言われるスキルーーチート能力。

 転生者である秋月にも与えられているとは思いもしなかった。だが、勇者特有のステータスは表示されないようだ。

 秋月はこの世界に来た時に「ステータス」という単語を呟いた事がある。通常、その呟きによって勇者に選ばれた異世界転移者はステータスが表示される。


 Lv、HP、MP、ATK、VIT、INT、RES、DEX、 AGI、LUKなどの数値が空中に画面が表示され、自分の強さを確認出来る。


 しかし、秋月はいくらその単語を呟いた所でそんな数値は表示されなかった。だから、秋月はアーロンとして転生したから勇者としてのチート能力を手に入れていないのだと思っていた。


 しかし、実際はステータスは出ないものの、チート能力であるスキルは受け取っているようだ。

 ただこの力は自分でコントロールできるものではないという事はなんとなく理解出来た。


 過去、未来の記憶、それも、ネット小説本来のアーロンの記憶を手に入れた。本来、ネット小説にも描かれていないアーロンやレイラの経緯がこの記憶には含まれている。


 アーロンはレイラを邪神化させようと画策していた。だが、その本来の目的はレイラ自身を守る為のものだった。


 六神教はラングフォード家を暗殺しようとしており、それを邪神教が利用してレイラを邪神化させようと画策した。

 そして、レイラはラングフォード家を、アーロンを六神教から救う為に殺人を犯していた。


 そして、それを知ったアーロンは代わりに殺人を犯し、邪神教から勇者の存在を知らされる。

 六神教は何者かの暗殺が横行するのを恐れて勇者召喚を帝国に促し、決定する。


 そして、アーロンはレイラを救う為に邪神化を画策し、邪神化は成功したがレイラによって殺害される。


 ネット小説のアーロンは傲慢で自分勝手、能力が無い癖に人を見下し、婚約者のレイラを心底毛嫌いしており、邪神教と黒幕エドワードに唆されて、レイラを邪神化を目論んで、邪神化したレイラにあっけなく殺される噛ませ犬。


 どこまでも間抜けで愚かに描かれていたアーロンだが、実際は違っていた。


 傲慢で自分勝手な部分はあるものの、悪い噂の原因は六神教であり、邪神化を画策したのも自分の地位の為に見えて実際はレイラを救う為だった。


 まるで悲劇のヒーローのような振る舞いに秋月は若干の動揺を隠せない。


 お前は屑じゃなかったのか。最低で非情で他人の事なんてゴミ以下と見下しているような噛ませ犬ではなかったのか。


 吐き気がする。


「だ、大丈夫ですか?」


 えずいたアーロンを見て、ミランダは心配そうに手を背中に持っていこうか迷っている。

 秋月が先程支えるのを制した為、どうしていいか戸惑っている様子だ。


「あ、ああ、大丈夫」


 思った以上に自分がショックを受けている事に秋月は自分で戸惑う。


 邪神教の司教、ドミニク・ゴールトンを見かけた以上、このままでは不味いと考えた。

 記憶の中のドミニクもどこかイカれている部分があった。


 早く弟子たちと接触し、自身の護衛ではなくレイラの護衛を強化するように忠告する必要がある。


 メイドのミランダを見てどうするべきか迷う。こうして秋月が明らかに体調不良に陥っている以上、外出を止めてくる可能性もある。


 それでも、外に出る必要がある。弟子たちにレイラの護衛の強化を伝えなければ、もしもの可能性がある。


 秋月は口元を拭うと、口内に若干の酸っぱさを感じ不快に思いつつも廊下へ出ようと歩き出す。

 案の定、ミランダに外出を止めれられたが、無理を言って外に出た。




 秋月はホテルの外に出た後、ある場所へと向かう。


「どこに行くつもりなのですか? ホテルで休んでいた方が良いと思いますけど」


 秋月の背後を不満そうについてくるミランダはそう秋月に尋ねる。


「大教会」


 最初は無視していたのだが、愚痴愚痴と永遠に文句を言ってくるので、秋月は答えた。


 ミランダは秋月の返答が意外だったのか、不思議そうな顔をしていた。何故、六神教の信者でもないアーロンが大教会へ行こうとしているのか疑問だったのだろう。

 別に秋月だってラングフォード家を暗殺しようとした六神教の本部、大教会に近づきたくもない。

 この世界では暗殺や監視はまだ起きてないにしても、レイラを受け入れている以上、いつそういった行動を起こされるかわかったものではない。


 なるべくなら近づきたくはないが、近づかないといけない事情があるのだ。


 大教会はかなりの大きさだった。白を基調とした建物で、六神教の象徴である動物の頭が六つ飾られている。


 六神教の信者であろう人々が大教会の中へ入ったり、出て行ったりしていた。

 閑散とした田舎の教会とは違い、大教会は喧騒で満ちている。

 帝都民の日常として馴染んでいる大教会に若干圧倒されつつも、そちらへ入らずに違う方向へと歩き出す。


 そんな秋月を怪訝そうに見つめながらも何も言わずにミランダは付いてきた。


 秋月は大教会近くの公園へと向かった。

 公園には行列が出来ていた。行列に並んでいる人々はお世辞にも身なりが綺麗とは言い難い姿だ。

 何日も洗濯していなそうなボロボロな服と呼べるのか疑問の物を羽織っている。

 中には子供も混じっており、髪は乱れ油塗れのテカテカであった。


 そんな彼らが並ぶ先には聖職者が着るような白の服装の男女が炊き出しを行っていた。

 テーブルの上には紙の器が並んでおり、中には熱々の汁物が装ってあった。

 近くには簡易的な釜戸があり、その上には巨大な鍋が置いてある。

 聖職者の男女は忙しそうに鍋から紙器へと汁物を装ったり、パンを配ったりしていた。


 そんな中、白髪の少年に秋月は見覚えがあった。

 ここに来た目的は彼に会う事だったのだが、忙しそうなので後にしようかと迷っていると、彼はこちらに気付いたようだ。

 そして、仲間に何か話していると、炊き出しから抜け出してこちらへとやってきた。


 ミランダも炊き出しの様子を眺めていたが、少年がこちらへ向かってくる事に戸惑ったように秋月の方をちら見していた。


「先生」


 サラサラとした白髪に中性的な顔立ち。整った容姿から美少年、見ようによっては美少女の彼は微笑みを称えながら秋月の元へやってきた。

 白の修道服の姿は初めてで、前は黒の修道服を纏っていた。


「サイモン」


 サイモン。

 六神教を信仰しており、六神教の助祭になった弟子。

 六神が虚像である事を知って動揺していたが、自身の信じる信仰を信じればいいという秋月の言葉を受け止めて、今もこうして六神教の信者である。


 聖職者という名に相応しい程にサイモンは奉仕精神を持っており、炊き出しなどに積極的に参加しており、また同じ境遇である孤児たちを六神教が運営している孤児院に誘致している。


「先生、会いたかったです」

「ああ、俺もだ。元気そうでなによりだ」


 サイモンとは久しぶりの再会だと言える。半年くらい前にサイモンは帝都へ出張という形で来ていた。


「ミランダさんもご無沙汰ぶりです」

「はい。お久しぶりですね」


 秋月の背後に立っているメイドに気づいたサイモンはそう嬉しそうに挨拶する。

 ミランダもサイモンとの再会に頬を緩ませていた。


 サイモンもそうだが、弟子の何人かはあの街を離れて帝都や他の街へ出て行っている者もいる。


 だから、顔を合わすは数年ぶりとなる弟子も多い。アレックスみたいに剣豪の師匠の元から修行を終えて戻ってきた者も居るが。


 炊き出しが一段落着いた後、秋月はサイモンと近況を話す。サイモンは帝都に出張して、色々と苦労しているようだ。

 サイモンは言ってしまえば田舎の教会からやってきた部外者だ。大教会に溶け込むのに苦戦しているらしい。

 サイモンは若くして助祭となったからそれを妬んでいる者もいるのだろう。

 炊き出しをしている仲間たちとはうまくやっているようだが、サイモンを快く思わない人も居る事をそれとなく話してくれる。

 心配をかけまないと詳しくは話してくれないが、それでもサイモンも苦労が伺えた。


 秋月はなんだかなと思う。異世界でも、聖職者の職場でも結局人間関係で人は悩まされるのか。

 秋月は気の利いた事など言えず、ありふれた励ましと同情をかけるしかない。


「へー……名前はなんて言うのですか? 後、出来れば顔も教えてくれれば助かります」

「それを訊いてどうするつもりだよ」

「え……話し合い?」


 なんで疑問形なんだよ。怖ぇよ。

 ミランダは笑顔でサイモンに尋ねているが、目が全く笑っていない。

 話し合いという名の暴力を振るいそうで危険だ。

 秋月は視線でサイモンに絶対言うなよと目配せし、サイモンもそれに頷き返し、苦笑いを浮かべていた。


 そんな話をしていると、サイモンの同僚らしき女の子が気を利かせて炊き出しの残りを持ってきてくれた。

 それを察したミランダは礼を言いつつ受け取っている。

 またそんな彼女に引っ付いてくるように数人の子供もこっちへやってきた。


「サイモン先生」


 修道女の陰に隠れつつ、こちらを伺う少年、少女。

 秋月たちが居るから人見知りしているのか様子を伺っているようだ。


「マシュー、ライラ、おいで」


 二人の子供たちをサイモンは手で招き寄せる。

 マシューと呼ばれた男の子とライラと呼ばれた女の子は嬉しそうにサイモンに抱きつく。


「先生、紹介します。この子はマシュー、この子はライラ。二人は帝都の孤児院で暮らしてます」


 そうサイモンは二人を抱き寄せて、秋月に紹介する。

 二人の子供たちは若干の緊張した面持ちで秋月の方を見る。サイモンに自己紹介を促されて二人は小声で自己紹介をしてくれる。

 秋月もそれに対して名前だけ答えた。ラングフォード家の事は知らないであろうが、一応、伏せておく。


 秋月はサイモンは相変わらずだなと思う。ラングフォード領でもそうだったが、帝都でも孤児院で色々と貢献しているようだ。

 サイモンが孤児である事が影響しているのだろうが、他人の為に自身のお金や時間を割けるのはなかなか出来る事では無い。

 個人主義の現代人である秋月にとっては特にそう感じた。


 子供達はサイモンから離れ、修道女の足下へ行き、修道女とミランダは話が弾んでいるのか談笑している。


「あいつらとは会ったか?」


 秋月はミランダが離れたのを狙って、修道女が持ってきた炊き出しの残りを食べつつサイモンに話しかける。


「ええ、会いましたよ。皆、元気そうでなによりです」


 サイモンは仲間たちの顔を思い出しているのか嬉しそうにそう言った。

 久しぶりの仲間と再会に話が弾んだのだろう。仲間の成長に驚いたと嬉しそうに語ってくる。

 サイモンとはそういう話をしてもいいのだが、チャンスを不意にするわけにはいかないので、本題を話す。


「邪神教の司教、ドミニク・ゴールトンがパレードに居た」


 秋月の言葉にサイモンは動揺したように秋月の顔を見る。


「奴の狙いはレイラである可能性が高い。だから、あいつらにレイラの護衛を中心にして欲しいと伝えて欲しい。ホテルは俺と同じホテルで部屋番号はーー」


 秋月はミランダや周りに誰も居ない事を確認してサイモンに話す。

 サイモンは秋月の話を真剣に聞いて頷いた。


 サイモンと話を終えたタイミングでミランダがやってくる。ミランダと話をしていた修道女と子供二人は炊き出しの片付けをする為に元の場所へ戻って行っていった。


 丁度良いので、サイモンとはそこで別れた。

 サイモンと久々に話して相変わらず天使だなと思った。慈愛に溢れた心優しい精神にそれに合った美しい容姿。

 男でなければ求婚を申し込んでいたであろう逸材だ。惜しい。実に惜しい。女であれば……いや、本当は女なのでは? 見た目はどっちかというと女にしか見えない。男だと本人が言っているから男だと思っていたが、実は色々な事情で性別を偽っているのでは?


 そんな馬鹿な事を考えていると、ホテルに着いていた。

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