33 真夜中の事件
満天の星空と半月が輝く真夜中。
アーロンは帝都の路地に立っていた。
目の前には男がうつ伏せに倒れている。背中には何か鋭い刃物で斬られたような傷があり、そこから血が溢れ出ていた。
アーロンの服は返り血で汚れており、顔まで血飛沫がかかっていた。
頬の血を手の甲で拭うとアーロンは荒い呼吸を繰り返す。
鉄の匂いが鼻腔を刺激し、吐き気が催すのを堪える。口元に手を持ってきて、何度も来る吐き気を堪えた。
そこでアーロンは自分の手が震えている事に気づく。
「どうですか? 人を初めて殺した感想は?」
コツコツと足音を立てて近づいてくる。
不快な声色と無神経な質問をしてきた存在にアーロンは顔をしかめた。
振り返ると、そこには緑と白の混じった髪をオールバックにした男、ドミニク・ゴールトンが立っていた。
「最悪だ」
そう忌々しげに自身が殺害した遺体を見ながらアーロンは答えた。
「そうですか。くふふ、遺体の処理はこちらでやって起きますので安心してください。貴方が犯人である証拠は全て隠蔽しておきますので」
アーロンの答えに満足そうに笑うと、ドミニクは後始末を申し出た。
ドミニクの背後やその反対側から黒のローブを纏い顔を覆い隠した人間が数人ゾロゾロと現れてくる。
どうやら彼らが遺体の処理をするようだ。
レイラが殺人を犯しても捕まっていないのは黒ローブの集団が遺体や証拠を隠蔽しているからだろう。
六神教への当て付けや脅しの為に遺体を敢えて残している事もあるようだが、証拠は一切見つかっていない。
帝都の警備隊の捜査を掻い潜っている事から彼らが有能である事がわかる。
だが、同時に素人同然とアーロンにレイラの代役を引き受けさせたのも疑問だった。
自分から言い出した事であるが、これだけの証拠隠蔽力があるのならばそもそもアーロンに殺人を犯させる必要はないはずだ。
ドミニクの指示に従って、今回殺人を犯したが、相当な事前準備があった。それはアーロンの素人の実力に合わせた形だからだろう。手間など考えれば遺体処理している黒ローブの誰かが実行犯になった方が何倍も楽なはずだ。
彼ら、邪神教の目的は六神教の有力者排除とレイラへストレスを与えて邪神化を進行させるというものだ。
だからこそ、レイラに殺人を犯させ、ターゲットを六神教の有力者にしていたのは納得出来る理論ではある。
だが、アーロンが肩代わりしたならばレイラへのストレスは減ってしまう。おのずと彼らの目的の一つであるレイラの邪神化から遠のいてしまうのではないか。
邪神教はーードミニクは何を考えているのかアーロンは分かりかねていた。
兄上もあの件があったとはいえ、こんな集団と手を組んでレイラを邪神化させようとしている事に何の意味があるのか。
アーロンは黒ローブの一人から受け取ったタオルで血を拭いながら、黒ローブの集団が遺体の処理をしている所を眺めていた時だった。
「一つ、耳にしておきたい情報があります。近々、帝都にて勇者召喚が行われます」
アーロンは持っていたタオルを落とした。
呆然しながらドミニクの方を見つめる。あまりにさらっとした言い方だったので聞き流しそうになったが、それはとてつもない重要な情報だった。
「それは、本当なのか」
アーロンは思わず聞き返す。
「ええ、本当です。忌々しい六神教は勇者召喚を決定いたしました。帝国もそれを許可し、城内にて召喚が行われるそうです」
いつもは飄々とした苛つく喋り方をするドミニクも今は淡々とした声色だった。
なかなか嵌らなかったパズルのピースが嵌ったような感覚だった。
邪神教がこんな大胆な行動を起こしているのも、そして、兄上がこんな連中に加担している理由も、レイラを邪神化させようとしているのも、一つの線に繋がり始めていた。
アーロンはふつふつと怒りが込み上げてくる。
アーロンの脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。幼いアーロンの瞳には黄金に輝く光を放つ少年少女たちが瓦礫の上に立っているのが写っていた。
「帝国は……また同じ過ちを犯すというのか」
アーロンの苛立った呟きに、
「ええ、そのようですね」
ドミニクは淡々と返答する。
「もし、勇者召喚が行われた際、彼女、レイラ様は六神教から邪神として勇者に討伐命令を出すでしょう」
何故そんな事が言えると言い返したい所だが、実際、その通りだろうとアーロンも理解していた。
六神教にとってレイラは忌々しい存在で真っ先に始末したい対象だ。だが、手出し出来なかったのは隣国のヤマト大国の皇族の娘だからだ。
しかし、勇者という化物を手中に収める事が出来れば、六神教にとって恐るものなどない。
「勇者に唯一対抗出来るのは女神ヨランダ様だけです。レイラ様が愛の女神ヨランダ様に覚醒なされない場合、彼女に待っているのは死です」
ドミニクの言う通りだろう。もし、本当に勇者が召喚された場合、あの化物たちに対抗出来るのは神以外にいない。
「彼女を確実に目覚めさせる方法が一つだけあります。それにはあなたの協力が必要となります。協力して頂けますね?」
ドミニクはアーロンが断るとは思っていない上で尋ねているのだろう。事実、断る理由はない。もし、勇者召喚が本当ならばアーロンは断らない。
アーロンは「ああ」と落ちたタオルを拾って肯定した。
「勇者召喚した際、膨大な魔素と魔力を消費するのはご存知ですよね?」
勇者を召喚できるのは聖女のみとされており、その召喚には膨大な魔素と魔力を消費する。だからこそ、魔素の塊である魔鉱石、それも純度の高い鉱石を使用して何人もの魔道士と聖女で召喚の儀式を行う。
「勇者が召喚された時、どういう原理か使用された魔素魔力と同等の魔素が異世界から送られてくるのです。そして、魔素が発生しやすい場所に徐々に魔素が充満される事が報告されています」
世界の魔素量の均衡を保つ為か。アーロンにはそういった分野には詳しくないので、わからないが魔素が戻って来ることは理解できた。
「その一つが旧教会跡地です」
旧教会跡地。帝都に大教会が移る前の六神教の本部。
アーロンたちの領地に近い場所にある。
「レイラ様が完璧に目覚めるにも膨大な魔素が必要となります。そして、レイラ様自身は莫大な魔力をお持ちなので召喚後、旧教会さえ行けば彼女はヨランダ様に目覚める事が出来ます」
レイラを邪神化させるのには勇者召喚後、旧教会に行かなければならないと言う事か。
勇者に対抗する為に勇者召喚に使用された魔素を使って邪神化させるなんて皮肉だなとアーロンは内心思った。
「その際、貴方にも協力して頂く事になります。レイラ様が目覚めるには貴方が必要ですから」
ドミニクはいつものいやらしい笑みを浮かべてそう言った後、「詳細はまた後に」と言い残し、去って行った。
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