30 過去の記憶

 憂鬱になりながらもベッドから降りると、丁度、扉が開かれた。

 こんな朝早くにアーロンの部屋に訪ねてくる人物なんて限られている。

 もう一つのベッドは既に抜け殻になっていた。

 何かしらの用事で外に出ていた彼女が戻ってきたのだろう。


「起きていたんですね。アーロン様。おはようございます」


 案の定、アーロンの付き人であるミランダだった。


「気分はまだ優れていないようですね」


 ドミニクを発見した後、秋月は動揺していたが、レイラの手前、態度に出すわけにはいかないと必死に隠したつもりだった。

 しかし、長年アーロンのメイドをやっていたこのメイドは秋月の様子がおかしい事に気付いていたらしい。

 そして、今もそれを見抜かれた。なんだかんだでこのメイドは有能だから鬱陶しい。


 邪神騒動の主犯を見つけてしまったなんて伝えられるわけがなく、結局、考え事があると言って誤魔化した。

 不服そうにしていたが、それでも何と答えればいいのか秋月には分からずうやむやにするしかない。


「多少はマシになった」

「そうですか。朝食は一階のレストランになります。時間的に丁度良い時刻ですが、どうしますか? もし、身体の調子が悪いのでしたら、こちらで持ってきますが」

「いや、大丈夫だ。行こう」


 一応は心配してくれているのかメイドも気遣ってくる。

 心配事は確かにあるが、身体自体は健康そのものだ。朝食を持って来させたら外に出歩く事すら出来なくなるだろう。

 こんなホテルの中でずっと缶詰など御免被る。


 それに弟子たちともどこかで落ち合う為にも外に出なければならない。

 彼らは彼らで自分たちで予約したホテルに宿泊しているだろう。


 秋月の彼らを連れてきた目的は観光や勉強の為のつもりであるが、一応の名目は護衛である。

 護衛対象がずっとホテルに籠もっていれば何の為の護衛か分からない。

 建前的にも秋月は帝都を見て回る必要がある。


 それにドミニク・ゴールトンを見掛けた以上、もしもの事を考えなければならない。



 秋月は朝食を終えて、部屋に戻った。


「アーロン様、そろそろ勇者召喚が行われる時刻が近づいてきました」


 外へ出る支度をしているとそうミランダが報告してくる。

 こんな朝早くから召喚を行うのかと疑問を抱いたが、別に早くも無いかと思い直す。時刻的には十時前くらいだ。

 秋月の感覚では昼過ぎに行われると思っていたので、早く感じた。


「だからって俺たちには関係無い話だろう。夜のパレードは関係あるだろうが」


 エドワードやオズワルド、レイラの父親であるウォーレンなら関係あるだろうが。

 彼らは既に城内に入って聖女が召喚するのを見守っているのだろう。


 秋月たちにとっては本当に関係無い話だ。勇者が召喚された所で彼らはずっと城内に居るのだから。

 小説やアニメでも勇者は城内で歓待を受けており、外のパレードの事など知らない。


 秋月たちにとって関係あるのは勇者召喚が成功した際の夜のパレードくらいなものだろう。


「そうですね。では、これからどうするのですか?」


 パレードまでどうするのかと聞いているのだろう。

 確かに勇者召喚は関係無いが、勇者が召喚された後は関係がある。


 あの聖女来都のパレードの際、聖女は明らかにレイラに気付いていた。それも邪神の生まれ変わりと呼ばれたあの醜い姿ではないレイラにだ。

 

 つまり、聖女がレイラに接触を図る可能性が十分あるわけだ。


 だからこそ、レイラの側に居れば聖女と接触する可能性があるかもしれない。

 勿論、可能性の低い賭けであることは分かっているが、それでも何もしないよりかはマシであろう。


 どちらにしろ、弟子たちと合流は出来なくとも接触し、レイラの護衛を強化するよう言付ける必要がある。


 自身の中で結論付けた後、秋月は外出する事をメイドに告げた。

 そして、掛け時計が眼に入り、時刻は十時を回ろうとした時だった。


 視界が歪み辺りが黄金に輝き始めた。


 この感覚はラングフォード家の屋敷に来た時と同じだった。

 記憶が雪崩れ込んでくる感覚。


 

 子供の姿をしたアーロンは庭園で立っていた。

 アーロンは辺りを見渡し、そして、少女を発見する。

 まだ一桁くらいの歳の少女は金色の髪をセミロングにしている。クリっとした青い瞳が愛らしい。


 彼女はアーロンの存在に気付くとこちらに駆けてくる。

 そして、アーロンに抱きつくと、花の咲いた笑顔を向けてきた。


「にいさま」


 そう言って彼女はぐりぐりとアーロンの胸に頭を押し付けてくる。

 アーロンは優しく少女ーー妹のアシュリーの背中を撫でた。


 屋敷から庭園にやってくる人物が居た。

 その人は美しい女性であった。長い金髪を靡かせている。白のブラウスと桃色のスカートはとても似合っていた。


「母上」


 アーロンはその女性を見つけた際、そう呼びかけた。

 女性はそんなアーロンの呼びかけに優しく微笑む。

 そんな彼女の隣にはまだ幼さを残す茶髪の少女が立っていた。アーロンよりも少し年上の少女。彼女はメイド服を纏っていた。


「マリア様、お身体は大丈夫ですか?」


 メイド服の少女はそう女性を気遣う。マリアと呼ばれた女性は「大丈夫よ」とメイドに微笑んでいた。



 視界が現実に引き戻される。

 これは……過去の記憶? アーロンの過去の記憶か。


 また視界は暗転する。



 アーロンは黒の正装を纏っていた。

 墓地の中で、棺が置かれていた。周りには多くの人が集まっている。


 金髪の男が呆然と棺を見つめていた。アーロンの父親であるオズワルドだ。

 いまだに現実を受け入れられていない表情を浮かべている。


 そんな彼のすぐ側にオズワルドに雰囲気が似ている青年が立っていた。

 彼は拳を握りしめ、俯き、身体を震わせていた。

 彼は少し顔を上げた時、前髪の隙間から彼の顔を覗かせる。

 その顔は怒りと憎悪に満ちていた。唇の端は切れているのか血が流れている。

 綺麗な青い瞳はそこにはなく、薄暗い闇が混じった瞳だけがあった。


 アーロンは「何故」と絶望した表情で呟く。

 アーロンの服に重みを感じる。下を向くと、泣きじゃくるアシュリーが自身にしがみ付いていた。

 左側に体温を感じ、そちらを向く。

 目を真っ赤にしたメイドがアーロンの隣に寄り添っていた。


 アーロンは呆然としながら視線を棺に戻し、呟く。


「何故」

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