29 聖女と邪神司教

 門辺りが騒がしいという事はその辺り聖女が来ているという事だろう。

 まだ聖女の姿すら見えていないのに、騒ぎ声は伝染してこちらも声を上げる者もいる始末だ。

 鎖から出てこないように警備の衛兵が気を張っているのが見える。


 しばらくして門側の正道から馬車がやってくるのが見え始めた。たくさんの騎士が馬車を警護しながらやってきていた。


 馬車の姿が見えた途端、こちらでも歓声が沸き始める。

 鼓膜が破れるのではないかというくらいの勢いだった。


「来たようですね」


 レイラはそう秋月に微笑みかける。歓声で声が聞き取りづらかったがなんとか聞こえた。

 秋月は「そうだな」と頷いて、正道を進む馬車を凝視した。


 馬車は聖女の姿が見えるように屋根が無いオープン型だった。

 馬車はかなり豪華であり、金の装飾がされている。

 動物の頭のような造りをした金の装飾が六つ程目立つように飾られているのが印象的だった。


「聖女様!」「美しい」「手を振ってくださってる!」「ありがたやありがたや」


 そんな熱狂的な歓声がさっきから鳴り止まない。


 漸く、聖女を乗せた馬車が秋月たちの近くまで来る。


 聖女クラリス・テニエルは白銀の髪を靡かせて、蒼い瞳を優しげに細めて手を振っていた。

 神秘的な美しさを思わせる容貌。

 普通の人間とはどこか違うオーラを漂わせていた。

 白の聖職者の服を着ており、それが更に彼女の神秘さに磨きをかけている。


 聖女──六神にもっとも近い存在。

 その名に遜色しない容貌と存在感を持っていた。


 蒼い瞳は一瞬だが、こちらに視線を向けたように見えた。

 目があったとよくコンサートに行った奴らが騒いで馬鹿らしいと見下していたが、実際、勘違いしてもおかしくないんだなと思う。

 今、確実に目が合った。絶対こっちを見ていたのだ。

 いや、まぁ、勘違いだろうが。と自分に呆れていると、


 聖女クラリスはまたこちらに視線を向けていた。

 しかし、その表情は今まで微笑み浮かべていたのが一転、呆然したような表情を浮かべていた。

 そして、じっとこちらを見つめていた。

 秋月と目が合って、じっと見つめているのだ。


 振っていた手も止まっている。


 そして、すぐに気を取り直したように手を振り笑顔を辺りに振りまくが、こちらに視線を向けて、じっと見つめてくる。

 確実に目があった状態で。


「クラリス様、とても綺麗でしたね」


 聖女が去った後、そう隣のレイラがそう言った。

 聖女の動向に動揺して、レイラに言葉に「え? あ、ああ」としか返せなかった。


「でも、本当、懐かしいです。子供の頃からオーラがありましたけど、今も変わらずオーラがありました。これがカリスマなのでしょうか」


 レイラは秋月の動揺も気にした様子もなく懐かしむように言った。

 そこで秋月は気付く。さっきの聖女の視線、秋月に向けられていたと思っていたが、本当は違うのではないかと考え直す。


 聖女はレイラに視線を向けていただけであって、秋月は隣に居たから目があったと勘違いしただけなのではないかと。

 レイラなら聖女がこちらを見ていて戸惑った様子を見せたのも肯ける。


 何故ならレイラと聖女は過去に会っているのだ。


 レイラと聖女の境遇はほとんど似ている。共感して気にかけていてもおかしい事ではない。

 それに六神教の聖女である彼女が邪神の生まれ変わりと言われているレイラの存在を知らないはずがない。


 そんなレイラがいきなり帝都で、しかも自身を迎えるパレードで見かけたらどんな反応を示すだろうか。

 当然、さっきみたいな取り乱した反応をするはずだ。


「アーロン様?」


 一人考え事をしているとレイラが呼びかけてくる。


「どうしましょうか? そろそろホテル戻りますか? それとも、もう少し周りますか?」


 周囲に居た観客は先程の熱狂から醒めて、正道から離れ始めていた。

 本日の大イベントである聖女クラリスは既に城内入ってしまったのだ。ここに残る必要はないだろう。

 観客の中には場所取りで疲れたのかホテルに戻ろうとしている者もいる。

 またパレードの余韻に浸ろう残って屋台を巡っている者もいる。


 レイラはどちらにするか秋月に委ねている。

 しかし、彼女の瞳は潤んでおり、まだ余韻に浸りたいというのが有り有りと分かった。

 いくら秋月が空気が読めない男だからといって、それくらい察する事は出来る。

 駄メイドにやれやれと呆れ顔で溜息を吐かれるのもいい加減鬱陶しいので、この時くらいは彼女の望む言葉を言うつもりだ。


「そうだな。祭りなんてあまり来る事はないからな。すまないが、もう少し付き合って欲しい」


 秋月がそう告げると、レイラは花が咲くように笑みを浮かべて「はい、もちろん」と答えた。

 ふと、背後から視線を感じ振り返ると、ミランダが親指を立ててキメ顔をしていた。どちらにしろ鬱陶しいのには変わりないだと秋月は思い知った。



 正道から離れて屋台を回って行こうとした時だった。

 ふと嫌な予感がした。先程のホテルに居た時と同じ、それよりは弱いが違和感を感じる。

 秋月が口元を押さえていると、メイドがこちらに気づいたのか寄ってくる。

 顔を上げると、メイドと目が合った。

 ミランダは何故が驚きの表情を浮かべていた。


「その目……」


 目?


 そして、視界に男が立っているのが見える。正道の反対側に立っている。

 一瞬、おかしくなったのかと思う。

 今現在、秋月はミランダを見ている。なのに、何故、正道の反対側の男の姿が見えたのか。


 混乱しながらも、秋月は先程映った視界を真似るように正道の方へと向けた。

 正道の向こう側には同じように屋台や家々が並び、多くの人がパレードを楽しんでいる。

 そんな中、一人の男がこちらをじっと観察するように立っていた。

 先程、秋月の視界に一瞬映った景色と全く同じ。


 魔道士が着るような紺のローブ。濃い緑と白が混ざり合った髪をオールバックしている。鷹のようなギラついた黄色の瞳は真っ直ぐこちらを見つめていた。


 怖気が震う。全身に鳥肌が立つのを感じた。

 秋月はあいつを知っていた。


 邪神騒動の主犯──邪神教の司教、魔道士、ドミニク・ゴールトン。



 翌朝、秋月はホテルのベッドで目を覚ます。

 正直、目覚めは悪かった。原因は分かっていた。邪神騒動の主犯であるドミニク・ゴールトンを見かけた所為だ。


 ドミニク・ゴールトン。

 邪神教の司教であり、帝都でそれなりに名が広まっている魔道士。

 風と水の魔法を極めており、帝の名に匹敵する程の実力を持ち合わせた男。


 邪神騒動で黒幕エドワード共にレイラを邪神化を画策し、アーロンを利用し使い捨てた秋月とレイラにとっての天敵である。


 奴が帝都に居る事は秋月も分かっている。

 表向き奴は帝都で魔道士として活躍しているのだから。


 だが、何故、あんな場所にいたのか理解出来ない。

 邪神教にとって天敵といえる聖女と勇者に対して監視する為にあの場に居たのだろうか。

 だが、彼のゴールトン家ならば、ラングフォード家のような悪名など無いのだから堂々と城内に入り、勇者召喚に立ち会えば良い。


 しかし、そうせずにあの場に居た意味はなんだったのか。

 奴はこちらをじっと見つめていた。

 まるで秋月たちを監視するように。


 戦慄する。


 いや、判っていた。頭の片隅では理解が及んでいた。

 しかし、理解を拒んでいたのだ。


 邪神教の司教、ドミニク・ゴールトンの狙いなど一つしかない。


 邪神の呪いから解放されたと思っているのは秋月たちだけだ。


 奴の狙い、それは──レイラ・神無月である。

 

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