28 聖女来都パレード


 ミランダによって仮眠から目を覚ます。

 倦怠感はすっかり取れて、それなりに調子は良かった。

 ミランダも仮眠はしていないものの疲労はすっかり取れているように見えた。

 夕刻に近づいており、窓からは日が落ちているのが分かった。

 

 聖女クラリス・テニエル。

 六神教の六神にもっとも近い存在。信仰の対象の一人だ。

 そんな彼女が帝都にやってくるだけでパレードが行われる。勇者召喚というイベントもあるからだろうが、それでも、彼女の存在の方が民衆は待ち望んでいる。


 原作において彼女はヒロインの一人だ。

 勇者たちと共に様々な困難に立ち向かう正統派ヒロインである。

 同時に異世界へと元の世界を繋ぐ鍵を握っている存在でもある。

 原作においてはかなり重要なファクターだ。


 秋月は思考を巡らせつつ再度服装を整え、ミランダにより髪型を整えられる。

 そうして、身支度をしていると、扉をノックする音がした。

 約束通り、レイラが迎えにきたのだろう。


 ミランダが出迎えようと扉の方へと向かう。そして、扉を開いた。

 そこには桃色の着物を纏った少女が立っている。

 先程のように綺麗な黒髪は後ろでまとめており、秋月が送ったかんざしが刺さっていた。

 また、再度化粧直しをしているように見えた。


「丁度良い頃合いなのではないかと思い来ましたが、準備の方はよろしいでしょうか?」


 そうレイラはお伺いをたててくる。

 身支度も終え、秋月としても丁度良いタイミングだった。

 それを見越してミランダが起こしてくれたのだろうが。


 レイラの問いに秋月は肯定を返すと、レイラは「では、参りましょう」と告げた。

 秋月はそれに対して首肯して、ミランダと共に部屋の外に出る。


 廊下にはレイラ以外に黒スーツの男と女が立っていた。

 紫色の短髪の男は背が高く190はあるのではないか、また女の方も背が高い。濃い緑色の長髪をポニーテールに結んでいる。

 二人ともサングラスをしており、秋月はいかにも洋画のボディーガードみたいだなと若干内心で興奮する。


「この方々は私の護衛です。彼はロニー、彼女はポーラ。今日、明日と一緒に行動する事になると思いますのでよろしくお願いします」


 レイラはそう二人の護衛を紹介する。二人は小さく頭を下げてきたので秋月も小さく頭を下げ返す。ミランダは丁寧にお辞儀をしていた。



 豪華なフロントロビーまで降りて、受付で部屋の鍵を渡し、鍵の引き換えカードを貰う。

 レイラが受付でやり取りをしている時、秋月はガラス越しに外を見た。外では人だかりが出来ており、朝から準備していた屋台が並んでいた。

 また紅く染まりつつある帝都に街頭が点いて外は明るくなっている。

 聖女が後に通るであろう正道だけ全く人が居らず、通行止めしている鎖の前に衛兵たちが立っていた。


 正直、これだけ人が居れば屋台を回るのは一苦労だろう。

 特に正道辺りは既に場所取りが行われ、人が集まり過ぎてとてもじゃないが中に割って入るのは難しいように思えた。

 城までの道のりで聖女と接触なんて無謀な事は考えていないのでそれは良いとしても、一眼聖女の姿を確認したいという気持ちはあった。

 だが、それも難しいかもしれない。聖女がどのように来るかによるが、普通に馬車に乗ってきた場合は絶対姿は見る事は叶わないだろう。

 神輿みたいな上の方に担がれながらやってくるなら別だろうが。


「やはりすごい人だかりですね。流石は六神の聖女、クラリス様です」


 レイラは受付を済ますと護衛と共に窓から外の様子を眺める秋月の元へやってきてそう言った。

 レイラも外の様子を見て、人の多さに圧倒されているようだ。


「久方ぶりに会いたかったのですが、これでは会う所か、見る事も叶わないかもしれませんね」


 レイラは何気なくそう呟いたが、秋月は聞き流しそうになってすぐにレイラの顔をマジマジと見た。今、何と言った?


「久方ぶりって……レイラは会った事があるのか? 聖女様に」


 秋月は驚愕の表情を浮かべているのが自分でもわかる。

 レイラは今は別としても邪神の生まれ変わりと言われ疎まれている存在だ。六神教にとっては絶対的に受け入れられない存在である。むしろ、排除しなければならない存在だ。

 当然、六神の聖女であるクラリスに会うなんて事は絶対出来ないはずだ。


「はい、幼少の頃の話ですが、私がその……あのような状態になる前の話です。未来の六神の聖女と未来の八百万の巫女として会う機会がありましたので」


 レイラは秋月の問いに視線を逸らしつつ、声のトーンを落として答えた。

 あのような状態とは邪神の呪いを受けた頃、つまり、右半分の顔が黒く爛れ、紅い獣のような瞳をしていた時以前に会っていたのか。

 つまり、レイラは元々あのような顔で生まれたわけではないという事か。


 まさか、レイラが聖女クラリスと会った事があったなんて思いもしなかった。これも裏設定という奴だろうか。


「クラリス様とは……年も近い事もあって、後、色々似てましたから仲が良かったのですが……今は会えないでしょうね」


 レイラは顔に憂愁の影を落としてそう言った。

 そんなレイラを見て秋月は衝撃を受ける。何かが解決の糸口を見つけたようなそんな感覚になった。

 レイラと聖女クラリスの境遇は確かに似ていた。もし、レイラが邪神の生まれ変わりにならなければ、二人は六神と八百万、それぞれの聖女と巫女となって交流を深めていたはずだ。


 宗教は違えど二人は同じ立場で同じ境遇なのだ。きっと分かり合って、友人になっていたはずだ。実際、幼少期は仲が良かったのだ。

 もし、レイラが邪神の呪いが無ければ……いや、レイラが邪神の生まれ変わりだからこそ、余計に彼女はレイラと同じ境遇なのだ。


 聖女クラリスは半魔族なのだから。


 だから、レイラが生まれ変わりだから、もっとも分かり合えた存在なのではないか?


 もし、もしの話だ。聖女がレイラの存在に気づいたならば、きっと会いたがるのではないか?

 これまでは敵対した存在だったが、今は違う。邪神の呪いが解けた彼女を見たならば、会いたがるはずだ。

 レイラの存在に気づいたならばの話だが、いや、気づくはずだ。何故なら父親のウォーレンが参加しているのだから。


 もし、そうならば、聖女クラリスと接触出来る可能性はあるのか?


「アーロン様?」


 思考に耽っていると、レイラが秋月の様子がおかしいと思ったのかそう名前を呼んできた。

 秋月は思考の海から戻ってくると、レイラは若干心配そうな表情で秋月を見上げていた。


「すまない。少し考え事をしていた」


 秋月はそうレイラに返した。

 レイラは秋月の返事にそうですかと少し安堵の表情を浮かべている。

 秋月たちはホテルを出る為、入り口の方へと歩き出す。


 諦めかけていた第二の目標。

 彼女――レイラ・神無月は秋月にとってある意味、問題の中心的存在だ。第一の目標にしても、第三も言わずもがな、彼女の存在は無視出来ない。

 そして、第二の目標に置いても彼女は関わり始めている。


 何かしらの意図や因果があるかのように。


 だからか、背筋が冷たくなる。

 現実は物語ではない。全ては偶然でしかない。しかし、この世界はどうだろうか。物語を元にした現実なのか。それとも――


 嫌な予感がする。まるで、嵐の前の静けさのような感覚。

 ふと、窓ガラスに自身の姿が写るのが見えた。紺のスーツを曲がりなりにも着こなしているのはミランダのお陰だろう。

 整髪料で整えられた髪は自分では出来ないであろう仕上げになっている。剃り残しの無い綺麗な鼻下と顎。

 自身でも悪くないのではないかと見惚れる姿。鏡に写る自分は二倍綺麗に見えるを含めても良い感じに見える。

 

 若干気分が持ち直してきた時に気づく。

 自身の瞳が黄金に光っているように見えたのだ。光の加減によってそう見えるのかと、目を擦って見ると、そこには秋月本来の黒い瞳が写っていた。



 ホテルの外は屋台の食欲をそそる食べ物の匂いが漂ってくる。

 秋月たちはなるべく人混みを避けながら、帝都を廻る事にした。

 屋台には焼いた肉や魚介類、麺類などが売っている。

 屋台を見た限りでは日本の屋台に似ている事や売っている物も似ている事から日本人の勇者がかなり影響を与えたのではないかと思う。

 水風船やお面が売っている所とか完全に日本の影響が見えた。


 お面には見覚えがあった。白を基調とした水をイメージさせる模様が入ったお面。また雷や土、風を思い起こさせる模様があるお面もある。

 またレイラが被っていたであろう炎の催させる模様が入ったお面もあった。

 秋月は興味を惹かれて見つめていると、足を小突かれる。

 ふと、視線を向けるとメイドが何かを訴えかけているように見えたが何が言いたいのか分からず、無意識にまたお面の方に視線が吸い寄せられた。


「……気になりますか?」


 そんな秋月にレイラがそうおずおずといった感じに尋ねてきた。

 レイラの表情は若干の苦笑いを浮かべている。

 つい見入ってしまったが、レイラにとっては黒歴史だったかもしれない。自身の失態に今気づき、慌てて視線をお面から逸らす。


「いや、別に」


 そう言ったものの、白々しさは消えてはくれず、気まずい空気が漂う。

 メイドは呆れた様子で頭に手を当てて首を振っている。かなりむかつくが、これは確かに秋月のミスである。


 しかし、秋月もどうしてもお面が気になる。レイラの仮面もそうだが、あの記憶の中でも存在した水を催した模様の入った仮面を被った男。

 アニミズムでは脇役として存在し、同時に水の守護者として騎士となっていた彼。最新のネット小説ではわからないがアニメでは正体は未だ明かされていない。


 だが、仮面の男は勇者たちに積極的に関わり、手助けをしていた。同時に何かを知っている素振りがあった。ネットの考察では日本人なのではないかと言われており、また勇者の誰かなのではないかと言われている。


 その理由として、彼は勇者だけが使う事が出来るはずのスキルを使用していたのではないかという描写が何度も存在するからだ。その描写はアニメでも存在しており、近未来を予測するようなスキルであるようだ。


 初代勇者がこの世界に召喚された際、六つの神殿があったと伝えられている。


 初代勇者、黒髪黒目の少年――間違いなく日本人であろうが、そんな彼が異世界転移した際、この世界では炎、水、風、土、雷、氷の神殿があったらしい。

 神殿はそれぞれ異界へ続く扉が設置しており、異界の扉から魔物がやってきたという逸話がある。


 また魔素も異世界から溢れて出てきたものなのではないかと言われている。

 その異界の扉を封印していた者が巫女と呼ばれる存在だ。

 そして、その巫女を守護するのが守護者と呼ばれる。

 あの仮面の男も水の神殿の巫女を守護する守護者だったという事だ。


 異界の扉自体に莫大の魔力が込められており、その扉の欠片を使って作られたのが守護者の仮面である。

 また異界の扉には魔力を封印する力がある為、その欠片で作られた仮面を彼女が呪いの進行を抑える為に被っていたとの事だ。


 レイラはそれらを話してくれた。彼女にとっては思い出したくもない邪神の呪いに関する話だったにも関わらず、重たい口を開いてくれたのはアーロンが婚約者であり、呪いを解くのに一役買ったからだろう。


 レイラの話を聞き終え、若干の気まずい空気を感じつつも、お面屋から離れ食べ物の屋台の方へと向かう事にした。


 屋台からはモクモクと煙が出ており、肉の焼ける香ばしい臭いが鼻孔をくすぐる。

 焼きそばに似た麺を鉄板で焼いてソースの焦げる臭いも食欲をそそられた。


 日本の祭りの屋台にそっくりなのはやはりこの世界が日本の影響を受けているからだろうか。

 中世ヨーロッパなど秋月は想像も付かないが、見た目が白人に近い人種の彼らが日本の祭りに興じている所はどこか不自然さを感じた。


 丁度、麺を鉄板で焼いているーー焼きそばの屋台を通り過ぎようとした時、秋月は視線を焼きそばに吸い寄せられる。

 キャベツに似た青野菜と麺を秋月にとってお馴染みのソースを絡めて鉄板の上で焼いている。

 香ばしいソースの匂いがモロに秋月の鼻腔をくすぐった。


 いつもなら――元の世界に居た時ならば焼きそばなんて珍しくもなく、例え祭りの屋台でも普通に通り過ぎていただろう。

 焼きそばなんて家で母親が作ったり、小腹が空いた時にカップ焼きそばを食べたりしていて食べ飽きている。

 それなら物珍しいイカ焼きやたこ焼き、焼き鳥を優先して、胃袋に余裕がある時に食べるくらいなものだ。


 しかし、この時は違う。この世界に来て数年。焼きそばなんて食べる所か見た事も無かった。

 異世界に転生して、辛かった上位の中に日本の食べ物が食べれなかった事だ。

 当然、焼きそばもラングフォード家の食事で出る事はなかった。


 だからこそ、この誘惑に敵うわけがない。

 麺がソースと絡み合い、ジューっと鉄板で焼かれる音を聞くだけで涎が出てきそうだ。


「買いますか?」


 秋月の視線に気づいたレイラはこちらに振り返っており、そう尋ねてくる。

 その声色は慈愛に満ちており、秋月の焼きそばに釘付けになっている様を微笑ましそうに見つめていた。


 まるで子供がオモチャを羨んで見つめているような姿を晒してしまった気がして気恥ずかしくなる。

 別に欲しくないと強がっても良いのだが、涎を垂らす寸前まで凝視しておいて、今更すぎるだろうし、否定するのは粋がっている中学生みたいで恥ずかしい。


「ああ、そうだな。買おう。ミランダ」


 気恥ずかしいのを誤魔化すように咳払いしながら、若干呆れ顔のメイドに声をかける。

 やれやれ、婚約者の前で子供みたいな醜態を晒さないでくださいと言わんばかりに首を振っている姿に腹パンしてやろうかと苛立ちを覚えるも我慢する。

 さっさと注文してこい、この駄メイド。


「焼きそば、好きなんですか?」

「え? ま、まぁ、嫌いではない」


 駄メイドが焼きそばを屋台で注文しているのを眺めていると、レイラはそう尋ねてくる。

 いきなりの問いかけに若干戸惑いつつも秋月はそう返した。

 好きってわけではないが、やはり故郷の味が懐かしすぎて食べたい気持ちが大きいのは確かだ。


「美味しいですよね。私も好きですよ」


 レイラは秋月の返答に少し笑ってそう屋台の方へと視線を向ける。

 屋台では背の高いボディーガードの女性、ポーラがミランダの後に焼きそばを注文していた。

 レイラの分を注文しているのだろう。職務中だから彼らの分は注文しているかどうかはわからないが、レイラの性格的に一緒に買うように言いつけいるのではないかと思う。

 ウチのメイドは勝手に自分の分も注文していた。



 聖女クラリスが通る正道は人だかりが出来ており、間に割り込むのはかなり困難である事は想像出来た。

 正直、彼女を一目見ておきたかったのだが、こればっかりは仕方ないだろう。

 正道の鎖の前に集まっている彼らも秋月たちがやってくる前からずっと場所を取っていたのだろうから。


 聖女を一目見るだけにこれだけの人数が場所取りをしているのだから、どれだけ彼女の存在が注目されている事がよくわかる。

 六神教信仰者がもっとも多いこの世界では当然と言える現象なのかもしれない。


 今から彼女が見れる場所を探すのは難しいだろうと聖女を見ることを諦めていた時だった。


「残念がる事はありませんよ。この先に場所を取ってありますから」


 そうレイラは秋月の気持ちを察してそう告げた。

 どうやら事前に神無月家の使用人に場所を確保させていたようだ。

 先程は見ることも叶わないだろうと言っていたから、てっきり秋月たちと同様に場所取りなどしていないと思っていた。

 流石だ。こうなる事を予想して準備していたのだろう。


「少し……意外でした。アーロン様は聖女様に興味無いと思っていたので」


 レイラは若干俯き気味になりながらそう言った。

 正直、聖女自体には興味はない。あるのは異世界から元の世界に戻れる力だ。


「まぁ、有名人だからな。一目くらいは見たいと思っていただけだ」

「そうですか。そう、ですよね」


 秋月の返答に、視線を合わせずそう呟いた後、こちらを向いて力なく微笑む。


 若干の気まずい空気が流れながらもボディーガードとレイラがその場所へ先導してくれる。


 レイラと少し距離が出来た瞬間、露骨な溜息が背後から聞こえ、小声で「聖女なんてどうだって良い。お前に一番逢いたかった、くらい言えないんですか?」と聞こえた。


 言えるわけねぇだろ、この駄メイド。



 ボディーガードとレイラの案内で秋月たちは用意していたであろう場所に着いた。

 そこには黒スーツを纏った数人の男が場所を陣取っており、どこかのマフィアが何か良からぬ事を企ているように見える。

 周りの見物人も若干彼らを警戒して距離を置いていた。


「お疲れ様です」


 レイラの姿を発見した一人の男がそうレイラに頭を下げる。一斉に他の男たちも頭を下げた。


「こちらこそ、場所取り、ありがとうございます」


 レイラは頭を上げるようにジェスチャーしながらそう感謝の言葉を述べる。

 勿体ないお言葉ですと黒スーツの男は返すと、他の使用人の男に合図して場所取りしていた場所から去っていく。


 秋月はそんな光景を圧倒されながら見守るしか出来なかった。

 どう見てもヤクザにしか見えない。


「アーロン様、こちらへ」


 レイラはそんな事全く気にした様子もなく、自身の隣を指し示し、こちらへ来るように促した。

 秋月は出会った頃の彼女の印象と今の度胸の据わった彼女の印象を比べて、なんとも言えない気持ちになりつつ、おずおずと彼女の隣へ並んだ。


 そんな時だった。

 帝都の入り口辺りから歓声が聞こえた。

 聖女クラリス・テニエルが来都したようだ。

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