27 レイラ・神無月

 レイラ・神無月は美しい少女へと変わっていた。

 元々、整った容姿を持っていたが、邪神の呪いによって左半分が黒く爛れ、紅い獣のような鋭い瞳をしていた。当然ながらそんな彼女は自信を喪失し、無表情で無感情な子供になってしまっていた。

 ある事をキッカケで彼女は本来の容貌を取り戻した彼女は絶世の美少女という名に相応しい存在に成り代わっていた。

 そして、数年が過ぎ、こうして再会し、整った容貌はそのままに子供らしさが薄れ、大人の妖艶さを手にした彼女は絶世の美女となっていた。また幼さも残しているので絶世の美少女とも言える。

 大和撫子という言葉の似合う少女へと変わっていた。


「あ、ああ、久しぶりだな、レイラ」


 秋月は彼女の美しさに戸惑いつつ、そう返答する。


「おお、レイラ、久しぶりだね。一層見違えたよ」


 オズワルドはレイラが秋月に何かを言う前にこちらへと寄ってきてそう嬉しそうに感嘆の声を上げる。


「はい、オズワルド様、ご無沙汰しております。ありがとうございます」


 レイラはそう笑顔でオズワルドの相手をする。チラリと秋月の方を見るが、すぐにオズワルドの方を向いて雑談を交わしている。

 エドワードもレイラにオズワルドと同じような挨拶をしてそれにレイラは謙遜と礼を言っていた。


 秋月は若干、手持ち無沙汰になりつつも話に割って入る事はない。

 レイラは昔とは違い、堂々とした態度で、かつ、上品な佇まいで雰囲気がまるで違っていた。

 昔はもっと無愛想でおどおどしている感じであったのに。


「彼らを待たせるのも悪いので、部屋の方へ行きましょうか」


 待機していたホテルマンを見て、気を利かせてウォーレンが話を切り上げた。

 オズワルドもそれに従い、用意された部屋の方へと向かう事になった。


 部屋割りとしては秋月とメイドは一緒の部屋になる。

 本来、使用人と一緒の部屋になる事は無いのだが、パレードの為ホテルの要望を受けた形で一緒となった。

 別に秋月としても問題は無い。ただ婚約者がいる手前、いくら使用人とはいえ別の女と一緒の部屋はいかがなものなのかと思っていたが、意外にも誰も気にしていない様子だった。

 確かに今更ではある気はする。ミランダは秋月の専属メイドのような存在だ。手をつけているのならばとっくの昔に手をつけているだろう。いや、勿論、つけていないが。


 レイラも何も言わなかったし、表情も普通だった。内心はわからないが。


「アーロン様、どうでしょうか」


 部屋へ向かう途中、レイラはいきなりそう尋ねてくる。

 オズワルドとウォーレン、エドワードを先頭に秋月たちは彼らの後をついていっていた。


 秋月は彼女の意図がわからず、近況の事かと思った時、背後から軽く手を当てられる。視線だけ向けると、ミランダは自身の服を、襟の部分を持って合図する。

 そこまでされればいくら鈍感な秋月でも理解できた。


「ああ、とても似合ってる。一段と見違えた。そのかんざし」


 秋月の面白みのない褒め言葉にレイラは俯き微笑を浮かべつつ頬を染めていた。

 そして、秋月の最後の言葉に反応して、花の飾りのついたかんざしに手を当てて


「はい、アーロン様から頂いたものです。大切な宝物です。ありがとうございます」


 そのかんざしを慈しむように撫でてそう礼を言ってきた。

 秋月としてはミランダが誕生日なんだから何か送れ。東洋の国だからかんざしを送れとせっついてきたから送ったものである。

 自分自身から送ったものではないので、若干の罪悪感を覚えつつ「気にするな」と返した。

 後ろでドヤ顔をしているメイドが鬱陶しいが無視する。


 そんなやり取りをしていると、オズワルドたちの部屋へと着く。

 ホテルマンが鍵を開けると、中へと入る。

 中はかなりの広さだった。ふかふかのソファーに光沢の放つ黒テーブル。夜景が絶景であろう大開口窓。

 明らかに高そうな絵画が壁に掛けられており、寝室として設けられたスペースには高級ベッドが二台。


 秋月は部屋の高級感に圧倒されつつ部屋を眺めていると、


「あー、アーロン、すまないが、オズワルドと色々と打ち合わせをしたい。君の部屋に三人で行ってくれると助かる」


 ウォーレンはそう申しわけ無さそうに秋月に告げてきた。

 打ち合わせというのは明日の勇者召喚の事についてだろう。

 勇者召喚についてはパレードを行う事になっているものの、城では厳重な警備体制を敷いており、秘匿な事が多い。当然ながら参列者には守秘義務が与えられる。

 だからこそ、ウォーレンは参列者ではない秋月たちを追い出そうとしているのだろう。


 ウォーレンの申しわけなさそうな顔から視線をオズワルドに向ける。オズワルドは秋月の方を見ておらず腕を組んでいる。

 エドワードに視線を移すと苦笑を浮かべ小さく頷いてくる。

 どうやら秋月たちは邪魔なようだ。


「行きましょう、アーロン様」


 レイラが気を利かせて秋月の腕の裾を掴んで廊下の方へと引っ張る。

 そんなレイラに秋月は若干の驚きを覚える。昔の彼女ならばどちらかと言えば受け身体質な所があった。こうして場の空気を読んで、率先して秋月の手を取るような事はしなかっただろう。

 秋月はレイラに促されるように部屋の外へ出た。

 ミランダも秋月の後に続くように部屋を出てくる。


 案内をしていたホテルマンが察した様子で秋月たちを秋月たちの部屋まで案内する事を申し出てきた。このまま廊下でうろうろしているわけにもいかないので秋月たちは案内をお願いした。


 ウォーレンは追い出した事を気にしてか、廊下まで出てくると、娘の事を頼むよと言ってくる。そして、レイラがアーロンに会う事をものすごく楽しみにしていた事を告げ口してくる。

 帝都にアーロンが来る事を知ってからはずっとそわそわしていたし、前日なんてどんな服を着て行こうかと親子(母親と娘)で大騒ぎだったらしい。


 レイラは父親のそんな告げ口に若干慌てたようにウォーレンを部屋に追い返していた。

 ウォーレンを部屋に追い返し扉の前に立つレイラと目が合う。レイラは笑って誤魔化していたが顔は紅潮している。

 ミランダはニヤついた顔で秋月を見てくるが、一切無視しておく。


 ホテルマンが様子を見て話してかけてきたので、彼に従って秋月たちは秋月たちの部屋へ向かう。

 部屋はエドワードとオズワルドが泊まる部屋と遜色ない部屋だった。

 ホテルマンは部屋の案内を終えると一礼して去っていく。

 レイラはそんなホテルマンにも丁寧に礼をしていた。美しい容姿と高い身分を取り戻した事による傲った態度を取る事はなく謙虚さと品を持ち合わせている。

 一方、ミランダは部屋の装飾に夢中だった。少しはレイラを見習え。

 そんな事を思いつつも、秋月も高級感溢れる革のソファーに腰をかけた。座り心地が全然違うなと元の世界で座っていたソファーと比べる。


「アーロン様は今日、明日はどういうご予定でしょうか?」


 レイラは木製の高品質の椅子に腰かけると、そう尋ねてきた。

 今日は聖女が帝都へやってくる日だ。夕刻くらいに彼女は着く予定となっている。

 ミランダの話だとパレードは二度行われるらしい。六神教の象徴と言える聖女の来都によるパレードが一度目。勇者召喚が成功した時に二度目。

 どれだけパレード好きなんだよと秋月は呆れたが、日本で連日祭りを行うような所もあるのであまり言えた義理でないなと考えを改めた。


 正直、予定と言われても困るというのが本音だ。

 秋月の本来の目的は隙を見て聖女と接触する事であり、建前的な話ではオズワルドから婚約者のレイラが来るからパレードにて親睦を深めろというものだ。

 本来の目的は当然ながら彼女に伝えるわけにはいかない。だが、建前的な話を言ってずっと彼女居るわけにも秋月としては状況的に困るのは目に見えている。

 

 だが、秋月は若干、本来の目的である聖女と接触して、元の世界に戻るとい目的が無理なのではないかと思い始めている。

 言ってしまえば準備不足、段取り不足。かつ、状況的に不可能。

 今回は様子見。もし、状況的に目的を果たせそうならば行動する。

 一番良いのが彼女と二人っきりになる状況を作り出せる事が一番だろう。

 だが、今の段階ではそうする権力を秋月は持っていない。

 弟子である子供達とてそうだ。ギルドでかなりの人脈を持っているサラですら聖女とコネクションは流石に難しい。可能性があるとしたらアレックスの師匠である元団長であるが、あまり期待は出来ない。

 もっとも可能性がある大貴族であるオズワルドですら勇者召喚に呼ばれるその他大勢に過ぎず、聖女と二人っきりという状況を用意は出来ない。


 それに勇者召喚が行われた後だと城内には勇者たちーーつまり、クラスメイトたちがいる可能性がある。

 周りからどう見えているのか秋月にもわからないが、もし鏡で見た通りに見えているのだとしたらクラスメイトは秋月が彼らのクラスメイトである八代秋月だと気づくだろう。

 その時、かなり厄介な事になる。秋月がアーロン・ラングフォードの立場と知れば、もしアニミズムを知っている者が居れば、いや確実に居るだろうが、敵対する可能性がある。

 そうなった場合、彼らは邪神降臨を阻止する為にアーロンを排除しようとするかもしれない。

 そういったリスクがある以上、勇者である彼らとの接触は出来るだけ避けた方が無難だろう。


 それらを踏まえて秋月は聖女との接触を半ば諦め、聖女を視界に納めるだけにして、後に彼女と接触する方法を思案するか、その段取りに終始する事に決めた。


 そわそわと秋月の返事を待つレイラを見ながら、彼女を邪神化しない為の一貫に彼女のご機嫌取りする事も大切な事だ。


「父上と兄上は明日、勇者召喚に参加するそうだが、俺は呼ばれていない為、今日、明日とすることはない」


 秋月がそう言うとレイラは視線を彷徨わせてそわそわとしていたのがピタッと止まり、ゆっくりとこちらに視線を向けて「で、では」と期待の眼差しを向けてくる。


「こちらに来たのはレイラがいるからだ。俺としては一緒にパレードを回りたいと思っているのだが、どうだろうか?」


 秋月は芝居じみた自身の言動に苦笑しそうになりつつも問いかけた。

 レイラは秋月のそんな心情を知らず嬉しそうに、


「はい、喜んで。私もそうしたいと思っておりました。……それにお父様からそのようにしたらどうかと言われていたので」


 途中、身を乗り出して声を上げていた事に気づき、座り直して取り繕うように続けた。

 秋月としては意外なのがウォーレンの好感度が高い事だ。先程の事といい、レイラの今の発言といい、ウォーレンが秋月の何を気に入ったのかわからないが秋月に対して好意的なのは確かだ。


 レイラが巫女となれなかったとしても、レイラの呪いが解けた事により、悪評ばかりのラングフォードより条件の良い婚約はあったはずだ。

 娘の幸せを考えるならば一時的な恋愛感情よりも家柄や相手の能力を重視するべきだろう。自分で言ってなんだが、秋月のスペックはどう見ても平凡で見劣りする。

 エドワードならば例え悪名高いラングフォードでも受けて損はしないだろう。実際は黒幕なので損しかないが。


 しかし、婚約相手はエドワードではなく、アーロンである。

 オズワルドの策略があったとして、仕方なく婚約を継続しているのならば、ウォーレンのあの態度はおかしい。もっと秋月に対して冷たいか、もしくは、壁があるような感じなはずだ。だが、実際はかなりフレンドリーである。


 ウォーレンの内心などわかりはしないが、嫌われるよりかはマシかと思う。


「そうか、丁度、良かった。聖女様が来都するのは夕刻と事らしい。その頃に一緒に回ろうか」


 それからレイラと夕刻後のパレードをどのように行動するか話し合う。

 聖女が来るのに合わせてパレードが始まるらしい。帝都の人間だけではなく、商人やまた秋月たちのように帝都以外からも人がやって来ている。

 当然ながら混雑は予想される。

 特に聖女が通る正門から城までの道は多くの見物客が聖女を見ようと集まるだろう。

 もし、人混みに飲み込まれてハグれたらまた再会するのはなかなか難しいのではないかと思う。なるべく人混みは避けた方が無難だとレイラと意見が一致した。


 一応、検問を用意しているものの、不審者を一切排除というはなかなか難しいだろう。

 レイラも巫女という特殊な立場ではないものの、東の国では高い地位に就いている。更に言えば元々の悪い噂も存在する。

 だから、彼女には護衛が二人付いているらしい。レイラとしては自由が制限されるので必要無いと思っているようだが、彼女の父親であるウォーレンがつけさせているようだ。


 レイラは何かと父親が干渉してきて鬱陶しいと少し不満そうにしていた。

 ちょっとした買い物へ行く時ですら護衛をつけさせるらしくそれが嫌なんだそうだ。

 護衛だけではなく、どこに行くのかとかアーロンとの手紙のやり取りはどんな感じなのかとちょっかいをかけてくるらしい。


 秋月はレイラの不満話を聞きつつ、典型的な年頃の娘が気になる父親と思春期真っ只中で構ってくる父親が鬱陶しい娘そのものだなと思った。

 

 レイラの話からするとウォーレンは過保護のようだ。娘に対して過保護でありながらラングフォード家にレイラを預けるなんて最悪な選択肢が出たのか不思議でならない。

 てっきり秋月としてはレイラは邪神の呪いの所為で厄介者として扱われ、婚約者の元に花嫁修行と言う名の追い出しを喰らったものだと思い込んでいたくらいだ。


 余談だが、秋月の護衛は当然ながらミランダ以外居ない。

 一応、ミランダは剣術の達人なので頼りになる存在ではあるが、大貴族の護衛がメイドってどうなんだろうかと思わないでもない。

 まぁ、ミランダ以外は嫌な顔をされるから選択肢が無いわけだが。


 レイラとは近況を話したり、またレイラとミランダで秋月のわからない話をして一時間くらい盛り上がった。

 婚約者としてラングフォード家に来ていた時はミランダが距離を置いていたが、今日はそんな様子もなく普通に二人は談笑していた。

 話がひと段落して終わり、夕刻のパレードまでに体力を回復させる為に一旦、レイラは自身の泊まる部屋に戻る事にした。


 聖女来都のパレードが始まる前の時刻になったらレイラの方から秋月の部屋に来ると告げた。

 こちらから行くと言ったのだが、部屋の場所を知らないだろうし、こちらの方が出口に近いからという理由でレイラが部屋に来る形となった。


 レイラには気を使わせたかもしれない。

 帝都までの旅路の疲労があり、また緊張が糸が切れた事により小さく欠伸をしていたのを見て、レイラはパレードまでの間、身体を休める為に部屋に戻ると切り出したのだ。

 実際、秋月としては少し休みたかったのでレイラの申し出はありがたかった。婚約者の手前、仮眠を取るわけにもいかなかったから。

 だからこそ、レイラから切り出したのだろうが。


「レイラ様は本当に変わられましたね」


 秋月に気を使った事に感慨深く思ったのかミランダがそう彼女が出て行った扉を見ながら告げた。

 秋月が今、正に思った事をミランダも感じていたらしい。

 顔には出していないがミランダも疲労を隠していたはずだ。


 昔は無愛想で受け身体質で人と関わろうとしなかった彼女が、今ではあんな風に秋月たちに気を使い、大和撫子とい名に相応しい上品なお嬢様に変わっていた。


 邪神の呪いがどれだけ彼女を蝕んでいたのかがよくわかる。

 本来の容姿であれば彼女はあのような卑屈には決してならなかっただろう。

 何がキッカケだったかはわからないが、元の容姿を取り戻せて良かったと安堵するばかりだ。もし、未だに呪いが解けていなければどうなっていたかわからない。邪神化に拍車をかけていたかもしれない。

 秋月としてはあのまま何の異常もなく平和に過ごして欲しいと願わんばかりだ。


 秋月は若干の倦怠感を払拭する為、ミランダに仮眠する事を伝えると、清潔感のある高級ベッドに横になった。

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