26 再会
帝都は巨大な塀で囲われており、正道の先には巨大な門が立ち塞がっている。どうやって動かしているのか気になる程の大きさの扉は開かれており、門近くでは衛兵が検問していた。
多くの馬車が帝都へ入ろうと並んでいる。秋月たちと同じように勇者召喚が行われる為に呼ばれた者やパレード開催の関係者、それ目的の商人が集結した結果、こうした渋滞が起きているのかもしれない。
エドワードたちが乗る馬車の背後に付ける形で秋月たちの馬車も長蛇の列に並ぶ。後ろには商業馬車を装った子供達が乗った馬車がつけている。
渋滞は仕方ないとしても、トイレが問題だなと思う。その辺でするわけにもいかないだろう。どうしているのだろうと思っていると、空中から人が降りてくる。三人組の男女で、一人の男は風魔法で三人一緒に飛んで来たのだろう。もう一人の男は杖を地面に突き刺して、簡易的な土の建物を作る。そして、最後の女は水魔法を見せつけるように空中に浮かしていた。
「きっとあそこがトイレでしょうね」
秋月が三人組の男女の存在に目を奪われていると、そうミランダが説明する。
どのような仕組みかは知らないが、魔法で簡易トイレを設置したらしい。何人かが馬車から下車してその簡易トイレに行くところが見えた。秋月は尿意も便意も無い為、行く事はないが、正直、行きたくない。
暫くして漸く列が動き出した。
先が長い列も徐々に門に近づいていく。そして、門近くで衛兵たちが待ち構えていた。
先を行くエドワード達はすぐに検問をクリアする。呼ばれた側でしかも貴族なのだから普通にスルーするのは当然だ。しかし、検問もあっさり済んだので何かしらの真偽を確かめる魔法が存在するのかもしれない。
秋月たちの番になると検問の衛兵がミランダに二言三言質問し、それに返すと通って良しという合図を受ける。
ミランダにそんなあっさりで良いのかと聞くと秋月の想像通り真偽を確かめる魔道具が存在するらしかった。でなければ、こんな検問がすぐに済むわけがないかと思った。商人などは扱っている商品をある程度確認されるようだが。
門を過ぎると、まず目に入るのは巨大な城だった。
皇帝や皇女様、一部の上流階級の貴族が住んでいる建造物だ。
そして、その城を中心として城下町が広がっている。
煉瓦造りの建物が立ち並び、道も綺麗にコンクリートで舗装されていた。
多くの人が行き交い、忙しなく明日のパレードに向けて準備をしている。
垂れ幕など建物の屋上から掛けている者や屋台の準備をしている者、聖女が通るであろう正道に鎖を張ったり、清掃する者。警備の下準備を兼ねて見回りをする衛兵。
勇者召喚という一大イベントである。なにより聖女が来るのだ。六神教が多く信仰されているこの世界で聖女は誰よりも有名人であろう。ここ帝都でも例外はなく多くの人間が六神教を信仰している。故に盛況な祭りになる事は必然だった。
秋月は活気に満ちた街に圧倒させられながら、街中を進む。用意された馬繋場に馬車を停めると、馬車から降りる。
エドワードやオズワルドは既に馬車から降りていた。こうした賑わった帝都に慣れているのか気負った様子もなく落ち着いていた。
一方、秋月とメイドのミランダは初めての帝都に、また人混みに困惑していた。ミランダは若干高揚した表情で賑わっている帝都をキョロキョロを見渡している。お上りさん全開ムーヴである。
そういう秋月も人の事は言えなかった。秋月も元の世界では都会ではなく地方の出身だ。ここまで人混みに溢れている場所は経験した事はなかった。
平静を装いながら澄まし顔しているが実際はかなり動揺している。
帝都で聖女と秘密裏に会って原作知識で交渉して元の世界に戻る。言葉にするだけなら簡単だが、実際、帝都に来て想像以上の人の多さと衛兵たちの念入りな警備体制などを見て、秋月は確実に自信を喪失した。
正直、簡単に考え過ぎたのではないかと思った。まず聖女に秘密裏に会うという前提条件が不可能なのではないかと思い直す。
勇者召喚のパレードで当然ながら多くの人間が帝都以外から集まる。そうなれば当然聖女への警備は厳重になる。いくら六神教がこの世界のトレンドとはいえ、中にはそれを心良く思わない者も居るはずだ。当然、聖女の命を狙う者もいるだろう。
そんな中、彼女と二人っきりになれる事などほぼ不可能だ。彼女の周りには常に護衛の者が付いて回るだろうし、こんな公の場で聖女である彼女が一人になる事はほとんど無いに等しい。常に誰かと面会する羽目になるだろう。精々、一人になる時はトイレの時ぐらいかもしれない。
今更ながらそんな当たり前の事に気づいた自分に嫌気がする。
もっと頭の良い人ならば数年という月日を使ってしっかりとした段取りを組んで、彼女とどうにか接触出来る方法を見つけるのだろう。
また物語の主人公ならば特殊なスキルや力技で彼女との接触の機会を作る事が出来るのかもしれない。
しかし、秋月にはそんな特殊なスキルも力技も存在しない。精々、どうにかこうにか取得した中級風魔法の初歩くらいなものだ。
しかし、今更、どうする事も出来ない。諦めるわけにもいかない。後、一日で彼女と接触する方法を思いつかなければならない。
ふと、視界に弟子たちが目に入る。彼らも秋月たちに続き、馬車を馬繋場に停馬しに来たのだろう。アレックスが布で汗を拭っており、剣を腰に下げているのが見える。
アレックスは冒険者の証明であるギルドカードと剣豪の弟子という証明書を持っているので剣を所持していても問題は無い。特に剣豪の弟子という部分がかなり権威を持っていたりする。
アレックスの師匠は皇帝に信頼される程の実力を兼ね備えており、近衛騎士団長に皇帝直々に指名された程だ。数年程、団長を務めたが何かしらの事情で辞めたの事。
その後、仙天流を極める武者修行をしている中、アレックスに出会い、アレックスを弟子にしたという経緯がある。
つまり、アレックスの師匠は城との繋がりを持っているという事だ。もし、そうならば入城する事も可能であろう。
更に言えばもしかしたら聖女を護衛する為に呼ばれている可能性もある。
そこまで考えて思考を止めた。そんな都合の良い事あるはずが無い。いくら皇帝に重用されていたとはいえ、今更、退団した者に聖女の護衛という重要なポストを任せるとは思えない。
追い詰められて確率の乏しい希望的観測に縋ってしまったが、残りの時間は限られている。そんな希望に縋るよりも現実を直視した思考をしなければ。
「アーロン様? 当主様とエドワード様がお待ちしていますよ」
ミランダの声に秋月は飛ばしていた意識を取り戻す。
秋月は慌てる。もっとも待たせたくない二人をまた待たせてしまった。
彼らの方へ顔を向けると、オズワルドはこちらに背を向けて佇み、エドワードは微笑みを讃えながらこちらを見守っていた。
護衛と世話係の執事もこちらに視線を向けている。若干侮蔑が籠っているのは見間違えではないだろう。
秋月はすぐに彼らの元へ駆ける。
「大丈夫? アーロン。惚けていたようだけど、馬車に酔った?」
彼らの元に慌てて着くと、そうエドワードがそう尋ねてくる。
温和そうな笑みを浮かべている彼は若干のからかい色が見えた。
秋月が本当は馬車に酔ったわけではないと気づいており、その上で初めての帝都に緊張していると思い軽くからかってきたのだろう。
本当はどっちも違うのだが、秋月の懸念など流石の黒幕でも分かるわけがない。
「はい、大丈夫です。酔ってもないです」
「そうかい。なら、いいけれど」
「エド。もういいだろ。行くぞ」
オズワルドは秋月の心配など一切しておらず、ただただ鬱陶しそうにそう促した。
オズワルドは本当にアーロンは血の繋がりを作る為の道具に過ぎないのか。
秋月はアーロンに若干同情しつつも、内心毒親だなとオズワルドに対して嫌悪を抱く。
無関心なのは今更だが、ここまで雑に扱われる理由が秋月には分からなかった。
「ええ、すみません。父上。行きましょう」
エドワードはそうオズワルドに返して、二人で城の方を目指して歩き出す。
護衛の兵と世話係の執事二人も彼らに付き従っていく。
その後ろを秋月とミランダが付いていった。
人混みをかき分けながら、秋月たちは帝都で有名なセントラルホテルへと向かう。
腐っても大貴族の一員、宿泊する宿は高級ホテルだ。
セントラルホテルは由緒あるホテルであり、初代勇者が宿泊したと言われているホテルである。勇者といえば剣というイメージが強いが初代勇者は魔導士であったと文献に記載されていた。剣術も扱えたとも言われているが。
現代と高級ホテルと大差無い程の巨大なホテルだった。由緒あるホテルというからもっと古ぼけた建物を想像していたが、まだ新築のような建物だった。
明らかに現代技術を取り込んだ高層ビル型のホテルだ。部屋の大開口窓からは綺麗な夜景が見えそうだ。
異世界の勇者はこれまで何度か召喚された記述があるので、その中の誰かが入れ知恵をしたのだろう。
ラングフォードの西洋風の豪邸も驚いたが、現代風の高級ホテルにも秋月は感嘆の溜息が出てしまう。
一般家庭であった秋月はビジネスホテルくらいなら泊まった事はあっても、こんなお金持ちが泊まるようなホテルに宿泊した経験は無い。
ミランダも同じなのか緊張した面持ちでホテルを見上げていた。
エドワードとオズワルドは慣れているようで何の感慨もなくホテルの中へ入っていく。従者たちもその後に続く。
ホテルに釘付けだった秋月とミランダも慌てて彼らに続いて中へと入った。
白を基調とした大理石の床が出迎えてくれる。清潔感のある白壁や木造のデザイン性のある壁が品質の良さを感じさせる。
こちらに気づきエドワードとオズワルドの荷物を持つホテルマンも一流のような佇まいだ。秋月たちの高級ホテルとあまり大差が無い。
異世界とはいえ中世を元にしたとは思えない質の高さだった。やはり創作の中だから都合が良いように造られているのだろう。
秋月としては有難い限りだ。ラングフォード家の屋敷は確かに豪華であるが、やはりどこか違和感を覚えていた。
近代化したこの建物の方がまだ落ち着く。元の世界ではきっとこんな高級ホテルなど泊まれはしないだろうが。
エドワードとオズワルドはホテルマンに荷物を渡すと、とある人物の存在に気づく。そして、笑顔をたたえて手を上げて挨拶を交わす。
その相手は東洋人の見た目の男だ。さっぱりした黒の短髪に、翡翠色の瞳、穏やかさを醸し出す平たい顔立ち。
紺の和服を纏っている彼こそーーウォーレン・神無月である。
「久しいですね。ウォーレンさん」
オズワルドは笑顔で握手を求め、それに対して、
「ええ、お久しぶりです。すみません。色々とゴタゴタしていたもので。オズワルド殿」
ウォーレンは苦笑を浮かべつつ握手を返す。
そして、エドワードとも挨拶を交わし、軽い雑談をした後、
「久しぶりだね。アーロン」
こちらに顔を向けて笑顔で手を差し伸ばしてくる。
「はい、お久しぶりです。ウォーレンさん」
当然、こちらも差し伸ばされた手を握ってそう返した。
「はは、ウォーレンさんなんて余所余所しい。お義父さんと呼んでくれて構わないんだよ」
笑いながらそんなテンプレじみた言葉を返してくるウォーレン。
正直、反応に困る。どう返して良いか判らず苦笑を浮かべる秋月。
「そういえばレイラさんは? 姿が見えないようですが」
そうオズワルドがウォーレンに尋ねる。
それに対して、ウォーレンは「娘ならすぐに」と振り返ろうとした時だった。
ホテルの廊下から歩いてくる少女が見えた。薄い桃色の着物を纏っている。白の花柄の模様は華やかさを感じさせつつも、派手ではなく清楚さを醸し出していた。
サラサラとした長い黒髪は後ろに結われており、花のかんざしが挿さっている。かんざしには見覚えがあった。秋月がミランダに言われて送ったものだ。
着物の裾から覗く草履は着物に合わせた桃色の鼻緒であった。
瞳はルビーのような紅い瞳に本来の瞳の色であろう翡翠色の瞳のオッドアイ。
薄く化粧をしているのか雪のように白い肌に整った長いまつ毛、そして、赤い小さな唇。
背も高くなっており、スタイルも良くなっていた。
あの頃とは比べものにならない程の美人に成長していた。
まるで映画を見ているかのように彼女がこちらへ向かってくる際、多くの人間が目を奪われる。
秋月も同様だった。ゴクリと息を呑んでしまう程に彼女に釘付けになっていた。
彼女は秋月の前まで来ると、若干伏せていた顔をゆっくりと上げ、目を開く。長いまつ毛の動く様が鮮明に秋月の瞳に映る。
紅い瞳と翡翠色の瞳が秋月を捉えて、
「お久しぶりです。アーロン様」
彼女ーーレイラ・神無月はそう微笑んだ。
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