25 出発(結局、あいつは何がしたかったのか)
秋月は自分の部屋で帝都へ行く支度をしていた。
勇者召喚に立ち会うわけでもなくパレードに行くだけなのに正装である。
紺のスーツに白のカッターシャツ、若干派手な紫色のネクタイ。髪も整髪料で整えられており、似合わないながらも見れるくらいには全身整っていた。
秋月も流石に緊張しており、落ち着かない。先程からずっと深呼吸してはドクドクと脈打つ心臓を治めようとしているが上手くいっていない。
ミランダは同行する事になっている。それだけが秋月にとって救いである。あのミランダが救いになっている事に対して秋月は若干の困惑と苛立ちを覚えるが。
「アーロン様、準備はよろしいでしょうか?」
いきなりミランダが入ってきたので秋月は驚いた。いつもはノックする癖に何故今日だけしないのか。こちらと動悸が治っていないというのに。心臓が飛び出るかと思った。
秋月はノックくらいしろよと注意すると、ミランダは慌ただしかったものでと本当に申し訳ないと謝罪してくる。
そんな風に本当に謝罪されると怒るに怒れない。
確かに今日は色々と準備があるので忙しいのは確かであろう。秋月も先程まで自身の身支度や荷物の確認でてんてこ舞いになっていたのだから。
秋月は用意は出来た事を伝えると、ミランダと共に部屋の外に出た。
秋月が廊下を進んでいるとアシュリーはいつもより若干豪華な真っ黒な軽装ドレスを纏って、腕を組んで壁に寄りかかっていた。
アシュリーもここ数年で成長しており、元々精巧に作られた可愛らしい人形のような美貌を擁していたが、成長した事で可憐さと美しさが合わさり、色気を感じさせる美少女へと変貌した。
セミロングの金髪は相変わらずサラサラしており美しく、シミ一つ無い雪のような瑞々しい肌を持ち合わせている。見た目は原作やアニメに登場するアシュリーそのものであるが、実物のアシュリーは圧倒される美貌であった。
ただでさえ整った容姿である彼女だが、今日はいつもより髪が整えられており、化粧もしているように見える。すぐ隣には無表情の小柄なメイドであるシエルが佇んでいる。両手にはデカい荷物を持っていた。
ミランダはアシュリーの姿を見ると、びくっと緊張した様子になる。後ろめたい事があるかのように視線を床に落とす。相変わらず苦手なのだろう。敵意丸出しのアシュリーを苦手にならないはずもないか。自身にとって雇い主の娘だから、無碍にも出来ない。それはこういう反応になっても仕方ない。
アシュリーは一緒に行く事になっていない。秋月は何故アシュリーがここにいるのだろうかという疑問を抱きつつ、無視して横を通り過ぎようとした時だった。
「は?」
田舎のヤンキーばりの威圧をアシュリーから受ける。ミランダは体を震わせてビビっていた。成人が未成年の餓鬼にガチビビっているのは苦笑を禁じ得ない。師範代クラスの実力を持っているのか疑わしくなる姿だ。
秋月はアシュリーの方を見る。無視された事が気に入らないのか眉間にシワが寄っており、整った容姿が台無しであった。
「なんだ」
眼を付けたまま何も言わない。無視してもいいのだがミランダが不憫で仕方ないので、一応、問いかける。
本当になんだよという気持ちであった。乗る馬車は別としても、一緒に帝都へ向かう事になっているのだ。黒幕エドワードとアーロンに全く関心が無いオズワルドを待たせるのは精神衛生上良くない。
「なんだって何? そっちこそ、こっちに何か言う事ないわけ?」
秋月の返答がお気に召さなかったのかアシュリーは半ギレ状態でそう聞き返してくる。
正直意味がわからない。こっちからすればアシュリーに何か言う事などあるはずがない。
そもそも、なんでいきなりキレているのか秋月には理解不能だった。思わせぶりなのはいつもの事だが、遭遇していきなりこんなにも機嫌が悪いのは初めてではないかと思う。正直、困惑している。
アシュリーはシエルに視線を送る。すると、何故かシエルは持っていたデカい荷物を秋月たちの進行方向の前にわざとらしくドカリと置く。
何がしたいのか理解出来ない。
何か言う事なんて、精々、帝都に行ってくるくらいだろうか。お土産がいるか? だろうか。もしかして、お土産が欲しいのだろうか。一人だけ帝都に行って何も土産を用意しないつもりか? あれだけ魔法の世話をさせて置いてって事だろうか。
「……土産は何が良い?」
脛を蹴られた。
アシュリーはブチ切れながら屋敷の外の廊下へ進む。それに続くメイドのシエル。
正直、脛が痛すぎてケンケンしながら壁の方で蹲る。あのクソ餓鬼どういうつもりだよと秋月も涙目になりながらキレていた。文句言おうとしたが痛すぎてそれどころでは無い。あの馬鹿、弁慶の泣き所ってわかってるのか問い質したい。刀狩りしていた大男が泣き出すような所だぞと言いたい。
痛みが治った後、秋月はアシュリーの愚痴をキレ気味に吐き出す。いっつもそうだが、遠回しに言ってきて意味不明なんだよ、自分の思ってる事が相手に伝わってるのが当たり前だと思ってるとか馬鹿すぎるんだよ、言わなくても私の事を理解してとか甘えなんだよ、大体、思い通りにならないとすぐ暴力とか暴言に頼ってる時点で人間の程度が知れるんだよと脛を押さえながら秋月は姿が見えないアシュリーに対して不満をぶち撒ける。
「大体、何が言いたかったんだよ、あいつ」
散々、愚痴を吐き出して若干落ち着いた秋月はそう溢す。
「あの、きっとシエルが鞄を持ってましたから……一緒に行くつもり、というか、誘って欲しかったのでは?」
秋月の愚痴にミランダは引きつった顔でそう答えた。
アシュリーの露骨な合図にメイドのシエルがわざとらしく荷物を床に置いた姿やヤケに身綺麗にしていたアシュリーを思い出す。
秋月は若干の気まずさを感じつつ納得した。
今日が秋月たちが屋敷を出る事は当然アシュリーも既知であるのは明らかだろう。父親と兄二人の家族全員が揃って帝都に行くのに関わらず自身だけ除け者にされたと思っても仕方ない。なんだかんだ言いながらアシュリーも年齢的には子供である。勇者召喚という大事に一人屋敷に残され、特に扱いがもっとも雑なアーロンを連れていって自分だけ残るのはプライドの高いアシュリーからすれば思う所があるのは当然と言えた。
だからと言って何故、アーロンに当たるのか。誘って欲しかったというが、言う相手が違うと思うのだが。
どちらにしろ、秋月としては子供達が護衛としている以上、アシュリーを馬車に乗せる事は難しい。子供達の事を隠しつつ護衛するのはなかなかの難易度だ。イアンだけならばどうにか誤魔化せるだろうが。
秋月はミランダと共に玄関ホールへと向かい、秋月が乗車する馬車の所へ向かう。
馬車は二台置いてあり、先頭の方はエドワードやオズワルドが乗る為の馬車があり、その後ろに秋月が乗るであろう馬車が用意されていた。
先頭の馬車には既にエドワードとオズワルドが乗っており、そのすぐ近くにアシュリーが立ち会話をしている。何を話しているかは聞こえないが、別れの挨拶でもしていたのだろう。隣のシエルは荷物を持っていないので、帝都に行く事は諦めたのかもしれない。
オズワルドとエドワードは秋月に気付き、視線を向けてくる。馬車の近くまで行って挨拶するべきか迷ったが、結局秋月はその場で軽く会釈をした。オズワルドはすぐにアシュリーに視線を戻し何の返答も無いが、エドワードは済ました顔で右手を挙げて挨拶に応えてくれた。
相変わらずのオズワルドの無関心さに苛つく一方、エドワードには惑わされそうになる。ここ数年、最初の出会いを含めてエドワードと関わる事は殆ど無かったと言ってもいい。兄弟でありながら、会話をすることも稀だ。最初の凍えるような人を人と認めない瞳は最初の時だけで、それ以降に会った時は温和で優秀そうな兄であった。
もし、原作の知識が無ければ秋月は彼が黒幕だと思いもしなかったし、普通に優しい出来る兄だと勘違いしていただろう。
ラングフォード家は家族でありながら交流があまりに少ないように感じる。アシュリーもアーロンよりかはマシだとは言え、父親と兄との交流はあまり無いように見えた。ラングフォード家の子供が歪んでいるのはそういった環境の所為なのではないかと秋月は邪推する。
アーロンたちの母親、オズワルドの妻は既に亡くなっている。メイドが何度か口にしていたマリアこそがその人である。
ミランダによると彼女が亡くなってからラングフォード家はおかしくなり始めたと言っていた。
オズワルドは地位に異常なまでに固執し始め、エドワードは心を開かなくなり付き人をなるべく付けなくなったらしい。
「昔はもっと、悪戯をしたりする人だったんですけど、今は、なんというか、優しいのは優しいんですが、人が変わってしまったように感じます」
ミランダは憂いを帯びた表情でエドワードを遠目で見ながらそう言った。
秋月は詳しいなと言うと、ミランダは昔、一時的にエドワードの付き人をやっていたらしい。まだ入ったばかりでドジばかりしていたのをよくからかわれたと懐かしむように言っていた。
ずっとアーロンのメイドだと思っていたので意外だ。他の使用人と違ってエドワードとミランダに距離があるように感じたのはアーロンのメイドをやっているからだけでは無かったんだなと気づいた。このメイド、有能の割には、エドワードといい、アシュリーといい、仕える相手に苦手意識を持っている絶秒なダメイドである。
秋月の原作知識ではラングフォード家の事情は分からないが、推測の上ではきっとマリアの死に何かあったのだろう。エドワードが黒幕になる切っ掛けが、アシュリーが勇者(主人公達)と敵対する何かが。
馬車に乗り込もうとした時、先頭の馬車の近くにいたはずのアシュリーがこちらの馬車のすぐ傍に居た。しかし、視線はこちらを向いておらず、先程はオズワルドやエドワードに微笑みを浮かべていたのが嘘のように不貞腐れた顔をしていた。彼女の隣には無表情のシエルが佇んでいる。
ミランダの憶測によると彼女は帝都に行きかったのに誘って貰えないから不満を抱いているとの事だが、どうして秋月に対してだけ不機嫌なのかと思う。あの二人に対しても不満気ならば秋月も彼女の態度に納得出来たが、二人に対しては秋月が見た事もないような微笑みを浮かべていた。やはり、アーロンの事は見下し嫌っているが、エドワードや父親であるオズワルドは慕っているからそれだけの温度差が出るのだろうか。
どちらにしろ、気にするだけこちらが不快になるだけだ。無視しようと秋月は澄まし顔でアシュリーから視線を逸らし、馬車に乗り込む。ミランダも荷物を乗せると、アシュリーにおっかなびっくりしつつも馬車に乗り込んでいた。
「っ」
そんな秋月の態度が気に食わなかったのか、視線を逸らしていたのを顔を真っ赤にしてこっちに向けてくる。その表情は鬼のように怒った顔であり、恨みを込めたような瞳で秋月を睨んでいた。
ミランダはそんなアシュリーの顔を見て身体をビクッと震わせる。かなりビビっていた。
言いたい事があるなら言えば良いのに、何も言わずじっと恨みがましそうに睨むだけでなので、こちらとしても何か言うのも癪な為、無視する。
アシュリーが苦手なミランダからすればかなりの苦行の時間が馬車が出発するまで続いていた。
結局、出発の時間になり、御者が秋月たちに合図し、秋月は了承の返事を返す。すると、唐突にドンッと言う音が扉から聞こえ、そちらを見るとアシュリーが怒りを顕にしながら脚を扉につけていた。どうやら腹いせに蹴ったようだ。ミランダはかなりビビった様子で縮こまっており、少し不憫だ。
アシュリーはドスドスという音が聞こえてきそうな足取りで屋敷の方へ戻っていく。それに続くようにメイドのシエルが付いていく。結局、あいつは何がしたかったのかと疑念と共に脅威が去った事に秋月は若干気が楽になる。
ミランダはホッと分かりやすい安堵の溜息をついていた。成人した大人が未成年の小娘にビビり散らし、挙句に去ったら心底安心した顔になるのは、あまりにも情けない。
馬車が揺れ始め、屋敷が遠ざかる。
この街を出るのは初めて事だ。この世界に来てアーロンになり変わり数年が過ぎたが、行動範囲はずっと変わらずにいた。
だからこそ、若干の高揚感がある。帝都ーーアニミズムでも重要な舞台。勇者召喚が行われたり、王族や貴族による権力争いが行われたりと、様々な思惑が絡み合う場所である。
そんな重要な舞台へ秋月は今日、初めて赴く。緊張もあるが、同時にどんな場所なのかわくわくしている。ある意味聖地巡礼なのかもしれない。
前方にはエドワードとオズワルドが乗った馬車が走っていた。それなりに大きな馬車なので二人や御者を除き後数人は乗れるだろう。そんな中、アーロンだけ敢えて別の馬車にする所にアーロンに対する扱いがわかる。アーロンがその事にどう思っていたかはわからないが、正直、秋月からすれば別々の馬車で良かったと思っている。
黒幕のエドワードとこちらに無関心な父親と一緒の馬車に乗って帝都まで行くなんて想像するだけで怖気がする。車中は気まずい空気で秋月は俯きながら緊張しつつ帝都に着くまでじっと耐えているのが容易に想像出来た。
隣ではメイドのミランダが景色を眺めつつ機嫌良さそうにしているが、正直、秋月も先程彼女を馬鹿にしていたが、もしエドワードやオズワルドと一緒の馬車になっていたらアシュリーを前にしたミランダのように挙動不審になっていた可能性は否めない。
ある程度進んだ頃だった。木々が鬱蒼と茂る森の中でケヴィンが用意した馬車と合流する。こちらから見えない場所に停車しており、秋月だけが合流した事に気づく事が出来た。馬車は秋月の乗った馬車から見えない距離で付いてきているはずだ。
その証拠にアレックスがジョギングぐらいのペースで木々の間を疾走している。ミランダは兎も角、御者に気付かれると面倒なのである程度距離を置いて秋月の乗車する馬車に並走していた。
正直、秋月としては剣術の達人であるミランダも居る事だし、並走などせずに後ろの馬車から護衛でも問題無いように思い直し、その旨を伝えた所、丁重に断られた。賊が出た場合、見えない後ろからの馬車からでは決して間に合わないし、またミランダも護衛対象であるので護衛対象に戦わせるわけにはいかないとの事だった。
やけに子供たちは張り切っているように感じるのは気のせいではないはずだ。最初は渋り気味だったアレックスも護衛をすると決めた途端、護衛の道の情報収集を始めるなどやる気に満ちていた。
ある意味、今回が秋月からの見返りみたいなものだ。これまで彼らは秋月から与えられるだけの存在だった。知識や技術、コネなどを無償で与えられていた。
今は彼ら自身の方が知識も技術もコネも持っているが、最初の壁を崩したのは間違いなくアーロンである。家族でも親戚でもなく、同じ平民でもないアーロンに何も返さない程、彼らも恩知らずではないであろう。
人間には返報性の原理が存在する。何かを与えられたら何かを返さないといけない気持ちになる。それはどんな傲慢な人間でも同じだ。何かをしてくれた相手には何かを返してあげたいとなるのは仲間を作るという動物にある本能の一種なのかもしれない。
この過酷な自然界の中で自身が生き残るには仲間は必須だ。どんなに優れた能力を持とうとも、一人で生きるのは限りなく難しい。だからこそ、仲間を作る為に、維持する為に、本能として返報性の原理が刻みついているのではないかと思う。
子供たちがこうして秋月の為に何かしたいと思わせる為にずっと献身的に彼らに与え続けた。そうして、植えた種は芽を出し、花を咲かした。
打算的な自分に嫌気がするが、それでも秋月はやらなければならない目的がある。
目的の為なら何でも利用する。心の底にある疼く焦燥が秋月にそんな冷酷な判断を下させる。それでいいと秋月は思う。
目的を果たせなければ最悪、死が待っているのだ。死を回避するのは人間の本能として当然の事だ。
数時間後、見晴らしが悪く危険な森を抜ける。山賊に遭遇する事もなく、何事もなく見晴らしの良い草原へと出た。
ここからは後少しで帝都に着く。薄暗い場所から抜けて日光の明るさが馬車の窓から差し込み、緊張の糸が切れるのが自分でもわかる。
窓から後方を見ると、イアンが走っているのが見える。魔法に特化したイアンではあるが、身体も鍛えており、馬車に余裕に付いて来ている。イアンの後ろには子供達を乗せているであろう馬車が見えた。問題なく付いて来れているようで安心した。
「あっ」
隣のミランダから何かに気づいたような声が聞こえた。なんだと思いながら彼女の方を見ると、ミランダは前方を見ていた。秋月も釣られるよう前を見ると、そこには街が見え始めた。
秋月が居た街とは比べ物にならない大きさの街だった。漸く、帝都に着いたのだ。
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