24 聖女の秘密と護衛のお願い

 秋月は聖女との交渉の為に必要な事を考える。

 秋月がいきなり押し掛けた所で彼女が秋月の要望に応じてくれるとは限らない。こちらを信用させる何かを見せなければ相見する事は叶わないだろう。


 原作知識に置いて聖女は大きな秘密を抱えている。彼女は聖女と呼ばれながらも魔族の血を宿しているのだ。魔族、かつて人間と争った種族。人間と似た容姿をしているが、人間とは違い角を持ち、紫色の肌を持ち合わせた存在。更には人間とは異なり、魔石を体内に擁しており、莫大な魔力と高等魔法を扱える。


 聖女の見た目は人間そのものだが、体内には魔石を擁している。

 魔石はめずらしくはない。魔物も魔石を取り込んでおり、動物との違いは魔石の有無と言われている。得に魔素が多い場所で魔物が住み、魔素が少ない場所には動物が生息している事から、動物が大量に魔素を含んだ餌を食べた結果、魔物に変わっていったのではないかと考えられている。

 だからこそ、一部の学者では魔族も元々は人間だったのではないかという憶測もあるようだ。


 魔石を使った魔道具などもあるらしいが、基本的には杖など、魔素を取り込んで魔力を上昇させるものに使われているようだ。秋月は自分の杖を持った事が無いが、オズワルドやエドワードが持っているのは見た事がある。また某魔法使い映画のような杖をアシュリーが持っており、見せびらかされた。


 とにかく彼女は魔族と人間のハーフであり、異常な魔力を擁している為に召喚魔法を扱えるというからくりが存在する。

 もし、それが露見した場合、彼女は六神教から追い出される。また迫害されるのは必須だろう。

 彼女自身、自分の正体には気づいており、原作でも周囲には秘密にしていた。見た目から彼女が魔族のハーフである事は一切分からない為、莫大な魔力と召喚魔法という特別な力を有していた為に聖女として担ぎ上げられた。

 彼女自身、性格も容姿も聖女様と言わんばかりの物を持ち合わせているので、誰も疑いを持つ事はなかった。


 彼女の秘密を知っているのは今現在に置いて原作を知っている秋月だけだ。

 この秘密は交渉手段としてはかなり有益だと言える。


 何故ならば彼女は原作において近い未来、秘密が露見し、六神教から追い出され迫害されるのだから。


 原作のヒロインである彼女は魔族の血が入っている事が、第二部の敵グループによって、正確には六神教に潜り込んだスパイによって暴露される。勿論、最初はそんな荒唐無稽な話を六神教も勇者である主人公たちも信じようとしなかった。

 しかし、魔族との交流を持っていたと噂される彼女の母親の存在や父親が不明な事など、異常な魔力を有している事から疑いが向けられるようになる。これまで聖女と崇められた存在だった彼女は一変し、穢れた魔族の血を宿している化物として迫害され始める。

 別世界からやってきた勇者たちだけは魔族は恐怖の対象という固定概念が存在しておらず、聖女を受け入れ擁護していた。その結果、六神教と微妙な関係となってくるのだが。


 また彼女の母親と父親の事を知っている存在がいる。彼女は聖女の母親の妹であり、唯一両親の居場所を知る存在だ。そして、聖女の事を大切に想っていた故に聖女の居場所や聖女の両親の居場所を聞き出そうとした六神教の過激派に殺害される。


 原作において聖女は孤独だ。自身が魔族のハーフである事をひた隠し、それがいつバレるのではないかと心の底から誰かを信頼など出来るわけがない。

 勇者たちと出会うまでは孤独と聖女の責務に耐えかねて自殺を何度も考えた程に彼女は追い詰められていた。


 だからこそ、彼女の事を愛していた叔母の存在を知り、彼女が過激派に殺害されたと知った時は彼女の絶望は計り知れなかった。

 自分の所為で叔母が殺された事に深い自責を覚え、同時に六神教への憎しみを深めていった。


 原作では聖女の叔母は殺されるが、現在はそうなっていない。

 ある意味、これは最大のチャンスだ。聖女がもっとも知りたがっている両親の情報と彼女が信頼し、彼女が魔族のハーフでも受け入れてくれる存在が同時に揃っているのだから。


 きっと彼女もこの情報を対価にすれば、秋月の元の世界に戻すという要求に応えてくれるだろう。

 もし、仮にもし、交渉が決裂するような事になったのならば強硬手段に出るしかない。彼女の秘密を盾に召喚を行わせる。


 脅しのような形になるが、それでも秋月は元の世界に戻れるのならば、躊躇なく交渉材料として使うつもりである。

 だが、これはあくまで最終手段だ。こんな強引な手など上手くいくはずがない事は秋月も重々承知だ。逃げられればそれで終わりなのだから。

 だが、それでも、もし戻れる方法がすぐあって、戻れるのならば戻りたいのだ。


 秋月は自身の行動が身勝手である事は判っている。理性的な判断が出来ていないのもわかっている。

 しかし、どうしようもない不安と焦燥に襲われているのだ。早く、どうにか秘密裏に彼女と接触し、元の世界に戻らなければならない。



 父親の書斎にて秋月は子供達を召集した。

 数年の月日が経ち、子供達も成長しており、頼もしい若者になっている。

 リーダー、アレックスは剣豪の弟子となり、仙天流を極めつつある。剣術流派では龍蒼流、鬼人流、仙天流の三つの主な流派となっており、仙天流は二つの流派よりもマイナーな部類である。二つの流派は攻めで激しい動作をするのに対して仙天流は動かず静かに受けの剣術である。そんな剣術を極めつつあるアレックスは背も高くなり筋肉も付き、リーダーとして貫禄が出てきた。

 イアンは涼しげな爽やかイケメンに成長し、風帝シエルの元、上級魔法を取得して、魔法については一人突き抜けている。サラは天真爛漫な所は相変わらずだが、愛嬌に加え愛らしい容姿に伴い、ギルドの受付嬢で人気を博している。

 シルヴィアとソニアは回復魔法に極め始め、シルヴィアは肉体的な回復、ソニアは精神的な回復をそれぞれ特化し始めた。シルヴィアは内向的な性格は良い意味で物静かで大人びた性格へ変化した。暴走しがちなサラのストッパーなのは相変わらずだが。ソニアは肉体的回復魔法を極めようとしていたが、途中、自分が精神的回復魔法に才能があると分かり、そっちを強化し始めた。ソニアは周りがよく見える存在なので、ある意味向いているのではないかと思う。

 ケヴィンは自身の夢である商人として既に商会へと入っている。野心家である事と有能である事を買われ、サラ経由の商人に商会に紹介されたようだ。いずれは自分の店を持つべく、今は下働きとして働いている。行商人として街を離れる事になるので、ケヴィンとはしばらく会えなくなるだろう。

 サイモンは六神教に入信しており、熱心さと敬虔さを買われ、助祭として活躍している。自身と同じ孤児たちに炊き出しを行ったりしている。秋月も身分と顔を隠して数回参加した。ある意味、秋月にとって厄介な存在である六神教だが、やっている事はすごい事だと少しだけ感心した。食事を配膳しているサイモンは白髪に儚げな美しい容貌が伴い、天使に見えた。

 ジュリアは相変わらず秋月に対して素っ気ない。子供達からは慕われているのは確かなので、秋月に対してだけ何かしら思うところがあるのだろう。最近、忙しいアレックス、サラに変わり、リーダーとしてグループをまとめている。ジュリアは元々知識が豊富であり、特に科学についてかなり関心を持っていた。ジュリアを慕っている何人かの子供達と研究をし始めた。

 彼女に関しては秋月は違和感を覚えている。現代の世界を知っているかのように、様々なテクノロジーを開発している。秋月の事も何故か知っている素振りがある。秋月の中で、彼女もまた秋月と同じ転生者なのではないかという疑念がある。秋月は追求していないし、する気もない。

 今現在、彼女は魔法と科学を複合したテクノロジーの開発を目指しているようだ。


 他の子供達も成長している。秋月の教育は最初だけで、後々はミランダのこの世界の常識や知識が彼らの助けになったようだ。魔法に関しても、風帝シエルやイアンの指導で成長している。剣術に至っては秋月に入る余地はなく、アレックスともう一人のお陰で実力をつけていた。また子供同士で教えあったり競い合っている為、指導者が居ない時も成長し続け、秋月がした事と言えば些細な助言くらいなものだ。

 秋月が何もしていないのに、秋月以上の魔法や剣術、知識を身につけてくる。おまけに師匠と仰ぎ、尊敬の眼差しを向けてくるのだ。

 秋月は上級魔法の質問や剣術の練習相手など、頼まれそうになる度にのらりくらりと用事を思い出したり、他の子に振って逃げている。

 正直、秋月の実力など書斎に集まっている子供達はとっくに超えていた。秋月の実力に気づいている子ジュリアなどもいるが、リーダーのアレックスを筆頭にイアン、サラなどの盲信組が持ち上げてくるので秋月に対する評価の温度差が酷い事になっている。


 ただ何もしないわけにいかないので、本の内容をごく偶に演説している。だが、演説している内容も既に子供達は知っている内容であるし、更に言えば日本語を解読してしまった彼らはこの書斎にある本は既に読み漁り終えているのだ。だから、秋月の演説など聞く価値も無いはずなのだが、子供達は自身の仕事、するべき事を放っぽり出して秋月の演説を聞きに来る。皆、何度も聞き飽きた演説をキラキラした眼差しで待ちわびているので、意味がわからなくて怖い。

 彼らが言うには秋月の演説を聞くとモチベーションが跳ね上がるのだそうだ。それが例え聞き飽きた知っている事でも。


「では、来週に師匠が帝都に行く際、護衛をすれば良いんですね?」


 アレックスがそう問いかけてくる。

 秋月は事情を子供達に話し、リーダーのアレックスが代表として対応した。


「ああ、お前たちも知っているだろうが、ラングフォード家はあまり良い評判ではない。道中、良からぬ者から狙われる可能性がある。また父上や兄上は護衛がついているが、残念ながら俺にはミランダしか護衛はつかない。そこでお前たちに俺の護衛を頼みたい」


 子供達もアーロン・ラングフォードの事情について調べがついているだろう。アーロンがただのお人好しの貴族ではない事は知っている。ラングフォード家の悪名は嫌でも耳に入るはずだ。

 最近はエドワードの台頭により、悪評は少なくなっているが、それでも過去の悪名が消える事は無い。

 またアーロン・ラングフォードの無能さや家での扱いも情報通のサラがいる限り、全て伝わっているだろう。サラが居なくとも少し調べればわかる事だ。そんなアーロンの噂を聞いても、彼らがアーロンを切り捨てる事なく、逆に持ち上げている事に秋月は若干の恐怖を覚えるが。


「それは構いませんが」


 秋月の頼みにアレックスは代表として承諾するものの、気になることがあるのか言い淀むように秋月を見る。

 アレックスが何が言いたいのか解っている秋月は説明する。


「だが、表立っての護衛は出来ない。俺の父上や兄上もいる以上、お前たちの存在を表に出すわけにはいかない。そこで少し離れたところで俺の護衛をお願いしたい」


 オズワルドとエドワードとは乗車する馬車が違うが、それでも、秋月の馬車に堂々と平民の彼らが乗るのは不可能であろう。

 ならば、馬車から一定の距離を置いた状態で護衛をすれば良い。馬車と言っても飛ばすわけではないので、早足や走れば追いつく事は可能だ。道中、走りっぱなしになるわけにはいかないので後方で馬車で付いていく組も用意する事を考えてはいた。

 勿論、秋月を護衛するのはアレックスを筆頭とした武力に長けた者だけになる。だが、他の武力にそこまで力を入れていない子供たちも帝都に行きたいというのは見ればわかる。

 秋月の世界の日本で言えば東京に行くようなものだ。ラングフォード家の領土がど田舎というわけではないが、やはり帝都と比べれば見劣りはする。

 帝都でしか知り得ない情報や知識、見聞が存在するのは確かだ。だから、秋月は子供達の研修を兼ねて秋月の馬車の後方に付いていく馬車に非戦闘員の子供達も乗せるつもりでいた。

 子供達を乗せる馬車は商人からレンタルする物だ。料金についてはこれまで秋月や子供達が貯めた資金を利用している。


 秋月がそれらの事を踏まえて代表のアレックスに頼むと、若干の戸惑いを見せつつ「良いんですか?」と尋ねてくる。秋月は肯定する。そもそもこちらからお願いしているのだから悪いわけがない。

 アレックスからすれば護衛の邪魔になる存在を連れていっていいのか不安だったのだろう。更に言えば大人数でゾロゾロと行けばオズワルドやエドワードにバレかねない。

 秋月としてもそこら辺の心配が無いと言えば嘘となる。だが、それでも彼らを連れて行くのは帝都の技術を見せておいて損はないと感じているからだ。成長著しい彼らだが、地元での出来る事はやり尽くしている感はある。だからこそ、外へ修行へ出て行く者も居る。

 秋月が教えられる事も限りなく少ないからこそ、こうして護衛ついでに帝都に連れ出すのも良いのでは無いかと考えている。


 ラングフォード家を狙った賊が居たとしても、まず狙うのは父親のオズワルドか評判の良いエドワードだ。アーロンなんて落ちこぼれを狙う理由がない。

 もし、アーロンを狙ってこっちの馬車に来たとしても、ミランダは剣術の師範代クラスの実力を持っている。まず、その辺の野盗程度では相手にならないだろう。

 秋月も中級魔法は使えるようになっている。中級魔法といっても下のランクの魔法ではあるが。アシュリーのお陰でなんとか秋月でも中級魔法を取得出来た。アシュリーは既に上級魔法を取得している。

 中級魔法の下のランクとはいえ、野盗程度ならそれなりに効果はあるはずだ。あっさり殺されるなんて事にはならないだろう。時間を稼いでいる内に子供達が来さえすればなんとかなる。アレックス、イアンがいれば大抵の相手には負けないはずだ。


「わかりました」


 アレックスはしばらく悩んだ後、了承した。アレックスもリーダーとして、危険が伴う道中をアーロンだけではなく、他の非戦闘員の子供達を守れるか思案していたのだろう。

 野盗が襲ってくるなんて滅多な事はないだろうが、嫌われ者のラングフォード家だ。どこかの誰かが暗殺者を送って来ないとも限らない。

 アレックスには色々と迷惑を掛けると秋月も理解しつつも「すまないな」と謝罪するだけで撤回する事はしない。


「馬車の準備はこちらで行っておきます」


 アレックスはそう言ってケヴィンの方を見る。

 馬車についてはケヴィン経由でレンタルする手筈になっている。最初はミランダに頼もうかと思ったが、ミランダもラングフォード家の準備で忙しいだろうと思い、アレックスにお願いしていたのだ。


「頼む」


 最近は秋月が何もしなくても彼らが自発的に行動してくれる為、秋月にとっては楽のような若干のプレッシャーを感じるような微妙な状態だ。

 秋月が元々、未来の為に貯めていた資金もいつの間にか子供達も貯蓄するようになり、それなりの資産になっていたし、サラ経由で人脈が広がり、いつの間にかアレックスに剣豪の師匠が出来ていたり、イアンも風帝シエルの元で上級魔法を使用出来るようになっていたり、ケヴィンが既に駆け出し商人として行動していたりと秋月が知らない状況でどんどん彼らは成長していっている。

 報告を受ける度に心臓が飛び出しそうになるのだ。嬉しいというよりも秋月にとっては困惑の気持ちの方が強い。

 若干の寒気を背中に感じつつも、秋月は子供達と別れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る