19 陰口はどこにでも存在する

 レイラは少しずつだが、変化の兆しが見え始めている。


 今までこの屋敷に来て、ずっと花壇に佇んでいたのが、今では森の中の書斎へと足を運ぶようになった。


 子供たちとも少しずつだが、打ち解け始めているように見える。


 秋月にとってはかなり順調に事が進んでいる。正直、怖いくらいだ。


 このままいけばレイラが邪神化して秋月を殺す事は無くなるだろう。目標その一の死なないと目標その三であるレイラに優しくして邪神化阻止は達成した事になる。


 だが、現実はそんなに甘くない。


「あの娘が邪神だって本当なの?」

「ああ、らしい。仮面を外したところを見たやつが言っていたけど紅い獣みたいな瞳で人間とは思えない肌だったらしい」

「じゃあ、やっぱりあの噂本当なんだ。東洋で邪神の生まれ変わりが生まれたって」

「本当だろうな。かなり前に教皇様が邪神の生まれ変わりだと見抜いたって話だし」




「オズワルド様は何を考えているの。六神教に知られたら、いくらラングフォード家だってただでは済まないと思うけど」


「東洋と繋がりが欲しかったんだろ。エドワード様と違って出涸らしの使い道に困っていたみたいだし、丁度良いと思ったんじゃないか。向こうにとってもただの出涸らしとはいえ、一応――っ」


 どうやら秋月の存在に気付いたのか、使用人は口を閉ざす。メイドも使用人の挙動にこちらに視線を向けてうげっと苦虫を嚙み締めたような顔をしていた。二人は秋月から逃げるように去っていく。




 前々からわかっていたが、レイラの素性はもう隠しきれていない。


 レイラが邪神の生まれ変わりである事は屋敷中に知れ渡っている。こうしてコソコソと陰口を言う程度なら良いが、レイラに直接被害を与える可能性が無いとは言い切れない。


 出涸らしのアーロンが何を言ったところで、彼らの評価は先程の通りだ。きっと聞く耳を持たないだろう。


 秋月は彼らを軽蔑はしない。立場が違えば、秋月も彼らと一緒になって陰口を叩いていただろう。人の悪口はコミュニケーションに置いて有効な手段の一つだからだ。


 人の悪口を言いたく無いという偽善じみたエゴを貫いた所で仲間の顰蹙を買うか、白けさせるだけだ。ならば、適当に合わせた方が都合が良い。


 だから、いじめは無くならないのだろう。


 いじめは無くならない。


 そんなクソみたいな真理を説いたところで、秋月にとってこの状況は良く無いことに変わりない。


 いくらレイラが父親の書斎で子供たちと仲良くしていようと、結局、悪意に晒されるのだ。レイラは幼少期からずっと悪意に晒され続けてきた。だが、そんなの慣れる事などない。


 ストレスによってコルチゾールが分泌され、確実にダメージを蓄積している。


 いずれ身体になんらかの影響があるのは明らかだろう。


 そうなった時、秋月のもっとも恐れた邪神化が起こりうる可能性がある。


 だからといって、どうすればいいのか。良い案など思い浮かばなかった。どこかの物語のヒーロー様はチートやお説教で解決出来るのかもしれない。


 だが、残念ながら秋月にそんな能力は存在しない。もどかしさがある。この状況をどうにも出来ない無力さに苛立ちもある。同時に虚無感さえ感じる。



 秋月は庭園へ向かおうとした時だった。


 使用人の男とメイドがまた二人で立ち話をしていた。こいつら仕事しろと秋月は思ったが、口出しするも厄介事を招く事になると思い、様子を見る事だけに留める。


「本当、あの出涸らしは鬱陶しいよねー。エドワード様が次期当主確定なんだから、大人しくしておけばいいのに」


 大人しくしておけと言うが、秋月はこれまでなるべく使用人やメイドとは殆ど干渉していない。ミランダは例外だが。


「確かにな。アシュリー様よりも劣る存在のくせにいつも偉そうにしていたからな。だからこそ、皆から嫌われているのを理解していないんだろうな。ここ最近は少し大人しいが、それでも愛想の欠けらも無い」


 愛想の欠けらも無いと言われても、近くを通っただけで嫌悪感丸出しの顔をされているというのにどうしろと言うのか。


 こっちだって気を使ってなるべく関わらないようにしてきたのに愛想が無いなどと文句を言われる筋合いは無い。


「だよねー。エドワード様とは大違い。エドワード様は私たちにも挨拶してくださるし、気にかけてくださるもの。更には勉学も剣術も出来て魔法も最上級魔法を使えるって話だし。オマケにイケメンで背も高い」

「あの方はオーラからして違うからな。それに比べて、出涸らしは魔法も初級魔法くらいしか使えない上に剣術も勉学も全くダメだからな。その癖、貴族としてのプライドだけは高く俺たちの事を見下していたからな」

「ああいう上辺だけの奴って本当嫌い。性格最悪だし。いいとこ本当無い。屑だよねー」

「正しくゴミ屑だな。出涸らしと邪神の婚約者。ラングフォード家の面汚しとしてはお似合いだ」

「マジでお似合い! ラングフォード家じゃなかったら爆笑ものなんだけどねー。二人で駆け落ちでもなんでもして出て行ってくんないかなー」

「本当にその通りだな。さっさと出て行ってくれればラングフォードも安泰なんだがな」


 さっきから言いたい放題だな。こっちだって黒幕がいるラングフォード家から逃げられるなら逃げ出したい。だが、資金や身を守る為の力が足りていないのだ。


「それか死ねばいいのに」


 メイドは吐き捨てるようにそう言った。


「……」

「アーロンの出涸らしのゴミなんて死のうが誰も悲しまないでしょ? だって、あいつは本当はーー」


「そんな事ありません!」


 メイドが何か言いかけた時、それを遮るように叫び声がした。


 秋月は唐突の声に身体がビクつく。声の方を見ると、そこには桃色の着物を纏った少女が立っていた。炎の模様の入った白の半分の仮面を被り、少しだけ荒い呼吸をしている。


 秋月は戸惑いを隠せなかった。なにが起きているのか理解が追いつかない。


 あのレイラ・神無月が、自己肯定感が全く無く、自身の意思すら乏しい彼女がアーロンの悪口を聞いて飛び出したのだ。

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