15 違った風景

 翌々日。秋月は自室で鏡の前で深呼吸を行う。鏡には幼き頃の秋月が映っている。良いとこのお坊ちゃまのようなサスペンダー付の半ズボンにジャケットを羽織っており、髪もメイドに整髪料を使われて整えられていた。

 緑の本を再度パラパラと捲り、作業机の上に置く。

 緊張で自身の鼓動が聞こえてくるが、このまま何もしないままでは何も解決しない。秋月は自室から出て、庭園へと向かう。


 庭園には秋月の思い描いた通りに彼女が花壇の前で佇んでいた。どこに居ても好奇と嫌悪の視線を感じる彼女にとって此処は唯一の安息地なのであろう。

 桃色の着物に身に纏い、憂いを帯びた表情を浮かべる彼女は美しくもある。炎を催した半分だけの仮面が左側を覆っているのはすごい違和感を覚える。

 彼女との関係は良好とは言い難い。邪神化がレイラのメンタルに依存している以上、ストレスがかかる状況は御法度である。婚約者であるアーロンとの関係が悪くなればなるほど秋月の死が近づくという事だ。このまま何もしないで居てもコミュ障の彼女は自ら死地へ赴いていくという最悪な状況。使用人に何を言っても六神教に染まっている彼らにとって価値が無いアーロンの愚見など聞くに値しないであろう。敬虔さをもって六神を信仰し、邪神を排斥するだろう。

 嫌気から俯き深い溜息を吐いた後、彼女を見ながら秋月は昨日の事を思い返す。


 昨日――父親の書斎。秋月の前にはサラとシルヴィアが期待に満ちた目でこちらを見つめていた。


「先生! 続き、続きお願いします」


 サラは瞳に星を輝かせながら秋月をせっついてくる。

 こちらは昨日必死に緑の本を読み込んで寝不足だと言うのに。人の気も知らずテンションが高い赤髪少女である。

 隣には控えめな感じで同じように目を輝かせている茶髪の少女、シルヴィア。赤髪暴走少女の制御頼むぞ。


「わかっている。そうだな、まず――」


 秋月は緑の表紙の本を片手に話し始める。


 自ら笑顔で挨拶する。


「レイラ、おはよう」


 彼女が佇んでいる花壇前まで行くと、秋月は満面の笑みを浮かべて秋月は挨拶する。


「っ」


 いきなり声をかけられ驚いたのは身体をびくっと振るわせているレイラ。

 少しだけ警戒の色を見せつつも、


「……おはようございます」


 おずおずといった感じに返事を返してきた。


 人間には返報性の原理というのものが存在する。目には目を歯には歯を。善意であろうと悪意であろうと、やられたらやり返す、倍返しだ! という性質が人間には備わっている。

 秋月も何かを貰ったら何かを返さないといけない感覚はある。だが、そうした感覚になるのは大抵自尊心を守る為だ。所謂、世間体という奴である。人間は自分が常識人で良識的であると思い込んでいる生き物だからだ。

 人間は基本的に自尊心が傷つくのを恐れている。その為、相手の悪意、それに近い行動、無関心に敏感だ。相手の行動によって自分自身が否定されたような気分になるからだ。だから、そうならない為に大抵の人間は処世術を身につける。

 だが、秋月やレイラのようなコミュ障は違う。基本的に自尊心が低いので相手の関心から外れたがる。関心を持たれると必ず自尊心が傷つく可能性があるからだ。だからこそ、自ら傷つかない為に他者と距離を置き、無関心を装い、相手の出方を待つ受け身体質なのだ。結果的、相手の自尊心を傷つけて返報性の原理により悪意を向けられ更に自尊心の危機に瀕するのである。まさに悪循環。


 相手に誠実な関心を寄せる。


「今日も花を見ていたのか?」


 秋月はレイラと同様に花を眺めながらそう問いかける。


「……はい」


「育てたりしないのか?」


 レイラは秋月の方をチラリと見て、


「……実家では育てていました」


 レイラは何故こんなにも秋月が話しかけてくるのか分からないという表情を浮かべていた。無表情で分かりづらいが、声色から緊張しているのは分かる。その為、秋月は自身の緊張が若干解れていく。


 デール・カーネギーは「中国で百万人が餓死する大飢饉が起こっても、当人にとっては、自分の歯痛のほうがはるかに重大な事件なのだ」と告げている。


 人間が究極的にもっとも興味を持ち、関心を持っている事は自分自身である。人間は自分の欲求を満たす為に生きていると言っても過言ではない。どんなに社会や家族や信念の為に生きていると言ってもその根源は自分自身の欲求に他ならない。

 だから、相手の関心事は相手であり、相手がどう思いどう感じたかが重要であって自分がどう思いどう感じたかなど相手にとってそこまで重要ではないのだ。


 他人のことに関心を持たない人間は、苦難の道を歩まねばならず、他人に対しても大きな迷惑をかけることになる。人間のあらゆる失敗は、そういう人たちの間から生まれる。

 アルフレッド・アドラーの言葉である。


 秋月にとっては突き刺さる言葉だった。秋月も他人に興味が無く自分がどう思いどう感じたかばかり考えて生きてきたコミュ障である。自分が興味がある事だけを永遠と必死に話して、相手はつまらなさそうにスマホを弄っているのである。死にたくなってくる。


「ほー、実家で育てていたんだな。どんな花を育てていたんだ?」


 相槌とオウム返しを忘れずに質問する。

 矢継ぎ早に質問してくる秋月にレイラは警戒してるのか少し間が開く。秋月の目的が見えないからだろう。

 レイラからすれば秋月とあまり会話をしたくないのかもしれない。仮面の裏側を秋月に知られたくないし、触れられたくはない。彼女にとって自尊心が大いに傷つくのはそこである。そこにだけは触れられたくないのだ。


「……ガーペラやナデシコ……それから、ゴボウ、です」


 ナデシコは聞いたことはある。ゴボウ? ゴボウと言えばあのゴボウか? 秋月は煮物なので出てくる根菜を思い浮かべる。


「どんな花なんだ?」


 知ったかぶりしても仕方ないので尋ねる。


「ガーペラは色々な色があって綺麗な花です。ナデシコは花の周りがギザギザしていますね。でも、可憐で撫でたくなる程可愛らしい花です。ゴボウは……刺々しい花ですね」


 ガーペラやナデシコは綺麗で可愛らしい花という意味で育てている意味は分かるが、何故ゴボウは育てているのか。刺々しいという言葉からあまり花的にいい印象では無そうだが。

 レイラ自身もゴボウという言葉を出した瞬間、言い淀み顔に影を差している。意味深で嫌な予感がする秋月。深入りはしない方が賢明だろう。


「そうか。なら、こっちで育ててみないか?」


 秋月はそう提案する。

 レイラは暇さえあればこの庭園に居る。居場所が無いという事もあるのだろうが、花が本当に好きなのであろう。だが、咲いている花をただ眺めるだけでは飽きるのでは無いかと思う。

 この庭園はオズワルドの見栄で庭師に手入れさせているだけで、オズワルドが庭園に来る事はほとんど無い。いや、皆無に等しい。精々、客が来た時に自慢するのが関の山であろう。

 ならば、花壇の一角にレイラの植えたい花を植えても構わないのではないか。


「え?」


 レイラは驚きの表情を浮かべる。そんな発想など無かったと言わんばかりの顔である。


「こっちにも花壇がある事だ。欲しい花があれば買って植えればいい」


「……いいんですか?」


 戸惑いの表情を浮かべるレイラ。彼女からすれば許嫁とはいえ、いきなりラングフォード家の庭園に勝手な事をしていいのか不安なのだろう。

 確かにレイラの心配はもっともだが、秋月からすれば例えレイラが花を植えたとしてもオズワルドは気付きもしないのではないかと思う。レイラのように花に精通していればまだしも見栄で庭園を維持しているだけのオズワルドに庭園の異変など、況して、花壇の小さな変化など分かるはずが無い。


「ああ、俺も育てようと思っている」


 レイラの問いに肯定し、そして、レイラに告げようと思っていた事を言った。自然な形で言ったつもりだが、若干、声色が上ずっていたかもしれない。


「……アーロン様も花に興味がお有りなのですか?」


 レイラは驚愕したように秋月の方を見て、少しの沈黙の後、そう問いかけてきた。

 レイラからすればまさかアーロンまで花を育てるとは想定外だったのだろう。自分の庭園の花すら把握して無かった男が何故いきなりとなるのは普通であろう。

 しかし、レイラが思った以上に食いついてきたので秋月としても少し想定外である。もう少し、淡々とした感じで「そうなのですか」と言われると思っていたので戸惑う。


「……無かったが、その、興味が出た」


 秋月はレイラの驚いた表情に気恥ずかしさを感じつつ、そう答えた。


「……」


 レイラは呆けたようにずっと秋月を見つめている。秋月としてはそこまで意外という風に見られる事に段々顔が熱くなってきた。

 何か言ってくれればまだしも、無言で見られているとそれはそれで羞恥心が沸き起こる。


「き、昨日、眺めていたら、花も良いものだなと思ってな。だから、その」


 秋月は誤魔化すようにそう言い訳する。何の言い訳かは秋月もわからない。こんな言い訳する必要も無かったのだが、レイラが花が好きだから秋月も興味を持ち始めたというも下心があるようで、言い訳をしたのだと自分でも薄々分かっていた。

 本来なら相手の関心事に関心を持った。それでいいはずなのだが、コミュ障所以の貴方に関心があるわけではありませんよーと一線を引いたのだ。何をやっているのかと言いたい。


「……」


 未だに呆けた様子で秋月をじっと見つめ秋月の言葉に耳を傾けているレイラ。


「初心者だから、育てやすい花があったら教えて欲しい」


 そうレイラに頼んだ。秋月の顔が熱くなっているのが分かった。


「それは……構いませんけど」


 呆けた顔で秋月を見つめているレイラ。

 そこまで驚かれると気まずくなってくる。


「……ありがとう」


 秋月は感謝を述べる。

 相手に重要感を与える。

 相手の好意に感謝を示す。


 人間は自己の重要感を欲している。人に求められ、人に尊敬され、人に尊重されたがっている。他者に承認される事によって自己の重要性を認識するのである。

 人は誰かの為に行動するのではなく自らの為に行動する。相手の好意は相手の欲求を満たす為に相手の努力によって作られている。故にその好意が当たり前だと蔑ろにした瞬間、相手の好意は無くなる。何故ならば相手は相手の為に行動しているのであって、自分の為に行動しているわけではないからだ。

 だからこそ、相手の好意に感謝を示す必要がある。それが相手の欲求を満たす事に繋がるからだ。



 翌日、秋月とレイラは外出する事にした。秋月がレイラに花を一緒に買いに行かないかと告げるとレイラは困惑した顔を浮かべていた。

 秋月が花に関心を持った事をレイラに対してのお世辞であると思ったからかもしれない。同時に秋月がすぐに行動に移すとは思っていなかったのだろう。

 レイラは若干渋っていた。秋月と買い物に行く事が嫌というよりも、外出する事が彼女にとってハードルが高いのだろう。レイラは左の仮面を左手で軽く触れていた所から、仮面が目立つと思っているのかもしれない。実際、仮面は目立つ。周囲の視線はレイラに集まるかもしれない。それでも秋月の押しに負けたのか了承してくれた。


 翌日、メイドに付き添いを頼み、秋月とレイラは花屋へ向かう。

 秋月は花屋に入ると、花屋の主人が秋月を見て目をギョッとさせる。どうやら、花屋の主人は秋月の素性を知っているようだった。

 秋月はそれを素知らぬ顔をしながら、綺麗に並んでいる鉢に植えられた花を見渡す。

 しかし、どれが良いのかわからない。唯一、紫陽花はわかった。

 それから、視線を彷徨わせて薔薇を発見した。


「どの花がいいのかわからないな」


 秋月は隣にいるレイラに花を眺めつつ言った。


「そうですね、花には大きくわけて一年草と多年草にわかれています」


「一年草と多年草?」


 聴き慣れない言葉だった。


「はい。一年草は一年の間に発芽し花を咲かせて種をつけて枯れる花の事です。多年草は何年の間枯れることなく花を咲かせる花の事です。多年草も種が出来るので放っておくとどんどん増えて広がっていくのが特徴ですね」


「なるほど」


 一年草は名前の通り、一年しか生きれない花で多年草は何年も生きる花って事か。おまけに寿命が長いからどんどん拡大していくと。


「一年草は一年の間で発芽から枯れるところまでいくので花期は短いですが、一度にエネルギーを使い切るので花は大ぶりで鮮やかで花付きも良いです。多年草は植えてすぐは株も花も小さく花付きもあまり良くないですが、数年経って株が大きくなると豪華な花をつけるようになります」


 秋月はふむふむと相槌を打つ。しかし、レイラは寡黙なイメージがあったが、趣味になると饒舌になるんだなと秋月は内心苦笑する。秋月も墓穴を掘る事になるのでそんな事は言わないが。


「短期で楽しむなら一年草で長期的に楽しむなら多年草が良いってことなんだな」


「はい、その通りです。毎年色々な花を楽しみたいなら一年草で変わらない花壇を望んでいるなら多年草がおすすめですね」


「なるほど」


「今の時期でしたら多年草ならバラ、クレマチス、シャクヤク、イベリス、ペチュニア、一年草はスカビオサ、レースフラワー、ジニアですね」


「ふむ、どれがいいんだろうな」


 一見しただけではわからないのでレイラにそう視線を向ける。


「自分が綺麗だと思った花を育てるのが一番だと思います」


 レイラにお勧めにしようと思ったが、レイラは自分が決めた方が良いと秋月に暗に告げる。

 秋月は「ふーむ」と唸りながら、レイラが紹介した花を眺める。レイラが紹介した中で秋月が知っている花はバラとペチュニアくらいだ。バラも気にはなるが、育てるイメージより花束で渡すイメージの方が強い。

 バラから視線を移し、ペチュニアの方をじっと観察していると、


「ペチュニアがいいですか?」


 レイラがそう尋ねてくる。

 秋月は「そうだな」と肯定した。悩んで末、やはり見知った花が良いだろうと思いペチュニアにすることに決めた。


「どのペチュニアにしますか? ペチュニアにも種類があります。昔から人気なのはサフィニアですね」


 レイラはそう言って指を差して助言してくる。


「では、それにしよう」


「色はどういたしますか?」


 黄色や赤、紫、ピンクなど様々な色があった。


「紫」


 悩んだが、一番綺麗に見えた紫を選択する事にした。


「紫ですか……では、こちらにしましょう」


 レイラは花を選ぶ。その後、レイラも自身の花を一緒に購入した。

 秋月とレイラは支払いを済ますと花屋を出て屋敷へと戻る。

 メイドは珍しく気を使っていたのか秋月とレイラに口を出さずにいた。ただ、偶に視線を向けると生暖かい目でこちらを見守っていた。無性に腹が立ったが無視しておいた。



 庭園まで来ると、レイラの指示に従い、花を植えた。レイラにサフィニアの育てる上の注意事項を聞く。


「サフィニアは寒さには弱いですが、暑さや雨には強い方です。日光にも強く陽当たりの良い所に置くといいです。ただ、乾燥には弱いので表土が乾いたら水をたっぷりあげてください」


 レイラの言葉を小さいノートにメモしつつ、レイラの知識の多さに少し感心した。

 レイラはそれから庭園の花についても色々と秋月に話して聞かせてくる。

 正直、昔の秋月ならば適当に相槌をうっていたかもしれない。

 花なんて全く興味が湧かないし、自分にとって価値など無いと思っていたからだ。

 けれど、それは間違っている事に気づいた。

 興味は自分で持つものであり、価値なんてものはこの世界は虚像である以上、自分次第なのだと思い知った。

 興味や価値を見出せない時、それは知らないからだ。理解しようとしないからだ。

 レイラの話を聞いてそれがよく分かった。知って理解を示す事で自身の知識欲が満たされるのがわかる。

 花の知識が秋月の将来に何か関係があるとは思えない。役に立つとも思えない。

 それでも、知れば知るほどに引き込まれる。高揚感が湧いてくる。


 相手を褒める。


「レイラは博識だな」


 秋月はそう言った。本心から出た言葉であった。


「っ……すみません、話過ぎました」


 レイラは自身の行動を思い返して恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯く。

 夢中になって知識を披露していたのだ。今までのレイラからは想像出来ない饒舌さだった。

 秋月にも同じ部分が存在するのでレイラの気持ちは分かる。無口であって何も考えていないわけではない。口下手であって話をしたくないわけではない。


「いや、すごく参考になった。これまで花は綺麗に咲くぐらいしか分かっていなかったが、こうして詳しく聞くと花にも色々種類があり、楽しみ方があるのだと知った」


 秋月は庭園を感慨深く眺めてながらそう本音を告げた。

 レイラは呆けた顔で秋月を見つめている。


「俺はこれまで自分の屋敷の庭園でありながら何が植えてあるかなど知らなかった。レイラはここに来て僅かだというのにここにある花をほとんど知っている。それはとてもすごい事だと思う」


「そ、そんな事ありません」


 秋月の褒め言葉にレイラは顔を真っ赤にさせながら必死に否定する。


「そんな事はある。俺はお前が居たから花に興味を持つ事が出来た。この庭園の花の名前を知る事が出来た。ありがとう」


 秋月は首を横に振ってレイラの否定を否定し、レイラにそう感謝の言葉を告げた。


「……」


 レイラは信じられないという感じで秋月を見つめていた。動揺したように瞳は揺らいでいた。


 秋月が植えたサフィニアを眺めながら、ふと隣にはレイラの買った花が植えてあった。そこにはトゲトゲの緑の花があった。


「それは?」


「これはゴボウの花です」


 秋月の問いにレイラは我を取り戻し、花を一瞥して若干沈んだ顔で答える。

 これがゴボウの花なのか。トゲトゲしい花である。まるで針ネズミのようであった。

 秋月からしたら何故この花を気に入っているのか理解は出来なかった。陰が差した顔を見る限りこの花に好意的にも見えない。しかし、原則に従い、褒める事にする。


「そうか。可愛らしい花だな」


「っ……」


 レイラの息を飲む声が聞こえた。

 何か返答を間違えただろうか。

 レイラは先程以上に動揺した様子だった。


「どうかしたか?」


「いえ、なんでもありません」


 そう答えるもののレイラの様子はおかしいままだった。

 秋月はそんなレイラから視線を外し、庭園を眺める。

 何も知らなかった以前とは違った風景に見えた。



 翌日、庭園でレイラと顔を合わせるとレイラから挨拶をしてくる。その素振りは少し恥ずかしそうではあったもののこちらに対して好意的なのが伺えた。

 庭園を眺めながら言葉数が少ないながらも会話をする。偶にこちらをチラリと向ける視線には何かしらの期待がこもっているのが見て取れた。視線が合うとレイラは紅潮して視線を逸らす。

 そんなレイラを見て秋月は思う。

 屋敷の使用人たちの態度は変わらず。レイラとは距離を置き、陰口を叩いている。

 アシュリーも無視を貫いているようだ。最近は特に秋月の部屋の前をうろついており、偶然を装い魔法の練習はいいのかと聞いてくる。何度もまた今度と言うものの、そんな感じでは成長しないと不貞腐れた様子である。それとなくレイラについて聞いてくるが、秋月はあまりうまくいっていないと言うと嬉しそうに帰っていった。


 孤立したレイラを見て、このままではいけないという思いはある。

 しかし、秋月の能力ではこうして一緒に庭園を眺めて会話するのが限界だ。

 メイドも婚約者であるレイラには少し距離を置いている節がある。

 こうして庭園にいるだけでは駄目だ。この屋敷にいる以上、嫌でも悪意を浴びてしまう。

 邪神化へ近づかない為にもこの環境を変えなければならない。しかし、使用人やアシュリーの態度を変えさせるのは至難の技だ。

 ならば、方法は一つしかない。その一の目標と同じ。内部が駄目なら外部。

 秋月はレイラを外に連れ出す事に決めた。



 参考文献 : 人を動かす

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