13 コミュ障×コミュ障=破滅フラグ

 秋月は読書に励んでいる時だった。

 メイドがノックもせずに入ってきた。せめてノックくらいしろよと文句を言おうとした時だった。メイドの顔を見て、何かあったのか悟った。

 メイドは入り口で不安そうな顔で何か言おうか迷っている様子だ。この様子からしてロクでもない事なのは確かだ。


「どうした? そんなところで突っ立って」


 秋月は何かあるなら早く言えと言わんばかりそう告げた。

 秋月の嫌な予感は当たった。


「当主様がお呼びです。アーロン様の婚約が決まりました」




 秋月は応接室へ向かう中、動揺を隠せずにいた。

 いつかは来ると思っていたが、秋月の想定よりもずっと早い。今は子供達に集中していたい秋月にとっては悲報でしかない。

 第三の目標であり、障害である邪神婚約者ーーレイラ・神無月。

 東の国の島の皇女。ネット小説では日本を舞台としているのではないかと憶測されており、きっと間違い無いだろう。着物や緑茶、和菓子、日本刀などが出てくる事からも文化的には日本を模倣としたとしか思えない。そもそも苗字が漢字であることから明らかである。

 レイラはアーロンの婚約者として嫁ぐが、ラングフォード家での扱いは酷いものである。父親の目的は血統主義者らしく東洋の皇族の血であったのだろうが、こちらでは六神教が幅を利かせている。邪神の生まれ変わりと言われているレイラを使用人たちや街の人が忌み嫌っても仕方ない事だと言えよう。寧ろ、邪神の疑いのある少女を嫁に迎え入れようとしているオズワルドこそが異質なのである。


 白の壁紙が貼られ、果物や人物画の絵が飾れた廊下を進む。廊下の端の台の上には高価な陶芸品が並んでいる。いかにも自身の権威を示しているかのような装飾だ。

 そして、木製の扉の前に来る。その扉も複雑なデザインが施されており、左右対象に描かれた模様は美しさよりも浅ましさを感じた。厄介ごとを持ってきたオズワルドに対する秋月の心境が複雑だからかもしれない。


 秋月は息を大きく吐き切って、応接室の中へ入る為に扉を開ける。

 そこにはサラサラの金髪に青い瞳の中年の男ーーオズワルド・ラングフォードと紺の和服を纏った男がソファーに相対するように座っていた。オズワルドはやはりエドワードの面影があり、親子なのであると実感させられる。そして、和服の男は日本人をモデルとしているのか黒髪で東洋人に見える。ただ瞳だけは緑色であった。凛々しい顔立ちをしていて、俳優に居そうな男だった。

 彼は秋月と眼が合うと少しだけ驚いたように秋月を見つめてくる。秋月はまさか気づいたかと興奮する。そうだよなと秋月は思う。明らかに人種違うし、同じ東洋人として違和感を覚えるはず。しかし、彼は指摘する事もなく、すぐに優しく秋月に微笑んでくる。いや、そうじゃない。秋月が望んでいた反応はそうじゃない。


「息子のアーロンです。アーロン、自己紹介を」


 オズワルドに促されて、秋月はもやもやを残しながらも自己紹介する。


「アーロン・ラングフォードです」


 秋月はそう挨拶する。


「ああ、アーロン、よろしく。私はウォーレン・神無月。そして、隣に居るのが私の娘だ。レイラも自己紹介を」


 気づいていた。いや、気づかないふりをしていればなかった事に出来ないかと思っていたが、出来るわけがなかった。

 ウォーレンの隣に座っている少女。秋月と同じくらいの歳だろうか。綺麗な黒の長髪、桃色の着物を纏った少女。父親と同じく整った顔立ちをしており、俯いた横顔には父親と同じく綺麗な翡翠色の瞳、雪のように綺麗な肌、小さな上品な唇。精巧に作られた人形のように美しく無機質な彼女はどこか儚げである。そして、強烈な存在感を放つのは左半分を覆う白の仮面。炎を思わせるような赤い模様が描かれており、秋月の記憶を思い起こす。玄関ホールでの記憶、白の仮面に水を思わせるような青い模様の描かれたそれは彼女の左半分を覆うそれとそっくりであった。


「レイラ・神無月です。よろしくお願いします」


 レイラは礼儀正しく立ち上がり頭を下げる。ゆっくりとあげる顔には感情の色は見えない。


「アーロン、彼女がお前の婚約者だ。これから仲良くしなさい」


 オズワルドにそう言われて、秋月の表情は強張る。

 アーロンにとって自身を死に追いやった最悪の相手であり、死亡フラグである。

 出来れば何かの因果によって回避されないだろうかと祈っていたのだが、そんなうまくいくはずは無かった。

 このまま何もせずいれば秋月は確実に死ぬ。彼女の邪神化によって。

 うん。何もしなければの話だ。まだ大丈夫のはずだ。まだ死ぬと決まったわけでない。信じろ、秋月。運命は変えられるんだ。信じるしかない。切実に。

 邪神化が起こる原因はラングフォード家で酷い仕打ちを受けて彼女が精神的に耐えられなくなったからだ。

 だったら、彼女が精神的に追い詰められなければいい。追い詰められないようにすればいい。

 六神教が蔓延るこんな世界で邪神の生まれ変わりと言われている彼女に対して。彼女の左半分を覆う仮面を外した場合、彼女が邪神の生まれ変わりである証拠が存在する。黒く爛れた肌に獣のような赤い瞳。ネット小説からして彼女の素性はすぐにバレるらしく、使用人たちには軽蔑の眼差しを向けられ、アシュリーには酷いいじめを受ける。エドワードはレイラの邪神化を画策し、帝国の魔道士を差し向ける。

 うん、無理だな。秋月は自身の能力の限界を知っている。断言しよう。無理。

 せめての抵抗だ。アーロンはレイラを邪険に扱っていたようだが、秋月は優しくしよう。仲良くなるように努力しよう。勿論、コミュ障である事を明言しておく。


「はい、父上。レイラさん、これからよろしくお願いします」


 精一杯の笑みをたたえて親しみを込めてる。滅茶苦茶鼓動が激しくなっている。


「はい、よろしくお願いします」


 彼女はニコリともせずに無表情でそう返してくる。

 秋月の自尊心が大いに傷つくのを感じながら将来に不安を覚える。

 コミュ障×コミュ障か。

 破滅の未来しか見えない。絶望しながらも必死に笑みを崩さないようにするのが精一杯であった。

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