09 I am a baby

 秋月は号泣していた。子供達の話を聞いている内に本当に感情移入してしまい、涙が溢れていた。

 子供達も秋月の周りに集まり号泣している。


「頑張ったな。みんな辛い中、よく頑張ったな」と号泣していた。


 黒髪の少女だけが付いてこれてないのか、ドン引きした顔で遠巻きにこちらを見ていた。




 子供達には教育を受けるという承諾を得た後、一度解散することになった。

 翌日、再度彼らが集まってくれるか心配だったが、全員集まってくれていた。秋月は正直ほっとした。前日、再度本を読み込み、メイドにアウトプットして予行練習を行った甲斐があった。


 秋月は初めてとなる授業を始める。人に物を教えるなんて初めての経験だ。うまく説明出来るか心配であるが、それでもやるしかない。

 緊張で手と足が震えているのが自分でも分かる。ここが正念場だ。

 子供達は秋月の父親の書斎に集まり、こちらを期待の眼差しを向けてくる。


 秋月は最初の授業に相応しいといえる本を手に取り、広げる。

 気分はカリスマ教師、否、スティーブ・ジョブズ。

 秋月は小さく深呼吸して、


「俺たち人間には二つのマインドが存在する。一つは全ては才能で決まるというものだ。生まれた時から能力は変わらず能力値の限界は決まっており、その限界が来ると人間の成長が止まるというものだ。これを硬直マインドと呼ぶ」


 なんとか震えず声を出せた。子供達は真剣な眼差しでこちらを見ている。


「もう一つは、能力は努力によって伸ばせるというものだ。能力値に限界はなく、能力はテクニックと努力と工夫次第で伸ばすことが出来る。これを成長マインドと呼ぶ」


 秋月は子供達に視線を送り、


「どちらのマインドを持つかによって大きく人生が変わる。君たちはどちらのマインドを持っている?」


 そう問いかける。


「才能が関係ないって本当なんですか?」


 気の弱そうな少年がおずおずといった感じに尋ねてくる。

 秋月は彼の問いに「本当だ」と肯定した。


「でも、貴族様しか魔法は使えないはず」


 隣に居た赤髪の少女が顎に指を当ててそう言った。

 秋月はそれは違うと首を横に振って否定する。


「貴族以外が学ぶ環境に無いから貴族しか魔法が使えないように見えるだけで、平民でも問題なく魔法を使える。事実、商人上がりの平民が魔法を使っている。特別な才能ではなく、この世界の人間ならば誰でも使える技術だ」


 この世界の人間ではない秋月ですら使うことが出来たのだ。アーロンの代わりだから使えるという可能性もあるが、そもそも魔法という概念を秋月は全く知らない。そんな状態から使用することが出来たのだ。だからこそ言える。誰でも出来ると。


「じゃ、じゃあ、僕達でも魔法が使えるということですか?」


 気の弱そうな少年は身を乗り出して尋ねてくる。


「ああ、使える」


 秋月の答えに子供達は騒めく。

 彼らが何故ここまで動揺するのか。それは簡単だ。魔法が使えるのは貴族だけ。平民は絶対に使うことは出来ない。それがこの世界の「常識」なのだ。貴族だからこそ魔法を使える。魔法を使えるからこそ貴族。故に魔法を使えない平民は貴族より劣っており、魔法を使える貴族こそがエリートで平民は貴族に大人しく従うべきである。平民もそれを信じる。自分は貴族よりも劣っていると。何故なら魔法が使えないから。それが「嘘」であることも知らずに。


「そんなの嘘です!」


 小柄で影の薄い男の子がそう叫ぶ。


「俺は魔法の本を読んだことがあります。でも、魔法なんて使えなかったです。何回も試したのに」


 悔しそうに俯きながらそう言った。

 秋月は男の子の悲痛な表情を見ながら思う。彼もまた現実を否定したかったのだろう。貴族という身分の差、魔法という才能の差。現実を受け入れることが出来ずに足掻こうとしたのだ。だが、現実は非情でどん底に突き落とされた。

 だからこそ、秋月は言わなければならない。


「それはやり方を間違っているだけに過ぎない」


「え?」


 小柄で影が薄い男の子は顔を上げる。


「努力の仕方を知らないのだ。君は誰かに魔法を教えて貰ったのか?」


 秋月はそう問いかける。

 男の子は「いいえ」と否定する。


「いいか。貴族は魔法を専門の教師に簡単に覚える方法を教えてもらい、更には魔法を覚えるに相応しい環境で学び、そして、なにより、貴族は魔法を使えなければ屑であるという恐怖心から必死に魔法を学ぶ。故に貴族は必然的に魔法を覚えざるをえないのだ。君たちが才能だと持て囃していた物は彼らがみっともなく必死にもがいて手に入れた結果であり、そこに貴族や平民といった身分の隔たりには存在しない。才能は最大効率の努力をやり抜いた力に過ぎない」


 子供達は秋月に釘付けになっている。


「生まれた時の遺伝子による能力の差はあれど、我々人類は選択と戦略と努力によって成長することが可能なのだ。つまり、どんなこともやれば出来る!」


 秋月はそう拳を掲げて力説した。

 一瞬の静寂。

 子供達は秋月の顔を凝視していた。それは信じられないものを見るかのような顔だった。


「上級魔法も使うことが出来るってことですか?」


 気の弱そうな少年が尋ねてくる。


「出来る!」


 秋月は片手を天に向けながら答える。


「平民の僕でも剣術を学ぶ事が出来るんですか?」


 リーダーが尋ねてくる。


「出来る!」


 竹刀を構えるようなポーズをしながら答えた。


「ギルド運営とかも出来るんですか?」


 赤髪の少女の問いにインテリっぽく架空の眼鏡を中指で押し上げながら、


「出来る!」


「豪商にもなれるんでしょうか?」


 細身のイケメンの問いに親指と人差し指で円を作りながら、


「なれる!」


「演芸の道に行きたいんですけど」


 小太りの少年に秋月はコマネチをしながら、


「行ける!」


 そう答えた。

 秋月はちらりと黒髪の少女の方を見る。少女は秋月の視線に動揺した様子だった。秋月は彼女のじっと見ながら待つ。

 周りの子供達も秋月の視線に釣られて黒髪の少女に集まる。少女は「え? え?」となにか言わないといけないのかという顔をしながら、悩んだように顎に手を当てて、


「かんーー」


「でも、本当に出来るんでしょうか?」


 小柄で影の薄い男の子が秋月に問いかける。

 皆の視線が小柄で影の薄い男の子に集まった。秋月も彼に視線を向ける。


「ーーふに……」


「貴方がいう成長マインドを僕たちは持つことが出来るのでしょうか?」


 小柄で影の薄い男の子は不安そうに尋ねてくる。


「この世でもっとも優れた成長マインドセットを持つものがいる。それは誰か分かるか? もちろん、俺ではない。更にいえば複数いる」


 秋月は男の子の問いには答えず、そう質問を返した。

 子供達は秋月の問いに困惑した様子だった。

 気弱そうな少年がおずおずと手を挙げながら、


「貴族様達でしょうか?」


 秋月は首を横に振る。


「貴族でもない。身分は関係なく彼らは優れた成長マインドを持っている」


 秋月の答えに子供達もお手上げなのか、困ったように秋月の方を見ていた。


「では、答えを言おう。この世でもっとも優れた成長マインドセットを持った存在、それは赤ちゃんである」


「え?」


 子供達は秋月の答えに動揺する。答えにぴんときていないという顔だった。


「そもそも硬直マインドが形成されるのは何故なのか。才能によって能力の限界値が決まると何故思うのか。それは他者との比較にある。多くの人間は他者と比較して、他者と競い合うことで自分の能力に自信を失っていく。どんなに努力した所で勝つことが出来ないことで、例え努力により成長していてもそこに眼を向けることが無くなる。そうして能力には生まれ持った才能があり、努力したところで勝てない相手がいると思い込むのである」


 他者ばかりに気を取られて自分が成長していることに気付かない。いや、気づいていても認めたくないのだ。自分の成長を、努力を、費やした時間を、まるで無かったかのように通り越していく彼らの存在を。


「だから、圧倒的な成果を出している相手を才能だと褒め称え、自身の努力不足を才能が無いのだから仕方ないと逃げ道に使うのだ。結果的に努力し続ける成長マインドセットを持った成果を出す人間と硬直マインドセットに囚われ努力せず成果を出さない人間に分かれる」


 しかし、それは仕方ないことと言える。この世は身分や競争と他者との比較に眼を向けざるおえない仕組みになっている。多くの人間が他者との比較に怯えて生きている。秋月自身も例外ではない。


「だから、今こそ、我々が見習わなければならない存在がいる」


 秋月は片手を天に掲げ、


「そう、赤ちゃんである。彼らのすごさを知っているだろうか。彼らは何も知らない状況から立ち上がり歩き出し喋り出す。二足歩行という偉業を成し遂げ、全く知らない言語という存在すら知らない状況で言葉を話し始める。何故そんなことが可能なのか」


 秋月は子供達の顔を見渡す。子供達は真剣にこっちを見つめている。

 その顔には答えを知りたいというのがありありに見えた。


「彼らは失敗を恐れないからである。他者の視線など気にしないからである。他者が先に立ち上がろうが喋ろうが全く興味無いからである」


 何人かの子供達は衝撃を受けた顔をしていた。


「彼らはひたすらに自分の立ち上がりたい喋りたいという目的を果たす為に何度も挑戦し試行錯誤し続けるのである。それによって彼らは二足歩行、言語習得を成し遂げるのだ」


 秋月はそこまで言い終えると、一呼吸置く。


「さて、ここからが一番重要な話だ。君たちは既に立ち上がり歩き出し喋っている。つまり、君たちにも最強の成長マインドセットが備わっていた証拠だ。ただ世界の常識、身分制度、環境によって失っただけに過ぎない」


 子供達は愕然としていた。自身がまさかそんなものを持っていたとは思いもしなかったのかもしれない。そして、それをいつの間にか失っていた事にも気づきもしなかったのかもしれない。


「今こそ取り戻す時がきた。失った最強の成長マインドセットを」


 秋月は子供達に手を差し伸べるようにしながら告げる。


「You are a baby」


 秋月は両手を広げて、


「さぁ、私に続けてーー I am a baby」


 秋月の言葉に子供達は顔を見合わせて頷き合い、


「「「I am a baby」」」」


 秋月に続いた。


「I am a baby !」


 秋月は両腕を大きく広げて言う。


「「「I am a baby !」」」


 子供達もノリノリで言う。


「I am a baby !!」


 秋月は更に大声を出して叫ぶ。


「「「I am a baby !!」」」


 子供達も叫ぶ。


「I am a baby !!!」


 秋月は指揮者のように両腕を広げて天を見上げて眼を閉じた。


「「「I am a baby !!!」」」


 子供達も眼を瞑って叫んだ。


 先程から自分は赤ちゃんと叫び続ける集団を黒髪の少女はドン引きした顔で見続けた。


参考文献:マインドセット「やればできる!」の研究

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